知らない世界はお供にナビを

プロローグ

新生活は異世界へ

私、一ノ瀬楓は花も恥じらう18歳の女の子。
彼氏はいないよどうしてだろうねハハハはぁ。
ちょっと小柄で2つある山はなだらかで平坦だけど大きな子供からは飼いたいって告白されたくらいにはモテるんだよ。あ、ちゃんと大きな子供は鉄の輪っかを両手に装備して巣へと帰っていったから安心してね。
私で3回目らしいから十数年は会うことないから大丈夫。
さてさて自己紹介はそれくらいにして、今の私の気分は絶好調。法から外れた薬をきめたみたいに狂った笑みでテンションは上々。家族が待っているお家へと続く道をとても軽い足取りで進む。真っ暗な空へ飛んでしまいそうなほど舞い上がっていた。途中まですれ違った道行く人々はやや可哀想な目だったり生暖かったりと優しい視線を私に沢山浴びせていた。



でも、彼女は気にならない。それだけ今の彼女の瞳から見える世界は輝いていた。


どうして楓の頭の中がお花畑になっているのか？
彼女を知らない者からしたら疑問に思うでしょう。

なら答えましょう。
どうして今の彼女が気持ち悪いくらい笑みを浮かべているのか。

それは大人の階段を登ったからです。


そう階段、特別高くもないただの階段。
簡潔に言い換えれば高校卒業しましたってこと。しかもしかも大学にも合格した。第一希望は見事に落ちて第ニ希望だけども、余裕綽々で当日は緊張で腹を壊してテスト中ずっと第二次腹痛大戦が開戦されていたけれども。

それだけで楓の大人の階段はまだ終わらない。
大学入学を機になんとあの一人暮らしが待っている。
伊達眼鏡を装着して両親へ懇切丁寧に一人暮らしによる睡眠時間の重要性と移動時間短縮による自堕落性を数時間掛けて説明した甲斐があったというものだ。
あの時の両親が送ってくれた呆れた目は今でも忘れない。

とにかく明るい未来がこの先待っているかどうかはさておき、現時点で楓は生きてきた中で最高潮と言える状態。


こんな薄暗い夜道も眩しすぎて見えないくらい。
浮かれている彼女は、従姉妹のみっちゃんが卒業祝いに作ってくれた自衛用のお手製スタンガンをぶんぶん振り回しながら陽気に鼻歌を奏でる。

フフ、フーンフーンフンフーン

周囲を無視した圧倒的鼻歌。
原曲よりもしっかりとずれた旋律は、それもまた楓の個性だと思って欲しい。
人気の無い場所での今の彼女は羞恥心など無く、そんなものは卒業証書と一緒に川へ投げ捨てた様子。


これだけの理由が揃ってしまった。
周りが見えてない原因がずらりと足並みをそろえてしまった。
だから一ノ瀬楓は気付かなかった、決して能天気馬鹿だからという訳ではなく。

突如として現れた不自然な黒い渦に自ら入ってしまった。
そこで彼女の意識は一度失っていく。


そして、途切れてしまった少女の唄う高校の校歌。
もうこの世界で一ノ瀬楓が歌う校歌を聴くことは無いだろう。

あの鬱陶しいくらい明るい空間があっという間に静けさの漂う夜道へと変わっていった。
その場に存在したはずの気持ち悪い少女は跡形も無く消えていた。