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第三章
最終話 俺とキスして※
しおりを挟むなぜ真紀人が九年間、司と会おうとしなかったのか。その後の会話で全てが判明する。
司が自分のクラスメイトに傷つけられたと知った真紀人は司と距離を置いた。だが実はその後、《卒業式で会えねぇ?》と司にメッセージを送っていたらしい。
しかし不運にも司の携帯は壊れていた。真紀人からのメッセージを受信できていなかったのだ。
司はまさか真紀人がメッセージをくれたとは思いもしなかった。そもそもメッセージアプリが受け取りを拒否しているとは予想外だったし、電話という手段だってある。
真紀人は曰く「俺の声は聴きたくないと思っているだろうから」電話をしなかったとのこと。さらには卒業式に司がやって来なかったことで、完全に嫌われたと思い込んだらしい。
不幸にもタイミングが悪すぎたのだ。そのせいで九年の月日が経ってしまった。
しかし幸運にもお互い、気持ちは膨らむばかりだった。
九年越しの再会で『俺のタイプだ』と爆弾発言をした大胆さは真紀人の性格の一つでもある。
告白をし合った直後の感情の昂った真紀人は、「……ありがとうっ」ともう一度言うと、司を抱きしめて持ち上げた。
「やった!」と大喜びの彼はそのテンションのままで社長室を飛び出し、隣の秘書課まで駆けていく。
室長である芳川を見つめると、「芳川さんっ! 俺の恋人!」と抱きしめた司を見せびらかした。
当然ではあるがそこにいたのは芳川だけではない。数人の男女たちがこちらに注目しているので、司は真紀人にしがみついたまま(あらら)と思った。
芳川は「よかったですね」とにっこり微笑み、周りの社員たちも「よかったよかった」「お幸せに」と手を叩き出す。
真紀人は「司、幸せになろうな」と言って、司の頬にキスをした。
即日、その件は事件として社内に広まったらしい。
司はそれ以降会社に行っていないので分からないが、芳川曰く、秘書課と幹部たちから『おめでとう』とケーキを送ったとか。
勝手に恋人関係をバラされた司ではあるが、真紀人の会社は司の社会とは別なのでその件で起こる面倒は度外視できる。司が大切なのは真紀人だ。真紀人が喜んでいるならそれでいい。
問題なのは恋人になってから一ヶ月、真紀人が忙しかったこと。
司は一旦、ハウスキーパーを続けている。司が就職活動を終えるまでの間、仕事を続けることにしたのだ。
なので殆ど毎日真紀人の帰りを待っている。真紀人は夜遅く帰ってくるのでその際に二人で食事をして、同じベッドで眠る。
この一ヶ月が過酷なスケジュールになっているので、プロジェクトが終われば、連休を取れると真紀人は言ってくれた。
連休でゆっくりする。その約束があるから、司も就活に励めたし、真紀人の帰りを部屋で一人待つのも寂しくはなかった。
むしろ司の方も忙しい一ヶ月でさえあった。転職活動だけが理由ではない。
真紀人に内緒で道具を購入し、自分の体をいじっていたからだ。
恋人になったなら全部したい。キスやハグだけでなく、その先まで。
司はネットで知識を取り入れながら慎重にアナルを解していった。ここを性交に使うのは念入りな準備が必要だ。時間があるのは司の方なので、司が受け入れる側に回るし、真紀人を感じてみたい。
真紀人が帰ってくるまでの時間はアナルとの和解に励んだ。ここで真紀人を受け入れたいと熱心に気持ちを込めて、充分な時間をかけ、弄っていく。あまり変化したようには思えなかったが心持ちは違った。
あらぬところに異物を受け入れる心の覚悟ができたのだ。
真面目にやって、よかった。
「ということなので、今日はよろしくお願いします」
「……」
来たる連休の前夜。
仕事を早めに終わらせて帰ってきた真紀人とテーブル越しに向かい合っている。
それは司が用意した食事を完食した後だった。
司は意を決してこれまでの一ヶ月に何をしていたか説明した。先に「真紀人先輩とセックスしたくて」から入ったので、その時点から真紀人は真顔である。
全部を語り終える。真紀人は茫然と呟いた。
「……幻聴……?」
「あの、勝手に準備して、はしたなかったですか?」
真紀人は無言で首を振った。
数秒の沈黙の後、絞り出すように声を出す。
「はしたないわけあるかよ。それだけ真剣に向き合ってくれたんだろ。俺とのこと……」
「はい。真面目に頑張りました」
照れつつも頷くと、真紀人は何故かぎゅっと目を閉じた。
「ただ、あまりにも、あまりにもだ」
「あまりにも?」
「司が最高すぎる」
しまいには両手で顔を覆ってしまうので、司は腰を上げる。
真紀人の肩を優しく撫でる。慎重に問いかけると、掠れた声が返ってきた。
「先輩、大丈夫ですか?」
「どうしたらいいか分かんねぇ」
「うーん、キスしますか?」
すると真紀人が顔を上げる。
少し潤んだ瞳が司を見つめている。彼も立ち上がり、とろんとした目つきで司を見下ろした。
「するわ……」
二人で寝室へ移動し、それぞれの用意した道具をベッドに広げた。
同じだった。ゴムとローションとタオル。ひとまず真紀人が用意してくれた物を使うことにする。
司はすでにシャワーを浴びているので、真紀人は一時退室する。その間五分にも満たない。
すぐに帰ってきた真紀人は、司を丁寧にベッドへ横たえた。
「あっ、ンンッ、ふ……っ」
「司、司」
「痛くねぇか?」司はこく、と頷いて答えた。今はもう真紀人の全てに従うだけだ。
ローションをたっぷりと含んだ後孔は真紀人の愛撫で火照っている。ぬかるんだナカを二本指でじゅぷじゅぷかき混ぜられて、淫らな音が室内に響いた。
散々解されたのでそれほど痛みはなく、快感すら宿っている。
腹の内側のしこりを丁寧に擦られるたびあらぬ声が漏れた。
「あっ、んっ、あっあっ!」
「司、好きだ。可愛い」
可愛いなんて言われ慣れない言葉も、真紀人に言われると心がギューっと切なくなる。
真紀人の切羽詰まった響きが好きだから。
「あ……は、んん、うっ」
「……もうぬかるんでる」
「あっ、は、真紀人先輩、これヤバい」
「うん」
真紀人はしこりを大事そうに撫でて、緩く押するのを繰り返された。
ますます腰が重くなる。ナカに流れ込んだローションも愛液のように泡立った。
内壁が真紀人の指にへばりつき、彼の節張った指の輪郭がよくわかる。
こんな場所で真紀人を感じてしまうのをはしたなく思う。こんな風になるなんて、一ヶ月経った今でも不思議な心地だ。
真紀人の指を意識すればするほど、快感が増していく。
「ま、真紀人先輩!」
「ん?」
司は潤んだ瞳で真紀人を見つめた。
「もう、いいから」
真紀人のソレがいきり立って下着を押し上げている。
衣一つ纏わない司と違って、真紀人は下着を履いていたけれど、見ているだけで苦しそうなほど彼の性器は膨張していた。
「早く挿れて……」
司のせいでそうなっているのが可哀想だ。
真紀人を早く楽にさせて気持ちよくしたい。
ちゃんと待てをして大人しくしているのがいじらしくて可愛らしい。最近の司は、真紀人が可愛くて可愛くて仕方ない。
「真紀人先輩、俺の中に入ってください」
「……う、」
真紀人は苦しげに顔を顰め「いいのか?」ともう一度念押しする。
司は自ら腰を少しだけ押し上げて、誘うように手で真紀人のペニスに触れた。
「早く」
真紀人は言葉もなく下着を取り払い、ゴムを装着すると、勢いのまま司の腰を掴んだ。
ぐっしょりと濡れた穴に先端を押し当てる。先走りの垂れた亀頭が僅かに入り込んだ。
それだけでじんっとナカが熱くなるのがわかった。
司はたまらない気持ちになって、真紀人へ腕を伸ばす。
「挿れるぞ」
「はい」
首に腕を巻き付けると真紀人が顔を寄せてきた。鼻先のくっつく距離で、余裕ない真紀人が「ゆっくりな」と囁く。
腰を掴んだ真紀人がグッと自らを押し付けてくる。
亀頭は簡単に入り込んで、そのままゆっくりと奥まで貫かれていく。
「あ、は、っ――~~……ッッ!」
「……っ」
硬く反り上がったペニスは狭いナカを突き進む。受け入れる内壁は限界まで広がった。
腹のナカが真紀人でいっぱいだ。
熱い。苦しい。でも、でも。
「おっき、真紀人先輩の、硬い……」
「……あんま刺激すんなって」
「だって大きくて」
「苦しくない?」
「苦しい。でも、」
「嬉しい」司は真紀人に抱きついて微笑みかけた。真紀人はまた眉を顰めたが、切羽詰まったようにキスをしてくる。
予告もなくペニスが動き出す。真紀人の腰の動きに合わせて、硬いペニスがナカ全体をぬぷぬぷと擦りあげる。
「あっ、あっ、んん、ぅ、~~っ」
「司、やば、最高だ、司」
「真紀人先輩、あっ、あぁぁ、んぁっ」
太い硬直がローションを泡立てながらナカを満遍なく愛していく。
ギリギリまで抜けたかと思えば、指でも散々いじられたしこりを先っぽで押し潰されて、嬌声が漏れた。
「あああぁっ、そこ、や……っ」
「司……つ」
「あっあっ、うぅ、ンンッ!」
しこりを竿全体で擦り上げつつ奥まで押し込んでくる。
とろけたナカを抉るような腰つきに、甘い声が止まらない。
「あーっ、あぅ、うー……っ!」
「つかさ」
「あぁぁっ、は、あっ……いっ、ッッ」
気持ちよくて気持ちよくて、どうにかなりそうだ。
セックスってこうなのか。それとも相手が真紀人だから?
真紀人は司の体を司よりもわかりきっているような動きで責め立てた。開いた両足のつま先が、真紀人が腰を突き入れるたび、丸まったり開いたりする。
「ンンッ、ぅっ、あっあっあっあ!」
「司、好きだ」
「~~っ、んんぅっ、あ……っ」
貪るようなキスもした。何度も。
真紀人は全身で司を求めてくる。だからソレを司も全身で受け入れた。与えたかったはずなのに彼が、司よりももっと与えてくるから頭がチカチカする。
硬く膨張したペニスは絶え間なく司の快楽を駆り立てた。狭い内壁は真紀人の硬直を頬張り、絡みつく。
「あぁっ、~~――ッッ!」
一度限界まで引き抜いたかと思えば、一息に最奥まで突き入れられる。
真紀人はペニスを根元まで押し込みトンットンッと叩くように奥をいじる。
快感がパチパチっと弾けて声も出なかった。グッと堪えるが律動は止まらない。
「ッッ、あっ、んんぁあっ、はッ!」
膨れ上がったペニスを突き入れたまま、腰をグラインドさせ、奥をねっとりと擦ってくる。
経験したことのない快楽に頭がどうにかなりそうだ。初めてなのにこんなに感じていていいのか。
司はたまらなくなったが、真紀人は司が声をこぼすたび嬉しそうな顔をする。
「ふ、ん、あっあっあっ! は、あぁっ、ま、きと先輩~っ」
「司……っ!」
声が上擦ってしまう。ペニスは最奥を捏ねるようにいじめて、司を絶頂へと追い詰めていく。
真紀人もまた額に汗を滲ませ顔を赤らめている。またペニスが引き抜かれて、ずるっと狭いナカをかき分けて押し込まれる。
絶え間ない往復が激しさを増していく。とろけきった交接部から淫音が響いた。
「あっ! あ、ぁ、ああ、いっ、もう、……っ!」
ダメだ。気持ち良すぎて頭がぼうっとする。
甘い刺激の泡が身体中に蔓延していき、一際強い快感の気配を察した。
「ま、真紀人、は、あ……ッ! い、ちゃう……っ」
「俺も、いく」
「あぁあっ、あっ! あっ! あっ!」
一際強い挿入で奥まで貫かれてしまう。
最奥の壁をとんっと叩かれた途端、司の頭にスパークが弾ける。
「あっ、イッ~~――…ッッッッ!」
「……くっ」
一息遅れて真紀人が体を震わせた。
ゴム越しに熱い精液が吐き出され、真紀人の動きが止まる。
司の隣に真紀人が横たわる。ナカに埋まっていたペニスがずりゅんと抜けて、互いに息を整えた。
「は……っ、あ……」
「司」
真紀人が隣で囁く。
司だけを真っ直ぐに見つめながら。
「大好き」
重なるだけのキスだった。それだけでもとてつもなく甘く、幸福だった。
司は真紀人に微笑む。この世界で彼だけに聞こえるよう「俺もです」と囁いた。
真紀人はまた司の体をぎゅうっと抱きしめた。湿った肌が重なりあって心地いい。
全身を覆われるように抱きしめられて、司はとても安心した幸せな心地になった。とろけた気分で瞼を閉じた時、突然、
「あ」
廊下から「ニャアー」と鳴き声がしたので司は目を見開く。
「つる君が呼んでる」
「一旦。一旦ツルはおいておこう」
真紀人はそれでも司を腕の中に閉じ込めている。鍛え上げられた筋肉から逃れることはできないし、司も逃れる気などなく、「はい」と頷く。
つるは鈴の鳴るボールで遊んでいるらしい。また鳴き声が聞こえてきた。それにしても。
「先輩が猫飼うとは意外でした」
「ああー……」
真紀人が司の顔を覗き込んでくる。
言うか言わまいか。そんな間が流れた。
けれど前者に意思決定したらしい。真紀人が言いづらそうに口を開いた。
「司が、猫好きだろ」
「はい……はい?」
「猫いたらさ、なんやかんやでウチに遊びにきてくれんじゃないかって」
五年前の二十二歳の真紀人はそう考えたらしい。
結局その時も真紀人は司に連絡することができなかった。着拒されていたら死ぬと思ったとのこと。
「着信拒否なんかしませんよ」
「らしいな」
「俺、この間、先輩がお弁当食べたって連絡してくれた時……先輩の番号だけで先輩だってわかったんです」
他に番号を覚えているなんて実家と自分の携帯くらいだ。
着信拒否なんかしていない。むしろ電話を待っていた。けれど勇気を出せなかった真紀人を責める気になんて一ミリも起きない。
「俺も電話かけられませんでした。同じですね」
「うん……」
また真紀人が見惚れるような目をした。その甘い視線に心がかき乱される。
ハッと我に返ったのは真紀人の方だった。「でも」と弁明するように続ける。
「俺は今はもう猫好きだから」
「そうですか」
「つか、やばいよな、勝手にお前の名前つけてんの」
「猫に鶴って変だなぁと思いました」
「だよな。俺、ヤベェよ。会社とかもさ」
「……それも俺が由来なんですか?」
どういうこと?
株式会社ラビットウィング……。心の中で繰り返す。
うさぎと翼。
まさか?
「……法人化するとき時間なくて、俺ん中で印象的だったものを由来にした。となるともう全部司しかないだろ」
「うさぎ小屋ですか?」
「そう。司と会ってた場所にした」
司は呆気に取られた。「引いた?」と心配してくるので、正直に言う。
「引いてはいませんよ。ただ、適当すぎじゃないかなって」
「適当ではねぇから」
「そっか、ならいいんですけど」
「……ならいいのか。むしろ適当なのは司だろ」
司は初めて真紀人と出会った場面を思い浮かべる。
司は海苔巻きを食べながらウサギと猫を眺めている。するとうさぎ小屋の近くを通りかかった真紀人が、
「姫じゃん……」
と声をかけてくるのだ。
思わず呟くと、真紀人が司の目元を撫でた。司は彼を見つめながら呟く。
「適当なのは先輩の方でしょう。俺が姫ってなんだったんですか、あれ」
「あー、うーん」
真紀人は口元を緩めるように微笑んだ。司はそこで(あ、)と思う。
それは猫みたいな微笑み方だった。
確かに、かわいい。
「あのさ、嘘じゃねぇから」
「え?」
「一目惚れって言ったこと」
目を凝らせば真紀人の目の中に、目を丸くする司が見えるほど二人の距離は近い。
真紀人は眉を下げて言った。
「あん時、一目惚れだったんだ」
耳に蘇るのは、高校時代の真紀人の声だ。
——『姫じゃん』
そう言って唐突に現れた真紀人。司はびっくりして、彼を見上げることしかできていない。
でも今みたいにもっと近くで見つめていれば、彼の瞳に宿る甘やかさを見つけることができたのかもしれない。
そう考えると全ての過去が煌めいて見える。司が真紀人へ恋していたように、真紀人も司に恋していたのだ。
これほどときめく話があるだろうか。
「本当に嬉しい。俺と会ってくれてありがとう」
真紀人は何度目かの「ありがとう」を繰り返した。
司は微笑みを滲ませながら返す。
「……俺だって同じように思ってますよ」
「でも結局司が俺のところに来てくれただろ。俺も何かしてやりたい。司は何かして欲しいことねぇの?」
少しだけ悩んだ。二人でしたいことはプレゼント箱のように幾つも心の中に積もっているから。
九年間を離れて過ごしてしまった。けれどこれから時間は沢山ある。
無限みたいに広がる未来で一つずつ開けていこう。
だから今はこれだけだ。
「俺とキスしてください」
司はニッと目を細めた。猫みたいな笑い方は司由来かもしれないが、この悪戯っぽい微笑みは、真紀人から移ったものだ。
司は毅然と告げた。
「今すぐに」
「仰せのままに、お姫さま」
ふざけて真紀人は言った。司もふふっと笑う。
二人だけの世界で、唇に重なる熱を受け入れる。まだ夜は始まったばかりで日付も変わっていない。時間は沢山あって、その全部を真紀人と過ごせる。それがどれほどの幸福なのか、ゆっくり丁寧に、言葉と体とキスとで伝えていきたい。司はそんなことを考えながら真紀人を抱きしめ返した。つるが「ニャア」と鳴いている。遊ぶように笑うように、楽しそうに。
(完結)
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