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第2話:クマさんに出会った

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 紅茶、緑茶、センブリ茶。
 コーヒー、抹茶、プーアル茶。

 たとえどんなに苦くとも、たとえどれだけ渋くとも、それが【お茶】であるというのなら。
 飲んでみせますいくらでも。味わいましょうどこまでも。買いに行きましょどこへでも。
 スキップ1つはご機嫌の証。信号待ちの車に手を振る始末。気づかれなかったか、無視されたか……反応はない。
 まぁいいか。

 手に持つビニールの中には、最近入荷したという新作のお茶が入っている。無論、そのお茶に合うと店員が豪語するお菓子も購入した。
 準備は万端。後は冷める前に公園の一つでも探して、このお茶を堪能するのみである。

 ふと見れば、渡る予定だった歩行者信号が点滅していた。
 これはまぁ、渡れないだろうと足を止める。湧き上がるのは、お茶が冷めないかという焦りだ。
 この信号をスルーして、別の道から公園を探すべきか? しかし、公園が見つからなければ余計に時間を食うことになる。
 悩ましい……そう思っていると、

 パッパーーー!!

 クラクションが鳴り響いていた。
 先程私が手を振った車の主……どうやら、信号待ちの中で無我の境地にたどり着き、夢か現うつつかという状態になっていたらしい。
 慌てて体を起こし、アクセルを踏む姿が見えた。

 あぁ、疲れてるんだなぁ……そういう時はお茶でも飲んで、まったりすると良いのに。
 きっと疲れも吹き飛んで……


 ドンッ


 …………おやぁ?
 なぜ私が吹き飛んでいるのだろう。
 何故、歩行者通路に車があるのだろう。

 なぜ、視界の半分が赤いのだろう?
 痛みなんか、まるで感じないというのに。

 あ~……もしもし、誰ぞいませんか?
 なんかちょっと、頭に違和感が……よろしかったら、救急車なんぞ一つ呼んでいただけたら……。
 声、出ないし。

 …………え、ちょ、ま……意識、が…………。
 私……お茶……まだ……。

 お茶……

 お茶……

 おちゃ……

 …………………

 ――――――――



    ◆  ◆  ◆



「お茶ぁ!!」

 あまりにあまりな現実に苛まれ、私は大声と共に体を飛び上がらせました。
 新作の! 新作のお茶だったんです! それがもうすぐ飲めたというのに!
 どこですか、私のお茶はどこですか!?

「はひ、はひ……ここ……どこ?」

 見回して見てみると……そこはどうやら、洞窟のようでした。
 薄暗く、水音を響かせる典型的な空間。
 ですが、音の反射からして、そこまで深い洞窟ではない様子です。どちらかというと、洞穴といった方が正しいのかもしれません。

「たしか、私は……そうだ」

 はい、そうでした。
 私は、マンティコアに襲われた所で怪獣大戦争に巻き込まれ、意識を失ったんでした。
 最後に見たのは、あの大きな大きなクマさん……お茶の夢に気を取られて、すっかり頭から飛んでいましたよ。

「あの泉から、ここってことは……どなたかが、私を運んでくれたのでしょうか?」

 一体誰が……と考えたところで、私がわかる範囲で何者かの気配を感じました。
 洞窟の中に、入ってくるのがわかります。
 荒めの息遣い、重厚な足音……正直な所、どなたであるかは明白でした。

「……グルル……」

 そう、クマさんです。
 ある日森の中、出会ったクマさんと、まさかの再会です。
 流線型のフォルムに凛々しい顔立ち。とても威厳煽るるかっこよさを感じますが……丸いお耳や澄んだ瞳が、こっそりと可愛さも醸し出しています。

 先程見たのは一瞬ですが、今眺めても立派な毛並み……ですが、所々に作っている痛々しい傷跡がどうしても目についてしまっていました。 

「あ、その、ど、どうも……こんにちは」

 とりあえず、挨拶をしてみます。
 このクマさんは大きくて威厳がありますが、怖いとは不思議と感じません。
 そんな感覚が、私を少しだけ大胆にさせていました。

『……オベロンの奴がようやく管理者をよこしたと聞いたが……よもや、かようなとは思わなんだな』

「おぅっふ……!?」

 頭の中に、声が響きます。
 これは、【念話】ですね? 高等な知性と魔力を持つ者が使える、携帯いらずのスーパーテクニックです。
 しかし、その第一声が「ちんくしゃ」ってどういうことですか!?

 ……い、いえ、落ち着くのです心和。私はいわば中間管理職。お相手先の心象を良くするためにも、この程度で怒る訳にはいきません。
 とりあえず、挨拶をしてしまいましょう。

「ど、どうも! 私、光中心和と言います! この度、バウムの森の管理者に任命されました、以後よろしくお願いします!」

『ふむ……よい。自分からの名乗りに免じて、多少は気にかけてやろう。我は【べアルゴン】……悠久を生きる【霊獣】である』

 霊獣! 動物が気の遠くなるような年月を生き、その果てにたどり着ける存在ではないですか!
 うぅん、これは、思った以上に大物ですよ。 

「え、えっと、その様子ですと、やはり貴方がこの森の守護者様でよろしかったでしょうか?」

『ふん、勘違いするでないわ。我はオベロンへの借りを返すまでここに留まっているだけの事。けして守護者などではない』

「え、え~? それはその、だいぶん困ってしまう回答ですよ?」

『ふん、まぁ森に害なす愚か者を潰していたのも事実。他者から見れば守護者と呼べるやもしれぬがな』

 あ、この人少しめんどくさいです。
 素直に「俺守護者なんだぜ?」って言えば良いのに……。
 べアルゴン……ん~……ゴンさん。うん、ゴンさんで。
 ゴンさんは、のっそりと壁に背を預けて腰掛けると。自分の手をペロペロと舐めて、爪で毛をほぐしていきます。

「あの、マンティコアから私を守っていただき、ありがとうございました!」

『あぁ、奴か……なに、あれは偶然が重なった結果に過ぎん。流石の我も、アヤツ相手には骨が折れたからな。ちんくしゃは正直見えておらなんだ』

「そ、そうだったんですか?」

 少し話を聞いた所、どうやらあのマンティコアは森の外から入り込んできた異物だったそうな。
 荒ぶるマンティコアとゴンさんは、三日三晩に及ぶ大激闘を繰り広げていたんだとの事。
 ゴンさんが終始優勢だったそうですが(本人談)……マンティコアはトドメの直前に逃走。英気を養う為にあの場に訪れていたのだろうと言っていました。
 当然ゴンさんも追いかけて……相手が動きを止めていたので、咄嗟に右斜めからのストレートを叩き込んでやったそうです。

『結果として、貴様を囮にしてしまった訳だな。そこに関しては詫びておこう』

「い、いえいえそんな……」

『……だが』

「ふぇ?」

『こうして見てみればそれも納得だ。魔力をまったく隠せておらんではないかたわけ者! それではあのマンティコアが貴様を狙うのも当然と知れぃ! それでも管理者か、まったく嘆かわしいっ』

 うひぃぃ!?
 まさかのお説教です。私、周囲から見たら餌に見えちゃうくらいに魔力ダダ漏れだった様子。
 もしマンティコアが私を食べてたら……うぅ、怖くなってしまいますね。

「え、えぇと、それにはその、とある理由がありまして……!」

 私はここで、何故この森の管理者に選ばれたかを説明しておきました。
 人間の魂との融合、高まる力、妖精界食糧問題。

『ふむ……なるほどのぉ』

 そこまで言ったところで、ゴンさんも納得して頂いたご様子。
 しかし、その瞳にはありありと不満が渦巻いており、私の肩をびくつかせます。

『理由はわかった。しかし、これから貴様は我の代わりに、この森の頂点に君臨せねばならんのだぞ。力の使い方もわからぬひよっこのままでなんとするか!』

「え、えぇ? 一緒に森を守ってくれるんじゃないんですかぁ!?」

『たわけっ、マンティコアを相手にやりあったと申したではないか。流石に我も手傷を負っておる……まぁ、この傷を癒やすには、3年程眠りにつく必要があるであろうよ』

 そ、そんな!
 どうやらゴンさんの体の傷は、思いの外深いご様子。
 3年も眠りにつくなんて……こんな、マンティコアが出てくるような森で、私ひとりぼっちになるんですか?
 それは……私、耐えきれる気がしません!

「そ、そう言わずにお願いしますよー! 私、言っちゃなんだけどめちゃくちゃ弱いと思いますよ!? お茶くらいしか作れませんよ!」

『んなこと自慢するでないわちんくしゃ! 我とてあのマンティコア相手にココまでの手傷を負ったのは不本意極まるが、こうなってしまったらば致し方なし。とく諦めよ!』

「そんなぁ……せめて、お話相手くらいにはなってくださいよぉ。時々一緒にお茶飲んで、お話してくれるだけでもだいぶ違うはずなんですから……」

 人間形態となった私の必殺「上目遣い」で、必死に訴えかけます。光中心和のお父さんは、これでいくらでもお茶を買ってくれていました。
 そしてこれは、ゴンさんにも多少の影響はあったみたいです。ふふん! 心和ちゃんフェイスの勝利ですね!

『むぅ……そこまで言うのであれば……我をも唸らせるような美味なる茶を、淹れれるというのだな?』

「……ん?」

『よかろう、見定めてやる。我に一杯の茶を淹れてみよ! 出来によってはその要望、聞いてやらんこともない』

「んぅぅぅ?」

 お、おっと、これは……少々お話が飛びましたよ?
 どうしましょう、私、まだ自分でお茶、淹れたことありません……!?
 
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