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第3章
3-16
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ルーカスは怒りを露わにするように、拳を机にぶつけた。
「どいつもこいつも怖気付きやがって!」
家族ならともかく、アルベルトまで反対するとは思っていなかった。彼はルネのことを騎士団の誰よりも気にかけていたからだ。だからルネの居所がわかるかもしれないと言えば簡単に調査をしてくれると思っていたのに、実際は、クロースティやディストールと同じようなことを言う。
「王の許可……許可など貰えるはずがない。ルネの捜索にも未だに協力してくれないというのに。そもそも何故王は力を貸してくださらないのだ。国の3大貴族の長女が攫われたんだぞ。これ以上に重要な事件などあるはずもない!」
雑に椅子をひいてそこに腰かけるルーカスは、苦々しい表情で懐に手を入れる。取り出したのは一つの小さな鍵だ。それを机の3段に分かれた引き出しの一番下にさし込み右に回した。カチリ、という軽い音がして引き出しが開く。引き出しの中には複数の文書と、両手で持てるほどの大きさの箱がある。
「他の公爵家にも協力は頼めないし、王もあてにならん。これからどうすればよいのだ」
ルーカスはその豪華な装飾が施された箱を手に取り、また別の鍵を取り出して開けた。
そこにはルーカスしか知らない機密文書と、印章、そしてもう一つ。ルーカスはその一つを大事そうに撫でた。
それは初代当主の遺言が書かれた手紙だった。ルーカスはこれを宝物のように扱っていた。
「初代当主よ。あなたの大切な後継者をこのような目に遭わせてしまい、申し訳ありません。必ず見つけ出しますので、どうかその知恵とお力をお貸しください」
文書は何も応えなかった。ルーカスは一つ大きなため息をつき、パタンと箱を閉じる。
そこでハッと気づいた。
「アルベルトは、何故あそこまで頑なに反対したんだ?領地の話題まで出して、まるで話を逸らそうとしていたような。奴はルネのことを一番に考えていたはずだ。それなのに家族の方が大切だと?命令に背いてまで、あり得ない」
一度抱いた疑念は、簡単に払うことは出来ない。
アルベルトの言動はひとえに当主の過ちを正し、そして愛する妻を思っての言動だったが、その裏にもう一つの思惑もあった。それも事実だ。
「何か隠しているのか?」
ルーカスは箱を机の上に置き、顔の前で手を組んで考え込んだ。
ルネはクロースティとディストールに散々虐待されていた。それを知ってはいたが、騎士団の者や使用人たちがルネの世話をしていたから、ルーカスから何か手を差し伸べてやることはしなかった。そして騎士団の中で最もルネを気にかけていたのがアルベルトだ。ルネが誘拐されたところを目撃もしている。本人に話を聞いた時にも、自分の力不足を本気で後悔しているような表情をしていた。
だからこの計画の一番の適任者だと思った。けれどそれが間違っていたら。
「アルベルトは何か知っているのかもしれない」
その疑いの言葉を隠すように、冬の風が窓を揺らした。
アルベルトは閉まる扉の向こうで、俯いて怒りに震えるルーカスを目視した。けれど自分の言動に後悔はしていない。述べた理由も、間違いではないはずだ。隣国まで捜索の手を伸ばすとなれば、双方の国王の許可がいることは、この国の誰でも知っている。それを犯すというのなら、自分だけの問題ではなくなる。
愛する存在を、犯罪者の妻にするわけにはいかないのだ。
「アルベルト様!」
軽快な靴音を鳴らして駆け寄ってきたのはリリィだ。
「リリィ殿。待っていてくださったのか」
「はい。なんだか心配で。あの、お話の内容って……」
「ああ。お嬢様の捜索を隣国まで伸ばすという話だった」
「隣国!?そ、そんなこと」
「陛下の許可がないと出来ないから、と言ってお断りしてきた」
リリィはその不安そうな表情を一層深くした。
「大丈夫なんですか?」
「私のことか?大丈夫だ。心配ない」
アルベルトがリリィを安心させるように笑ってみせる。それにつられて、リリィもぎこちなく笑みを返した。
「それに領地の魔物の件、こちらで進められそうだ。ついでに話をつけてきたんだ。これから執事に話してくるよ」
「そうですか。あの」
リリィが不意に立ち止まって、顔を上げた。アルベルトをまっすぐに見上げる。
「うまく、いきますよね……?」
夜の暗い廊下で2人、視線を通わせる。
うまくいく。それは何に対してか。
「ああ。必ず」
アルベルトは騎士団長の顔で強く頷いた。
「どいつもこいつも怖気付きやがって!」
家族ならともかく、アルベルトまで反対するとは思っていなかった。彼はルネのことを騎士団の誰よりも気にかけていたからだ。だからルネの居所がわかるかもしれないと言えば簡単に調査をしてくれると思っていたのに、実際は、クロースティやディストールと同じようなことを言う。
「王の許可……許可など貰えるはずがない。ルネの捜索にも未だに協力してくれないというのに。そもそも何故王は力を貸してくださらないのだ。国の3大貴族の長女が攫われたんだぞ。これ以上に重要な事件などあるはずもない!」
雑に椅子をひいてそこに腰かけるルーカスは、苦々しい表情で懐に手を入れる。取り出したのは一つの小さな鍵だ。それを机の3段に分かれた引き出しの一番下にさし込み右に回した。カチリ、という軽い音がして引き出しが開く。引き出しの中には複数の文書と、両手で持てるほどの大きさの箱がある。
「他の公爵家にも協力は頼めないし、王もあてにならん。これからどうすればよいのだ」
ルーカスはその豪華な装飾が施された箱を手に取り、また別の鍵を取り出して開けた。
そこにはルーカスしか知らない機密文書と、印章、そしてもう一つ。ルーカスはその一つを大事そうに撫でた。
それは初代当主の遺言が書かれた手紙だった。ルーカスはこれを宝物のように扱っていた。
「初代当主よ。あなたの大切な後継者をこのような目に遭わせてしまい、申し訳ありません。必ず見つけ出しますので、どうかその知恵とお力をお貸しください」
文書は何も応えなかった。ルーカスは一つ大きなため息をつき、パタンと箱を閉じる。
そこでハッと気づいた。
「アルベルトは、何故あそこまで頑なに反対したんだ?領地の話題まで出して、まるで話を逸らそうとしていたような。奴はルネのことを一番に考えていたはずだ。それなのに家族の方が大切だと?命令に背いてまで、あり得ない」
一度抱いた疑念は、簡単に払うことは出来ない。
アルベルトの言動はひとえに当主の過ちを正し、そして愛する妻を思っての言動だったが、その裏にもう一つの思惑もあった。それも事実だ。
「何か隠しているのか?」
ルーカスは箱を机の上に置き、顔の前で手を組んで考え込んだ。
ルネはクロースティとディストールに散々虐待されていた。それを知ってはいたが、騎士団の者や使用人たちがルネの世話をしていたから、ルーカスから何か手を差し伸べてやることはしなかった。そして騎士団の中で最もルネを気にかけていたのがアルベルトだ。ルネが誘拐されたところを目撃もしている。本人に話を聞いた時にも、自分の力不足を本気で後悔しているような表情をしていた。
だからこの計画の一番の適任者だと思った。けれどそれが間違っていたら。
「アルベルトは何か知っているのかもしれない」
その疑いの言葉を隠すように、冬の風が窓を揺らした。
アルベルトは閉まる扉の向こうで、俯いて怒りに震えるルーカスを目視した。けれど自分の言動に後悔はしていない。述べた理由も、間違いではないはずだ。隣国まで捜索の手を伸ばすとなれば、双方の国王の許可がいることは、この国の誰でも知っている。それを犯すというのなら、自分だけの問題ではなくなる。
愛する存在を、犯罪者の妻にするわけにはいかないのだ。
「アルベルト様!」
軽快な靴音を鳴らして駆け寄ってきたのはリリィだ。
「リリィ殿。待っていてくださったのか」
「はい。なんだか心配で。あの、お話の内容って……」
「ああ。お嬢様の捜索を隣国まで伸ばすという話だった」
「隣国!?そ、そんなこと」
「陛下の許可がないと出来ないから、と言ってお断りしてきた」
リリィはその不安そうな表情を一層深くした。
「大丈夫なんですか?」
「私のことか?大丈夫だ。心配ない」
アルベルトがリリィを安心させるように笑ってみせる。それにつられて、リリィもぎこちなく笑みを返した。
「それに領地の魔物の件、こちらで進められそうだ。ついでに話をつけてきたんだ。これから執事に話してくるよ」
「そうですか。あの」
リリィが不意に立ち止まって、顔を上げた。アルベルトをまっすぐに見上げる。
「うまく、いきますよね……?」
夜の暗い廊下で2人、視線を通わせる。
うまくいく。それは何に対してか。
「ああ。必ず」
アルベルトは騎士団長の顔で強く頷いた。
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