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5 森良幸平 二十歳

39 誰?

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「幸平の思考回路どうなってんだ。偏差値高いとそうなんの? どこ大行ってる?」
「私たち同級生だろ」
「H大」
「幸平くん、答えなくていいんだよ」
 普通に考えればこの告白は失恋のきっかけになるのだろう。
 でも新しい関係の始まりになるかもしれないから。
 携帯の時刻表示の上部には十一月七日と記されている。あと、少しで十一月十一日だ。
 子供の頃、二人で朝陽を待ったことがある。あの日の朝を、陽太は覚えてくれているだろうか。
 高校の修学旅行で陽太は言ってくれた。あの朝が綺麗だったと。
 もう一度見たいと今も、願ってくれているだろうか。
 結局その日、具体的な案は捻り出せなくて、『お誘いのメッセージ』の作成は持ち帰ることにした。
 悩んだまま工場仕分けのバイトへ向かう。業務中も文章のことばかり考えていて、夜が明け、仕事を終えた後の帰りの電車もいつもは寝てしまうのに、ずっと携帯を見つめていた。
 陽太からの連絡はない。頭が回らなくて、メッセージを作り出せない。
 どうしようか迷って、幸平は途中の駅で降りた。
 陽太の部屋の最寄駅だ。まだ朝九時だから、陽太も部屋にいるかもしれない。
 会いに行こう。
 告白するなら、十一日の朝が良い。
 今日は、できれば十日の夜を一緒に過ごせないかと誘ってみよう。
 直接訪れるのは、文章を考えるのが難しいという理由だけではない。
 ひと目だけでも、早く会いたかったからだ。
 同時に、不安でもあった。
 連絡が来ないのは陽太に何かあったからではないか? 例えば彼が事故に遭ったとして、家族でも何でもない幸平にはその知らせなど入らない。
 昔は昼食をご馳走してくれた陽太の母親も、今でも自分たちに交流があるなど知らないはず。陽太はなぜか、自分の母親と幸平を近づけたくないみたいだから。
 当然と言えば当然だった。陽太からしたら、今更親に、友達なのか微妙なセフレの幸平を紹介するなどしたくないはず。
 だからこそ、こうして直接逢いに行くしかない。
 分かっている。徹夜明けで妙になっている思考ゆえの突飛な行動だ。分かってはいるが、もう決めたのだから会いに行く。
 心臓は常に正直で、今は破裂するほど鼓動が早くなっている。幸平の緊張で荒れ狂う心境とは真逆の、穏やかな朝だった。
 陽太はもう起きているかな? 子供の頃の陽太はとても早起きで、学校に遅刻したことなんかなかった。
 幸平は毎日が寝不足だったので、放課後になると途端に眠くなってしまう。小学校の裏庭で陽太と二人で遊んでいた。横に並んで話していたら、いきなり眠気が増して、陽太の肩に寄りかかり寝こけてしまったことがある。
 もう十一月に入っていたから、冷たい風が流れる午後四時だった。
 それでも、陽太は同じ寒空の下で、幸平が起きるまで隣にいてくれた――……
「……え」
 暴れ狂う心臓を抑えながらアパートへ向かう。途中で意識が過去に逃げてしまったが、なんとか陽太の住む階まで辿り着いた。
 そこで幸平が目にしたのは、陽太の部屋の前に立つ誰かだった。
「……」
 とても綺麗な女の人だ。
 幸平と同い年くらいの、スラリとした女性が、陽太の部屋の前に立っている。
 見たことのない人だった。陽太の大学の学生だろうか。
 まだ、朝九時なのに……。
「……誰?」
 声を出したのは、向こうの方だった。
 幸平の視線に気付いた彼女は、整った眉を顰めて、怪訝そうに幸平を見つめた。
 視線が右頬に集中している気がする。幸平は咄嗟に、右頬を隠すように俯く。
 黙っているのもおかしいので、恐る恐る訊ねた。
「そこ、よう……溝口くんの部屋ですよね」
「そうだけど……」
 女性が近付いてくる。幸平は一歩だけ退いた。
「陽太の友達? ……ほんとに? 見えないね」
「……」
「ごめんね、陽太もう家出てっちゃった」
 女性はニコッと慣れたように笑みを浮かべた。陽太は思わず息を呑んだ。
 溝口さん、でも陽太くん、でもない。
 陽太……。
「名前、何?」
「えっ……」
 女性は口元に笑みを引く。それでいて、不気味に感じるほど力強い視線で見つめてくる。
「だからアナタ。名前何て言うの?」
「……」
「用があるんでしょ? 私が伝えておくよ」
 幸平は三秒ほど唇を開いていたが、ふるっと首を横に振った。
「だ、大丈夫です」
「あ。そう?」
 長いまつげに縁取られた大きな目が、またしてもじっと幸平を凝視してくる。
 先客がいるなんて、思わなかった。踵を返した幸平は、マンションの階段へと慌てて戻る。
 チラリと振り返ると、その女性は陽太の部屋の前に戻り、扉をじっと見つめていた。
「……っ」
 彼女と陽太の関係は分からない。まだ、朝だ。幸平と同じ関係なのかもしれない。いや、それよりも深いのかも。だって、幸平は陽太と朝まで過ごしたことはないし、先に家を出た陽太の代わりに部屋の戸締りをしたこともない。
 彼女は、陽太の部屋の鍵を持っているのだろう。
「……でも」
 伝言は預けない。
 告白すると決めたのだから。
 目が焼けるほど熱くなって、呼吸が苦しくなった。それでも涙は堪えた。目尻を真っ赤にした幸平は息を深く吐き、マンションから出てすぐ、その場で文章を打つ。
《十日の夜、一緒に過ごせないかな?》
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