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24話 1月6日
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レティが向かったのは、春生大学の図書館だった。レティが人間界で知っている図書館は、ここしかなかった。深雪との思い出がある場所。
入ってすぐのゲートは学生証や教員証がないと通れないものだったが、レティには通用しなかった。手をかざしただけで、まるで賢い犬のようにゲートが道を開く。レティは迷わず、2階に上がった先の右手の方角に向かった。深雪が一度そこに向かっている所を見た。
(先生は確か、上から3段目の、奥の方の本を見ていたわ)
深雪の行動を思い出しながら、歩を進めていく。
目的の場所まで来て、レティは息を詰まらせた。
「先生の名前……」
白石深雪。白い仕切りに、黒い文字でその名前は書いてあった。
(そう。あの日は、先生が自分の授業で使う教科書を失くしたって言って、それで)
思い出すのは、深雪の研究室での会話。
(私が見つけたんだわ。足元に落ちていた本。それを渡してあげたら、先生、きらきらした目で見てきて、私思わずあんなこと言って……)
『機嫌直してくれた?』
『……初めから悪くないよ』
(あの時の先生の不貞腐れた顔、面白かった)
「んふふ」
静かな図書館に、レティの含み笑いの声が響く。
通りかかった学生がちらりとレティを見たが、レティはそれを無視した。興味が無かった。深雪以外の人間には。
レティはその時に渡した本の表紙を頭に浮かべて探した。確か、薄い黄色のカバーの本だ。指先で背表紙を指しながらそれらしいものを探す。
(あった。これね)
目当ての本らしきものを抜き取ると、そこにも深雪の名前が書いてあった。
どうやら深雪が書いたものらしい。
(先生ったら、自分で書いた本を失くしてたの?)
見た目も登壇する姿も凛々しくて格好いいのに、少し抜けている所がある。そういうところも好ましい、とレティは深雪の名前を指でそっとなぞった。
(先生……)
ぽた、と表紙の上に水滴が落ちた。それが自分の涙であることに、レティはしばらく知らないふりをした。
涙が流れる度に、胸にスースーと冷たい風が通り抜けるような感覚がする。この感覚はなんだろう。段々と内側から凍り付くような寒さを感じる。
でも、目は熱い。いつしか深雪の名前もぼやけて見えなくなった。袖口で拭っても拭っても、意味をなさないくらい、レティは泣いていた。
「ふっ、う、うぅ……」
そうしてどれくらい経っていたのだろうか。深雪の本を見下ろしたまま立ち尽くして涙を流す彼女の元に、ひとつの足音が近づいてきた。
「どうぞ」
「!」
優しい声。聞き覚えがあった。
顔を上げると、綺麗に切り揃えられた黒い前髪が最初に目についた。その次に、髪と同じ色の瞳。一瞬、深雪の姿が重なって見えた。
でも、すぐに別の人間だと気付く。彼女はふちの細い眼鏡をかけていた。深雪が眼鏡をかけていたところは、見たことがない。
レティより背の低い眼鏡の女性は、夜空色のタオルハンカチをレティに差し出していた。
レティが顔を上げると、女性は眉を下げて微笑んだ。
「良かったら使ってください。先生も、自分の書いた本の前で泣かれるのは、心が痛いと思うから」
受け取れば、いいのだろうか。レティはおずおずと差し出されたハンカチを受け取った。すると女性はにっこりと笑顔を見せて、軽く頭を下げる。
一瞬交わった目線で、レティの記憶が波打つ。
(思い出したわ。この人、先生がここに来た時に仲良さそうに話していた……)
去って行こうとする女性を、レティは咄嗟に引き留めた。
突然手を取られた女性は、驚いて振り向く。
「あ、あの……?」
「教えて」
「え?」
「教えて、ほしいことがあるの」
レティの涙声は、思いのほか図書館に居た多くの人間の鼓膜を震わせた。
入ってすぐのゲートは学生証や教員証がないと通れないものだったが、レティには通用しなかった。手をかざしただけで、まるで賢い犬のようにゲートが道を開く。レティは迷わず、2階に上がった先の右手の方角に向かった。深雪が一度そこに向かっている所を見た。
(先生は確か、上から3段目の、奥の方の本を見ていたわ)
深雪の行動を思い出しながら、歩を進めていく。
目的の場所まで来て、レティは息を詰まらせた。
「先生の名前……」
白石深雪。白い仕切りに、黒い文字でその名前は書いてあった。
(そう。あの日は、先生が自分の授業で使う教科書を失くしたって言って、それで)
思い出すのは、深雪の研究室での会話。
(私が見つけたんだわ。足元に落ちていた本。それを渡してあげたら、先生、きらきらした目で見てきて、私思わずあんなこと言って……)
『機嫌直してくれた?』
『……初めから悪くないよ』
(あの時の先生の不貞腐れた顔、面白かった)
「んふふ」
静かな図書館に、レティの含み笑いの声が響く。
通りかかった学生がちらりとレティを見たが、レティはそれを無視した。興味が無かった。深雪以外の人間には。
レティはその時に渡した本の表紙を頭に浮かべて探した。確か、薄い黄色のカバーの本だ。指先で背表紙を指しながらそれらしいものを探す。
(あった。これね)
目当ての本らしきものを抜き取ると、そこにも深雪の名前が書いてあった。
どうやら深雪が書いたものらしい。
(先生ったら、自分で書いた本を失くしてたの?)
見た目も登壇する姿も凛々しくて格好いいのに、少し抜けている所がある。そういうところも好ましい、とレティは深雪の名前を指でそっとなぞった。
(先生……)
ぽた、と表紙の上に水滴が落ちた。それが自分の涙であることに、レティはしばらく知らないふりをした。
涙が流れる度に、胸にスースーと冷たい風が通り抜けるような感覚がする。この感覚はなんだろう。段々と内側から凍り付くような寒さを感じる。
でも、目は熱い。いつしか深雪の名前もぼやけて見えなくなった。袖口で拭っても拭っても、意味をなさないくらい、レティは泣いていた。
「ふっ、う、うぅ……」
そうしてどれくらい経っていたのだろうか。深雪の本を見下ろしたまま立ち尽くして涙を流す彼女の元に、ひとつの足音が近づいてきた。
「どうぞ」
「!」
優しい声。聞き覚えがあった。
顔を上げると、綺麗に切り揃えられた黒い前髪が最初に目についた。その次に、髪と同じ色の瞳。一瞬、深雪の姿が重なって見えた。
でも、すぐに別の人間だと気付く。彼女はふちの細い眼鏡をかけていた。深雪が眼鏡をかけていたところは、見たことがない。
レティより背の低い眼鏡の女性は、夜空色のタオルハンカチをレティに差し出していた。
レティが顔を上げると、女性は眉を下げて微笑んだ。
「良かったら使ってください。先生も、自分の書いた本の前で泣かれるのは、心が痛いと思うから」
受け取れば、いいのだろうか。レティはおずおずと差し出されたハンカチを受け取った。すると女性はにっこりと笑顔を見せて、軽く頭を下げる。
一瞬交わった目線で、レティの記憶が波打つ。
(思い出したわ。この人、先生がここに来た時に仲良さそうに話していた……)
去って行こうとする女性を、レティは咄嗟に引き留めた。
突然手を取られた女性は、驚いて振り向く。
「あ、あの……?」
「教えて」
「え?」
「教えて、ほしいことがあるの」
レティの涙声は、思いのほか図書館に居た多くの人間の鼓膜を震わせた。
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