54 / 82
第3章
3-2
しおりを挟む
「不可侵の森。あんなところに」
アルベルトはミカエルから受け取った手紙を、自宅で読んでいた。
彼は昨日から休暇を取っていて、今は王都の住宅街で妻と2人、仲良く休暇を楽しんでいた。そこに突如懐かしい友の声が耳に入ってきた。遠くから声を飛ばす音魔法だとすぐに分かった。
ミカエルは言った。
「これを。なるべく誰にも見つからない場所で読んでくれ。読んだら、火で燃やして捨てるように」
「ミカエル?お前、今どこに……」
その問いかけには、ミカエルは答えなかった。代わりに1通の手紙が、いつの間にか手に握られていた。
アルベルトはすぐに自室に入り、手紙を開けた。封筒には一言。『アルベルトへ』とだけ書かれて、送り主の名前は無かった。だが、筆跡ですぐに分かった。それが自分の仕えている主の娘、ルネの文字だと。彼女の文字は線が細く、手本のように美しかった。
封筒の中には、便箋が3枚入っていた。それからメッセージカードが1枚同封されていた。
アルベルトはまずメッセージカードを読んだ。そこにはルネの文字ではない筆跡で、淡々と「ルネのことは私が見ているから、安心しろ。」とだけ書かれていた。
「これは、ミカエルだな」
苦笑しながらアルベルトは自室にある椅子に腰かける。メッセージカードを封筒の中にしまい、今度は2つ折りにされた便箋を開いた。
そこにはルネの丁寧な口調で、この1年のミカエルとの行動が細かく書かれていた。たまに出るルネの心の声が、屋敷にいた頃には無かった傾向で、アルベルトは感極まって涙しそうになった。目元を押さえて手紙の続きを読む。
驚くべきことに、彼女は魔法が使えるようになったと書いていた。魔法をミカエルに教えてもらったこと、初めて魔物を退治したこと、日々成長を感じて充実していること、ルネは確かに今も生きているのだと手紙の内容が伝えてくる。
「きっと笑顔も増えたんだろうな」
屋敷にいた時は、いつも俯いてクロースティ達の顔色を窺い怯えていた表情しか見ていなかった。笑顔なんて、年に何度見られるか分からないくらいだったのに、この手紙には、ルネの生き生きした感情がそのままの言葉で書かれている。
アルベルトは結局涙を流した。流しながら、彼女の手紙を読み進めた。
『アルベルト。あなたは優しすぎるから、私のことに責任を感じていないか心配です。私はもう何も出来なかった深窓の令嬢じゃないわ。魔法も使えるようになって、私にも出来ることがあるんだって、この1年間ミカエル様と一緒に沢山に人に出会ってそう思えたの。自分に少し、自信が持てるようになったわ。だから、私は大丈夫。あなたも、あなたのことだけを考えて。奥さんを大切にね』
終始、優しさのあふれる内容だった。
ルネのことに責任を感じていないわけでは無かった。ただ、他にもっと、何か自分に出来なかったのだろうかと、考えない日は無い。あの時、リリィがミカエルにルネを託した時から、ずっと。最初こそリリィの言動に驚きはしたが、それが今の最善だと本能が言っていた。
(あの屋敷には、お嬢様が安らげる場所なんて無かった。だから私は、ミカエルのことをずっと黙っていた。それは間違いではなかったんだな)
「お嬢様が笑っておられるなら、私はなんだってやるさ」
決意を新たにした時、部屋の扉をノックする音がした。
「アルベルトさん、お昼ご飯、できましたよ」
「ああ、今行くよ」
愛しの妻の声だ。アルベルトは手紙を一瞥して、名残惜し気に指先に炎を出した。それをゆっくりと手紙に近付ける。手紙は、右端に書かれたルネの名前から燃えていった。
アルベルトはミカエルから受け取った手紙を、自宅で読んでいた。
彼は昨日から休暇を取っていて、今は王都の住宅街で妻と2人、仲良く休暇を楽しんでいた。そこに突如懐かしい友の声が耳に入ってきた。遠くから声を飛ばす音魔法だとすぐに分かった。
ミカエルは言った。
「これを。なるべく誰にも見つからない場所で読んでくれ。読んだら、火で燃やして捨てるように」
「ミカエル?お前、今どこに……」
その問いかけには、ミカエルは答えなかった。代わりに1通の手紙が、いつの間にか手に握られていた。
アルベルトはすぐに自室に入り、手紙を開けた。封筒には一言。『アルベルトへ』とだけ書かれて、送り主の名前は無かった。だが、筆跡ですぐに分かった。それが自分の仕えている主の娘、ルネの文字だと。彼女の文字は線が細く、手本のように美しかった。
封筒の中には、便箋が3枚入っていた。それからメッセージカードが1枚同封されていた。
アルベルトはまずメッセージカードを読んだ。そこにはルネの文字ではない筆跡で、淡々と「ルネのことは私が見ているから、安心しろ。」とだけ書かれていた。
「これは、ミカエルだな」
苦笑しながらアルベルトは自室にある椅子に腰かける。メッセージカードを封筒の中にしまい、今度は2つ折りにされた便箋を開いた。
そこにはルネの丁寧な口調で、この1年のミカエルとの行動が細かく書かれていた。たまに出るルネの心の声が、屋敷にいた頃には無かった傾向で、アルベルトは感極まって涙しそうになった。目元を押さえて手紙の続きを読む。
驚くべきことに、彼女は魔法が使えるようになったと書いていた。魔法をミカエルに教えてもらったこと、初めて魔物を退治したこと、日々成長を感じて充実していること、ルネは確かに今も生きているのだと手紙の内容が伝えてくる。
「きっと笑顔も増えたんだろうな」
屋敷にいた時は、いつも俯いてクロースティ達の顔色を窺い怯えていた表情しか見ていなかった。笑顔なんて、年に何度見られるか分からないくらいだったのに、この手紙には、ルネの生き生きした感情がそのままの言葉で書かれている。
アルベルトは結局涙を流した。流しながら、彼女の手紙を読み進めた。
『アルベルト。あなたは優しすぎるから、私のことに責任を感じていないか心配です。私はもう何も出来なかった深窓の令嬢じゃないわ。魔法も使えるようになって、私にも出来ることがあるんだって、この1年間ミカエル様と一緒に沢山に人に出会ってそう思えたの。自分に少し、自信が持てるようになったわ。だから、私は大丈夫。あなたも、あなたのことだけを考えて。奥さんを大切にね』
終始、優しさのあふれる内容だった。
ルネのことに責任を感じていないわけでは無かった。ただ、他にもっと、何か自分に出来なかったのだろうかと、考えない日は無い。あの時、リリィがミカエルにルネを託した時から、ずっと。最初こそリリィの言動に驚きはしたが、それが今の最善だと本能が言っていた。
(あの屋敷には、お嬢様が安らげる場所なんて無かった。だから私は、ミカエルのことをずっと黙っていた。それは間違いではなかったんだな)
「お嬢様が笑っておられるなら、私はなんだってやるさ」
決意を新たにした時、部屋の扉をノックする音がした。
「アルベルトさん、お昼ご飯、できましたよ」
「ああ、今行くよ」
愛しの妻の声だ。アルベルトは手紙を一瞥して、名残惜し気に指先に炎を出した。それをゆっくりと手紙に近付ける。手紙は、右端に書かれたルネの名前から燃えていった。
0
お気に入りに追加
53
あなたにおすすめの小説
記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。
せいめ
恋愛
メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。
頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。
ご都合主義です。誤字脱字お許しください。
【完結】いてもいなくてもいい妻のようですので 妻の座を返上いたします!
ユユ
恋愛
夫とは卒業と同時に婚姻、
1年以内に妊娠そして出産。
跡継ぎを産んで女主人以上の
役割を果たしていたし、
円満だと思っていた。
夫の本音を聞くまでは。
そして息子が他人に思えた。
いてもいなくてもいい存在?萎んだ花?
分かりました。どうぞ若い妻をお迎えください。
* 作り話です
* 完結保証付き
* 暇つぶしにどうぞ
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話
ラララキヲ
恋愛
長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。
しかし寝室に居た妻は……
希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──
一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……──
<【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました>
◇テンプレ浮気クソ男女。
◇軽い触れ合い表現があるのでR15に
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾は察して下さい…
◇なろうにも上げてます。
※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)
何もできない王妃と言うのなら、出て行くことにします
天宮有
恋愛
国王ドスラは、王妃の私エルノアの魔法により国が守られていると信じていなかった。
側妃の発言を聞き「何もできない王妃」と言い出すようになり、私は城の人達から蔑まれてしまう。
それなら国から出て行くことにして――その後ドスラは、後悔するようになっていた。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
元侯爵令嬢は冷遇を満喫する
cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。
しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は
「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」
夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。
自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。
お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。
本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。
※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります
※作者都合のご都合主義です。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
比べないでください
わらびもち
恋愛
「ビクトリアはこうだった」
「ビクトリアならそんなことは言わない」
前の婚約者、ビクトリア様と比べて私のことを否定する王太子殿下。
もう、うんざりです。
そんなにビクトリア様がいいなら私と婚約解消なさってください――――……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる