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第一章

21 このガキ※

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 男が煙草を手にしたままにじり寄ってくる。玲は痛む腹を抱えて林を見上げた。
「まずはしゃぶってくんね? 勃たせてくれよ」
「な、にを……」
「しゃぶれっつってんだよ」
 林は大声で怒鳴った。玲は唇を噛みしめて林を睨み上げる。
 一番最悪なのは顔まで殴られることだ。この暴力を一成に知られてはならない。次にアナルに挿入されること。妊娠でもしたら、何もかも終わってしまう。
 頭の中に緊急避妊薬の存在が浮かぶ。そうか。アレがあるなら、最悪強姦されても薬があるから平気だ。しかしアナルや内臓が傷付いたら一成に気付かれる。
 熱を及ぼすほど頭の中で急速に思考する。どうしよう。玲が太刀打ちできる相手ではない。視線だけで辺りを見渡すが、武器になるものは一つもない。
 受付の女性は助けを呼んでくれたか? 時間を稼がないと。
 林が己の性器を取り出して玲の頬に押し付けてきた。咄嗟に顔を横に振ると、首を片手で掴まれる。
「ガ、あ……ッ」
「口開け」
 チョーカーごと首を締め付けられて息ができない。薬でもやっているのか? 頭がおかしい。もう、何をされるか分からない。
 唇を開くと生温い男のペニスが押し込まれた。あまりの苦しさに玲の目に涙が浮かぶ。
 喉奥まで性器を突っ込まれて凄まじい嘔吐感に襲われた。鼻や頬に陰毛が当たって気色が悪い。男が腰を揺すって、玲の口内でペニスを扱き始めた。
 両目からぼろぼろと大粒の涙が溢れ出る。未だ腹に疼く激痛と苦痛で脳が危険信号を発している。
 玲は決して奉仕しようとしなかった。時間を稼ぐためだ。射精を遅らせて逃げ道を探さないと。今更ながら携帯の存在を思い出そうとするが、駄目だ。受付に置いた鞄の中にある。
「あー……」
「……ンッ、ぅ……っ」
 男の性器が硬くなり始めた。下品に腰を振る男は、細い目を更に薄くする。
 どうしよう。取引でも、するか……? まだ若いから金を差し出せばやめてくれるかもしれない。
 受付の女性が山岡でも連れてきてくれたらきっと後輩の林を止めてくれる。だが、それはいつになるんだ。由良に連絡したかもしれない。けれど彼だって直ぐに来られるわけではないし、来てくれるか分からない。
 助け……。
 こういう時、無我夢中で助けを求められる人間がいない自分に絶望する。
 一成の顔が頭に浮かんだ。
 林の荒い吐息に混じって、一成の声が頭に蘇る。
 ——『他人と穴を共有すんのはクソ食らえだ』
 どうしよう。
 今日も帰ったら抱かれるだろう。このまま林に無理やり犯されたら、傷が付くだろうし、玲が何をしたか一成に気付かれる。
 激怒するに違いない。約束を破ったのだ。ならば怒りの理由になる。
 もういっそ、抵抗するのをやめて林に身を差し出すしかない? 中で出していいと言えば殴らないでくれるかもしれない。緊急避妊薬があるから大丈夫。頑張って、演技をすれば、穏便に済む可能性もある。
 ああ、でも既に首には跡がついてる。
 ならバレてしまうな。
 もう、ダメなんだ。
「はぁっ、!」
 男が呻く。直後に口の中に精液が広がった。
 ペニスが抜けると同時、玲は呼吸を取り戻すため必死で息を吸うが、口内が粘ついていて咽せてしまう。玲の喉奥に射精した男は満足気な顔をして、萎んだ性器を玲の頬に押し付けた。
 どうしよう。玲はまだ迷っている。だが林に迷う様子はない。
 男は玲の髪を引っ掴んで床に押し倒してきた。
「っ、うッ!」
「咥え慣れてんのか? 最高の口だったぜ」
 口元に手のひらを押し付けられる。手が鼻も塞いでいて、また息ができなくなる。
 林は玲のボトムを下着ごと剥ぎ取ってきた。呼吸が出来なくて意識が遠のいてくる。穴に触られている気がするが、恐怖が強すぎて感覚が掴めない。
 どうしよう。
 ——その時、突然暗い室内に濁った光が差した。
 扉が静かに開いて、林の腰に当たる。林が振り返って現れた人物を見上げた。
 玲はその人を目にして、安堵なのか諦めなのか、瞼を閉じた。
 次に目を開けた時にはもう、林は床に這いつくばっている。
 口を開放された玲はその場で嘔吐した。先ほど口にした饅頭が精液と共に吐き出される。耳には由良が林の腕を蹴り潰し続ける音が響いている。
 由良は林の顔を引っ掴んで部屋の外へ引き摺り出した。腹を容赦なく蹴飛ばせば林はデスクにぶつかる。机の上にあった灰皿が落ちて、林は灰まみれになった。助けて——。林の叫びは途切れる。由良は馬乗りになって、林の顔面を幾度も殴りつける。
 玲はゆっくり身を起こし、衣服を整えてから部屋を出た。由良もちょうどのそりと立ち上がり、動かなくなった林の頭を最後に一度蹴り飛ばす。林の腕はあらぬ方向に曲がっていた。
 由良が怠そうに玲の元へ歩いてくる。
「……由良さん」
「挿れられたか?」
「いえ、多分、平気です」
「多分じゃねぇよ」
 由良は舌打ちをすると血飛沫を浴びたグレーのワイシャツを脱ぎ出した。中に着ている七分袖のインナーから刺青が覗く。
 受付の女性が怯えた様子でこちらを凝視している。由良が振り返って、「吉崎」と彼女を呼ぶ。
「こいつ山岡の紹介だよな? 山岡連れ戻せ。あいつに話がある」
「はい」
「拭くもの持ってきてくれ。あと水も。お前どこ殴られた」
 吉崎へ叫んでいた由良が途端に低い声を玲に寄越す。
 玲は俯きがちに「お腹……」と呟いた。
「おい」
 と、由良がシャツを掴み、玲の首を凝視してきた。チョーカーを触られる。黒髪の向こうの彼の目が苛立ったように細まる。
「首絞められたのか?」
「……あ、はい」
「あ、はいじゃねぇんだよこのガキは」
 吉崎がタオルと水を持って駆け寄ってきた。由良は玲の顔を片手で掴み、顰め面で傷を確認してくる。由良の背が高いので見上げる角度が辛い。玲は苦しげに目を細めた。
 タオルを受け取った由良は玲をパッと解放する。首元をタオルで拭いながら、「吉崎。洗面台連れてってコイツの口、濯がせろ」と命令した。
 吉崎は「こちらに」と玲を促した。由良が携帯を取り出して誰かと通話を始める。「武藤さん、この間の件ですが、材料一つ手に入れましたので直ぐに送ります——……」
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