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第3章
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ドアが開く音に、ルネは弾かれたように振り向いた。
「ミカエル様、おかえりなさい!」
「ただいま」
ミカエルが街から戻ってきた。ルネはいつも以上にそわそわして訊ねた。
「ミカエル様、あの、リリィとアルベルトには」
「ああ、ちゃんと手紙を届けてきた。今頃読んでいるんじゃないかな」
「そうですか。良かった……」
ルネはほっと胸をなでおろす。リリィもアルベルトも、ネイティア家に近付かなければ会えない。ミカエルが魔法で届けるから接触はしないと言っていたが、それでも心配だった。いつも街に行くミカエルを見送る時よりもずっと、ルネの心臓は緊張で高鳴っていた。
「これでリリィ達が安心してくれるといいのですが」
「きっと大丈夫だ」
ミカエルは眉を下げるルネの気を紛らわせるようにキッチンに向かう。そこでフォークとスプーンを2人分持って戻ってきた。
「ルネ。昼食にしよう。街で少し、買い物をしてきたんだ。君の好みのデザートも買ってきた」
差し出された手を、何のためらいもなくとる。ミカエルは誘うようにルネを低い丸テーブルに座らせた。彼のこういう仕草を何度も見てきたが、その度に紳士的で緊張してしまう。最初はこの感情が何なのか分からなくて戸惑っていたが、今では感情の名前などどうでもよくなってしまった。ミカエルが手を差し伸べてくれる。それだけでルネは嬉しいのだ。
「今日はオムレツとプリンを買ってきた」
「まあ、美味しそうですね!ありがとうございます、ミカエル様」
そうして他愛のない話をしているうちに、ルネの笑顔が戻ってきた。ミカエルが満足そうに頷く仕草に、ルネは首を傾げる。
「ミカエル様?」
「なんだ」
「いえ。なんだか嬉しそうでしたので」
「そうか?」
「はい」
ミカエルは顎に緩く指をあてた。と、その時。首から下げていた身分証のカードが、僅かに震えた。
ミカエルは来ていた黒いシャツの下からカードを取り出し、数秒それを見つめた。
「任務ですか?」
「いや、手配書のお知らせだ」
「手配書?」
手配書とは、お尋ね者の指名手配書のことだ。これは新しいものが入るたびに、カードに情報が送られ情報提供を促している。
嫌な予感にルネの表情がまた曇っていく。
「まさか」
「違う。私じゃないな。これは、狼の獣人だ」
「そ、そうですか」
ルネは詰まっていた息を吐き出した。
「アルベルト達が口を割ったとしても、今日の今日では早すぎる。大丈夫だ。彼らがむやみに君を危険な目に合わせるわけがないだろう」
「そうですね」
それでもルネの表情は変わらない。
やはりやめておくべきだったか、とミカエルは考えた。だが、彼女がリリィやアルベルトに手紙を書いている時は、とても楽しそうだった。その感情が、嘘だとは思えない。ただ心配事は増やしてしまったかもしれない。これをきっかけに彼女の物事を悪い方向に考える癖が出てこなければいいが。
「リリィ達はそんなことしませんわよ。大丈夫ですよね。ね、ミカエル様」
ミカエルはルネのその言葉に、少し驚いて目を見開いた。少し前だったら、何でも最悪のことを考えて落ち込むことを繰り返していた彼女が、希望を口にしたのだから、驚くほかはない。
ルネは、ミカエルのもとで確実に良い方に成長をしている。ミカエルはそれを確信してなんだか誇らしくなった。
「そうだな。そうやって彼らを信じてやれ。少しだけでもいいから」
「はい。信じてみます」
いつだか、ルネの魔力が暴走した時ミカエルは、「信じることが難しければ、言葉を素直に受け取る努力をしよう」と言った。ルネはそれからミカエルの言葉をまっすぐに受け止めようと、褒めれば謙遜ではなくお礼を言うようにしてきたし、魔法の特訓の時も任務の時も、ミカエルの言葉を何でも覚えて自分の身にしてきた。ミカエルの言ったことに関しては、大分信じられるようになってきたとミカエル自身も思っていたが、どうやらルネはミカエルが思っている以上に成長をしているらしい。
「ミカエル様、おかえりなさい!」
「ただいま」
ミカエルが街から戻ってきた。ルネはいつも以上にそわそわして訊ねた。
「ミカエル様、あの、リリィとアルベルトには」
「ああ、ちゃんと手紙を届けてきた。今頃読んでいるんじゃないかな」
「そうですか。良かった……」
ルネはほっと胸をなでおろす。リリィもアルベルトも、ネイティア家に近付かなければ会えない。ミカエルが魔法で届けるから接触はしないと言っていたが、それでも心配だった。いつも街に行くミカエルを見送る時よりもずっと、ルネの心臓は緊張で高鳴っていた。
「これでリリィ達が安心してくれるといいのですが」
「きっと大丈夫だ」
ミカエルは眉を下げるルネの気を紛らわせるようにキッチンに向かう。そこでフォークとスプーンを2人分持って戻ってきた。
「ルネ。昼食にしよう。街で少し、買い物をしてきたんだ。君の好みのデザートも買ってきた」
差し出された手を、何のためらいもなくとる。ミカエルは誘うようにルネを低い丸テーブルに座らせた。彼のこういう仕草を何度も見てきたが、その度に紳士的で緊張してしまう。最初はこの感情が何なのか分からなくて戸惑っていたが、今では感情の名前などどうでもよくなってしまった。ミカエルが手を差し伸べてくれる。それだけでルネは嬉しいのだ。
「今日はオムレツとプリンを買ってきた」
「まあ、美味しそうですね!ありがとうございます、ミカエル様」
そうして他愛のない話をしているうちに、ルネの笑顔が戻ってきた。ミカエルが満足そうに頷く仕草に、ルネは首を傾げる。
「ミカエル様?」
「なんだ」
「いえ。なんだか嬉しそうでしたので」
「そうか?」
「はい」
ミカエルは顎に緩く指をあてた。と、その時。首から下げていた身分証のカードが、僅かに震えた。
ミカエルは来ていた黒いシャツの下からカードを取り出し、数秒それを見つめた。
「任務ですか?」
「いや、手配書のお知らせだ」
「手配書?」
手配書とは、お尋ね者の指名手配書のことだ。これは新しいものが入るたびに、カードに情報が送られ情報提供を促している。
嫌な予感にルネの表情がまた曇っていく。
「まさか」
「違う。私じゃないな。これは、狼の獣人だ」
「そ、そうですか」
ルネは詰まっていた息を吐き出した。
「アルベルト達が口を割ったとしても、今日の今日では早すぎる。大丈夫だ。彼らがむやみに君を危険な目に合わせるわけがないだろう」
「そうですね」
それでもルネの表情は変わらない。
やはりやめておくべきだったか、とミカエルは考えた。だが、彼女がリリィやアルベルトに手紙を書いている時は、とても楽しそうだった。その感情が、嘘だとは思えない。ただ心配事は増やしてしまったかもしれない。これをきっかけに彼女の物事を悪い方向に考える癖が出てこなければいいが。
「リリィ達はそんなことしませんわよ。大丈夫ですよね。ね、ミカエル様」
ミカエルはルネのその言葉に、少し驚いて目を見開いた。少し前だったら、何でも最悪のことを考えて落ち込むことを繰り返していた彼女が、希望を口にしたのだから、驚くほかはない。
ルネは、ミカエルのもとで確実に良い方に成長をしている。ミカエルはそれを確信してなんだか誇らしくなった。
「そうだな。そうやって彼らを信じてやれ。少しだけでもいいから」
「はい。信じてみます」
いつだか、ルネの魔力が暴走した時ミカエルは、「信じることが難しければ、言葉を素直に受け取る努力をしよう」と言った。ルネはそれからミカエルの言葉をまっすぐに受け止めようと、褒めれば謙遜ではなくお礼を言うようにしてきたし、魔法の特訓の時も任務の時も、ミカエルの言葉を何でも覚えて自分の身にしてきた。ミカエルの言ったことに関しては、大分信じられるようになってきたとミカエル自身も思っていたが、どうやらルネはミカエルが思っている以上に成長をしているらしい。
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