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第壱章  循環多幸  壱之怪

第40話 闇夜に跳ぶ少年と少女

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 早い!
 速いぞ!

 これなら余裕で、走って外まで避難できる。

 しかし心絵はもっと速い。
 まさに目にもまらぬ駿足しゅんそくである。

 だから、どんどん心絵から距離が離されていく。
 あいつから離れ過ぎると、僕が死んでしまうのに……。
 なので僕は、爆発の爆音の中で必死に大声を出して心絵を呼び止める。


 「ちょっと待ってくれ! 速すぎるよ! 少しペースを落としてくれ!」


 だが僕の声が聞こえているのか、それとも無視されているのか判らないが。心絵は僕の事なんてお構い無しに、廃工場の階段を上り、突き進んでいる。

 おいおい勘弁してくれ。
 何が守ってくれるだよ。

 自分だけ先に進んで、僕が心絵から離されたら意味が無いじゃないか。

 いや、待て。
 きっと爆音が大き過ぎて聞こえて無いだけだろう。
 だからもっと大声で言えばいいのだ。


 「心絵えええ!! 走るペースを落としてく──ッ!?」


 僕が絶叫にも近い大声を出して、心絵を呼び止めようとした時、なんと廃工場の一階に通じている長い階段が崩れ落ちた。


 「う、うわあああああ!!」


 我ながら、何とも情けない悲鳴をあげて落下する。
 と言うか嫌だ。
 僕の最後が、こんな爆発の中で階段から落ちるあわれな姿だなんて……。

 だが、階段から落ちたはずなのに、動きが止まった。
 時間が止まった訳では無いし、死ぬ瞬間に体感時間が超スローモーションになった訳でも無い。

 動きが止まった理由は心絵が僕の後ろ首を掴んでいたからだ。

 まあ、これはこれで、ある意味、哀れな姿と言えよう。
 ていうか、今日は何回、僕は首を掴まれなくてはならないんだ?

 でもいいか。
 なんとか一命は取り留めた。
 しかし階段が崩れてしまったので、外まで走って避難できないぞ。

 あっ!
 でも僕の横にはトンデモ陰陽師の心絵が居るんだった。
 だから、一つ心絵にいてみることにしよう。


 「なぁ心絵。助けてくれたのは礼を言うが、もう階段も無いし、どうやって外まで避難するんだ?」

 「もう階段も無いんだし、上まで跳ぶだけよ」

 「跳ぶって……このまま僕の首を掴んでか?」

 「そうよ。当たり前じゃない」


 だよな……。
 いくら僕の跳躍力が向上したからと言って、地下三階ほどもある距離を跳ぶことなんて、不可能だ。

 もし可能だとしても、跳んだ後の反動を考えると……、うん。無理!

 だがまぁ、無様だ。
 死にはしなかったが、心絵に後ろ首を掴まれながら跳んで逃げる姿が無様過ぎる。
 生きるのは本当に大変だ。

 ていうか、灰玄がこんな場所に僕を連れてこなければ、生きるか死ぬかの危ない目に遭わずに済んだのだ。
 そう。だから灰玄が全部悪い!

 外まで無事に避難したら、必ず文句を──いや、止めておこう……。
 なぜなら、灰玄は殺人陰陽師であるから、下手に何か言ったら殺されるかもしれないからだ。


 「じゃあ跳ぶわよ」

 「あああ! ちょっと待って!」

 「なによ?」

 「あまり……強く僕の首を掴むなよ?」

 「はぁ……。はいはい解ったわよ。それ以外に言う事は?」

 「いや。無い」


 これは念のためである。

 心絵が僕の首を強く掴み過ぎて、万が一にも僕の首が折れたら、避難する前に死ぬからだ。


 「それじゃあ──」


 心絵が跳ぼうとした時、またもや大爆発が起こった。
 爆発したのは、巨大モニターや僕の背丈よりも大きい大量のホストコンピューター。
 それに周囲のコンクリートも大爆発に巻き込まれている。

 その大爆発で破壊されたモノたちが爆風に乗って僕の方に一斉に飛んでくる。
 様々な金属片きんぞくへんや、大人の頭ほどの大きさはあるつぶてのようなコンクリート片が一斉に。


 「う、うわああああ!」

 「──『呪風陣じゅふうじん』」


 またしても、我ながら情けない悲鳴をあげてしまった。
 ──が、それらは僕には当たらずに、僕の目の前で砕けた。

 まるで、目に見えない防壁でもあるかのように。

 いったいどうしてだ?
 確か、僕が悲鳴をあげている時に、横で心絵が何か言っていたが、それのおかげか?


 「お前、今なにかして、僕を守ってくれたのか?」

 「そうよ。ちゃんと言ったでしょ。『呪風陣』で守ってあげるから心配無いって」


 その、じゅふうじん──とか言うのが、何なのかは知らないが、とにかく助かった。
 あんなモノが僕に当たったら、一発であの世行きだ。


 「もうここも限界ね。さっさと跳ぶわよ」


 言って、僕の後ろ首を掴み跳ぶ心絵。
 だが、跳んでいる最中に上から降って来る瓦礫がれきの山が僕と心絵に襲ってくる。


 「なぁおい! これヤバいんじゃないのか?」

 「黙ってなさい」


 僕の震える声に耳も貸さずに、何と心絵は、降り注ぐ瓦礫の山に飛び移り、すぐさま、また別の瓦礫に飛び移る。
 そして、みるみるうちに上昇していく心絵。
 その姿はとても涼しげでもあり、華麗かれいに舞っているようにも見えた。

 そんな心絵の所作しょさに半分見蕩みとれ、半分驚嘆きょうたんしている自分がいた。

 そして、難なく廃工場の一階に昇り着いた──のは良かったのだが。

 もう建物としての原形を保っていなかった。

 半分以上、コンクリートが破壊され外が見えるほどに壁は崩れ、炎と爆煙が充満している。

 外なのに爆煙が充満しているのは、灰玄がこの廃工場全体をドーム状の岩石で密閉みっぺい状態にしてしまったからだ。

 しっかし酷い有様である。

 床のコンクリートはほとんど抜け落ちていて、足の踏み場が無いぐらいだ。

 でもおかしいな、これだけ爆煙が充満してたら息もできないのに、全く息苦しく無い。
 それに炎の熱さも感じないぞ。
 これも全部、心絵のよく解らない技のおかげなのだろうか。


 「後は、あの岩の外に出るだけね」


 そう言って、心絵は地面では無く、くうを蹴り、僕の後ろ首を掴んだまま、勢いよく岩石に突進した。


 「って! ちょい待った! ぶつかるぶつかる!」

 「平気よ。──『呪穿水じゅせんすい』」


 心絵の言葉と同時に、僕の頭上に水の槍──いや、これはくいだ。
 先端が尖った大人三人分以上はありそうな極太ごくぶとの杭だった。

 その水の杭が心絵が突進する速さよりも尚、はやく岩石に突進し、岩を穿うがった。

 穿たれた穴は、抜栓ばっせんしたワイン瓶の穴のように、凹凸おうとつも無く、綺麗に空いている。

 その水の杭で穿たれ空けられた穴に、吸い込まれるようにして入り、僕と心絵は無事に外に出た────はずだったのだが……。

 心絵が余りに勢いよく突進したものだから、地面に着地せず、六国山ろっこくやまから飛び出した。

 つまり今、僕と心絵は空中にいるわけだ。
 ──って!
 これじゃあ、せっかく外に出て避難できたのに、落下して死ぬじゃねえか!


 「お、おいいい! 何やってんだ! このままじゃ地面に落ちて死んじゃうぞ!」

 「あぁ。やっぱり外の空気は新鮮ね」

 「お前は僕の話しを聞け! このままじゃ地面に落下して死ぬって言ってんの!」

 「平気よ平気。それよりアナタも深呼吸しなさい。山の空気は新鮮で気持ちがいいわよ」


 深呼吸って……。
 僕は今、落下して死ぬという恐怖で過呼吸になっているのに。
 何でこいつは、こんなに暢気のんきに構えているんだよ。

 いくら小さな山とはいえ、空中から急降下したら確実に死ぬって!
 これビルから飛び降りてるのと一緒だぞ。

 しかも、かなり高層なビルから。

 思ってる間《ま》に、もうアスファルトの地面に激突しそうだ!
 多分、後二秒ぐらいで!


 「い、嫌だああああ! 死にたく無いいいいいッ!」

 「──『呪風衝じゅふうしょう』」


 アスファルトの地面に激突するすんでの所で、心絵が地面に手をかざすと、地面から強い風圧を感じ落下が止まった。

 そして、僕は助かった安堵あんどで腰を抜かし、力なくアスファルトの地面にくずおれる。

 僕が倒れながら地面を見ると──半径二メートルほどの小さなクレーターができていた。

 このクレーターもやっぱり……、と言うか、絶対に心絵が何かしてできたものだろう。


 目に見えない防壁を作ったり。
 極太の水の杭を作ったり。
 そして最後には地面に小さなクレーターまで。

 心絵か。
 あいつも灰玄と同じ陰陽師なんだよな。

 陰陽師か──なんだか、映画や漫画に登場する陰陽師とは全然違ったな。

 とはいえ、助かったのだ。
 あいつは貸しとかいってたが、自分の命以上に価値があるものなんて無い。
 だから、ここは心絵に礼の一つでも言って──あれ?

 僕が心絵に礼を言おうとしたが、何処にもいない。


 「おーい! 心絵。何処にいるんだ?」


 僕が呼んでも返事がない。

 街灯が一つしか無い暗い夜の中、僕は目を凝らして辺りを見渡したのだが……、心絵は消えていた。

 後に残されたのは、僕のほほでる、生暖かく湿った風だけだった。
 けれども、その風は、少しだけ涼しさを帯びていた。
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