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第一章:恋愛日和

第25話:想い

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 空高くを飛ぶ一羽の白く大きな鳥。どうやらこの辺り周辺を回っているらしい。その鳥の、頭の上に見える細く渦巻いた一本の白い角が、太陽の光を反射し輝いていた。

「ふっー」と息を吐き、今一度思考する。

 さて、どうするか。この距離で、しかも下から上へ射るとなると威力が物足りないんだよな。

 ギリギリと弓を引き絞ったまま思考を続ける。
 まだ、矢の先に見据える鳥がこちらに気づいた様子はない。

 ……できるとしたら、これしかないか?

 一つ、考えは浮かんだ。だがそれはあまりに難易度が高い。

 威力が小さいとき、なるべく大ダメージを与えるにはどうすればいいか? 簡単なことだ。防御力の低いところを狙えばいい。

 ーー外したところで、大して変わらない。なら試してみてもいいだろう。

 そして俺は狙いを一点。ハイホーンバードの左目に絞り、矢を放った。

 クエエエエエエエエエエッ!!

 よっしゃあ、当たったぁ!!

 左目だけでは、まだ墜落はしてくれない……が、目に見えてフラフラとしている。バランスが上手く取れないようだ。

「嘘っ!? 今の狙ってやったの!?」

 イオさんに驚かれたが、それはそうだろう。俺も自分で驚いてる。

 できれば右目も射抜きたいんだが……

 そう思いつつ鳥の右目に狙いをつけると、ちょうどその右目が、ギロリとこちらを睨んだ。そして一瞬、ピリッとした感覚と共に、身体が動かなくなった。

 ……っ!? ……奴のスキルか何かか?

 そう考えてると、急にその大きな鳥がこちらに向かって真っ直ぐ降りてきた。
 まさに『鳥の狩り』を思わせる急降下。

 その直後、身体の硬直が解けた……が、回避は間に合わない。

 高速で急降下するその鳥は、そのまま俺に切迫し、衝撃で砂煙が舞い上がる。

「ルアくん!?」

 三木さんの声が聞こえたが、答えている暇は無い。
 俺は構えていたナイフをくちばしに向かって右から叩きつけ、そのままどうにか突進を左に受け流しながら吹き飛ばされないように堪える。

「くっ……!!」

 たぶん今ので吹き飛ばされなかったのはSTRに振っていたおかげだろう。

 そしてその巨体を完全に受け流したところで、俺は少しばかり気を抜いてしまった。

「ちぃっ!!」

 ゴォっという音に気づき、一瞬遅れて後ろを振り返ると、鳥がこちらを振り返り緑色のエフェクト……おそらく風魔法だろう……を放っていた。急いで避けようとするが、同時に右目を見てしまい、先ほどと同じように一瞬身体が硬直した。

 ちっ、避け切れない……!!

 そして俺が衝撃に備えようと腕で顔を庇ったところで。

「舐めないで貰いたいものだ。言っただろう。私は用心棒だ、と」

 気づくと、ルキアさんが俺の前に立っていた。妙に様になった紫色の和服と、上を簪に留められた長髪が風にゆらりゆらりと揺らされ、一瞬時間がゆったりとした気がした。
 しかし、そんなことはない。ルキアさんの目の前に風魔法が迫る。

「ルキアさん!?」
「問題ない」

 一瞬遅れて声を出すがルキアさんはそれをばさりと切り捨て、腰につけていた小刀を逆手で抜いて、その魔法にあてがった。

 ーー魔断また

 その瞬間、小刀を当てたところを中心に風魔法が霧散した。

「雇われたからには、最後まで義理を通させてもらう」

 ……ルキアさんもめっちゃ強そうなんですが!? っとそれより鳥は……。

「我が裁きを食らうがいい!! 限りなき雷神の鉄槌アンリミテッド・トールハンマー!!」

 クエエエエエエアアアアアアアア

 そんなことを考えた瞬間、爆音と鳥の悲鳴が聞こえた。
 聞こえた方を見てみると。

「私の鉄槌には手も足も出ませんか! さあもう一発まいりますよ!!」
「かなかな頑張れー、やれーそこだー……っと危ないよっ!!」

 かなかなさんとイオさんによるリンチが行われていた。
 対する鳥はがむしゃらに魔法を放ったり暴れたりしてるが、地面にたたきつけられたまま飛べずにいる。

 俺も矢を放って援護したほうが…………あっ。

 目の前でハイホーンバードが白いエフェクトを放ちながら霧散した。

 所持アイテム欄を開くと、『角鳥のもも肉』というアイテムが入っていた。しっかりとイオさんがとどめを刺したようだ。
 しかしイオさんはそこまで満足そうな様子ではなかった。

「……うーん、まーいっか」
「イオさん、どうした?」
「んー? いやぁ、……鳥の部位っていっぱいあるじゃん?」
「あー、どこの部位だったんだ?」
「手羽先とむね肉」
「ん、普通に当たりの部類じゃないのか? 二種類落ちてるし」

 鳥の部位だとハツや砂肝をはじめとして15種類くらいは余裕でありそうだし、ドロップは候補アイテムからランダムで抽選されるが、二個目以降はガクッと確率が落ちたはずだ。割と使いやすい部位が二つならかなり当たりだと思うんだが……。

「うん、そうなんだけどね? 作ってくれる子が唐揚げ作るって言ってたから、できればもも肉がよかったかなーと思ったわけ」

 もも肉か……

「あっ、なら交換しないか?」
「えっ?」
「もも肉とそれのどっちか」
「いいの!? 本当に!?」
「あ、ああ」
「じゃあ……お願いします! 手羽先とむね肉と交換でいいのよね?」
「ん? いや、どっちかだけでいいけど」
「じゃあ片方はプレゼントってことで、受け取っておいて。こっちが頼んだことだからさ。いやーほんとありがと」

 そうしてトレード画面を開いて3つのアイテムをトレードした。

「おお、これはまさしくもも肉! ありがとー! いやー嬉しい。これでこっちの世界での唐揚げを味わえるよ……!!」
「お、おう……。それで、これからどうする?」
「うーん、時間も遅いし、街で解散かな? それで良い?」
「あの、わた……我に一つ相談があるのですが」
「ん、なに?」
「その……御三方に、クエストを手伝っ……ごほん。我の重要な任務の補佐をして頂けないかと思いまして」
「それっていつ?」
「できれば明日の午前中にでも……と」
「私は良いよー、二人はどう?」
「ああ、私も問題ない」

 明日の午前中……は、無理か。実夜が来る時間帯と被りそうだな。

「悪いが、俺は用事があって行けないな」
「くっ、ならば仕方ありません。あと一人は他の方を誘うとしましょう」
「ああ、悪いな」
「いえいえ、とんでもない。我に仕えし天からの使者ヘブンス・ハーベが我の前に新たな道を紡いだと、そういうことでしょうっ! くくっ、あの子は本当に我が好きなんですから。あとでしっかりと言い聞かせて置かなければ。と、そういうわけで、きっと我の天命によるところですので、気にしないで下さい」
「お、おう。そうか」

 正直、意味はよくわからなかったが、断ったことを気にしないようフォローしてくれているんだろう。ロールプレイをしているために口調は少し……いやかなり変ではあるが、根は真面目な優しい人なんだろう。

 それから俺たちはロズファルト第三の街へ帰還した。その道中でイオさん、ルキアさん、かなかなさんの三人とフレンド登録をした。

 ……段々と人数が増えてきたな。

「じゃあ、今日はこれで解散かな?」 
「ええ。ではイオ殿、かなかな殿、ルア殿、また会いましょう」
「では我は漆黒の闇の下、円月の再演を見守ってきますので、それではまた何処かで会いましょう……!!」
「……私達は明日会うけどね」
「……それは言わないで下さい」
「それじゃあな。何かあったらまたパーティー誘ってくれ」
「りょーかい! じゃあ、ルアくんまたねー」

 そうしてダイブアウトした。時計を見ると、時刻は23時半を回ったくらい。

 明日は午前中に実夜が来るって言ってたし、少しいつもより早いが、もう寝るか。

 そうして意識が薄れていった。

 ◇

 21時半頃。私はパジャマ姿で布団の上に座って、壁に支えられながら。端末によって映し出された、薄い水色のディスプレイを見つめて、呟いていた。

「なんでですかぁ……?」

 CIRCLEの画面の上部に表示された『奈月先輩』の文字を指でなぞる。
 そのトーク画面には、今しがた打った『明日そっち行ってもいいですか?』という文字が並んでいて、その隣には小さく既読の文字が付いている。

「……せっかく勇気出して打ったのに、なんで返事がこないんですかぁ……?」

 既読の2文字を、つい恨めしげに見つめてしまう。

 本当は、明日先輩の家に行く予定なんて無かった。だけど、明日を逃したらもう半年は会えないんだーって思ったら、また寂しくなってしまって。

「私も、弱いなぁ……」

 別に二度と会えないわけじゃないんだって、この前先輩に言われたばかりなのに。また泊まりに来てもいいと言われたのに。

 それでも寂しいものは寂しい。だって……私にとって先輩は……。

 そんな風に、悶々と考えていると返事が来た。

『こっち来るって?』

「遅い! その一言打つのにどんだけ時間かかってるですかー」

 そう口に出しながら打ち込んだ。
 まったく……どんな気持ちで待っていたかも知らないで……。

 そう思いながら会話を連ねていく。できる限り、いつもの・・・・ノリで。

『いや悪い。少し立て込んでたんだ』
『まさか……女ですか?』
『女って……』
『私との関係は遊びだったんですね…///』
『……遊ぶことしかしてなくないか?』
『……そういえばそうですね』

 そんな風な会話が、やっぱり楽しい。
「ふふっ」と笑ってから一息吐いて、もう一度打つ。

『そうそう、明日、用事無いなら、そっち行ってもいいですよね?』

 すると当たり前のように、返事が返ってくる。

『別に構わないけど、なんでだ?』

「別に構わない」という言葉に少し安心しつつ、行く理由を考える。

 ……ちょっとだけ素直になったら、先輩はどういう反応をするかな。

 ふとそんなことを思い、頰が少し赤くなるのを感じながらも、『先輩に会いたいからです』と打ち込……。

『うーん……先輩に会いたいから、とかどうですか?』

 少し日和ってしまった。疑問形にすると、私がそうは思ってないかように感じる気がする。
 ……なんで私、素直になれないかなぁ。

 だけど頑張って、ノリは保つ。

『可愛い後輩が休日に会いたいという理由だけで先輩の家を訪ねてくる……嬉しくなりません?』

 そう打つと。

『……”可愛い後輩”って文字列、なんというか、強いな』

 っ!! 思わず頰が緩む。

『つまりは嬉しいんですね?』
『……』

 先輩の、この無言は肯定……!
 つい、ガバッと布団を被り、足をパタパタしてしまう。ああもう頰が緩んで仕方ない。先輩、可愛いっ!

 それから落ち着きをどうにか取り戻し、「ふぅ」と一つ息を吐いて。

『で、本当はとある用事があるからなんですよ』

 そう打ち込んだ。

 ……今のうちに何の用か伝えておかないと、また私は逃げちゃうと思うから。

『用事?』
『はい。ちょっと引っ越す前に先輩に言っておかないといけないことを思い出しまして……』

 この前のデートの時に、気づいたこと。ううん、思って想ってしまったことを、言わないといけない。

 ……思い出したっていうより、決心がついたっていう方が正しいんだけどね。

『言っておきたいこと? ここで言うんじゃダメなことか?』
『はい。できれば直接言っておきたいかな……と』

 だって直接言わないと、絶対にこの気持ちは届かないと思うから。

 ……あーでも、ここまでの流れ、少し真面目すぎるかもしれない。少しだけ誤魔化しておこうか。

『ただ私の処女を上げようかとかそういうことじゃ無いですから、そこまでは期待しないで下さいね?』
『そんな発想は初めから俺には無いから安心しろ……』
『そうでしたか、つまり発想が浮かんだ今、期待してしまう可能性はあると』
『無いわ!』

「ふふっ」

 ああ、楽しい。こういうノリを忘れないこと、大事だ。……別に先輩なら良いとか、そういう問題じゃなくって。

『まあ、いいです。じゃあ明日は明け方にそっち行きますね』

 そこまで打ってから一度、なんとなく天井を見上げて、少し思いを巡らせる。

 これで明日の明け方には、言わないといけなくなったわけだ。

 ……本当は少し、いや、かなり怖い。

 本当に先輩が私のことを『ただ仲のいい後輩』としか思っていなかったら? ……もし、恋愛対象じゃなかったら?

 そう考えると、怖くて怖くて、堪らない。また今まで通り、一緒に居られれば、それでいい気がしてくる。

「でも、それじゃダメですよね……先輩」

 だって、これ以上逃げていたら、先輩に彼女ができてしまうかもしれない。そうしたらきっと、今のままですら居られなくなる。

 ……だって、先輩なんだかんだで優しいし、カッコイイし、ちょっと抜けてるところも可愛いし、反応も面白いし……。

 うん、やっぱり、普通にモテそうだ。
 ……絶対、明日言わなきゃ。

 それから一言二言、先輩と話しながら、他に何かあったかと考えて、あることに気づく。

 ……明日、告白するなら、気まずくなって会えなくなる可能性……割とありそうじゃない?

 午後の飛行機に乗るってことは、明日以降はVRの方でしか会えないわけで、……そっちですら会えないとか辛すぎるなぁ。

 ……よし。先に会えるように約束しておこうか。先輩、約束は絶対に守ってくれるし。明日からイベントだからね。そういう意味でも、ちょうどいい。

 ということで、思い出したかのように言ってみる。

『あっ、それから、明日からNDOのイベントで、夜にお祭りがあるじゃないですか』
『それでなんですけど。明日の夜はわかんないですから、明後日と明々後日の夜! 一緒にお祭り見てまわりません?』

 きっと先輩なら断らないだろうなーと期待して待つと。

『ああ、俺もそのつもりだったんだ』

 斜め上の回答が来た。

 ……えっ、それってつまり……誘ってくれるはずだったってこと……? 先輩が、私を?

『嘘っ!? それなら先輩が誘ってくれるのを待つべきでしたね……』
『いや、別に変わらないだろ?』

「……っ変わりますよ!!」
「実夜どうかした?」
「あーごめん、なんでもない!」

 つい大きな声を出してしまった。すーはーと深呼吸してから返信する。

『変わりますよ! 大違いです!』
『そうなのか?』
『そうです。『好きな人に誘われる』って女の子にとって一つの大きなイベントなんですからね?』

 そう打ってから、先輩のことを好きな人と当たり前のごとく言ってしまったことに気付く。
 いやいや、私なにしてんの!? 急いで訂正を……!!

『あっ、好きって好きじゃありませんよ! いや好きじゃなくはないんですけど、あくまで例えですから!』

 好きじゃなくはない時点で好きなんだけど、でもたぶん大丈夫。気にしないでくれるはず! あーでも、気付いてくれたらそれはそれで……。

『いや、別にわかってるからそこまで否定しなくても……』

「はぁ……」

『わかってる』って……絶対に先輩わかってないですよね。まったく、これだから先輩は……。

『とにかく! 先輩はもうすこし女心というか私の気持ちを理解してください!』
『あ、ああ。頑張るよ……』
『よろしい! ではまた明日、そっちに行くときに連絡しますね』
『おう。また明日な。待ってるよ』
『はい! ちゃんと待っててくださいね!』

 そうしてから少し返事を待ってみて、会話が終わったことを確認する。それから少し伸びをして、端末を机の上に放ってから、布団にゴロンと転がった。

「……頑張らなきゃ」

 天井を見上げながらそう呟いて、自分の心をもう一度確認する。

 ……私は、先輩が好きだ。大好きだ。尋常じゃないくらい好きだ。
 いつ好きになったんだろう? って考えると、たぶん中学生に上がってから。先輩と一緒にゲームをしているうちに、いつのまにか好きになっていたんだと思う。

 その想いを、明日伝える。……正直、ちゃんと言葉にできるかは、わからないけど。それでも。


 ーーいいかげん、お互いの関係、ハッキリさせときなよ?

 今朝、りつ姉に言われた、あの言葉が。今も胸に引っかかっているから。

 ーー関係って? 先輩と後輩の関係ですよね?

 私は、そう返した。それは嘘偽り無い本心であり、……自分に対する、皮肉でもある。

 だって私は……その関係から先に、全く進めていないのだから。先に進むことを避けて……逃げていたのだから。

 だからいい加減、その関係を終わりにする。

 ……先輩、ちゃんと待ってて下さいね?

「……私はもう、逃げませんから」

 そう、小さく呟いた。
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