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第壱章  循環多幸  壱之怪

第32話 狂気と恐怖とアイツは絶対に危ない野郎

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 「ふん、ローザめ。自分の軍服も忘れて呑気なものだな。あの勝手な行動ばかりする何の役にも立たない、無能で間抜けな奴が、師団の幹部とは笑わせてくれる。薄汚れた元『パトリオス』の分際で、全く偉そうな女だ」



 ──ん?

 男性の声だが──いったい誰の声だろう。

 あの白衣を着た二人の声では無いぞ。



 「あれ? ジェイトさん居たんですか? っぱ?」



 ジェイト?

 名前からして明らかに、日本人では無く外国人のような名前だが……。

 僕は上の階まで通じる階段に向かって、忍び足で逃げる歩みを止めて、恐る恐る声のする方を振り返ってみた。


 すると──身長が百九十センチはありそうな程の長身で、二十代前半ぐらいの男性が立っていた。

 ローザのように閃光の中から現れた訳では無い。


 始めから、そこ・・に居たような顔で立っていたのだ。

 それよりも、そのジェイトと呼ばれている男性は、あのローザよりも危ない雰囲気をただよわせていた。



 瞳はまるで、鮮血せんけつに染まったかと思わせるあかい瞳で。


 ローザのような凶暴な目付きに近いが……ローザとは全く違う、今にもてつく刃物をのどもとめがけて、斬りつけて来そうな殺気を放った眼光の中には、この世の全てを恨み、憎悪ぞうおの塊が瞳からあふれ……その視線に入るモノを全て消し去ってしまいそうな、殺意がにじみ出た四白眼しはくがんをしている。


 まさに恐眼きょうがんと言った感じだ。


 そして、決して筋骨隆々きんこつりゅうりゅうには見えないが、その長身でスラっとした姿からは、引き締まった体躯たいくが、はっきりと分かった。


 なぜなら、上下タイトなオレンジ色のジャケットとズボンで、そのジャケットの中に着ているインナーを見て分かったからだ。


 ピタッとして首が半分隠れている、タートルネックのような青いレザータンクトップのインナーから浮き上がった肉体からは、はっきり見て取れるほど、余分な脂肪を全て落とし、筋肉だけが残ったと思えるほど引き締まった体に見える。


 髪もまた異常なほど特徴的で、真っ赤な長髪に真っ赤な細いまゆをしていて。

 その真っ赤な長髪は、まるで怒れる炎のように髪が逆立っているみたいで、生き物のように髪を揺らめかせている。


 それに、吸血鬼に噛まれて光の世界を失ってしまったようなほど、血の気の無い真っ白な肌に、外国人モデルのような非常に整った輪郭りんかくと容姿をしていた。


 表情は、これまた堂々としていて、まるで「自分が世界を支配しているんだ」とでも言いそうな、自信と過信と慢心が、混ざり合ったような不気味な笑みを浮かべている。



 そして、左首の耳下に小さなトランプのダイヤのマークをした刺青いれずみが、赤い色でられていた。


 その左耳の耳たぶにも、トランプのダイヤのマークをした、ゴールドの小さなピアスを付けていて、下唇したくちびるの左側にも、小さなシルバーのリングピアスを付けている。



 両手首には、リストバンドのように、肌に密着したゴールドの大きなブレスレットを付けて、足のすねあたりまで届きそうな、真っ赤なマントを肩に羽織はおっていた。


 いったい……なぜこんなに暑いのに、マントなんて羽織っているのだろうか。

 まさか──何かのアニメキャラのコスプレなのか?

 
 しかし、マントもそうだが、いているブーツも異様である。

 どこで買ったのかは知らないが、つま先が上向きにり返った、薔薇ばらとげのように尖《とが》った、エナメルみたいな光沢のある青い革のブーツを履いている。


 それにしても……もの凄く痛そうな左手の甲である。


 なぜ痛そうかと言うと──そのジェイトと呼ばれている男性の左手の甲の全体には、見るだけで激痛が伝わって来そうな酷い火傷のあとがあったからだ。



 と言うか…………。

 うーん……、やっとローザが消えたと思ったのに……もっとヤバそうな奴が居たなんて。


 僕がこの場所に来る前に、階段を下りている最中、考えていた嫌な予感的中である。


 はあ……昔から、嫌な予感だけはなぜか当たるんだよな、僕って。


 しかしまいったな。

 また動けなくなってしまったぞ。


 僕のヤバいよレーダーが、このジェイトは危ない奴だと認識してしまったから、怖くて動けない。

 心絵こころえも、僕が歩みを止めたら一緒に止まったので。ふと、その顔を見ると。


 相変わらず、涼しげな表情ではあるのだが──少しけわしい表情にも見えた。


 もしかして──心絵も僕と同様に、ヤバいよレーダーを持っているのだろうか。


 ちなみにだが、このヤバいよレーダーとは、ただの僕の直感である。


 まあ、言うまでも無いと思うが。




 「いや、アレ・・が無くなったから取りに来ただけだ。ところでタルマよ。この工場周辺には、生物の三半規管さんはんきかんを狂わす空間をつくる、【ピース・アニマ】の防御壁ぼうぎょへきがあるはずだが。貴様は、それを解除したのか?」


 「え? 解除なんてして無いですよジェイトさん。あれはそんなに『ゲイン』の消費も無いですし、今でも正常に作動してます。っぱ」


 「そうか────ん?」


 「う、うう……ぐぐご……げぇぇぇ……血を……血を……ぐれぇぇ……」



 見ると、ローザが大量に運んで来た、赤紫色の死体の中で、まだ息がある者がいた。

 それはもう、者と言うよりも、モノで。

 後、数分で死んでしまいそうな、弱々しい声を出す、生きた死体に見える。


 コンクリートの床をいつくばりながら、ジェイトの靴を何とか両手でつかんだが、その生きた死体は──そのまま動かなくなった。

 きっと、力尽きて死んでしまったのだろう。



 「こいつ……! 【パープル】にもなれない、害虫同然の失敗作の分際で……、この俺の靴にけがれた手でれるなああああ!」



 蹴った!

 あいつ……死体を蹴りやがったぞ!



 ジェイトが怒りを露《あらわ》にした眼をしながら、サッカーボールを蹴るようにして、そのあしで飛ばされた死体は──ちゅうを高く舞い上がり。

 床から十メートル以上は離れていそうな、コンクリートの天井てんじょうに激突し……。


 一瞬で、人の面影おもかげを失った──ただの肉の塊になり、コンクリートの床にグシャリという、不快な音を叩き付けて落下した。


 死体が激突したコンクリートの天井を見ると……無惨な赤色せきしょくに染め上げられていた。


 その天井に残された血のあとは、真っ赤な液体が満杯に入ったバケツを、何度もき散らし。

 いびつ禍々まがまがしい、まるで醜悪しゅうあくな現代アートのようになっている。


 と言うか死体を蹴るなんて……あいつは間違いなく、サイコパスだ。



 「あぁ……。こりゃ掃除するのが大変だ……。っぱ」


 「おい。それよりも、早くアレ・・を寄越せ」


 「分かってますけど……ミタリンは飲み過ぎないで下さいね。っぱ」




 そう言うと、『たるま』と呼ばれている白衣を着た男性が、ジェイトに透明のサプリメントケースを手渡した。


 中身はよく分からないが、丸いラムネのような白い錠剤じょうざいがギッシリ入っている。


 なんのサプリメントかは知らないが──健康マニアなのだろうか。


 ていうか、ミタリンって……何だか萌えキャラみたいな名前だな。

 それよりも──そんな名前のサプリメントなんて聞いたことないが。


 まあ、サプリメントなんて、たくさん種類があるから、きっと色々なビタミンが入ったサプリメントなのだろう。



 「なんだ。これしか無いのか」



 言って、ジェイトはそのサプリメントケースの中に入っている、丸いラムネのような白い錠剤を全て口の中に頬張ほおばり、バリバリと音を立てながら噛み砕いている。


 おいおい──サプリメントをたくさん飲んだところで、すぐに健康になるわけ無いのに……馬鹿なのだろうか。


 ────あれ?


 なんかあいつ……ひたいに異常な数の血管が浮き出ているぞ……。


 それに何だか……瞳も異様に血走っている風に見えるが……。


 いったい、なんのサプリメントなのだろう。



 「ああああ! ちょっとジェイトさん! そんなにたくさん飲んだら駄目ですよ! 体に毒ですよ! っぱ!」


 「おい……! 貴様はいつから、このジェイトに意見できる立場になったんだ?」


 「あっ……。いや……何でも無いです……。っぱ」


 「それより。『ゲイン』を数値化する【ピース・アニマ】は完成したのか?」


 「あの……その件なんですけど……。能力者の力そのものである『ゲイン』を、数値化するのは無理でした。っぱ」


 「ん? それは──この俺の命令にそむいたということか?」


 「いや……そうでは無くてですね。『ゲイン』は、体調や精神状態や身体能力などに左右されて、様々な要素が絡み合いすぐに変動するので、数値化は無理なんですよ……。っぱ」


 「では【ソリッド・アニマ】の方は──完成したのか?」


 「いや……それもまだ……。でも【ソリッド・アニマ】はまだ実験中ですが、完成できると思います。『オーバーソリッド』を発動させている最中の『ゲイン』消費量も、短時間の発動なら『アウト・ゲイン』にはならないと思うので。っぱ」


 「そうか──ところでタルマ。【パープル】の失敗作の他に害虫が一匹、まぎれ込んでいるのは、どういうことだ?」


 「え? ここにはボキ達と【パープル】の失敗作しか──」


 「タルマよ。貴様は気がつかなかったのか? まあいい。人様の会話を無断で盗み聞きする、いやしい害虫は駆除して消さねばな」



 害虫か。

 確かに夏だし虫はたくさん────あれ?



 今一匹と言ったのか?

  どうして数が分かるんだ?

   キーボードに虫がいるのか?

    その前に盗み聞きってなんだ?




 「駆除せねばならん害虫は、とても近くにいるな。そう、とても……とても……近くに────」



 ッ!?

 あいつ消えたぞ!

 僕の目の前で、突然ジェイトが消えた……。

 消えたと言うか──急に姿が無くなったと言うべき……なのだろうか。


 煙や霧が、ゆっくりと消える感じでは無い。

 ライトの光りの、切り替えスイッチのオンとオフのように、瞬間的にパッと消えたのだ。


 いったいどこに──



        「────見つけたぞ害虫があああ!」



 上ッ!?

  急に消えたと思ったら何で僕の頭上にいるんだ?

   それよりも何で背中から紅い翼を生やして飛んでいるんだ?

    さっきまで肩に羽織っていた真っ赤なマントはどうしたんだ?

     何で真っ赤なマントが消えて代わりに紅い翼が生えているんだ?



 それよりも、なんて大きな翼なんだよ……。

 二メートル以上は軽くありそうな、とても大きな紅い翼だ。

 もしかしたら、それよりも大きいかもしれないぞ。


 と言うか、物音なんて一切いっさい立てて無いのに……、何で隠れているのがバレたんだ!?





         「ん? 一匹だと思ったが二匹だったか。
         だが害虫を駆除することに変わりは無い!
         鏖殺おうさつしてやるぞおおお!
         断末魔だんまつまの鳴き声を上げて死ねえええ!
         『レッドナイフ・スコール』!」



 上空でジェイトが血走った恐ろしい瞳で僕をにらみつけ、狂的きょうてきな笑みを浮かべながら、まるで獣のような怒声どせいを張り上げると、その紅い翼から大きな紅い羽が幾数いくすう枚も放たれ僕の方に飛んで来た。


 その紅い羽は一瞬のうちに、紅いやいばの塊に形を変えて、何百、何千本もの数で、き出しになった紅い殺意の切っ先が、途轍とてつもない速さで僕におそいかかって来る。



 駄目だ!

  速すぎる!

   逃げ切れない!

    マジで殺される!
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