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第2章
2-16
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「逃げるってどうしてですか?私もミカエル様の力になりたいです」
そういうと、ミカエルは動きをぴたりと止めて、ルネの方を振り返った。
その双眸は、驚きの色に染められている。
「力に?君が?私を?」
「え、ええ。その、駄目でしょうか。今は無理でも、ミカエル様が、私は恐怖を克服して訓練すれば、ミカエル様と同じくらい強くなれるって、おっしゃっていたから……」
ルネはとんでもない勘違いをしていたのかもしれないと、声を尻すぼみにしていった。
手を胸の前で組んで、顔を俯かせていると、不意に視界が陰った。ミカエルが頭を撫でてくれているのが感触で分かった。
「いやすまない。今まで誰かに力になりたいなどと言われたことが無かったから、どう反応していいものか戸惑っていしまったんだ。君を落ち込ませたかったわけじゃない」
「…いいえ。私こそ、本当に身のほど知らずなことを突然言ってしまって。ごめんなさい。気にしないでください」
「いや、それは無理だ」
「え?」
ルネは顔を上げる。想像とは違う、柔らかく微笑むペリドットに、息をのんでしまう。
「人は、衝撃的な言葉をもらったら、すぐには忘れられないというだろう?それは猫も同じだ。私は今貰ったルネの一言が衝撃的過ぎて、きっとすぐには忘れられない。すまないな」
ルネはふいと顔を逸らした。
(私、今きっとすごく恥ずかしい顔をしているわ)
「ルネ?どうした?」
ミカエルが呼んでいる。ルネは聞こえないふりを通した。
時刻は夜になろうという頃。ミカエルが「調査はもういいだろう」と言うので、一旦村に戻ることにした2人。
ルネは夕飯のお手伝いをしようかしらなんてことを考えてミカエルと一緒に帰路についてすぐ、隣の猫の気配が遠ざかった。ミカエルが歩みを止めている。ルネの数歩後ろで、立ち止まったかと思ったら、くるりと後ろを向いた。
ミカエルの視線の先には何も見えない。日も陰って闇を見つめているようだったが、彼の双眸はその先の何かを見定めるように細められていた。
ルネはミカエルに駆け寄る。言いようのない不安感がどこからか近づいてくるのを感じて、体が一瞬震えた。
「ミカエル様?何か…」
「ルネ、私のそばから離れるな。何か来る」
ルネはミカエルの視線を追うようにして森の奥を見た。
「私には、何も見えませんが…」
「まだ遠い。だがこちらに何かが近づいてくる音が聞こえる」
「音…?何かとは魔物ですか?」
「恐らく。すでに気付かれているようだ。まっすぐに向かってくる」
ルネの背後、魔物の向かう先には村がある。
「ここで食い止める。ルネ、私の背後に」
「え、ええ」
次第に緊張感が高まる。
張りつめた弦のような空気を、突然、聞いたこともない濁った鳴き声が切り裂いた。
ミカエルが1歩下がる、ルネを庇うように左腕を広げた。
ミカエルは右の手で、腰に巻いていた鞄を開け中を探る。カシャンという小さな音が鞄の中で鳴った。金属がぶつかるような音だ。
「ルネ」
ミカエルが前を向いたまま、ルネを呼ぶ。ルネは恐怖で声が出ず、目線だけミカエルに向けた。ぎゅっと掴まれた肩から、ミカエルは彼女の体が僅かに震えているのを感じた。
「私の戦い方をよく見ておきなさい。魔法でどうやって戦うのか。いいかルネ、覚えておくんだ。何度でも言うが君は無価値なんかじゃない。目の前の壁を乗り越えれば、君の言う、私の助けにもなれる」
「は、はい」
今から戦闘が始まろうとしている。ミカエルが挑むような姿勢を取った時、ルネの青い双眸が闇の中で怪しく光る2つの目を捉えた。
そういうと、ミカエルは動きをぴたりと止めて、ルネの方を振り返った。
その双眸は、驚きの色に染められている。
「力に?君が?私を?」
「え、ええ。その、駄目でしょうか。今は無理でも、ミカエル様が、私は恐怖を克服して訓練すれば、ミカエル様と同じくらい強くなれるって、おっしゃっていたから……」
ルネはとんでもない勘違いをしていたのかもしれないと、声を尻すぼみにしていった。
手を胸の前で組んで、顔を俯かせていると、不意に視界が陰った。ミカエルが頭を撫でてくれているのが感触で分かった。
「いやすまない。今まで誰かに力になりたいなどと言われたことが無かったから、どう反応していいものか戸惑っていしまったんだ。君を落ち込ませたかったわけじゃない」
「…いいえ。私こそ、本当に身のほど知らずなことを突然言ってしまって。ごめんなさい。気にしないでください」
「いや、それは無理だ」
「え?」
ルネは顔を上げる。想像とは違う、柔らかく微笑むペリドットに、息をのんでしまう。
「人は、衝撃的な言葉をもらったら、すぐには忘れられないというだろう?それは猫も同じだ。私は今貰ったルネの一言が衝撃的過ぎて、きっとすぐには忘れられない。すまないな」
ルネはふいと顔を逸らした。
(私、今きっとすごく恥ずかしい顔をしているわ)
「ルネ?どうした?」
ミカエルが呼んでいる。ルネは聞こえないふりを通した。
時刻は夜になろうという頃。ミカエルが「調査はもういいだろう」と言うので、一旦村に戻ることにした2人。
ルネは夕飯のお手伝いをしようかしらなんてことを考えてミカエルと一緒に帰路についてすぐ、隣の猫の気配が遠ざかった。ミカエルが歩みを止めている。ルネの数歩後ろで、立ち止まったかと思ったら、くるりと後ろを向いた。
ミカエルの視線の先には何も見えない。日も陰って闇を見つめているようだったが、彼の双眸はその先の何かを見定めるように細められていた。
ルネはミカエルに駆け寄る。言いようのない不安感がどこからか近づいてくるのを感じて、体が一瞬震えた。
「ミカエル様?何か…」
「ルネ、私のそばから離れるな。何か来る」
ルネはミカエルの視線を追うようにして森の奥を見た。
「私には、何も見えませんが…」
「まだ遠い。だがこちらに何かが近づいてくる音が聞こえる」
「音…?何かとは魔物ですか?」
「恐らく。すでに気付かれているようだ。まっすぐに向かってくる」
ルネの背後、魔物の向かう先には村がある。
「ここで食い止める。ルネ、私の背後に」
「え、ええ」
次第に緊張感が高まる。
張りつめた弦のような空気を、突然、聞いたこともない濁った鳴き声が切り裂いた。
ミカエルが1歩下がる、ルネを庇うように左腕を広げた。
ミカエルは右の手で、腰に巻いていた鞄を開け中を探る。カシャンという小さな音が鞄の中で鳴った。金属がぶつかるような音だ。
「ルネ」
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「私の戦い方をよく見ておきなさい。魔法でどうやって戦うのか。いいかルネ、覚えておくんだ。何度でも言うが君は無価値なんかじゃない。目の前の壁を乗り越えれば、君の言う、私の助けにもなれる」
「は、はい」
今から戦闘が始まろうとしている。ミカエルが挑むような姿勢を取った時、ルネの青い双眸が闇の中で怪しく光る2つの目を捉えた。
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