三毛猫、公爵令嬢を拾う。

蒼依月

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第3章

3-2

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「不可侵の森。あんなところに」

 アルベルトはミカエルから受け取った手紙を、自宅で読んでいた。
 彼は昨日から休暇を取っていて、今は王都の住宅街で妻と2人、仲良く休暇を楽しんでいた。そこに突如懐かしい友の声が耳に入ってきた。遠くから声を飛ばす音魔法だとすぐに分かった。
 ミカエルは言った。

「これを。なるべく誰にも見つからない場所で読んでくれ。読んだら、火で燃やして捨てるように」
「ミカエル?お前、今どこに……」

 その問いかけには、ミカエルは答えなかった。代わりに1通の手紙が、いつの間にか手に握られていた。
 アルベルトはすぐに自室に入り、手紙を開けた。封筒には一言。『アルベルトへ』とだけ書かれて、送り主の名前は無かった。だが、筆跡ですぐに分かった。それが自分の仕えている主の娘、ルネの文字だと。彼女の文字は線が細く、手本のように美しかった。
 封筒の中には、便箋が3枚入っていた。それからメッセージカードが1枚同封されていた。
 アルベルトはまずメッセージカードを読んだ。そこにはルネの文字ではない筆跡で、淡々と「ルネのことは私が見ているから、安心しろ。」とだけ書かれていた。

「これは、ミカエルだな」

 苦笑しながらアルベルトは自室にある椅子に腰かける。メッセージカードを封筒の中にしまい、今度は2つ折りにされた便箋を開いた。
 そこにはルネの丁寧な口調で、この1年のミカエルとの行動が細かく書かれていた。たまに出るルネの心の声が、屋敷にいた頃には無かった傾向で、アルベルトは感極まって涙しそうになった。目元を押さえて手紙の続きを読む。
 驚くべきことに、彼女は魔法が使えるようになったと書いていた。魔法をミカエルに教えてもらったこと、初めて魔物を退治したこと、日々成長を感じて充実していること、ルネは確かに今も生きているのだと手紙の内容が伝えてくる。

「きっと笑顔も増えたんだろうな」

 屋敷にいた時は、いつも俯いてクロースティ達の顔色を窺い怯えていた表情しか見ていなかった。笑顔なんて、年に何度見られるか分からないくらいだったのに、この手紙には、ルネの生き生きした感情がそのままの言葉で書かれている。
 アルベルトは結局涙を流した。流しながら、彼女の手紙を読み進めた。

『アルベルト。あなたは優しすぎるから、私のことに責任を感じていないか心配です。私はもう何も出来なかった深窓の令嬢じゃないわ。魔法も使えるようになって、私にも出来ることがあるんだって、この1年間ミカエル様と一緒に沢山に人に出会ってそう思えたの。自分に少し、自信が持てるようになったわ。だから、私は大丈夫。あなたも、あなたのことだけを考えて。奥さんを大切にね』

 終始、優しさのあふれる内容だった。
 ルネのことに責任を感じていないわけでは無かった。ただ、他にもっと、何か自分に出来なかったのだろうかと、考えない日は無い。あの時、リリィがミカエルにルネを託した時から、ずっと。最初こそリリィの言動に驚きはしたが、それが今の最善だと本能が言っていた。

(あの屋敷には、お嬢様が安らげる場所なんて無かった。だから私は、ミカエルのことをずっと黙っていた。それは間違いではなかったんだな)

「お嬢様が笑っておられるなら、私はなんだってやるさ」

 決意を新たにした時、部屋の扉をノックする音がした。

「アルベルトさん、お昼ご飯、できましたよ」
「ああ、今行くよ」

 愛しの妻の声だ。アルベルトは手紙を一瞥して、名残惜し気に指先に炎を出した。それをゆっくりと手紙に近付ける。手紙は、右端に書かれたルネの名前から燃えていった。
 
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