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第43話:お茶飲みたいんですけど

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 アオノイさんは、つつがなく寝室に運ばれ、寝かされました。現在は、ベッドの上で苦しそうに唸っていますね。
 そうそう、ここってベッドなんですよ和室なのに。やはり文化の違いでしょうかねぇ……個人的には布団を作りたかった……。

「デッドバフは、先ほど言った通り特定の虫に刺される事で発症する病気です。その虫はヴァナ族の住んでいる国付近で目撃されており、症状や発症までの日にちを見てもまず間違いないかと存じます」

 ノーデさんはテキパキと水などの準備を進めつつ、私に説明してくれています。その手際は見事なもので、彼の有能さが更に際立つ姿と言えました。
 ゴンさんは運びこんだ段階で既にアオノイさんに興味を失っているのか、その瞳はグラハムさんを注視していました。

「ㇰッ……よりにもよってデッドバフとは……」

「その、デッドバフの治療法はないのですか?」

 黄熱病。確かにその病気は心和の知識にもある名前でした。
 しかし、それはあくまでテレビなどでちらりと名前を目にした程度のもの。症状はどのようなものか、どうすれば治るのか。その辺りの事はとんと記憶にありません。
 心和の知識は、あくまでお茶に対してくらいしか機能しないんだなぁと、改めて認識させられます。

「……デッドバフに、明確な特効薬というものはありません。そういう意味では、治療法が見つかっていないと言えるでしょう。自然治癒するケースもあります故、なんとも言えませんが……」

「お、おぉう……」

 なんということでしょう! そんなやっかいな病気だとは思いもよりませんでした。
 ぐぬぬ……このままでは、アオノイさんが死んじゃって、その処理に追われて仮称コーヒーが飲めなくなってしまうかもしれません……!

「管理者様! デッドバフは不治の病って訳じゃねぇんだ。どうか、どうかアオノイをここに置かせてやってくれないか!? 自然治癒するまでの間で良いんだ!」

「ですが、この病は治癒したと思った先が怖いのです。症状が緩和した後、更に嘔吐や下痢、高熱が襲い掛かるケースがあります」

「もちろん、そうなったら助からないだろう……けど、頼む!」

 グラハムさん、素が出てしまうくらいに必死なんですねぇ。
 まぁ、休ませるのはいつまでも居てくれていいんですけど……

「それって、どのくらいの期間があるんですか?」

「だいたい、4日は症状が続きますね。それが落ち着いても、数刻から2日程してから更に酷い症状が発症する可能性があります。いえ……アオノイさんは既に黄疸(おうたん)が出ておりますので……はっきり言って、重症例の可能性が濃厚かと……」

 え~、それって、最大一週間くらい苦しんで死ぬパターンじゃないですかやだー!
 ていうか、それって一週間くらいコーヒーお預けじゃないですかやだぁぁぁぁあああ!!
 むむむ……もう、それだったらこっちで何とかしますよ。あれでしょ? 自然治癒能力高めたら治るんでしょ? だったらお茶の出番じゃないですか。

 私は、少々ムスッとしながら日本茶の葉を髪に芽吹かせます。ヒュリンの二人がきょとんとしてる中、それを摘み、空中で揉捻じゅうねんなどの加工を開始。
 この数か月、ずっとこれをしてきましたので、もはや片手間のように行えるようになりましたとも。このお茶飲ませれば、アオノイさんも助かるんでしょ? 早く治して、早くコーヒーを飲みましょう。

『よせ、ちんくしゃ』

「……はい?」

 しかし、意外な制しがここできました。
 ゴンさん……なぜ止めるのです?

『当初の目的を忘れたか? 貴様のそれを悟らせぬためにここまで回りくどい事をしていたのだぞ。こんな奴の死如きでそれを無に帰す事は許さん』

「……ココナ様……」

 ゴンさんが睨み、ノーデさんは心配そうに見つめます。
 うん、いや……それはまぁ、そうなんですけど……

「つまり……ゴンさんは、私にコーヒーを諦めろ、と」

『ぬ……』

「目の前にある、私では栽培できないものを、見逃せと……?」

『仕方あるまい! 茶と、貴様の秘密、どちらが重要か考えよ! あれは捨て置け!』

「……お茶、とは、正確には違うそうですが……まぁ、そこはいいです。けど、諦めろだなんて、そんな……ヒドイ……!」

『こ、こら、おい、漏れておる、魔力が暴走しておるぞちんくしゃ!?』

 コーヒー。
 それは、確かに明確にお茶とは言えない嗜好飲料です。お茶よりも発見と発展が遅く、葉や皮ではなく豆を使う事で淹れられた飲料ですとも。
 しかし、心和の知識では、間違いなく美味しいと記されています。
 絶望的な苦み、しっとりとした酸味の中から一気に広がる芳醇な香りは筆舌に尽くし難しと、知っているんです、私は。

 そんなコーヒーを、飲める機会を、みすみす逃す?
 ありえません、えぇ、ありえませんとも。
 お茶じゃなかろうとなんだろうと、【心和の知ってる飲み物】です。私が芽吹かせただけでは、絶対味わえない風味があの馬車に詰まってるんです!

「こ、こ、こひ、コーヒーが飲めないなんて! そんな! 目の前にあって飲めないなんて! ゆゆゆ許せませんとも! えぇ、えぇ!!」

『お、落ち着けちんくしゃ! 魔力を止めろ!』

「こ、ココナ様! 御静まりください!」

「うぐ……!?」

 魔力、止める?
 私は、一度深呼吸してみます。すると、なぜか過呼吸おこしそうだったグラハムさんとサエナさんが、落ち着きを取り戻していくのが視界の端に映りました。

「ゴンさん……邪魔しないで、ね?」

『ぬぅ……!』

 ザワザワと、家の外から草木のさざめきが聞こえます。
 この大きさからして……世間樹ですかね。どうやら、私の感情に感応している様子です。
 んふふ、応援ありがとう。

 私は、みんなが邪魔しないのを確認した後、ノーデさんの持ってきた水に出来あがった茶葉を入れました。
 水出しって奴ですね。お湯で淹れたお茶よりも血糖値が抑えられるらしいです。まぁ今は水しかないのでやっただけですが。
 染み出す時間が惜しいので、茶葉に命じて一瞬で栄養素を出し切ってもらいます。

「グラハムさん……このお茶を、飲ませてください」

「え、あ、あの……」

「早く……ね?」

「は、はい!」

 グラハムさんは言われるままにそのお茶をすくい、アオノイさんに飲ませました。
 ゆっくり、むせないように、じっくりと。
 すると、アオノイさんの顔色がみるみる良くなっていくのがわかります。

「お、おぉ……これは!」

「き、奇跡としか、言いようが……!」

「こ、ココナ様!」

 しかし、そこで何かにハッとしたノーデさんが、弾かれたように私の目の前に来て跪きました。

「恐れながら進言いたします! あのお茶で自然治癒能力を高めて病を落ち着かせたのだと愚考いたしますが、それは完治とは言いません! デッドバフの重症状態は、ここから一気に症状が悪化して……」

「ごふっ! ゲェ、がふっ!!」

「あ、アオノイ!?」

 ノーデさんが言い終わるよりも早く、先ほどまで良好になりつつあったアオノイさんがせき込み始めました。
 黄疸が濃くなり、苦しそうです。おそらく、ノーデさんが言ってた重症状態でしょう。
 あのお茶は、ゴンさんの傷を治す程に効果があったはず……つまり、治癒能力を高めるものだった、と。
 だから、今回みたいな病気にはあまり効果がない……。

「だったら、次はこれを食べさせましょうか」

 私が取り出したのは、1つの木の実。いいえ、正確には違います。
 先ほどゴンさんにゲンコツされて出来た、私の【たんこぶ】です。これもたしか、何かしら回復する効果がありましたよね?
 お茶でだめなら、これもぶち込んでみましょう。はい、4つに割って~。あら中身はオレンジ。

「はい、あ~ん」

「げふっ! ごほっ、ごほっ!」

「はかな~い」

「むぐぅ!?」

 口に突っ込んで、抑え込みます。
 アオノイさんは暴れますが、グラハムさん達が抑えているのでモーマンタイ(無問題)です。

「も、ご……んぐ」

 ゴクン、と。喉が動くのを確認。
 うんうん、これでよし。

「どうです?」

「……アオノイ?」

 ゴンさんを除く、全員がアオノイさんを覗き込みます。
 8つの視線の先にいる、細目の彼は今……

「すぅ……すぅ……」

 落ち着いた表情で、小さな寝息をたてていました。
 黄疸は、どこにも見当たりません。

「……おぉ……」

「あぁ、神よ……!」

 グラハムさん達が涙を滲ませ、崩れ落ちます。
 ノーデさんは、他の症状を検診し始めました。しかしまぁ、これで解決したんじゃないですかね?
 んふふ、これで、これで……!

「よ~し! これでコーヒーが飲め頭が割れるように痛いぃぃぃぃぃぃいいいい!?」

『くぉの愚か者がぁぁぁぁぁああああああ!!』

 こうして、私の一世一代の大演技は、ゴンさんの牙と頭の激痛と共に幕を下ろしたのでありました。
 グラハムさんにバレちった! てへ!
 
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