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第弐章 孤心反魂 弐之怪
第46話 人間には二種類のタイプが存在する、飯をオゴる側の人間とオゴられる側の人間である
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……10分経過。
……20分経過。
……30分経過。
「あのさぁ……マジで帰ってくんない? 頼むからさぁ……」
この台詞はもう、数十回は心絵に言ったが、無視され続けている……。
最初に僕があれだけ強く、心絵に店から出て行けと言ったのに、全然動じず出て行かなかった。
なのでこうして、懇願にも似た台詞で、心絵の心に訴えかけているが、無視され続けている……。
やれやれ、心絵なのに心なんて微塵も無い奴だ。
澄まし顔で、僕の事などまるで眼中に無いような素振りで、物思いにふけっている。
何を考えているのかは、想像に難くない。
また僕を小馬鹿にするネタでも考えているに違いない。
そんな事は真っ平御免なので、僕は心絵に言い続ける。
「心絵……マジで早く──」
「そうだ。中華料理を食べに行きましょう」
心絵が閃いたような口調で言った。
「いや、おかしいでしょ。何でこの流れで中華料理を食べに行く方向になってんだよ。しかも、そうだ京都行こう、みたいな感覚で言うなっての」
「アナタは何を言っているのよ。ここから京都に行くとしたら、私がどんなに全力を出しても約30分ぐらいはかかるのよ。それに比べれば、中華料理を食べに行く方が近いじゃない」
「だから……。僕が言ってるのは、そう言う意味じゃない」
「じゃあ、どう言う意味よ?」
「いや、だから──って、あれ? ちょっと待てよ。ここから京都まで約30分って、どう言う意味だ?」
「言葉通りの意味よ。全力で走って約30分ぐらい」
「え? ここから京都まで直線距離で300キロメートル以上は離れてるよな? それで30分って事は……えっと……」
「時速約600キロメートルよ。ちなみに正確には、ここから京都までは、直線距離で約340キロメートルぐらい離れているわね」
「時速約600キロメートルって──お前はリニアモーターカーなのか!?」
「そんな事、どうでもいいのよ。早く中華料理を食べに行きましょう」
「行きましょうって言われても……店番があるし」
「こんな店に客なんて来ないわよ」
身内が経営している店なのに、平気な顔して酷い事を言う奴だな……。
「ほら、早く行くわよ。美味しい中華料理屋に連れて行ってあげるから」
「いや……連れて行くって言われても──」
──なに?
今こいつ、連れて行ってあげる。と、言ったよな?
それはつまり……奢ってくれるって事だよな?
僕は心絵に、中華料理を奢ってくれるのかと、質問しようと思ったが、質問はしなかった。
こいつの事だ、僕が急に目の色を変えて、それは奢りなのか? なんて訊いたら、心絵の気が変わってしまうかもしれない。
つまり、奢ってくれないかもしれない。と言うことである。
心絵の性格は、まだよく解らないが、会話などから察するに、かなりの気分屋だろう。
しかも、山の天気よりも変わりやすいと思う。
なのでここは、心絵の気分が変わらないうちに、それと無く賛同するのだ。
「ま、まぁ。丁度今は昼飯時だし。心絵が美味しい中華料理屋に連れて行ってくれるなら、僕も一緒に行ってもいいぞ」
「分かったわ、それじゃあ行きましょう」
そう行って、意気揚々と臥龍の店から出て行く心絵。
そして僕も早々に店に鍵を掛け、心絵の後を追う。
しっかし、真夏に着物姿は目立つな。
真っ昼間だから余計に目立つ。
おまけに黙っていれば、凛々しく美麗な容貌をした少女だから、着物もより着映えしている。
はっきり言って華麗である。
しかし、一旦でも口を開けば……大悪魔である。
そんな大悪魔とも知らずに、道ですれ違う人々は、涼しげに歩く着物姿の心絵を見て、息を呑んでいる。
異性だけでは無く、同性も。
僕と心絵は、そんな人々の目線の中で、取り留めも無い会話をした。
このまま黙って歩きながら、目的地である中華料理屋に行くのも暇だったからだ。
「あのさぁ。なんで初対面の時に、臥龍の親戚だって言わなかったんだ?」
「それがルールだからよ。依頼主の情報は口外しない決まりになっているの。それに依頼された仕事は、親戚であろうと他人であろうと、必ず完遂するわ」
「何だかプロっぽい事を言ってるけど、それってつまり、依頼されたらどんな事でもやるのか?」
「大抵の事はね。でも私にも決して曲げないポリシーがあるわ」
「そのポリシーって、なんだよ?」
「女と子供は絶対に殺さない」
「涼しい顔して、平然と殺すとか危ない発言するな! つーか、お前はどこの牛乳が好きな殺し屋だ!」
「ちなみに、依頼されたらアナタも殺すわ」
「ふざけんな! 何で僕が殺されなくちゃいけないんだ! プロ意識が高過ぎるだろ! それに、僕は誰からも恨みを買うような生き方はしてないぞ!」
「だってプロなのだから当たり前でしょ。それに、依頼されなくてもアナタを殺すわ」
「その意識はおかしいだろ! プロとかもう関係ないじゃん!」
「それじゃあ、私が自分に依頼してアナタを殺すわ」
「いったいお前は僕にどんな恨みがあるんだ!?」
むしろ恨みがあるのは僕の方だ。
おもに、夏休みの計画を台無しにされた事や……チェリーの件である。
「恨みなんて無いけれど、アナタを殺す事なんて、私にとっては昼下がりに、のんびりとコーヒーを飲む事と同じようなものなのよ」
「どこの盗賊団のリーダーだお前は! それに僕の命をなんだと思ってるんだ!」
「ゴミかしら。いや、違うわね。ゴミかしら」
「それ訂正になって無いから! つーか僕の命、軽過ぎだろ!」
「当たり前じゃない。アナタの命なんて道端に捨ててある、飴玉の包み紙よりも軽いのよ」
「お前はいつからロシアン・マフィアの大幹部になったんだ!?」
「ほら。アナタが大声を出している間に着いたわよ」
「──ッ!」
心絵が足を止め、指差す先の店を見て……僕は驚愕のあまり絶句した。
なぜなら、心絵が指を差した店は、街羽市の駅周辺にある、一等豪華な中華料理屋だったからだ。
僕はこの中華料理屋を知っていたが、自分には一生縁がない店だと思っていた。
その理由は、見た目の豪華さと値段が比例しているからに他ならない。
つまり物凄く高級で値段が高い中華料理屋なのだ。
てっきり僕は、個人経営の小さな中華料理屋を想像していたのだが……まさか心絵が、こんなに豪華な高級中華料理屋で昼飯を奢ってくれるなんて、夢にも思わなかったぞ。
ていうか、お金は大丈夫なのだろうか?
僕は少し心配になり心絵に訊いてみた。
「……心絵さん? 本当に……この店に入るの? お金とか……大丈夫なのか?」
「もちろん。心配しなくても大丈夫よ」
言って、すたすたと先に店に入る心絵。
うーむ……心絵の奢りとは言え、やはり気が引ける。
できるだけ、安い料理を注文──いやいや、何を考えているのだ。
ここは目一杯、高い料理を注文してやる!
覚悟しろよ心絵。
僕の夏休みを奪った分だけ、高級中華料理を食べてやる。
消えた夏休みとチェリーの恨みを思い知れッ!
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