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第零章 深海巨構 零之怪
第5話 アンパンと牛乳の相性はバツグン
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僕は改めて、ゴミ――ではなく、店内の商品を見渡す。
骨董品の知識なんて皆無なのに、骨董品店での面接だ。少しでも気の利いた受け答えが出来るようにしなければ。そう思い、それとなくキョロキョロと店内を見る。
だが、よく考えてみれば面接なんて物の数十分、ともすれば数分で終わる場合もある。
そんな短時間で、相手の人となりが分かるはずもない。適当に意見を合わせて相槌をうち、無駄な発言をしなければいいのだ。
そう、僕が今まで面接で落ちて来たのは、無駄に気負い過ぎてきたからなのかもしれない……頑張らないほど上手くいくのかもしれない。
押してダメなら押さなければいいのだ。下手に引いたり伸ばしたりするから、おかしくなってしまうのだ。
面接をする側だって、たいして真剣に質問などしていなはずだ。マニュアルにそって、ただ質問するだけ。
頭の中では「早く休憩に行きたい」とか「夕食はなにを食べようか」とか「週末はなにをして遊ぼう」などと考えているに違いない。
それに、もし面接で落とされても、僕にはとっておきの作戦がある。
客のふりをして夏休み中ずっと涼みに来る作戦だ!
まあ、これを作戦と呼んでいいのかも分からないが――むしろ人として最低の行為なんじゃないか?
僕は面接と言う、社会貢献の始まりである大人の階段を登り続け……そして落ちて下り続けて、性格が前にも増して、ねじれてしまったのかもしれない。
ああ、大人の世界ってなんだろう。
社会人ってなんだろう。
学校を卒業して社会に出たら、荒波に呑まれて、どんどん汚れた性格の大人になってしまうのだろうか……。
何だかひどく疲れるな。
この見た目が四十代過ぎぐらいの臥龍も疲れてるのかな……。
僕があれこれと、考えてる最中に、臥龍は最初の質問をしてきた。
「それじゃあ、履歴書を見せてくれ」
……っ⁉ おいおい! ちょっと待て!
店の表に張り出されていた、アルバイト募集の紙には【履歴書不要】と書かれていたではないか!
僕が見落としていたのか? いやいや、そんなはずは無い。確かに【履歴書不要】と書かれていたのだ。
間違えるはずが無い……僕は慌てて聞き返す。
「あの……確か履歴書は不要だと、表の張り紙に書いてありましたが……」
「――そうだよ。履歴書はいらないぞ。君はいったい何を言ってるんだ?」
お前が履歴書を見せろと言ったんじゃないか!
こいつ……自分の発言を無かったことにしやがったぞ――いや、ちょっと待てよ。もしかしたら僕がさっき無視したのを怒って、わざと言ってきたのだろうか……それとも、たんに馬鹿なのだろうか。
もし、前者であるなら。とても、みみっちいおっさんだ。
やれやれ、これも無駄な発言にカウントされてしまうのだろうな。
僕が胸の中で溜め息をつく間も無く、臥龍は新たな質問をしてきた。
「君は、言葉が或る言葉に対して、その言葉が言葉で或るのでは無く、在ると絶対的に定義することが出来るのは、何故だと思う?」
――――――――なぬ? 何を言ってるんだこのおっさん……。
豆腐では無く電柱にでも頭を強く打ったのか? それとも、僕の履歴書に対する突っ込みに対して、嫌がらせで変な質問をしてきたのだろうか。
僕は臥龍の顔を見たが、人を食った面持ちは一切無い。
真剣そのもの。
思わず沈黙の中に溺れる……。
まずいな、何か言わないと。このまま沈黙の中に沈んでいても活路が無い。
僕が頭を抱えていると、臥龍は先程の質問を少し砕いて、平たく言ってきた。
「例えばだ、君が――えっと、君の名前を聞くのを忘れていた。君の名前を教えてくれ」
「九条です。九条鏡佑です」
僕は口で、自分の名前の漢字を説明するのが面倒なので、学生鞄に入っているメモ帳とペンを取り出し、メモ帳に自分の名前を書いて臥龍に見せた。
「それじゃあ九条君。例えばだ、自分が絶対だと信じてることは、いったい何によって信じられていると思う? 君が変わらないと思っている存在は、何によって揺るがないか分かるか?」
なんだろう……頓知なのか?
だが、不思議と嫌悪感のある質問ではなかった。
僕もときどき、臥龍が質問してきた内容ほどでは無いが、似たような考えはしたりする。
存在が――揺るがない――か。
しかし、まあ。骨董品関連の質問をされると思ってはいたのだが、僕の予想の斜め上というか……予想の斜め天井知らずの質問だ。
雨宿りして熟考する屋根があればいいのだが、面接中にそんな時間の屋根はどこにもない。
臥龍はじっと僕の表情を見て、返答を待っている。
沈黙が余計に僕の気を急かせる。こんな時に“時の砂”でもあれば熟考できるのに――
隔靴掻痒。
このまま、ずっと椅子に座って、にらめっこをしていても何も始まらない。
考えなければ――言葉――絶対――存在――揺るが――ない……?
ん? 何かが僕の頭の中を、コツンと叩いたような感覚を覚えた。これ以上の沈黙は僕も耐えられない。もう、今思いついたことを、そのまま言おう。
「つまり、その――言葉が……」
「言葉が?」
「言葉が無ければ――存在も無い」
臥龍の瞳の奥が、ほんの一瞬だけ輝いたように見えた……。
「君はそう思うのか。よし、次の質問だ」
おい! まだこの変な質問が続くのかよ……というか、自分で質問を出したのだから正解を教えろよ。
僕が頭の中で突っ込みを入れている最中に、二つ目の質問をしてきた。
「君は、神様を信じるか?」
――――――――んん? 神様だと……!
物事を色眼鏡で見てしまう僕が、神様なんて信じてるわけ無いではないか。
ひょっとして、高い壷でも買わされてしまうのかな……帰ろうかな。
そう思い、席を立とうとした僕に臥龍は質問を続けた。
「すまん、少し直球過ぎたな……うーん。君は――信仰の『信』と確信の『信』。どちらに神様は存在すると思う?」
――――――はい? 全く言ってる意味が分からない。
おいおい、また熟考させるつもりかよ……勘弁してくれ。
僕が苦虫を潰したような顔をしていると、臥龍が先ほどの質問に、意を尽くそうと捕捉を加えた。
「そうだな――信仰は外側で、確信は内側だ。より根本的に言うなら、信仰は後に作られた『信』であり、確信は始めから在る『信』だ」
すまない臥龍……僕に何かを伝えたい気持ちは痛いほど感じるのだが……。
さっぱり分からん!
この手の話題は嫌いではない。だが、もっと時間をかけてゆっくりと――たゆとうように、熟考したい。
そもそも面接で出すような話題ではないぞ。
僕は臥龍の散切りヘアーに、ワックスで四方八方にツンツンに立てた髪を凝視していた。
会話をしていて煮詰まると、相手の髪ばかり見るのは僕の癖だ。
臥龍はこの髪型をセットするのに、どれぐらい時間をかけているのだろうか。最初はワックスが付いていないから――ん? セット……最初……。
――――んん!
信仰は後に作られた……セット……確信は始めから……作られてない無造作ヘアー。
あっ! もしかして、内側の確信とは自分のことで、外側の信仰とは作られた偶像と言いたいのだろうか。
もう、間違えていても構わないから、答えてしまおう。というか、もう何も思いつかないし。
僕は臥龍の顔色をうかがいながら、ゆっくりと質問に答えた。
「神様が――存在するのは――確信の『信』の方です」
「どうして、君はそう思うんだ?」
臥龍が僕に質問する。何だか禅問答みたいだ。(この場合は立場が逆だけど)
「だから、信仰は作られた偶像の神様で、確信は自分の中にある神様で――つまり、自分は中身が在って偶像は中身が無い空っぽの器だから――確信の方に神様はいると思います」
僕の返答にたいして、臥龍は少しあごをさすりながら、難しい顔をして小さく呟いた。
「……採用だ」
はあ…………また採用か。まあ、これで厄払いが――採用? 本当に?
僕は思わず聞き返す。
「本当に採用なんですか?」
「ああ、採用だ。今日から働ける?」
「はい! もちろんです!」
いやっほおおおお! これでやっと不のスパイラルから抜け出して、この冷房聖地を占拠出来るぞ!
なんで採用されたのかは、よくわからないけれど。
そんなの今はどうだっていい。
これでやっと冷房を買う資金が――
「あ、そうそう。給料だけど、うちは月末締めで、一ヶ月預かった後に支払うから、九条君の今月の給料は、八月の終わりに支払う形になるから、覚えておいてくれ」
――――――――――――――はあああああ!?
いやいや! それでは困るぞ! 僕は短期のアルバイトですぐに十万を貯めて、冷房を買い家でだらける計画があるのだ。
せっかく面接に合格したが、これでは本来の目的が変わってしまう。
僕は面接に合格したいのでは無くて、てっとり早く十万円を稼ぎたいだけなのだ。
臥龍には悪いけれど、ここは採用されたが辞退して――って臥龍がいない!
あいつどこに行きやがった!
僕が背後を向くと、臥龍が店の扉を開けようとして、外に出ようとしている。
僕はとっさに臥龍を呼び止めた。
「ちょっと待って!」
しかし、臥龍は僕の呼び止めの声を、意に介さずに外に出やがった。
走って僕も店の外に出たが、臥龍はどこにも居ない……。
というか消えた――あいつ忍者なのか?
「臥龍は僕の目の前から、忽然と消えた……臥龍の行方は、誰も知らない」
「下人か俺は!」
臥龍が草むらの中から飛び出してきた。
こいつ、消えたんじゃなくて隠れていやがったのか。
まあいいや、臥龍に僕の内部事情を、全て細かく説明するのも面倒なので、辞退したいとだけ伝えることにしよう。
「あのですね、ちょっと色々とありまして……今回は採用を辞退したいんですけど」
「そうか、分かった。店は十八時で閉めてくれ、これ店の鍵だから無くすなよ」
臥龍から店の鍵を手渡された。
「十八時ですね、分かりました――って違うから!」
「それじゃあ、頼んだぞ」
「頼んだぞじゃなくて、話し聞けって!」
「働くのは良いことだぞ。社会貢献になる」
「だから僕はここで社会貢献はしないって言ってんの!」
こいつ……僕の話しを全く聞いていない!
「とにかく頼んだぞ。俺は大事な講義があるから、どうしても今日は、店から離れないといけないんだ」
「講義って、大学の?」
「当たり前だろ」
「その歳で大学生だったのか!?」
「違う! 俺は教える側だ!」
「は?」
何言ってんだこいつ。骨董品の歴史でも教えるのか?
「言って無かった? 俺は大学で哲学を教えてる教授だ。この店は趣味で経営してる」
初耳だった。
趣味で経営してるから、看板も出していなかったのか――
そうか哲学か……だから面接の時に意味不明な質問ばかりしてきたのか――って、そんなことよりも、臥龍にちゃんと説明しないと。
まあ、ちょっとした厄払いのために面接をしに来たとは、口が裂けても言えないけれども……。
しかし、この冷房聖地とも、お別れか……短い天国だったな……。
僕は冷房を買うために、短期の日払いアルバイトを探していることを、包み隠さず臥龍に説明した。
「事情は分かった。でも今日だけ頼む! 日払いで給料は出すから」
大学の偉い哲学教授が、あろうことか高校生の僕に、頭を下げてお願いしてきた。
何だか自分が偉くなったような気分になったので、二つ返事で引き受けた。
やれやれ、実にちょろい高校生である。
というか、それは僕だった。
臥龍が駆け足で大学に向かうのを見送り、僕が店内に戻ろうとした時、お腹の虫が大きな音で鳴った。
グゥゥゥゥゥゥゥゥゥぅぅ――――――――!
そして僕は、大事なことを思い出した。
お昼ごはんが……無い……。
グゥゥゥゥ――
グゥゥゥゥゥゥゥ――――
グゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ――――――!
まずいぞ……どんどん腹の虫の音が大きくなる……店内で、椅子に座っているだけだから、余計に空腹の方に意識が行ってしまうぞ!
なにか、他のことでもして空腹感を忘れないと。
僕は店内を見たが、まるでゴミ置き場に捨てられ、悲しく佇むような骨董品をながめても、空腹感など忘れられるわけもない。
しかし、見れば見るほど汚い店内だな。
僕が空腹では無く、体力が残っていれば大掃除をしたいぐらいだ……空腹でなければな――
グゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ―――――――!
腹の虫がまた大きく鳴った。
まいったな、時間は十四時。店を閉める十八時まで、まだ四時間もある……。
僕は両の手を首の後ろにまわして、深く椅子に座り、残りの四時間を、どう乗り切るか考える。
ちなみに、今座っている椅子は、先ほどの面接で臥龍が座っていた椅子だ。
レジの前にでかでかと置かれた、まるで偉い議員が座りそうな高級かもしれない椅子。
と言うか、座り心地は最高だ。高級であるのは間違いないだろう。
椅子には詳しくないけれど、本革製と言うのだろうか?
実に座り心地がいい。
まあ、王様の玉座とまでは言わないけれども、中々に立派な椅子である。
僕は、おもむろに左足を上に組み、左手を軽く握りしめて頬杖をついたまま、深く椅子に座りニヒルに気取ってみた。
通称、神輿バイクに乗っている聖帝様のポーズ。
うむ、悪くないな――――って、今はこんなことをしている場合ではない。
何か食料を探さないと。
都会にいるのに、何だか一人だけ、無人島のサバイバル生活をしているみたいな、気分になった。
店内を軽く物色してはみたものの、出てきたものは鉄のガラクタと埃だけ……。
グゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ――――――――!
ああ、これだけお腹が減っていたら、本当に倒れてしまいそうだ。
もしも今、僕の目の前に“腐ったおにぎり”があったら、なんの躊躇もなく食べてしまいそうだ。
たとえ、食べた後にヒットポイントが減ったり、状態異常になると分かっていてもだ。
誰か助けてくれないかな……。
確か、お腹が減っていたら助けてくれるヒーローがいたな。
日本国民、主に小さい子供達に人気のある空飛ぶヒーロー。
でも、あれは架空のヒーローで、実際にお腹を空かせた人を助けてくれるヒーローは、現実にはいない――
映画や漫画やアニメの中では、いつだってヒーローは顕在で飽和状態なのに、現実の世界では、いつだってヒーローは不在で枯渇状態だよな……。
というか、よくよく考えてみたら、お腹が減っていたら助けてくれる、あのヒーローってとんでもないヒーローなんじゃないか?
だって、自分の顔面をえぐり取って、それを食べさせるんだぜ?
可愛い絵だから気が付かなかったけれど、もし鮮明に描写された絵だったり実写だったりしたら……トラウマもんだぜ?
ヒーローからもらった顔面を、美味しそうに食べるなんて……逆カニバリズムだろ――
そう考えると、子供たちに愛と勇気とトラウマを植え付けるヒーローだ。
それに、中身が和菓子では無くてカニパンだったら、カニパリズムマンみたいな名前を裏で付けられていそうなものだな。
――――――――。
と言うか、僕はどれだけ、ねじ曲がった考え方をしているのだろう……。
お腹が減り過ぎて、頭がおかしくなってしまったのだろうか。
グッ、グググゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ――――!
まずいぞ……僕の活動限界が近い音だ。
水分だけでもいいから取らなければ。
僕は自分の財布の中身を見た。
三百円あった。
しかし、今の僕にとって三百円は、本来の貨幣価値の十倍以上に等しい。
つまり三千円以上の価値だ。
我ながら、惨めなものだな……。
僕は溜め息をもらし、目の前のレジをぼうっとながめた……レジか。
うーん……。
まあ、店番をしているのだし、もし客が入って来た時に、レジの中にどれだけ金銭が入っているのか知らないのは、まずいよな。
うん。まずいな。
これは確認だ。決してレジの中のお金に興味があるのではない。
僕の仕事なのだ。
社会貢献をするために、レジの中のお金を見るのだ。
僕はレジの中を開けてみた。
レジの中には、臥龍が足元にも及ばない偉い人がたくさん入っていた。
諭吉大先生である。
お会いするのは、数ヶ月ぶりだろうか。
僕は大先生を数えてみた。
二百万飛んで四百五十円あった。
二百万円……か……。
僕は、その二百万円を輪ゴムで結んでみた。
とても、分厚かった。
「おおお……!」
思わず、声が出てしまった。
僕は、その二百万円をテーブルの上に立たせてみた。
立った。
「おおお……!」
思わず、声が出てしまった。
僕は、その二百万円を少し高いところから、テーブルに落下させてみた。
どんっ! 二百万円の音がした。
「おおお……!」
思わず、声が出てしまった。
僕は、その二百万円を頭の上に乗せてみた。
二百万円の重さを肌で感じた。
「おおお……!」
思わず、声が出てしまった。
僕は、その二百万円を……もう何も思いつかなかった。
「うーん……」
思わず、自分のボキャブラリーの無さに落胆してしまい、声が出てしまった。
しかし、まあ。二百万円か――
お金に縁の無い男子高校生にとって、目の前にある、始めて見る二百万円の束は、自分が頂点に立って、何でも出来てしまうのではないのかと言う錯覚に陥らせるには、十分過ぎるほどの破壊力を持っていた。
まあ、この二百万円を持ち逃げしようなんてことは、考えないけれども。
そんなことをしたら、僕は人で無くなってしまう……それぐらいの道徳は僕にだってある。
しかし、まさかこれほどの大金が入っていたとは。
二百万円と四百五十円か……。
四百五十円か……。
臥龍の店内を見渡す――掃除もされてなく汚い。
この店内を見る限り、臥龍の性格は綺麗好きでは無いことは確かだ。
きっと、ずぼらで大雑把な性格なのだろう――
一瞬、悪魔の囁きが聞こえたような気がした。
もしかしたら、小銭だけならバレないんじゃ……いやいや、これは店の金だ、勝手に使うのはまずいぞ。
だが待てよ、僕は臥龍にお願いされて、店番をしている訳だ。
つまり、店長が従業員にお願いをして、そのお願いを聞いたお礼に、店長がジュースを休憩時間に、従業員におごるのは不自然なことだろうか?
いや、むしろ自然な行為だ。
それに、僕は空腹で死にそうなのだ。休憩時間だって取ってはいない。店長が無理を言って従業員を働かせているのだから、ジュースの一本ぐらいおごるのは、当たり前の行為なのである。
そう、当たり前の――当たり前の――
――――――――。
レジのお金で社会貢献してしまった……。
外にある自販機で、百五十円のジュース一本を、レジのお金で買ってしまったのだ。
だが、ジュースがこんなに美味いと思ったのは始めてかもしれない。
体に水分と糖分が染み渡る。
最高だ……からからに干涸びていた体に、一気に血液が満ちて行くような気分になった。
まあ、僕は吸血鬼では無いけれども。
そして、レジの中のお金は二百万円と三百円になった……。
大丈夫……だよな?
臥龍は几帳面ではなく大雑把そうだし、多分――レジの中のお金が百五十円減っていることにも気が付かないだろう。
しかも臥龍は、偉い教授先生だ。もしバレても、笑って許してもらえるさ――きっと。
それに、僕は臥龍から、どうしても頼むと頭を下げられて、ここに居るのだ。
ジュースの一本ぐらい、サービスするのは当たり前ではないか。
だから僕は、決して間違った行動はしていないのだ。
――少し、冷静になって考えてみたら、何だか自分の行動を正当化しようと、自分で自分に言い訳をしているように感じたので……これ以上考えるのはやめよう。
悲しくなるから――
ググググゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ――――!
やっぱりジュース一本じゃ、空腹は満たされないか。
僕は、後どれぐらい、店に居なくてはいけないのかと思い、時計の針を見た。
時刻はそろそろ、十七時を告げようとしていた――
後、一時間の辛抱だ……一時間待てば空腹地獄から解放されるぞ――――
それまで、空腹に耐えながら臥龍の椅子に座り、聖帝様のポーズでもしながら、十八時になるのを待つとしよう。
五分――
四分――――
三分――――――
二分――――――――
一分――――――――――
いよっし!
十八時だ!
僕はそそくさと荷物をまとめて、店の鍵を持ち店内から出た。
臥龍からはまだ、今日の分の日払い給料を貰ってはいないけれど、明日の朝にでも店に寄って貰えばいい。とにかく、家に早く帰って食事をしないと空腹で倒れてしまう。
僕が店の扉に、鍵をかけようとしている時に、スキップをしながら近づいて来る大きな人影を見つけた。
臥龍だった。
ホップ、ステップ、ジャンプといった感じのスキップ。
やれやれ、実に気持ちが悪いものだな、おっさんのスキップというものは――
と言うか、なにか良いことでもあったのだろうか。
どんどんと、近づいて来る臥龍の姿を見ると、顔からは満面の笑みがこぼれていた。
そして、手にはビニール袋を持って――――んんっ!
あのビニール袋は、天下のミ◯タードーナツのビニール袋だぞ。
しかも、かなり大きいドーナツの箱が入った、ビニール袋だ。
「今日は無理を言ってすまなかったな、よかったら、これでも食べてくれ」
そういって臥龍は僕に、ミ◯タードーナツのビニール袋を手渡した。
「こんなにたくさん、全部くれるんですか?」
「ああ。ちょっとした、俺の気持ちだから受け取ってくれ」
グッジョブ臥龍! あんた最高にいい奴だよ!
「まあ、店の外じゃなくて、いったん店内に戻って食べるか?」
僕は空腹で、家に帰る体力も残って無かったので、すぐにうなずき店内に戻った。
さいわい、先程、二百万円の束で遊んでいたから、ドーナツを食べるぐらいのスペースのテーブルならある。
僕はさっそくミ◯タードーナツの箱を開けて、中身を見ると、全部オールドファッションだった……。
数にして十二個のオールドファッション。
どうして全部オールドファッションなのだろうか……オールドファッション以外のドーナツに恨みでもあるのだろうか……。
僕はポン◯リングが一番好きなので、出来れば全部ポンデリングにしてもらいたかったのだが、今は贅沢など言ってはいられない。
僕の空腹は限界だったのでオールドファッションにかぶりつく。
ドーナツが僕の喉の水分を、もの凄い勢いで奪っていく。
つまり、喉にドーナツを詰まらせた。
やばい……いくら胸を強く叩いても食道の奥に進まない……。
まるで、特大のスーパーボールを喉に詰まらせた感じだ。
僕が必死になって、胸を叩いていると、臥龍がやれやれと言った表情でコーヒーを持って来てくれた。
はあ……死ぬかと思った。
と言うか、なんだか臥龍がとても良い先生に見えて来た。
「ところで、九条君。俺がいない間に客は来たか?」
「いや、一人も来なかったですけど」
「そうか、まあ俺の店は看板も出してないし、本当に骨董品が好きな、希少価値の分かる優れた人間しか来ない店だからな」
さりげなく上から目線の発言だった。
「他には何か変わったことはあったか?」
「いえ、別にこれといっ……」
あっ、まずいぞ……勝手にレジのお金を使ってしまっていたのだった……。
「うん? どうかしたのか?」
「え? い、いや。これといってなにも」
「――そうか」
やばい……冷や汗が出てきた……バレたれどうしよう……!
いや、落ち着け。落ち着くんだ九条鏡佑よ。
大丈夫、きっと大丈夫だ。臥龍はきっと大雑把な性格だから絶対にバレないはずだ。
「でも、いきなり店番をまかせたから、レジ打ちとか心配だったんじゃないか? よし、俺が手本を見せてやろう」
おいいいいい!
今はレジに近づくな!
「だ、大丈夫です! 問題ないです! レジ打ちは前に経験があったので……も、問題ないです!」
「なんでそんなに大きな声で、焦ってるんだ?」
「え? 焦ってないですよ……ちょっとドーナツが喉に詰まって、心臓の鼓動が早くなって、声も大きくなってしまったんです」
我ながら、実に意味不明な言い訳である。
「まあ、ゆっくり噛んで食べろよ。――そうか、レジ打ちは経験があるのか、じゃあレジの中は確認したのか? 一応、二百万飛んで四百五十円入っているんだが」
何でそこだけ正確に覚えてるんだよおおおお!
数字なんて几帳面に覚えて無くていいから、店内を綺麗に掃除しろ!
逆なんだよ逆!
数字は大雑把でいいから、店内を几帳面に整理整頓してくれ!
「どうしたんだ? なんだか顔色が悪いぞ。また喉にドーナツを詰まらせたのか?」
ドーナツはもう、詰まらせてはいないけれど……僕の人間性が詰んだ!
まずいぞ、これは非常にまずいことになった。僕がこのまま帰ったら、確実に臥龍はレジの中を確認するだろう。そしたら、確実に百五十円が足りないことがバレてしまう。
しかも、さっき自分で、客は一人も来なかったと言ってしまったから、僕がレジのお金を使ったとすぐに看破されてしまうぞ……。
「やっぱり顔色が悪く無いか?」
「え? い、いや。今レジの中に二百万円が入っていると聞いて、びっくりした……だけですよ」
「そうか。まあ、高校生には大金だもんな」
「そ、そうでね。二百万円なんて見たことも無いですからね。は、ははは……」
どうするんだ……いったいどうすれば……臥龍の目線をレジから遠ざけて、すぐに自分の財布の中にある百五十円を入れることが出来れば……解決するのに。
だが、いったいどうやって、臥龍の目線を遠ざければいいのだ。
この汚い店内で……汚い……あっ、そうだ!
汚いのだから、ゴキブリの一匹や二匹がいてもおかしくない。ここはゴキブリがいると噓をついて、臥龍が気を取られているすきに、レジにお金を戻すしかない!
「あっ! 臥龍さん。あそこにゴキブリが!」
「え? 本当か! いったいどこだ?」
「あの、えっと、一番奥にある鎧の辺りです」
僕は店内の一番奥にある、中世の鎧を指差した。
臥龍は殺虫スプレーを手に取り、骨董品の山をかき分けて、一番奥にある鎧の方に向かって行った。
よし! 今だ!
僕はすぐに、自分の財布の中身から百五十円を取り出して、出来るだけ音を立てずに、レジを開けて、そっとお金を戻した。
ミッション・コンプリート!
危なかった……実に危なかった……全く、臥龍の奴、僕に冷や汗をかかせやがって。
と言うか、ただの身から出た錆である。
「くそ、ゴキブリめ。どこに行ったんだ? 見つけたらバリガチで倒してやる――はっ! しまった、興奮して弟の口癖がうつってしまった」
弟? 臥龍にも弟がいたのか。
と言うか、バリガチって何だ?
バリ島のバリ……ではないのは確かだろう。
バリか、確か福岡弁でバリと言う言葉があったな。意味は――えっと……『凄い』とか『とても』などと言う意味だっただろうか――
ガチの意味は確か――マジと言う『本気』などの言葉を、より強調した意味だったと思うのだが。
うーん……そうなると、バリガチは『とても本気』と言う意味になるのだろうか。
だが、臥龍は正確な年齢は分からないが、四十代過ぎのおっさんだ。その、弟なのだから歳は三十代ぐらいだろうか。若者でもそんな言葉を、使っている人なんていないだろう。
三十代のアラサーのおっさんが、バリガチなどと言う、誰も使わない言葉を口癖にしているのか……。
実に痛いおっさんだな……。
まあ、別にいいか。ミッションは無事に成功したのだし、これで堂々としていられるぞ。
「あの、臥龍さん。もう今日はやめにして、明るい時に退治したらどうですか?」
「うーん……。まあ、それもそうだな」
はあ……何とか一件落着だ。
これで、僕は臥龍から日払い分の給料をさっさと貰って家に帰るとするか。
「あ、そうだ九条君。忘れるところだった」
おっ。臥龍の奴、僕が給料の話題を出す前に、自分から言って来るとは、手間がはぶけた。
「君は本を読むか?」
全然違う話題だった。
「本ですか……まあ、読みますよ」
「どうせ、君のことだ。漫画本のことを本と呼んでいるんじゃないか?」
当たっていたので反論出来なかった。
「ふっ。図星のようだな」
「別にいいじゃないですか、教科書は読んでるんだし。それよりも早く今日の給料を――」
「まあ聞けって、俺は大学で教授をやっているんだが、実は本も出しているんだ」
そう言うと、臥龍は奥の部屋から、大きなボストンバッグを得意げな表情で持って来て、バッグの中から本を一冊取り出し僕に渡した。
本のタイトルは『ロッゴースの代弁者』と書かれていた。
何とも俗的なタイトルである。
と言うか、早く給料を貰って家に帰りたい。
「どうだ?」
「え?」
「だから、この本は俺が書いた哲学の本なんだよ。哲学なんて言うと固いイメージがあるから、若者にも分かりやすく書いてあるんだ」
「はあ、凄いですね」
全く興味無かった。
そんな本なんて、どうだっていいから、早く給料をよこせよ!
「君も俺の本の凄さが分かるか、見込みがあるな。この本を読むと、いかに自分が小さい物事に捕われていたかが分かり、世の中の見方が一片するんだ。しかも、税込み千二百円でそれが分かるんだ」
「へえ、凄いですね」
早く帰りたかった。
「ちなみに、俺の本を買った学生には、一冊ごとに一単位あげている。なぜなら、俺の本を買う学生は先見の明があり、俺を超えることは絶対に出来ないが、俺の域に少しは近づける将来有望な人間になるのは、間違いないからな」
なんとも傲慢な奴である。
税込み、千二百円で買える単位か――
実に良心価格である。
そして臥龍は、教授の前に――
実に人間失格である。
こんなのが大学教授だなんて、世も末だな。
「九条君は見込みがあるから、この本を売ってやろう」
いらねえ……ん?
「ちょっと待て、売るってなんだ? 無料でくれるの間違いだろ。金儲けで無理に買わせるつもりか?」
「何言ってんだよ、俺は金には困って無いから金儲けで売るわけじゃない。いいか? 人は代価を支払うと、それに見合った見返りを求めるんだ。つまり、元を 取ろうとする。俗的な人間ほど、その傾向は強い。すなわち、絵に書いたような俗的で、アベレージな学生の君は、代価を支払うことにより、元を取るため、俺の有り難い言葉を一言一句、その頭の中に保存出来るんだ。喜べ」
「そう言うのを、ありがた迷惑っていうんだよ……と言うか、アベレージな学生って何だよ……」
「君の偏差値を調べてみた。ジャスト五十。実にアベレージな数字だ」
「え? いつ調べたんだ?」
「君が店番をしている時間帯に調べた。ちなみに、君の通っている高校も調べてみたが、実にアベレージな高校だ」
こいつ……ストーカーの才能があるんじゃないか?
と言うか、この短時間にそこまで調べるなんて、ストーカーの中のストーカーだろ。
「だが安心しろ。俺の本を買って読めば、君もアベレージな学生から卒業出来るぞ」
「いや……いらないから。それよりも、早く給料を――」
「そうか、そこまで欲しいか。それじゃあ、読書用と、保管用と、観賞用と、布教用と、家宝用で計五冊だな。この欲しがり屋さんめ」
「おい、人の話し聞いてたか? 僕はいらないって言ってんの」
「今なら特別に、家宝用は真空パック保存で渡してやる。しかも、税込みで、千二百円だから、五冊で六千円だが、特別に五千円にしてやろう。嬉しいだろ?」
「やっぱり人の話し聞いて無いだろ」
「何言ってるんだ、俺はちゃんと聞いてるぞ」
「お前が聞いてるのは、自分にとって都合の良い言葉だけだろ……僕は給料を渡してくれって言ってんの」
全く、いい加減にしろよ。さっさと給料をよこして、僕を家に帰らせてくれ。
「あ、そうだそうだ。忘れるところだった」
はあ……やっと給料を渡す気になったか。
「実はな、この前、また新しい本を出版したんだ」
「僕の話しを聞いていない!」
臥龍は、またバッグの中から本を出して、僕に手渡した。
本のタイトルは『常に思考を絶やすな!』と書かれていた。
俗以下のタイトルだった。
「この本のタイトルはな、俺の口癖でもあるんだ」
聞いてもいないのに、また話し始めた……。
と言うか、こいつが絶やしてはいけないのは、人の話しを聞くことだ。
つまり、僕にさっさと給料を払うことだ。
「俺がよく講義で、生徒たちに『常に思考を絶やすな』と言い続けていたら、生徒たちの間で流行ってしまったんだ。生徒たちは、この言葉を略して『つねしこ』と呼んでいるんだよ。つねしこ、つねしこ、つねしこジャパーン!」
「なんか、楽しそうだな……お前の人生」
「ふっ。君もこの本を読んだら、もっと人生が楽しくなるぞ」
皮肉のつもりで言ったのだが、臥龍には効果が無かったようだ。
「よし、君のアベレージな人生を変えるために、この本も五冊売ってやろう。ちなみに、この本も、税込みで千二百円だが、特別に五千円にしてやる。合わせて一万だ」
「は!? だから、いらないって言ってんの! さっさと給料を払えよ!」
「大丈夫だ。今日の分の給料で、この本を君に渡そう」
「おいふざけんな! お前それ詐欺だぞ!」
「人聞きの悪いことを言うな。この本で君の知能指数が上がるんだ、安いものだろ。ちなみに、俺の知能指数は軽く二百を超えている」
「お前はアインシュタインよりも知能指数が上だって言いたいのか!?」
「ちなみに、君の知能指数は『3.14』だ」
「低っ!! ――――って、ちょっと待て! それ円周率の数字だろ」
「アベレージな学生の君にはピッタリな数字だろ?」
「円周率はピッタリな数字じゃないだろ! 僕の感情も円周率も割り切れねーよ!」
こいつ、もしかして本当に給料を払わない気なのか?
「まあ、君が考えていることは、だいたい分かる。てっとり早く冷房が欲しいんだろ?」
まさに、その通りであった。
「そこでだ、俺はてっとり早く、君が冷房を手に入れることが出来る方法を、見つけて上げたんだ」
「なんか、噓臭いな……」
「最後まで聞けって! 俺は今日、大学で講義が終わった後に、その講義に『参加していた人』から、俺の本に書かれている内容に感銘を受けたので、 沖縄のホテルで是非、講演会の講師として出席してもらいたいと言われたんだ。まあ、俺ぐらいの超有名人になったら講演会の講師なんて日常茶飯事だがな」
「……その講演会と、僕の冷房と、何の繋がりがあるんだ……?」
「早い話しが、俺の助手として君も出席すれば、冷房を買ってやる」
「は?」
「だから、俺の助手だ」
おいおい、何で人一倍暑がりな僕が、よりにもよって、真夏に沖縄なんて、行かなくてはならないのだ。
と言うか、自分の書いた本を褒められたから、気分良く帰って来たのか……なんで気持ちの悪いスキップをしていたのか、これで謎が分かった。
まあ、どうでもよいことなのだが。
しかし、まてよ。こいつは大学教授なのだから、大学生を助手に連れて行けば、いいのではないだろうか……もしかして、こいつには助手がいないのか?
僕は臥龍に単刀直入に聞いてみた。
「ひょっとして……助手が一人もいないのか?」
「……な、何言ってんだよ。みんな……い、今は夏休み中で忙しいんだよ。それに、俺には七百飛んで九人の助手がいるんだ。そして君は、記念すべき七百十人目の助手と言うわけだ。俺の助手になれるんだ、光栄に思え」
「記念すべき七百十って……平城京か!?」
どうやら、本当に助手がいないらしい。
と言うか、七百十人って……小学生でも、そこまでの大見得は切らないだろう……。
「それで、どうするんだ? 助手として来るなら冷房を買ってやるぞ」
「本当に買ってくれるのか?」
「ただし、助手として沖縄に同行して、帰って来た後でだ。君はアベレージな学生だから、冷房だけ買ってやった後でドタキャンしそうだからな」
臥龍だけには言われたくなかった。
「ちなみに何日間、沖縄に行くんだ? と言うか、いつ行くんだ?」
「明日だ、そして一泊二日だ。講演会だけだからな」
明日か……随分と急だな――だがまあ、親は海外出張中だし、弟の鏡侍郎にいたっては、家に居る方が奇跡だし……一泊二日だけなら、別に家族に、面倒な説明をする必要も無く旅行に行ける。
そして、一緒に沖縄に行くだけで、てっとり早く冷房が手に入る――悪くない、むしろ好条件だ。
まさか、一泊二日の沖縄旅行に行くだけで、待ちに待った冷房がやってくるなんて。
これで八月中ずっと――家でだらける計画が出来るぞ!
「まあ、君がどうしても行きたく無いって言うなら――」
「本当に沖縄から帰って来たら……冷房を買ってくれるんだろうな?」
「俺の辞書に、二言と言う文字は無い」
「行きますとも!」
僕は即答した。
まるで、早押しクイズで最後まで問題を聞かずに答えるように。
「よし、じゃあ明日の朝七時に店の前に来い。俺は先に帰るから、ちゃんと店の鍵を閉めておけ。いいか? 絶対に遅刻するなよ」
臥龍はそう言うと、何の役にも立ちそうに無い本だけ置いて、先に店を出て行った。
どうやら本当に、臥龍は僕に本を売りつけたみたいだ。
まあ、この本はいつか古本屋にでも売ってしまおう。
そんなことよりも、楽して冷房が手に入るのだ、こんな素晴らしいことはない。
人生は薔薇色である。
僕は喜びに胸が高鳴り、スキップをしながら家路に向かった。
やれやれ、実に釣られやすい高校生がいたものである。
と言うか……それは僕だ。
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