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第40話:はかあなほりほり
しおりを挟む恵みの季節はつつがなくその役割を果たし、世界を潤した後に旅立って行きました。
あらゆる事態を水に流してくれる、厳しくも優しい先輩が去った後に職場に入ってくるのは、暑苦しさ全開の熱血漢。
7年もの月日を温室でぬくぬく育ったセミさんが、シンクロナイズドスイミングばりの急浮上を見せつけて、一週間寝ずのロックフェスを繰り広げる季節。
全国津々浦々の遊び盛りな少年少女が、いいやいいやで宿題を溜め込み始める魔の季節。
そう、いよいよ夏でございます。
春の季節に浮かれてめかし込んでいた木々は、梅雨を経てその装いを大きく変え、新緑のドレスに身を包んでいます。
まさにひと夏のアバンチュール。大人も子供も樹も動物も、生命力を最大限に見せつけるにはぴったりの季節でしょう。
「ようこそお越しくださいました。グラハム殿」
「貴方は……ピット国のノーデ殿ではないですか。森の中で新しい人生を歩んでいるというのは本当だったのですね」
そんな、夏。
まさに、決戦の夏。
私たちは、ついにグラハムさんご一行を森に迎え入れるに至ったのでございます。現在は、ノーデさんが応対してくれていますね~。ありがたいことです。
グラハムさんは、ノーデさんよりも倍近い身長を見せつけてくるナイスガイでした。
その顔つきはまさに大人の男といった雰囲気で、切れ長の瞳に細くキリリとした眉毛がカッコいいことこの上ありません。しかし、結構苦労してるのか、ちょこちょこと白髪が見えてしまっていますね。
いや、いいんですよ? 若白髪。カッコいいじゃないですか。哀愁漂う男の魅力に拍車をかける良いアクセントですとも。
んで、グラハムさんの後ろには小型の馬車が駐車してありまして、そこには一人の女性と一人の男性がいますね。業者さんですかね~。
あとは、道案内してくれてたフィルボの皆さんが数人ですねん。
『あまり顔を出すな。バレるだろう』
「ままま、もうちょっと……」
綺麗な人だな~。グラハムさんより少し年下って感じ? どんな関係なのかしら……うぇへへへ、妄想がはかどりますねぇ。
もう一人の男性は……ん~? かっこよさげだけど、顔色悪し? 首元ポリポリかいちゃってまぁ、大丈夫でしょうかね?
「しかし、森の中にこんなにも風情ある屋敷が建っているとは……予想だにしませんでした」
「このお屋敷は、管理者様と守護者様が快適に過ごすために建てられたのです。ここにお客様を招くのは、精霊様を含めて2度しかありませんね」
「ほう、ピット国を守護する精霊様とも交友が?」
「えぇ、管理者様と精霊様は見ているこちらが微笑ましくなる程仲が良いのですよ」
屋敷に迎え入れつつ、ノーデさんがえっちゃんと私の仲良しっぷりをアピールしてますね。
これ、多分フィルボと管理者はめっちゃ仲いいんだぜ~! って言ってるんですよね? 牽制してるなぁ。
『というかだな、ちんくしゃ……何故わざわざこんな所を通る必要があるのだ』
「こういうのはロマンなんですよゴンさん。だからこそ、ゴンさんみたいな大きさの熊さんが通れるようにデザインしたんですよ?」
『初耳だぞ。絶対考えてなかったであろう』
「はいっ」
『威張るな馬鹿者』
とまぁ、ノーデさん達を監視しながらコントやってる私たちが何処にいるかといいますと……はい、屋根裏です!
ジャパニーズニンジャの代名詞の一つ! 屋根裏で情報収集ですよっ! かっこよくありません?
私、一度でいいからこれやってみたかったんです。私の中の心和がそう叫んでいたんです。
『ほれ、そろそろ奴らの元へ行かねばならんだろう。さっさとココから出るぞ』
「はいはい~。じゃあ来た道を戻りまして~」
ゴンさんは器用に方向転換。大きさに反して一切音を立てないのはリアルシノビの極意って感じです。
対して私はそんな技術はないものの、普通に浮いてるんで問題なし。あとはこのまま屋根裏から出て……
ゴツンっ
「ほがぁ!?」
は、梁ぃぃぃ……! 振り返りざまにコメカミに梁ぃぃぃ……!
あぁ、たんこぶできちゃった……。
「……ノーデ殿? 今のは……」
「さ、さて、何でしょうね? ネズミかハクビシンとか……」
「……ほがぁって、言ってましたけど……しかも、凄く大きな衝突音が……」
お、お、おぉぉ……!
ヤバいです。グラハムさん達に聞かれてしまいました!
どうしましょうゴンさ……いねぇ! 自分まで馬鹿に見られたくないからって逃げましたねあの最強種族!?
クッ、まずいです。このままでは見つかってしまうかもしれません……何とかして誤魔化さなければ!
「……に、にゃぁ~ん♪」
「ど、ど、どうやら猫みたいですね!」
どうですか、私の磨きに磨いた演技力! 咄嗟に猫の物まねだってできちゃいます!
ノーデさんが「何やってんのあの人」って顔してるような気がしますけど、きっと樹の精(私)です!
「はぁ……猫、ですか」
「いやぁ、管理者様は心の広いお方故、猫にも寝床をご提供なさっているご様子で!」
「……会頭。今のは明らかに猫の鳴き声というよりは、猫の物まねかと……」
お姉さんにバレたー!?
馬鹿な、私の演技を見破るなんて、これが百戦錬磨の商人……侮りがたし!
クッ! ならばこれならいかがですか!
「わふっわふっ、わんわん!」
「おぉぉぉぉ……ど、どどどどうやら犬! 犬だったようですねぇぇぇ……!」
「……犬、ですか……」
馬鹿ですか私! 馬鹿ですか私!
何で屋根裏で猫と犬が同居してるんですか! やる前に違和感に気付きましょう!?
ノーデさんがフォローしきれなくなって目を回しているじゃないですか! 手をパタパタ振ってもう……うん、可愛いなぁ。
「……会頭……」
「皆まで言うな」
私の頭がすっぽり入るどころか、マントルまで突っ込んでいきそうな程の超ド級墓穴を目の前にして、グラハムさんは冷静にノーデさんに向き直ります。
その表情には、呆れが……あれ、呆れてます? むしろ緊張してるように見えるのはなしてでしょう?
「ノーデ殿。我らは誓って、管理者様に危害を加える気はありません。そこは何度も申し上げております」
「っ、は、はい」
「ですが、それでもなお護衛を付けるのは当然かと存じます。貴殿がどれほど管理者様を大切に思ってるかが見て取れますな」
「……い、いえいえ! そんな……管理者様のお付として、当然のことをしたまでです。グラハム殿、気を悪くしないでいただきたい……」
……セーフ?
うぉ~、セーフですよ~! あんだけやらかしといて、正体ばれずに護衛的な存在だと思われたみたいです!
で、ですよね~? まさか管理者がこんな所にいるなんて、思いもしませんよね? 慌てて損しましたよ~。
「何をおっしゃいます。我々に対して手札を晒すことで、お互いの信頼関係をより強固にする……素晴らしい配慮ですよ。我々も応えねばなりませんねっ」
「は、ははは……いえいえ。そんな」
「しかも、緊張をほぐすためにわざとあのように滑稽な真似を……仕事にプライドを持つ者程、あそこまでタガを外せぬものです。さぞ有能な護衛なのでしょう」
ぐぼほぁ!?
こ、こっけい……ですか。タガ、外れてますか……。
あ、あはは、はは……はぁ。戻ろう。
私は、己の胸に突き刺さる言葉の矢印をおさえつつ、泣く泣くその場を後にするのでありました。
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