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第3章
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リリィは駆け足で自室に向かっていた。
心臓が早鐘を打っている。緊張して、背に汗が流れ落ちる。
廊下の角を曲がった時、同僚のメイドとぶつかりそうになって足を止めた。
「わ!びっくりした、リリィ、廊下を走るだなんて」
「ごめんね!急いでて!本当にごめんね!じゃ!」
「え、ちょ、ちょっと!」
同僚が引き留めるのも聞かず、リリィはまた走り出した。
自室のドアを開け、バタンと急いで閉める。鍵もかけた。
一気に疲れが出たように、リリィはその場にへたり込んだ。
はあはあと肩で息をする。
先程の同僚以外には、ここに来るまで誰にも会ってないはずだ。
大丈夫。
リリィは胸に手をあてて、目を閉じ呼吸を落ち着かせる。
──先程、ミカエルの声がまた聞こえた。
「これを。出来るだけ誰にも見つからないところで開くように。読み終えたら、燃やして捨てなさい」
次の瞬間には、ミカエルの声は聞こえなくなっていた。今回は会話も出来なかった。これとは何のことかと首を傾げた時、リリィは自分の手のひらに1通の手紙を握っていることに気付いた。何の手紙だろうと訝しんでそれをひっくり返した時、そこに書かれていた自分の名前を見てリリィはすぐさまポケットにしまった。
ルネの筆跡だった。
全身の体温が上がるのを感じる。リリィの足は自然と自室へと向かっていた。
「お嬢様……」
ポケットから、恐る恐る手紙を出す。『リリィへ』と書かれた封筒は、綺麗に糊付けされて固く閉じられている。送り主の名前は書かれていない。
リリィは机の上のペーパーナイフを手に取り、ゆっくりと封を開けた。中に入っていた便箋は白い花柄で、彼女の儚い美しさを表しているようだった。ルネらしい、とリリィは思う。
「お嬢様の字。……ふっ、う、うぅ……」
夢を見るように、毎日願ったことが叶った。
大事な人からの手紙を、すぐに呼んで捨てなければいけないのに、リリィの視界は涙で濡れてぼやけてしまい、何も読みとれない。リリィは口元を手で覆い、膝からくずおれた。
「う、ふぅ、ぅ……はぁ、はぁ……」
誰にも聞こえないように、心の中で何度もルネを呼んだ。
(お嬢様、お嬢様……お嬢様……)
生きている。
ルネが生きている。
ミカエルの言葉を信じていないわけでは無かったが、やはり直接でないと確信を持てなかった。まだ何が書かれているか見れていない手紙。でも、冒頭に書かれた自分の名前だけで、それがルネが直接書いたものだと分かってしまう。型にはまった細く綺麗な文字。それが、ルネがまだ生きていることを証明していた。
「良かった。本当に……」
(お嬢様……)
リリィは指先で涙を拭う。手紙は濡れないようにそっと膝の上に置いた。指だけでは拭いきれなかったので、ハンカチをポケットから出してそれで目元を押さえた。
涙が止まらない。視界が全く判然としない。これでは大事なルネの手紙をいつまで経っても読めないのに、分かっているのに、リリィの茶色い双眸からはとめどなく涙があふれた。
結局、リリィがその手紙を読めるようになったのは、それから数十分後のことだった。
手紙には、リリィの身を案じる言葉から始まり、自分はミカエルと一緒に元気にやっていること、魔法が使えるようになったこと、魔物を退治したことなど、この1年間で何があったか、何を思っていたかが丁寧に綴られていた。
「お嬢様……魔法、使えるようになったんだ……!」
手が震える。手紙には、先日ミカエルに聞いて答えを得られなかった、2人の居場所も書かれていた。
『不可侵の森』
あんな場所にルネがいるとは信じられなかったが、ひとまず状況が聞けてリリィはほっとした。
それよりも、手紙の節々に感じられるルネの気遣いの言葉が、リリィの心を温かくさせるのだ。
『ずっと考えていたの。本当はもっと早く連絡をすべきだったのに、私のせいで、いらない心配をかけてごめんなさい。リリィ。お義母様から嫌がらせはされてない?あの人の怒りをぶつける先がいなくなったせいで、あなたに被害が移っているんじゃないかと心配です。でも、私は戻れないから……。我儘な主でごめんね。許してね。大好きよリリィ』
手紙はその後も数行続き、最後に「また連絡します」と書かれて終わった。
リリィは最後まで読み終わると、噛みしめるように手紙を胸に抱き、うずくまってまた泣いた。誰にも気付かれないように、声を殺して、ずっと泣いていた。
心臓が早鐘を打っている。緊張して、背に汗が流れ落ちる。
廊下の角を曲がった時、同僚のメイドとぶつかりそうになって足を止めた。
「わ!びっくりした、リリィ、廊下を走るだなんて」
「ごめんね!急いでて!本当にごめんね!じゃ!」
「え、ちょ、ちょっと!」
同僚が引き留めるのも聞かず、リリィはまた走り出した。
自室のドアを開け、バタンと急いで閉める。鍵もかけた。
一気に疲れが出たように、リリィはその場にへたり込んだ。
はあはあと肩で息をする。
先程の同僚以外には、ここに来るまで誰にも会ってないはずだ。
大丈夫。
リリィは胸に手をあてて、目を閉じ呼吸を落ち着かせる。
──先程、ミカエルの声がまた聞こえた。
「これを。出来るだけ誰にも見つからないところで開くように。読み終えたら、燃やして捨てなさい」
次の瞬間には、ミカエルの声は聞こえなくなっていた。今回は会話も出来なかった。これとは何のことかと首を傾げた時、リリィは自分の手のひらに1通の手紙を握っていることに気付いた。何の手紙だろうと訝しんでそれをひっくり返した時、そこに書かれていた自分の名前を見てリリィはすぐさまポケットにしまった。
ルネの筆跡だった。
全身の体温が上がるのを感じる。リリィの足は自然と自室へと向かっていた。
「お嬢様……」
ポケットから、恐る恐る手紙を出す。『リリィへ』と書かれた封筒は、綺麗に糊付けされて固く閉じられている。送り主の名前は書かれていない。
リリィは机の上のペーパーナイフを手に取り、ゆっくりと封を開けた。中に入っていた便箋は白い花柄で、彼女の儚い美しさを表しているようだった。ルネらしい、とリリィは思う。
「お嬢様の字。……ふっ、う、うぅ……」
夢を見るように、毎日願ったことが叶った。
大事な人からの手紙を、すぐに呼んで捨てなければいけないのに、リリィの視界は涙で濡れてぼやけてしまい、何も読みとれない。リリィは口元を手で覆い、膝からくずおれた。
「う、ふぅ、ぅ……はぁ、はぁ……」
誰にも聞こえないように、心の中で何度もルネを呼んだ。
(お嬢様、お嬢様……お嬢様……)
生きている。
ルネが生きている。
ミカエルの言葉を信じていないわけでは無かったが、やはり直接でないと確信を持てなかった。まだ何が書かれているか見れていない手紙。でも、冒頭に書かれた自分の名前だけで、それがルネが直接書いたものだと分かってしまう。型にはまった細く綺麗な文字。それが、ルネがまだ生きていることを証明していた。
「良かった。本当に……」
(お嬢様……)
リリィは指先で涙を拭う。手紙は濡れないようにそっと膝の上に置いた。指だけでは拭いきれなかったので、ハンカチをポケットから出してそれで目元を押さえた。
涙が止まらない。視界が全く判然としない。これでは大事なルネの手紙をいつまで経っても読めないのに、分かっているのに、リリィの茶色い双眸からはとめどなく涙があふれた。
結局、リリィがその手紙を読めるようになったのは、それから数十分後のことだった。
手紙には、リリィの身を案じる言葉から始まり、自分はミカエルと一緒に元気にやっていること、魔法が使えるようになったこと、魔物を退治したことなど、この1年間で何があったか、何を思っていたかが丁寧に綴られていた。
「お嬢様……魔法、使えるようになったんだ……!」
手が震える。手紙には、先日ミカエルに聞いて答えを得られなかった、2人の居場所も書かれていた。
『不可侵の森』
あんな場所にルネがいるとは信じられなかったが、ひとまず状況が聞けてリリィはほっとした。
それよりも、手紙の節々に感じられるルネの気遣いの言葉が、リリィの心を温かくさせるのだ。
『ずっと考えていたの。本当はもっと早く連絡をすべきだったのに、私のせいで、いらない心配をかけてごめんなさい。リリィ。お義母様から嫌がらせはされてない?あの人の怒りをぶつける先がいなくなったせいで、あなたに被害が移っているんじゃないかと心配です。でも、私は戻れないから……。我儘な主でごめんね。許してね。大好きよリリィ』
手紙はその後も数行続き、最後に「また連絡します」と書かれて終わった。
リリィは最後まで読み終わると、噛みしめるように手紙を胸に抱き、うずくまってまた泣いた。誰にも気付かれないように、声を殺して、ずっと泣いていた。
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