三毛猫、公爵令嬢を拾う。

蒼依月

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第1章

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 ルネはその日、メイドが起こしに来る前に目覚めた。一人で顔を洗い、普段着用のドレスを着て、白く長い髪を顔の横で緩く三つ編みにする。いつもは彼女専属のメイドが完璧に行ってくれるのだが、今日ばかりはメイド達が車で待っていられない。昨日、ついに医者から外出OKが出たのだ。ただ、走ったり階段の上り下りには気を付けなくてはいけないとのことで、付き添いのメイドも護衛も1人ずつ多くなってしまい、昼間になってしまえばルネ1人でミカエルを探すことが難しくなってしまうのだ。それで、ルネは朝の早い時間にミカエルがいそうな場所を回ってみることにした。昨日眠る前に考えたことだ。

「ミカエル様は猫さんだから、この辺のお庭とかにいそうだわ…」

 ルネがまず向かったのは青い壁の屋敷のすぐ近くにある庭だ。背の低いハーブや花が沢山植えられていて実際にここに迷い込んだ猫や小動物がいた。腰をかがめながら目を凝らして歩くルネは、大事なことを思い出す。

「はっ!違うわ!ミカエル様は猫さんだけど、働き者の獣じ…」
「ルネ」

 それは、にわか雨のごとく、ルネに降り注いだ。やさしいバリトン、夏の夜のような、重たい声。ルネがここ数日一番聞きたかった声。よく見るとルネの胸のあたりに、朝日に反射した緑色の光が揺れている。ミカエルの、あの瞳や耳飾りと同じ、ペリドットの色だ。
 ルネはクスリと笑って、顔を上げた。そこには木の上で優雅に寝起きのまどろみを満喫する、雄の三毛猫の獣人が1匹、ルネを優しい目で見下ろしていた。耳には、ペリドットの飾りが猫の呼吸と同期するように揺れている。

「おはよう、ルネ」
「おはようございます。ミカエル様」


□□□□□□□□


 ルネとミカエルの情報交換会は、それから1ヶ月、半年と続き何度か情報交換とは全く別の話もするようになった。とはいえ、お互いに距離感を誤らないよう、探り探り少しずつ話した。ミカエルは自分の任務のことはもちろん、自身が持つ魔法使いの称号のことも伏せた。ルネは最近ははこんな本を読んだとか、昨日のお菓子が美味しかったとか、1年が経とうとしても、彼女は自分の身の上の話は一切伝えずにいた。ミカエルもルネがそれを望んでいるのが分かったから、それでいいと思っていた。傷だって、見つけたら自分が癒してあげればいいと。はっきりとした線引きが見える関係ではあったが、2人にとってはそれが丁度よかったのだ。時間が解決できるような、単純な問題ではない。
 だが、ミカエルの密命に許された時間は、もう数日しか無かった。

 この国に来て2度目の冬の初めのある日、ミカエルは精霊のお茶会ギルドに来ていた。密命の完了報告をするためだ。結果は上々。証拠も押さえてすでに王宮の指定された者に渡している。ここまでスムーズに出来た任務が今まであっただろうか。全てルネのおかげだ。彼女がいなければ、ここまで確実にネイティア家の当主を追いつめられる証拠は上げられなかっただろう。

「はい、完了手続き終了しました!続けて別のお仕事を探されますか?」

 密命を受け取った日と同じ受付の女 ―よく見ると名札にアクアと書かれている― がミカエルに尋ねる。

「いや、明日にはこの国を出る予定なんだ」
「あら、そうなのですね。またのご利用をお待ちしております」

 アクアはマニュアル通りに笑顔でそう返答した。ミカエルはフードをかぶったままありがとうと伝えギルドを後にした。
 ネイティア家にさらなる捜査が入るのは、おそらくまだ少し先だ。任務中にルネがこの密輸に関わっていることは無いという証拠も確認して王宮に渡したから、ルネに厳しい捜査が入ることは無いだろう。あるとしても事情聴取くらいのはずだ。当主が関わっていた密輸の証拠はたんまり押さえた。実の父の罪を知って、ルネはどう思うのだろうか。奴はルネに無関心だった。元々人を能力で選ぶ質なようで、特に秀でた魔法が使えないルネのことを、彼女の唯一血の繋がった家族であっても道端の石ころのような扱いをしていた。そんな人間でも、父親だからという理由で、ルネは悲しむのだろうか。

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