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 光が落ち着くと唸るような呻き声が聞こえる。
 そしてオギャア、オギャアと赤ん坊の泣く声が聞こえた。

 お姉ちゃんの出産を扉越しで聞いていた時と似ている雰囲気に恐る恐る目を開ける。

「産まれました!可愛い雌です!」
「ああ……私の愛しい子……」
「よくやったバイオレット」
「母ちゃん、ほら汗拭きな」

 ああ、やっぱり出産していたみたいだ。しかし赤ちゃんを雌と呼ぶなんて変わってるな、と思いながら辺りをザッと見渡した。

 クリーム色のツルツルとした部屋は、かまくらみたいな丸い造りで、そこに大きなベッドが鎮座していた。
 ベッドの周りには三人の見物人がいて、みんな縦にも横にも身体が大きい。

「ど、どうしよう……」

 出産ってすごくプライベートな空間だ。そんな空間に見知らぬ僕たちがいたとしたら、かなり驚く気がする。

 どう説明したらいいものかと、ポロリと言葉を発すると、その声に気づいたようで、ベッドの周りにいた人達がぐるりと振り向いた。

 あ、気づかれた。何て説明しようと考える前に、僕は振り向いた人たちの顔を見て目を見開く。

「誰だ?今は熊獣人が使ってい……」
「く、く、くっ」

 背中を見る限り大きな人だなって思ってた。二メートルはありそうだし、丸っこいシルエットだったから。

「熊ぁ……!」

 でも振り返ったら人間じゃなかったんだよ。
 熊さん。動物の熊さん。
 丸っこいシルエットも頷ける。動物園で見た熊の後ろ姿にそっくりだった。

 熊さんが簡素な白色のTシャツと茶色のズボンを着て、二足歩行で立っている。目が合った熊さんは真っ黒。首に三日月があるからツキノワグマみたい。しかも日本語話してる。僕、大混乱。

 この状況、逃げたらいいの?死んだふりしたらいいの?
 どういたらいいの?
 僕はびっくりしすぎて動けなかった。
 そして何故か熊さん達もすごくびっくりしている。

「こ、こらっ、坊や、痴態でみんなの前に出てはいけない!」
「え?」

 黒熊さんは近くにいた茶熊さんにタオルを持ってくるように伝えると、茶熊さんはすぐに大きなタオルを持ってきた。そしてそのタオルで僕と旭をそれぞれ包み込むように被せる。

 頭を出して包まれた状態は、雨ガッパを着ているみたいだ。

「え、えっと……?」
「これヤダ!」
「あ、旭!」

 すっかり旭の存在を忘れていた。痺れを切らした旭は、抱きしめていた僕の腕を払って逃げていく。

 そして旭は熊さん達と目が合うと、大きな目をまん丸に開いて、キャアと歓喜の声を上げた。

「クマさんだ!るいっ、クマさんだよ!ここ、動物園?すごいね!」
「えっと……多分動物園じゃない……かな?」
「動物園違うの?クマさんだよ?」
「う、うーん?えっと……」

 お姉ちゃん、神様。ここって異世界だよね?
 異世界に行くのは百歩譲っていいよ。でも事前説明をもうちょっとちゃんとしてほしかった。

 人間じゃない喋る熊さんさんなんて、僕は旭に何て説明したらいいんだよ。

「これ邪魔ー!」

 旭は熊さん達に近づこうとしていた。
 でも毛布ぐらいの大きさがあるバスタオルが足元に絡まり、うまく動けないようだ。

 旭は邪魔で取ろうともがいているが、黒熊さんが「痴態」という言葉を使っていたのを思い出す。
 つまりこの世界では今の僕たちの状態は恥ずかしい状態なんだろう。郷に入っては郷に従えと言うし、旭をとりあえず抱っこして落ち着かせた。

 すると「可愛い……」と興奮した様子で黒熊さんの後ろからヒョイと別の熊さんが出てきた。

「……灰色熊さん」

 こちらの熊さんは灰色の毛をしていた。

 身体は黒熊さんよりも頭二つ分ほど小さい。熊とは思えないほどほっそりとした身体をしていて、ガリガリっていうのかな。毛並みもパサパサしていて、黒熊さんよりも艶がなくところどころ禿げている。見てて痛々しい。

 ちゃんと食べてないのだろうか。
 みすぼらしさに心配になるが、灰熊君はシュタッと俊敏な動きで僕らに近づいた。

 何をされるかわからなくて身体を強張らせると、灰熊君はニカッと笑って僕に話しかけてくる。

 うわぁ、笑うと尖ったギザギザの歯がめちゃくちゃ見える!細くて他の熊さんより小さくても、ちょっと怖いよ!

「お前可愛いな」
「えっ、え、ええっ?ぼ、僕?」
「ああ。お前、俺のお嫁さんになってくれないか?」
「お、お嫁さん?ど、どういう……?」
「名前は?」
「る、瑠偉」
「ルイか、名前も可愛いな。俺はヴィス。十九歳だ」
「ヴィス君……?って、うわぁ!」

 急に顔に近づいてきた灰熊君に、僕は噛みつかれると思ったけど、チュッと音を立てて離れていった。熊さんなんだけど、なんだかしてやったりみたいな顔してる気がする。

 僕のほっぺにしたのってもしかしてキス……?なんでだ?これ以上僕を混乱させてないで。わけわかんないよー!
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