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22話 12月28日(4)
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レティは何も答えなかった。
ヘラの言っていることは正論だった。
深雪は死んだ。死んだ魂は死神が狩らねば、団体の者がいつか来る。そしてレティの目の前で残酷に深雪の魂を持って行ってしまうのだ。だったらいっそ自分が……。
「違う。違う違う違うっ!」
レティはかぶりを振る。
深雪の魂は深雪のもの。だから誰にも渡さない。例え死神として失格でも、それでも良い。深雪が隣にいればそれで良い。最後まで守るって決めたんだ。最後まで頑張るって誓ったんだ。最後まで──。
(最後……)
レティは深雪を見下ろした。
人形のような面からは何の表情も読み取れない。胸も上下しない。もう、手をつなぐことも、声を聞くことも出来ない。ただの死体が目の前にある。
魂が深雪の胸の上で浮遊している。その光には、不思議と感じたことのある温もりがあるように思えた。
大好きな、深雪の体温がそこにまだあるように思えた。
深雪の、淡く白い光を放つ魂。未だ体と言う器から切り離されていないそれは、1本の白い糸で深雪の心臓と繋がれていた。
レティはデスロードを振り上げ、ヘラを威嚇して遠ざけた。
「っ、お前……」
纏う雰囲気が変わったレティの様子を窺うように、ヘラは声をかけた。けれど、それ以上は何も言わなかった。
レティが、何をしようとしているか、分かったからだ。
「先生」
レティは慈しむような声で深雪を呼んだ。
魂に触れる。やっぱり温かかった。
深雪と同じ温もりだった。
ヘラは言った。「最後まで責任を持って自分のものにしろ」と。
自分が人間ではなく、死神として深雪を大切に思うなら、死神らしく、最後は自分のものにしてもいいだろうか。
深雪は怒らないだろうか。「仕方がないね」と眉を下げながら、頭を撫でてくれるだろうか。許してくれるだろうか。
「先生、私嘘ついてた。先生と仲良くなりたくて、ずっと人間のふりをしていたの」
レティはデスロードを握り直し、その刃の根元を、深雪の体と魂を繋げる糸に引っ掛けた。深雪の顔を傷付けないように、刃先は自分の方に向けた。
もう深雪には聞こえていないが、それでもこれだけは謝っておきたかった。
ずっと本当のことを言えないもどかしさがあった。深雪がレティのことを聞く度に、自分と深雪にはどうしたって超えられない壁があるように感じて寂しかった。でも、これが最後なら。
「私は死神。死神のレティ・アウトサイド。この前私の勤務先なんかを気にしていたわね。私のお仕事は、死んだ人間の魂を狩ること。人間の死体があるところが、私の仕事場。先生、今、私の目の前に美味しそうな魂があるわ。先生の綺麗な魂があるわ。ねぇ先生、私が先生の魂もらってもいい?」
レティが背を曲げて屈んでいるせいで、彼女の流した涙が深雪の頬を伝って流れていく。
「優しい先生なら、許してくれるでしょう?」
レティはしゃくりあげそうになる呼吸を、唇を嚙むことで必死に抑えた。
最後は、笑っていたかった。笑顔を深雪に見てほしかった。
レティは震える唇の端を何とか上げて、笑った。
「先生、大好きよ」
レティは少しだけ、デスロードを動かした。
張っていた糸が、呆気なく切られた。糸を切る時は、何の音もしなかった。ただ静かに、切られた糸は消えていった。
深雪の魂が行き場を失ったようにレティの手の中で浮遊している。レティは右手に持っていたデスロードを地面に置き、両手で深雪の魂をすくうようにして自分の顔の前まで持ち上げる。口を緩く開けた。
大きな飴玉ほどの深雪の魂は、レティの口の中に吸い込まれるようにして飲み込まれていった。
レティはそれをかみしめるように、ゆっくりと嚥下した。
優しい温もりが、喉を通り腹まで下った後、レティの体の中で霧散した。
レティは自分の体をぎゅうっと抱きしめる。
もうレティを優しく抱きしめてくれた人は、完全にいなくなった。それが、どうしようもなくレティをむなしくさせた。虚空を見つめるレティ。
「バイバイ。先生」
そう呟くレティの頬に、また涙が一線を引いて落ちた。
ヘラの言っていることは正論だった。
深雪は死んだ。死んだ魂は死神が狩らねば、団体の者がいつか来る。そしてレティの目の前で残酷に深雪の魂を持って行ってしまうのだ。だったらいっそ自分が……。
「違う。違う違う違うっ!」
レティはかぶりを振る。
深雪の魂は深雪のもの。だから誰にも渡さない。例え死神として失格でも、それでも良い。深雪が隣にいればそれで良い。最後まで守るって決めたんだ。最後まで頑張るって誓ったんだ。最後まで──。
(最後……)
レティは深雪を見下ろした。
人形のような面からは何の表情も読み取れない。胸も上下しない。もう、手をつなぐことも、声を聞くことも出来ない。ただの死体が目の前にある。
魂が深雪の胸の上で浮遊している。その光には、不思議と感じたことのある温もりがあるように思えた。
大好きな、深雪の体温がそこにまだあるように思えた。
深雪の、淡く白い光を放つ魂。未だ体と言う器から切り離されていないそれは、1本の白い糸で深雪の心臓と繋がれていた。
レティはデスロードを振り上げ、ヘラを威嚇して遠ざけた。
「っ、お前……」
纏う雰囲気が変わったレティの様子を窺うように、ヘラは声をかけた。けれど、それ以上は何も言わなかった。
レティが、何をしようとしているか、分かったからだ。
「先生」
レティは慈しむような声で深雪を呼んだ。
魂に触れる。やっぱり温かかった。
深雪と同じ温もりだった。
ヘラは言った。「最後まで責任を持って自分のものにしろ」と。
自分が人間ではなく、死神として深雪を大切に思うなら、死神らしく、最後は自分のものにしてもいいだろうか。
深雪は怒らないだろうか。「仕方がないね」と眉を下げながら、頭を撫でてくれるだろうか。許してくれるだろうか。
「先生、私嘘ついてた。先生と仲良くなりたくて、ずっと人間のふりをしていたの」
レティはデスロードを握り直し、その刃の根元を、深雪の体と魂を繋げる糸に引っ掛けた。深雪の顔を傷付けないように、刃先は自分の方に向けた。
もう深雪には聞こえていないが、それでもこれだけは謝っておきたかった。
ずっと本当のことを言えないもどかしさがあった。深雪がレティのことを聞く度に、自分と深雪にはどうしたって超えられない壁があるように感じて寂しかった。でも、これが最後なら。
「私は死神。死神のレティ・アウトサイド。この前私の勤務先なんかを気にしていたわね。私のお仕事は、死んだ人間の魂を狩ること。人間の死体があるところが、私の仕事場。先生、今、私の目の前に美味しそうな魂があるわ。先生の綺麗な魂があるわ。ねぇ先生、私が先生の魂もらってもいい?」
レティが背を曲げて屈んでいるせいで、彼女の流した涙が深雪の頬を伝って流れていく。
「優しい先生なら、許してくれるでしょう?」
レティはしゃくりあげそうになる呼吸を、唇を嚙むことで必死に抑えた。
最後は、笑っていたかった。笑顔を深雪に見てほしかった。
レティは震える唇の端を何とか上げて、笑った。
「先生、大好きよ」
レティは少しだけ、デスロードを動かした。
張っていた糸が、呆気なく切られた。糸を切る時は、何の音もしなかった。ただ静かに、切られた糸は消えていった。
深雪の魂が行き場を失ったようにレティの手の中で浮遊している。レティは右手に持っていたデスロードを地面に置き、両手で深雪の魂をすくうようにして自分の顔の前まで持ち上げる。口を緩く開けた。
大きな飴玉ほどの深雪の魂は、レティの口の中に吸い込まれるようにして飲み込まれていった。
レティはそれをかみしめるように、ゆっくりと嚥下した。
優しい温もりが、喉を通り腹まで下った後、レティの体の中で霧散した。
レティは自分の体をぎゅうっと抱きしめる。
もうレティを優しく抱きしめてくれた人は、完全にいなくなった。それが、どうしようもなくレティをむなしくさせた。虚空を見つめるレティ。
「バイバイ。先生」
そう呟くレティの頬に、また涙が一線を引いて落ちた。
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