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序章 はい、諦めます
しおりを挟む【ID 非公開さん】
恋愛に関して質問があります。アドバイスをご教示いただければ幸いです。
ずっと昔から幼馴染に恋をしています。
その人は自分からすればとても輝かしくて、憧れの存在で、自分とは不釣り合いの、子供の頃から好きな相手でした。
幸いにもその人と体の関係を結ぶことができました。
しかしセックスが終わると、すぐに解散です。いわゆるセフレという関係らしいです。
どうしたら自然に、恋人になれるでしょうか?
(1人が共感しています)
《回答》
【kkk*************さん】
残念ながら脈なしです(笑)
男はセックス脳なので、まず第一にヤることがゴールで、最終目的です。
その過程で告白やデートや恋人になるなど段階があるのに、
あなたは最終目的を先に与えてしまったのです。
もうすでにゴールに達してるのに、ここからわざわざ面倒な過程を経てデートなど恋人らしいことなんてしてくれません。
金も時間もかかるし、男にとっては面倒でしょう。
厳しい意見でしたらすみません(笑)このまま都合の良い存在のセフレとしてやっていくのも良いですが、諦めるなり離れるなりした方が吉かと思われますw
小学校低学年の頃についた渾名は『ごぼう』だった。
理由はヒョロっこくて肌が白いからだ。幸平(こうへい)は知らなかったけれど、ごぼうというのは、皮を剥ぐと中は白いらしい。
ごぼうと言えば金平ごぼう。それが派生して、幸平は『ごぼ平』と呼ばれた。
あれは夏休み明けだった。長期休暇が終わり、皆もストレスが溜まっていたのか、放課後公園にいると体の大きなクラスメイトたちがやってきて『ごぼひらの皮剥ごうぜー』と公衆トイレの裏で服を脱がされかけた。
薄暗い草陰。幸平は恐怖で動くことができない。
そこに差し込んだ光は、隣の家に住む親友の陽太(ようた)だった。
贅肉を着ていると言った方が正しいほど体格の良い中田に飛び蹴りを入れた陽太は、若い牡鹿のように綺麗に着地する。
目の前に中田が転がっている。呆然とする幸平に、陽太は言った。
「コウちゃん、今日はサッカーすんだろっ」
陰気な存在としてクラスでも端っこにいる幸平に比べて、陽太は顔もかっこいいし運動もできるし、皆に人気の対極な存在だった。
でも陽太は友達でいてくれる。幸平は「うん」だか「おう」だか言って、立ち上がった。
給食着を振り回し、中田の仲間たちに突撃した。一人の顔に当てると、そいつは尻餅をつく。陽太は「ナイスヒット!」と笑った。
二人で六人相手に必死で挑んだ。結果的に、再起した中田に押し潰されてしまったが、不思議と心は晴れやかだった。
幸平と陽太は、擦り傷だらけの足も構うことなく、日が暮れるまでサッカーボールを蹴って遊んだ。
それ以降、ずっと黙ってじっとしていた幸平の反撃が余程予想外だったのか、中田たちに絡まれることはなく、幸平は地味ながらも平穏に学校生活を過ごした。
あの夕刻に見た、真っ赤な空は本当に綺麗で、忘れられない。
――しかし十年以上経った今、この話をしても誰も信じてくれない。
幸平が反撃したことに関してではなく、皆口を揃えて『溝口陽太さんは喧嘩に手こずる男じゃないだろ』と言うのだ。
幸平も陽太も二十歳になった。幸平の膝や肩は擦り傷もすっかり治って綺麗なままだが、陽太は違う。
小学校までは仲良く遊んでいたけれど、中学の半ばから陽太に話しかけても無視されることが多くなった。陽太は学校を休みがちになり、高校に上がる頃には、あの真っ新だった肩にタトゥーが彫られていた。
肩の刺青と、沢山空いたピアス。そして数々の悪い噂。それらが『溝口陽太』を創るようになる。
きっと私服校だからだろう、陽太は偶然にも幸平と同じ高校を選んでいて、二人はまたしても同級生になった。
しかしなおもクラスの隅にいる幸平にとって陽太は、その段階ではとてつもなく遠い存在にいる。
校内で溝口陽太を知らない者はいなかった。黒髪の癖っ毛の下に隠れる耳には沢山のピアスが空いている。肩の刺青を見た生徒も少なくない。陽太が校外で連む人たちも治安が悪く、殆どは大人だ。
陽太はそうやって恐れられていたけれど、決して嫌われているわけではなかった。
悪い噂の反面、彼はよく笑う。常にニコニコしていて、男子にも女子にも優しく、声を荒げたり怒ったりはしない。
何よりも、誰もが見惚れるほどの美人だった。
だから皆に恐れられ、憧れを抱かれる。陽太の周りにはいつも人が絶えないし、それは学年も性別も選ばない。
女子にも沢山モテていた。常に彼女が五人いて、一時期はサッカーチームが組めるほどいたらしい。皆納得の上で陽太の周りにいて、彼女たちは実際には恋人ではなく『セフレ』であり、その界隈は大奥と呼ばれていた。
庶民の幸平は、その煌びやかな世界を見上げているしかない。幸平はただの一般人で、友達は三人だけ。
多くを従え、多くに好かれる陽太は、幸平が幼馴染だったことを覚えているだろうか。
一緒にサッカーをして遊んだこと。日が昇る前の明け方に話し込んだこと。毎日のように放課後集まったこと。
幸平はただの一般人だけど、王様みたいな陽太に憧れ続けている。
それは幸平が、……子供の頃から陽太を好きで、それが性愛も含むものだと自覚しているからだ。
中学では話せないまま終わってしまったけれど、高校では話しかけたい。少しでも話したい。王様に長年懸想する一般国民は、とうとう卒業式に決意する。
高校を卒業してしまえば、陽太と話すきっかけは二度とこない。
ならば最後に一度だけ。
自分の秘め続けた恋を伝えるのだ。
そうして幸平は卒業式の日、渾身の勇気を振り絞って、長年の片思いを陽太へと打ち明けた。
「陽太くん。俺、ずっと陽太くんのことが好きだった」
少し肌寒い春の日だった。まさか男の、もう親しくもない幼馴染から告白なんてされると思わなかったのだろう。
陽太はかなりの時間黙り込んでいた。それは幸平も同じで、硬直した体の自由が戻った時、ようやく踵を返してその場を去ろうとする。
しかし引き止めたのは陽太だった。
彼は言った。
——俺とシたいってこと?
あの時は必死で、今となっては記憶が曖昧だ。
だが結果的に、幸運にも陽太と関係を持つことができた。
幸平は、幼馴染だった親しくない同級生の一人から、六人目のセフレに昇格したのだった。
卒業したらもう二度と会えないと涙ぐんだ日も数多かった。しかしそれから二年間、陽太と関係を続けることができた。
――だが。
「……諦めるのが吉、かぁ」
幸平の頭の中は、目の前を過ぎ去った光景と、あの残酷な回答文章でかき乱されている。
乱されて、荒らされて、息も吐けないほどに苦しい。寒い。雨に打たれていた。傘もなく立ち竦んでいるからだ。
先ほど去っていった男女たちは雨に濡れない。二人は同じ傘に入り身を寄せ合っていた。
二人は……陽太と綺麗な女性は、この明け方、陽太の部屋から出るとどこかへ歩いていった。
……昨晩の幸平との待ち合わせに陽太はやってこなかった。
一晩中待っていたけれど彼は来なかった。陽太はあの女性といたのだから当然だ。だって最近の幸平は連絡すら返してもらえない。
だから。
最後に告白しようと思ったけれど、その機会すら与えられなかったらしい。
「……うん」
幸平は携帯を取り出した。ネットに投稿された質問文と回答が、暗がりに慣れた目に眩しすぎる。
強烈な光に涙が滲み出る。幸平は心の中で返信した。
はい、諦めます。
でも、一生分の思い出ができたので充分です。
十二年前に出会った陽太への、十年に及ぶ片思いが、冷たい雨に打たれて終わりを迎えたのだった。
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