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第二章

第33話:素直になれるちょこれいと

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 その日の夜。宿題に一区切りつけ夕飯を食べ終えた頃、実夜からメッセージが来た。内容は一言。

『先輩、今って話せます?』

 それを見て『おう』と一言答えようとしたところで、もうCIRCLE電話が掛かってきた。

「……もしもし?」
「あっ、先輩! 今って大丈夫ですよね? ちょっといいですか?」
「ああ、大丈夫だけど……昼の強制的な頼みごとのことか?」
「えっ、ち、違います。その件に関してはその……保留というか、まだその時じゃないというか……とにかく今は気にしないでください!」

 どうやら何を頼むかは決まっているが今頼むものではないらしい。……冬に俺の家に来るとか言ってたしその時になるのかもな。

「お、おう。じゃあ何の話だ?」
「そんなの20時からのお祭りのことに決まってるじゃないですか」
「ああ、今日までだしな」
「それだけじゃありません。今朝10時に追加情報出ていましたよ? リリイちゃん達のメインステージ!」
「ああ、昨日リリイが言ってたやつだよな。重大発表がどうとか……」
「それです! なんかイベント情報を見た感じだとラジオとかみたく色々やるみたいですね。表紙にでかでかと『MCはあの美少女3人組!? 新情報が続々登場っ!』って書いてありますし、アプデ情報とかも言うのかも」
「あの美少女3人組……ってそんな風に言われるくらいにリリイ達って有名だったのか?」
「私もあんまり知らなかったんですけど、なんかNDOが推してるみたいです。NDOのホームページとか最近見てなかったんですけど、今見たら色々3人のことが載ってます。あとファンクラブなんかを作ると動いてる人たちがいるとかなんとか」
「へぇ……」

 全く知らなかったが、どうやらリリイ達は人気があるらしい。……まあ可愛いくて素直だからなぁ。

「……先輩、先輩の彼女は私ですからね」
「っ!! み、実夜? 急にどうした?」
「……別に、なんでもないですよ。ただなんかイラっと来ましたので」

 イラっと来るとどうしてその発言が飛び出すのかがわからない。

「そ、そんなことより、この後の待ち合わせどうしますか!? 最終日も一緒にお祭りを見て回るって三日くらい前に約束しましたし、それにメインステージも21時からで、お祭りの開始より1時間余裕があるんです」
「そうだなぁ。とりあえず待ち合わせは昨日今日と同じで闘技場前のベンチでいいよな? 時間はどうする?」
「んー、まだお祭りの始まる20時までは1時間半くらいあるわけなんですけど、先輩はいつくらいからインできます?」
「ダイブインする前にシャワー浴びたいから……19時過ぎくらいかな」
「なら19時過ぎの待ち合わせでお願いします! お祭り前に先輩を連れていきたい場所があるんですよ~」
「おう、わかった。じゃあまた後でな」
「はい! ……あっ先輩、好きですよ」
「っ……!! 何を急に」
「おやおや、先輩。もうそろそろ慣れてもいいんじゃないですかぁ?」
「慣れるもんじゃないって……。あと、俺も実夜が好きだ」
「っ……そ、そうですか。……別に、知ってますもん。先輩は私にメロメロなんですもんねっ!?」
「ああ。まあそうだな。……お前の方こそ、慣れないのか?」
「慣れるものじゃないって言ったのは先輩の方じゃないですかぁ! もー……先輩は卑怯です」
「先に言ってきたのお前だろ」
「私は良いんですよ! なんてったって先輩の可愛い彼女さんですからね!」
「……ああ、そうだな」
「そこはツッコミを入れていいんですよ! ……あーもういいです。それではまた後で会いましょ」
「ああ、またな」

 このまま続けていても楽しいが、さすがに止まらなくなりそうなので程々で切り上げた。

 ……さて、シャワー浴びてからダイブインするかあ。
 そうして風呂場へと向かう俺の足はなんだかとても軽かった。

 ◇

「先輩、遅かったですね」
「悪い。ちょっと気になったことがあって調べてた」
「まあ1分も5分も19時過ぎには変わりないですからね。許してあげます」
「ありがとう。それで、お祭りの前に俺を連れていきたいところってどこだ?」
「ふっふっふ、まあ行けば分かりますから、付いてきてください!」

 それから数分とかからずにとある建物の前に着いた。

「……これはまた、不気味な建物だな」
「ホントあの子悪趣味ですよね。髑髏どくろの何が良いんでしょう?」

 目の前の建物は一言で言えば異質だった。中央の扉には地面から数センチのところまである、丈の長い紫色の暖簾が掛けられていて、その両脇にある窓ガラスから中を見れば、外向きに綺麗に並べられた髑髏どくろや組み立てられた角兎の骨。
 お品書きと書かれ立てかけられた看板を見てみれば『素直になれるちょこれいと』や『すべてを許せるかぷちいの』、『深い眠りにつけるてぃらみす』など怪しげな名前がこれでもかと並んでいる。

「このお店、大丈夫なのか?」
「もー知り合いのお店だから大丈夫ですよ? ……まあ聞かれても仕方のない外見のお店ってことは理解してますし、私も大丈夫かなとか疑問なんですけど、たぶん大丈夫なはずです」
「疑問なのかよ! そこは言い切ってほしかったわ」
「まあ、大丈夫ですって。そんなわけでお邪魔しまーす!」

 暖簾を手で退けて店へと入ると、そこはとても薄暗い空間だった。光源は各机の上に置かれた3本1セットとなっている蝋燭の明かりのみ。

「いらっしゃ~い。ヤミちゃんよく来たねぇ……それにお隣さんのは、この前言ってた彼氏さんかなぁ?」
「っ!?」

 不気味な店内を見回していたら急に右隣からいきなり声がして、不覚にも一瞬ビクッとしてしまった。

「あっ、ルウちゃん! そうそう、そんな感じー」

 声の方を見てみれば、とても小柄な女の子が黒い黒いローブを着て、手にランタンを提げているのがわかった。

「それで、私にどんな用事かなぁ? あっ、この前の素直になれるちょこれいとの効果はどうだったぁ?」
「この前の……っ!! あれはダメ!」
「えー、あれ自信作なんですよぉ?」
「効果が切れた時に恥ずかしいのが一気に押し寄せるから……」
「うーん、それを含めて楽しんでくれないと……」
「恥ずかしいの含めて楽しむものだったの!? 初耳だよ……あーでもそう考えるとアリなのかも」

 素直になれるちょこれいと、か。

「それってどんなやつなんだ?」
「おぅ、君、興味があるようだねぇ? にひひ」
「うーん、とっても珍しい追加効果のあるチョコレートですね」
「とっても珍しいって、名前についてる『素直になれる』ってやつか?」
「そうなんですけど…………。先輩、一昨日の朝のこと覚えてます?」
「一昨日の朝……」

 一昨日の朝と言うと少しだけ実夜の様子がおかしかったあの朝第27話冒頭だろう。恥ずかしげもなく好きと言ってきたり、しっかり目をじっと見つめて話したり、普段と違った可愛さがあったことを覚えている。たしかそのあと、急に顔が真っ赤に染まって状態異常にかかっていたとかなんとか……あっ。

 ――――少し状態異常に掛かっていただけです。もう治りましたので安心してください
 ――――状態異常? なんでまた……
 ————……今度、あの子のお店に一緒に行きましょう。そうすればわかります

「あの時言ってた『あの子のお店』か」
「そういうことです。ところで先輩?」
「な、なんだ?」

 少し嫌な予感をビシビシと感じながら聞き返すと、実夜はニヤっと笑って言った。

「興味、あるんですよね?」

 ◇

 20時きっかり。お祭りの始まった通りを、私は先輩の隣を歩いていた。
 お祭りの屋台は1日目、2日目とは若干並びも変わり、人は相変わらずにぎわっている。そういえばここ二日間で何百人かの人たちが洞窟を抜けて第3の街にたどり着いたということもホームページに載っていたし、そういう人たちも多いのかもしれない。

 そうして屋台を見ながら歩いていると先輩が少し私の耳元へと口を寄せた。

「ヤミ、少しいいか?」
「先輩、どうしました?」

 私がそう聞き返すと先輩はためらう様子もなくそれを訪ねてきた。

「手、繋いでもいいか?」
「っ……もちろんです!」

 そう返して左手を差し出すと、先輩はギュッと握って私を近くに寄せた。

「先輩?」
「……俺たちって恋人、だよな?」
「っ……そ、そうですけど、突然なにを…………あっ」

 先輩は握っていた手を少しほどくと、私の左手に指を絡ませた。いわゆる『恋人繋ぎ』というやつで……っていやいやいやいやっ!?

「せ、先輩っ!?」
「悪い、嫌だったか?」

 嫌じゃないですけど!? 全くもって嫌じゃないですけどね!?

「そ、そういうわけじゃないんですけど」
「なら、このままでいいか?」
「…………はい、いいです」
「良かった。それじゃあ行こうか」
「は、はい……」

 初めに来たのは射的。先輩から少しやってかないかと誘ってきたため私はそれに便乗した。

「ふふっ……先輩、ここは勝負です!」
「おう、別にいいけど、何を狙う?」
「ちょうど小さな熊のぬいぐるみが二つありますからね。私は右側、先輩は左側のを取りましょう」
「必要弾数で勝負ってことでいいよな?」
「おっ、先輩言いますね~。じゃあそうしましょう。でも、弾数は最大1セット、5発だけですよ?」
「ああ。勝った方が言うことを聞く。さっきと同じでいいか?」
「ふふっ、いいんですか? 先輩二つ頼みを聞くことになりますよ?」
「負ける気はねえよ」

 私は負けるわけないと思っていたのだが、結果私は一発差で敗北を喫した。私が4発、先輩が3発である。
 そして二人、戦利品であるぬいぐるみを抱えて射的を後にした。

「……それで、先輩はどんな頼み事を私にする気ですか?」
「んー、そうだな。……じゃあ、そのぬいぐるみを俺にくれないか?」
「えっ、これですか? 別にいいですけど……そんなのでいいんです?」
「ああ、お前が取ったぬいぐるみが欲しいんだ。……それで、俺が取ったこのぬいぐるみ、貰ってくれないか?」
「……へっ? えっと、いいんですけど。その……」

 ……いやそれめっちゃ恋人ぽく無いですか!? 別に嫌じゃないし先輩からのもらい物でしかも先輩とお揃いとかそういうのは好きなんでむしろ大歓迎なんですけど、なんかもうっ!!

「どうした?」
「……どうもしてません! ぬいぐるみ、ありがとうございます。う、嬉しいです」
「それなら良かった」
「っ……!! もぉ、先輩はやっぱり可愛い私にメロメロなんですから!」
「好きなものは仕方ないだろ」
「っ……そんなに好きなんですか!?」
「おう」

 あ~~も~~っ!!
 だから当然の顔してそういう反応されたら恥ずかしくなるじゃないですかぁ!

 それから色々とお店を見て回ったのだが、その間私は攻められっぱなしであった。

 いやだって私が揶揄からかうつもりで言った言葉に真面目な顔で肯定してくるとかずるくない!?
 どうにか反撃してみたくって「やっぱり先輩は可愛い私が大好きなんですねっ!」なんて言った日にはもう肯定と好きの嵐! 私ここ40分くらいで一年分の好きを言われた気がしてますよっ!?

 そんなこんなで、私は骨抜きの状態になっていた。もうなんだか先輩を直視できないくらいに。
 もうすぐメインステージ開始時間という頃、そんなヘロヘロの状態で先輩と歩いていると、急に先輩の動きが止まった。
 なんだと思ってみてみれば、耳まで真っ赤に染まっている。どうやら時間切れらしい。

 私の口元がにやりと笑うのを感じる。ふっふっふ、さあ反撃の時間だ。

「先輩? そろそろ効果が切れたみたいですね?」
「っ……ああ、たった今な」
「先輩、良い顔で言ってましたもんねぇ……『俺、お前とずっと一緒に居たいんだ』……かっこよかったですよぉ?」
「くっ、やめろ……わざわざリピートしてもらわなくてもおぼえてるから」

 やめろと言われるとやりたくなるのが人のさがというもの。だから私はできる限りのイケボで先輩の真似をして言う。

「凄かったですよ『お前と一緒なら、いつでも楽しいよ』ってもう、先輩ったらぁ」
「………………ホント、ダメだってそれ…………」
「ふっ、小一時間ほど攻め続けられましたから、まだまだ言い足りないです」
「……そもそもアレ食べさせたのお前だろ」
「えー? でも興味あるって言ったの先輩ですし、私はただ、食べるなら『素直になれるちょこれいと』でお願いしますーって言っただけですよ?」

 そう、別に強制的に食わせたわけでも『頼んだ』わけでもなく、ただ先輩が出されたチョコレートを食べただけだ。

「……まあ、いいか。そろそろメインステージ開始時間だろ?」
「えー、私はもう少し先輩をイジめて楽しみたいです」
「早くしないと始まっちゃうだろ。会場は闘技場だってから、ほら行くぞ」
「うっ、まあいいです。明日以降も精一杯使わせて頂きます」

 私はそう宣言しながら、闘技場に向かおうとする先輩の隣を歩く。左手は先輩の右手に絡ませたまま。

「……俺をイジめて楽しいか?」
「そんなの……楽しいに決まってるじゃないですか!」
「俺の彼女ながら性格悪くないか?」
「でも先輩はこんな私のことが好きなんでしょう?」

 やっぱり、私は先輩が好きなんだなーって、なんともなしにそう思えて。
 それから先輩の隣で手を繋いで歩けている今をとっても嬉しく感じて、私は好きな人の恋人になれた幸せをこれからずっと満喫する。

 ◇

 先ほどまで『素直』という状態異常にかかっていた俺だったが、なんとかメインステージ直前に通常状態に戻った。
 いや、『素直になれるちょこれいと』はやばい。意識ははっきりしてるのにふと思った直接的な気持ちがぽろっと口から零れてしまうのだ。ちなみにこの謎効果付きお菓子の製作者であるルウさんによると『ポジティブな気持ちしかポロっと出ないから仲直りしたいときとかにもおススメだよ!』とのことだった。
 ……ホントかよとも思うが、まあたしかにポジティブな気持ちしか出ないなら喧嘩になることはない……のかもしれない。ちなみに味は普通に美味しかった。
 そんな風に考えていると、どうやらメインステージ開始時間になったらしく、闘技場を照らしていた明かりが消え、真ん中の、普段戦う場としているそこにスポットライトが当たった。

「「「みなさーん! こんばんはーー!!!!」」」
『『『『『こんばんはーーー』』』』』

 大ボリュームとなった挨拶が響き渡る。

「先輩、リーファさんたちです!」
「おー……にしても、観衆もすごいな」
「ですねぇ……。一つのマップに最大300人で、しかもそれが数ページ満員になってますからね。一応過疎ってるページもあるみたいですけど、どうします?」
「んー、人いた方が楽しいっちゃ楽しいけど、前に人いると見にくいからなぁ。人少ない方に行こうか」
「ですねー。それじゃあページ11に移動しましょうか」
「了解」

 そうして人の少ないページで見る中、NDO最初のイベントのメインステージが始まった。
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