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第一章:恋愛日和
第16話:待ち合わせ
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翌朝。
「実夜、朝食できたぞー……って起きてたのか。……っ!?」
「ふぁい。先輩おはよーございます」
実夜は大きな欠伸をしつつそう言った……が、その格好が問題で。
朝の着替えのため、着ていた寝巻きをちょうど脱ぎ始めたところだったのだろう。胸元のボタンが半分くらい外れており、ピンク色の下着に包まれた慎ましやかな膨らみがその姿を覗かせている。
寝巻きのズボンは履いておらず、けれど上着の裾によってギリギリ下着は見えていない。でもそれは、下着を着ていない様にも見えて、一層エロさを増していた。
一瞬あまりに神秘的とも言えるその光景に息を飲むも、どうにか冷静に、しかし急いでドアを閉め。
「わ、悪い。着替え終わったら来いよ」
「ふぇ? …………ひゃあっ!!」
部屋に背中を向けたところで実夜の短い悲鳴が聞こえた。寝ぼけた頭が状況を理解したのだろう。
……朝から良いものを見れたと、そう思うところが無いわけでは無い。しかしそれ以上に。
「あいつ、無防備すぎるだろ……」
思いっきり胸がざわついて落ち着かなかった。先程の光景は童貞には刺激が強すぎたようだ。
暫くして実夜が来たが、その顔は耳まで真っ赤に染まっており余計に意識してしまって。
その日の朝食の味はよくわからなかった。
「い、いってきます」
「いってらっしゃい……」
結局、実夜を見送るまでそのぎこちない様子は続いた。
……実夜が帰ってきたら、ちゃんと謝ろう。
一人冷静になってから、そう思った。
そんな刺激的な朝のせいですっかり忘れていたが、実夜とのデートは今日の午後だ。そして俺は今、一つとても深く悩んでいる。
思い出すのは昨日の会話。
ーーあっ、そうそう。ちゃんと、カッコいい服を着てきて下さいね?」
「……頑張るよ」
「なら、問題ありません! ーー
そう。俺はあの時、深く考えずに返事してしまったが、よくよく考えたらわからない。
「カッコいい服って、なんだ……?」
これが本当に難しい。ゲームが好きで殆どリアルで遊びに行くことが無い以上、オシャレに疎いのは仕方ないと思うんだ……。
そんな風に考えていると、CIRCLEに一件通知が入った。
また嶺二か? と思ったが、どうやら違ったらしい。
『もしや、何かお困りなのでは無いかね? 特に、我が妹が関わっているのじゃろう? ふっふっふ。わかる、我にはわかるぞ』
それはりっかからのメッセージだった。
『いや、なんだ?』
『んー? 実夜が泊まるの昨日の夜が最後だったでしょ? なんかあったんだろうなーって。……たとえば今日、デートしたりとか』
『……実夜から何か聞いたのか?』
『さぁ? どうだろうね。でも、なんか困ってることあるでしょ?』
たしかに、オシャレという一点に関して、梨原立夏という女子はかなり頼りになることは間違いない。俺や実夜とは比べものにならないほどの社交性を持つりっかは服や靴、その他備品を用いて素材を活かすことにかなり長けている。
以前にも、一見地味だった女子を化粧品を使わずにクラスで1、2を争えるまでに可愛く仕立て上げたとか。
りっかが言うには『元の素材が良かった』らしいが、それでもその素材を活かせるのは彼女の特技と言えるだろう。
考えた末、俺はりっかに助けを求めることにした。
『……着ていく服について相談に乗ってくれないか?』
『その言葉を待っていたよ! 実夜は午前中は学校だし、デートは午後でしょ?』
『ああ』
『新しい服にする? 今持ってるやつ?』
『そろそろ買おうと思ってたし、新しい服買いに行くかな』
『りょーかい! じゃあ大きい方のユニシロに10時集合ね!』
『おう、わかった。ありがとう』
『いいってことよ!』
持つべきものはオシャレに詳しい幼馴染だな。……とりあえず今のうちにやることを終わらせておこう。
そして毎日の日課を終えた9時半頃、ユニシロへ向かって自転車を漕ぐ。ちなみにこの安くて丈夫な衣服の買えるユニシロだが、自転車で行ける距離には2つあり遠い方のがもう一方より大きい。りっかが『大きい方の』と表したのはそのためだったりする。
ユニシロの駐車場の一角にある駐輪場に自転車を置き、入口の方へ回ると真っ黒な長髪を後ろで一つに結んだ女子が一人。そして俺に気づき手を振ってくる。
「おっはよー。さてと、それじゃあ早速服を見にいこー」
「おはよ。……なんか機嫌いいな」
「そりゃね。やっと実夜と奈月が……って思うと、応援してた身としては嬉しいもんよ」
「……なんか勘違いして無いか?」
「んー、してないと思うよ?」
「……」
「いや、大丈夫だって。これでも実夜の姉やって14年目だよ? 奈月ともなんだかんだで8年か9年目でしょ? 2人の奥手っぷりはよく分かってるから」
「奥手って……」
「まあまあ、今日は実夜と初めてのデートでしょ? ちゃんと格好良く決めないと実夜に失礼ってもんだし、さっさと決めちゃうよー」
そう言ってユニシロの中へ入って行ったため後を追って入り、それから俺は着せ替え人形と化した。
「うーん、実夜のことだからいつもとギャップがあった方が萌えると思うんだよね……。そうなるとちょっと攻め気味だけどこっちの方が……。奈月、ちょっとこれ着てみ? その次これと……これね」
「あ、ああ」
そんな風にして、10時きっかりに始まった服選びは、無事11時を過ぎる頃には終わった。
「本当にありがとう。助かった」
「いいって。これも幼馴染と可愛い妹のためだから。ただし! 今日のデートで絶対に実夜を悲しませないでね? もし今日、実夜が笑顔で帰ってこなかったら許さないからねー?」
「あ、ああ。できる限り頑張るよ……」
「うん。なら良し! じゃあ私はこの後用事があるからお先に失礼~。またね~」
「おう。またな」
さてと、俺も帰るか。
家に着くと、同時に実夜が帰ってきたようで玄関前で鉢合わせた。
「あっ、先輩ただいまです。どこ行ってたんですか?」
「おかえり。まぁ買い物だな」
「それはユニシロの袋……ということは、まさか私とのデートのために服を?」
「ああ。そんなところだ。服装、頑張るって言ったしな」
「先輩って細かいところで律儀ですよね。……ありがとうございます。2時間後を楽しみにしてますね!」
「そんなに期待するなよ……?」
「ふふっ、そりゃあ期待しちゃいますよ。だって、先輩が私のために買った服でしょう?」
「たしかにそうだが……」
「まぁ、安心してください。先輩とデートってだけで十分嬉しいですから!」
「……お前じゃなかったら誤解しそうなセリフだな」
「………………誤解じゃないかもしれませんよ?」
「ん? 悪い、聞き取れなかったんだが」
急に声小さくなったな。……たぶんまた、俺をからかおうとして自分で恥ずかしくなった奴だと思う。
「な、なんでもないですよー! それより早くお昼にしましょう。今日のお昼はなんですか?」
「ああ、タラコパスタでいいか?」
「いいですね、さっさと食べましょー」
食事を終え食器をかたずけていると、実夜が突然「あっ」と声を上げた。
「どうした?」
「えっと、その……朝のことなんですけど……」
「あ、ああ。その件は本当にすまなかった」
「いえ。下着を見られたこと自体はいいんですけど」
「えっ」
「あっ、いいって、いいわけじゃないですからね!? い、一応あれは不可抗力でしょうし、私にも全く非がなかったわけではないので許したってだけです……」
「あ、ああ」
「ただ……あ、あんな下着いつも着てるわけじゃないですから! 今日はたまたま間違えちゃっただけで……ですから! そこだけは勘違いしないでくださいね!!」
「……そんなに変な下着だったのか?」
「えっと……下着、どこからどこまで見ました?」
「えっと……胸のあたりとか」
「……下は?」
「下?」
「…………ぱ、パンツは見ました?」
「い、いや。見てない」
「……本当ですか?」
「あ、ああ」
すると実夜はふぅと一息吐いて。
「……先輩。今さっき私が言ったことは忘れてください」
「えっ、どういう……」
「忘れてくださいね?」
「お、おう。了解」
そして、実夜は帰るためにまとめていた荷物を持ってきた。
「では、私はそろそろお暇します」
「荷物は俺が持って行ってもいいが」
「い、いえ。先輩が見てはいけないものが入ってますので、私が持って帰ります。大丈夫です」
「別に見るつもりはないんだが……っと、まだ乾いてない洗濯物(下着類を含む)はどうする?」
「あー……それはまた夜に来て、持って帰ります」
「了解。それと、待ち合わせは2時に駅前だよな?」
「ですね。2時に駅前の、ベンチのところで待ち合わせってことで。では……よいしょ」
そして実夜はその荷物の入ったカバンを持ち玄関へ。
「じゃあ、帰り道気をつけてな」
「はーい! それでは、お世話になりました!」
それから俺は支度をして、時間通りに……と思ったのだが、つい待ち合わせの15分程前についてしまった。
しかし既に。
「あっ、せんぱーい! ちょっと早くないですか?」
実夜がこちらに手を振っていた。けれど、印象が俺の家から出た時と全く違ってて。
いつも通りの茶色がかった短髪と明るい笑顔。でも服装はいつものようなTシャツと短パンじゃなくて可愛い水色のワンピースを着ていて。頭にはいつもはつけてないカチューシャをしていた。
簡潔に言おう。これは可愛い……って何を考えてるんだ俺は。
そしてそんな思考によって答えが遅れた。
「お、おう」
あっ、少し声上ずったかも。
「……なんか反応悪いですね。やっぱりこういう服は似合いませんよねー?」
「い、いや。ただいつもと雰囲気が変わって驚いただけだ。似合ってるよ」
「えっ……そ、それはありがとうございます……。べ、別に照れてるわけじゃないですからね!?」
「……ツンデレか?」
「違います! もー、そんなことより行きますよ」
「そういえば今日ってどこ行くんだ?」
「とりあえずゲームセンターです。無難に楽しいですし、先輩はそんなにアーケードゲームはしないでしょう?」
そんなわけで今はゲームセンターに来ている。そして。
「おい……本当に撮るのか?」
「……なにを今さら怖気づいているんですか。リア充ならきっとやってるでしょう?」
プリクラ機の前まで来ていた。ゲーム好きで、全くと言っていいほど外で誰かと遊ぶことのない俺たち二人はプリクラというものに一定のハードルを感じていたわけだが。
「初めに目に入ったものをやるって言ったのは先輩ですよ?」
「……ああ、そうだな」
「ってことで早く入りましょ!」
「お前楽しそうだな……」
「……そりゃあ楽しいですよ。先輩と一緒ですし」
「そ、そうか。それは良かった」
いつもならこの後からかう一言が必ず入るのだが、今日は調子が悪いのか、「も、もう。早く撮りますよ」と言って、その顔は耳まで赤くなっていた。
「ではこのプリクラは、しっかりとお財布かお守りにでも入れといてくださいね!」
「ああ……で、次はあれやらないか?」
「あれって、ガンシューティングですよね? 先輩やったことあるんですか?」
「少しだけな」
「ほほお、では先輩。あれ、協力プレイなんですけど、最後に個別スコア出るんですよね。……勝負しません?」
「勝負って……俺に勝ち目あるのか?」
「……たぶん?」
「まあ、いいか。……で、何を賭ける?」
「ここは定番に、勝った方が負けた方になんでも一つ命令ができるってやつで! あっ、……エッチな命令はなるべく避けてくださいね?」
「そもそも勝てる気がしないんだけどな……」
それから、いくつかのゲームを二人で遊び倒した。……ちなみに俺の実夜に対する勝率は3割程度で、賭けをした勝負に関しては一度も勝てなかった。
「んー! 楽しかったですね!」
実夜は伸びをしながらそう言った。少しお疲れ気味のようだ。
「ああ、楽しかったよ。今日はありがとな」
「あっ、それを言うのはまだ早いですよ? この後、夕飯を予約してあるんです。少し歩きますので、早く行きましょう!」
そう言って、自然と俺の手を取ってきた。
「あ、ああ」
「……手をつないだくらいで照れないでくださいよ?」
「……お前が言うなよ」
たぶん、実夜も耳まで朱が差していたと思う。……思うというのは恥ずかしくなって実夜の顔をまともに見られなかったためだ。手をつないだだけでこれって、どれだけ慣れてないんだよ……。
「着きましたよ。ここです」
「……少し値が張りそうなお店だな」
そこにあったのは、和のテイストの入った渋めな外見が特徴的な、和食料理店。
「あっ、お会計は事前に母を通して済ませてあるので安心してください」
「いいのか?」
「先輩なら大丈夫です!」
「……今度なんかお礼させてくれ」
「別に、気にしなくていいですよ?」
「そこは気にさせてくれ。さすがに貰う一方ってのはな」
「泊めてくれたお礼も兼ねてってことで、いいんじゃないですか? っと、そんなことより早く入りますよ。予約時間ぴったりです」
中に入ると、すぐに個室に案内され、すぐに料理が運ばれてきた。
「ここのお刺身、本当に美味しいんですよ。先輩、前に回転寿司一緒に行ったとき、お寿司よりお刺身が好きって言ってたでしょう?」
「それって、3年くらい前だろ? よく覚えてるな……」
「忘れませんよー。だって、あれ一応私たちの初デートでしょう?」
「デートって雰囲気じゃなかっただろ」
「……じゃあ、今日が初デートですかね?」
「……そう、だな」
汁物をすすりつつ、話す。
「先輩って恥ずかしくなるとすぐに髪触りますよね。わかりやすいです」
「いや、それを言ったらお前だって、照れた時によく左手で耳の後ろ掻くからわかりやすいぞ」
「えっ……初耳なんですけど。私、そんなことしてました? ってよく考えたらしてるかも……」
お刺身を食べながら、話す。
「先輩、今日の私って、どう見えますか?」
「ん? どうってのは……?」
「だから……その。ちゃんと、いつも通りですか?」
「ああ、そうだな。……むしろいつもより可愛く見える」
「ふぇっ!? だ、だから先輩! そういう不意打ちはずるいですって!」
今みたいな言葉、こいつだから言える言葉だなと、そンなところに感慨深さを感じつつも。
「ほら、また耳の後ろ掻いてるぞ?」
「あっ、だからもう……! 可愛いならいいですよ。……ありがとうございます! 先輩も今日、格好いいですよ!」
「まあ、俺は思ったことを言っただけだからな……」
「あっ! 先輩も今、髪触りましたよね? もー照れちゃってかわいい!」
「……」
そしてデザートの抹茶のアイスを食べ終わり、緑茶をのどに流し一息ついたところで。
「実は……先輩に言ってなかったことがあるんですよ」
「ん? なんだ?」
「……ちょっと待ってください。気持ちを落ち着けてから言いますから!」
えっ、そんなに重大なことなのか……?
「すー……はー……すー……はー……。では、言いますね」
「あ、ああ」
「実は私、転校するんです」
「転校? ……そりゃまたどうして?」
「あの、うちが母子家庭なのは先輩も知っての通りなんですけど。今度、母の再婚が決まったんです」
「へぇ。それはおめでとう……でいいのか?」
「はい。その人もいい人そうなので、まあ悪いようにはならないだろうと。私もりつねぇも賛成した話ですから。なんですけど……」
「それで、引っ越しと転校か」
「はい。りつねぇは2学期からは高校近くのアパートを借りて下宿する予定なんですけど、私は転校できる今のうちにという話で」
「それで、場所が遠いのか」
「そういうことです。その、母の再婚相手の方が九州の方に一軒家を持っているんですよね」
「九州か、まぁ遠いな。それで?」
「……先輩に会えなくなるの寂しいなーと」
「……えっと、こう言うとアレだが……それだけか?」
「べ、別にいいじゃないですか! そりゃあVRっていうものもありますけど。それでも、リアルじゃないと感じないことってあるんですよ……」
「お前、バカだろ」
「なっ! ば、バカってなんですかバカって!! 先輩は寂しいとかないんですか?」
「そりゃあ少しはな。でも別に会おうと思えば会えるし、VRでも面と向かって話せるし、そもそも会うのなんてNDO始まる前は月一くらいだっただろ?」
「……じゃあ、またそのうち泊まりにきていいですか?」
「ああ……ってそれは昨日の夜にも言わなかったか? でもちゃんと事前に連絡はくれよ」
「ほんとですか? 後から無理になったとか無しですよ?」
「そんなこと言わないから安心しろ」
「ふふっ、そうですか。なら、安心ですね。……まだ少し寂しくはありますが、問題ありません。本当にありがとうございます! 奈月先輩!」
店を出ると、既に夜のとばりが降りていて、丸い月がきれいに空に浮かんでいた。
「見てください先輩! めっちゃくちゃ月綺麗ですよ!」
「……ああ、そうだな」
それから二人で俺の家に寄り実夜の洗濯物や昼間の忘れ物だけ持つと、実夜を家まで送った。
「あっ、ちょっと待ってくださいね」
実夜はそれだけ言って、急いで家に入り、何かを持って出てきた。
「これ、あげます!」
「ん? これって……」
そう言って渡されたのは健康祈願のお守りだった。
「私が次に泊まりに行くまで、絶対に怪我とかしないでくださいね!」
「ああ、気を付けるよ。ありがとな。実夜も、体には気を付けてな」
「っ!! 名前を呼んでくれたの、久しぶりじゃないですか?」
「そうだったか? まあいいだろ。じゃあ、またな」
「はい。今日は楽しかったです! では、また今度!」
こうして実夜が家に泊まった一週間が終わりを告げた。少し大変なこともあったが、実夜と暮らす毎日はとても楽しく、充実していた。
「『今度』が、早く来るといいな」
帰り道、俺はそっと呟いた。
「実夜、朝食できたぞー……って起きてたのか。……っ!?」
「ふぁい。先輩おはよーございます」
実夜は大きな欠伸をしつつそう言った……が、その格好が問題で。
朝の着替えのため、着ていた寝巻きをちょうど脱ぎ始めたところだったのだろう。胸元のボタンが半分くらい外れており、ピンク色の下着に包まれた慎ましやかな膨らみがその姿を覗かせている。
寝巻きのズボンは履いておらず、けれど上着の裾によってギリギリ下着は見えていない。でもそれは、下着を着ていない様にも見えて、一層エロさを増していた。
一瞬あまりに神秘的とも言えるその光景に息を飲むも、どうにか冷静に、しかし急いでドアを閉め。
「わ、悪い。着替え終わったら来いよ」
「ふぇ? …………ひゃあっ!!」
部屋に背中を向けたところで実夜の短い悲鳴が聞こえた。寝ぼけた頭が状況を理解したのだろう。
……朝から良いものを見れたと、そう思うところが無いわけでは無い。しかしそれ以上に。
「あいつ、無防備すぎるだろ……」
思いっきり胸がざわついて落ち着かなかった。先程の光景は童貞には刺激が強すぎたようだ。
暫くして実夜が来たが、その顔は耳まで真っ赤に染まっており余計に意識してしまって。
その日の朝食の味はよくわからなかった。
「い、いってきます」
「いってらっしゃい……」
結局、実夜を見送るまでそのぎこちない様子は続いた。
……実夜が帰ってきたら、ちゃんと謝ろう。
一人冷静になってから、そう思った。
そんな刺激的な朝のせいですっかり忘れていたが、実夜とのデートは今日の午後だ。そして俺は今、一つとても深く悩んでいる。
思い出すのは昨日の会話。
ーーあっ、そうそう。ちゃんと、カッコいい服を着てきて下さいね?」
「……頑張るよ」
「なら、問題ありません! ーー
そう。俺はあの時、深く考えずに返事してしまったが、よくよく考えたらわからない。
「カッコいい服って、なんだ……?」
これが本当に難しい。ゲームが好きで殆どリアルで遊びに行くことが無い以上、オシャレに疎いのは仕方ないと思うんだ……。
そんな風に考えていると、CIRCLEに一件通知が入った。
また嶺二か? と思ったが、どうやら違ったらしい。
『もしや、何かお困りなのでは無いかね? 特に、我が妹が関わっているのじゃろう? ふっふっふ。わかる、我にはわかるぞ』
それはりっかからのメッセージだった。
『いや、なんだ?』
『んー? 実夜が泊まるの昨日の夜が最後だったでしょ? なんかあったんだろうなーって。……たとえば今日、デートしたりとか』
『……実夜から何か聞いたのか?』
『さぁ? どうだろうね。でも、なんか困ってることあるでしょ?』
たしかに、オシャレという一点に関して、梨原立夏という女子はかなり頼りになることは間違いない。俺や実夜とは比べものにならないほどの社交性を持つりっかは服や靴、その他備品を用いて素材を活かすことにかなり長けている。
以前にも、一見地味だった女子を化粧品を使わずにクラスで1、2を争えるまでに可愛く仕立て上げたとか。
りっかが言うには『元の素材が良かった』らしいが、それでもその素材を活かせるのは彼女の特技と言えるだろう。
考えた末、俺はりっかに助けを求めることにした。
『……着ていく服について相談に乗ってくれないか?』
『その言葉を待っていたよ! 実夜は午前中は学校だし、デートは午後でしょ?』
『ああ』
『新しい服にする? 今持ってるやつ?』
『そろそろ買おうと思ってたし、新しい服買いに行くかな』
『りょーかい! じゃあ大きい方のユニシロに10時集合ね!』
『おう、わかった。ありがとう』
『いいってことよ!』
持つべきものはオシャレに詳しい幼馴染だな。……とりあえず今のうちにやることを終わらせておこう。
そして毎日の日課を終えた9時半頃、ユニシロへ向かって自転車を漕ぐ。ちなみにこの安くて丈夫な衣服の買えるユニシロだが、自転車で行ける距離には2つあり遠い方のがもう一方より大きい。りっかが『大きい方の』と表したのはそのためだったりする。
ユニシロの駐車場の一角にある駐輪場に自転車を置き、入口の方へ回ると真っ黒な長髪を後ろで一つに結んだ女子が一人。そして俺に気づき手を振ってくる。
「おっはよー。さてと、それじゃあ早速服を見にいこー」
「おはよ。……なんか機嫌いいな」
「そりゃね。やっと実夜と奈月が……って思うと、応援してた身としては嬉しいもんよ」
「……なんか勘違いして無いか?」
「んー、してないと思うよ?」
「……」
「いや、大丈夫だって。これでも実夜の姉やって14年目だよ? 奈月ともなんだかんだで8年か9年目でしょ? 2人の奥手っぷりはよく分かってるから」
「奥手って……」
「まあまあ、今日は実夜と初めてのデートでしょ? ちゃんと格好良く決めないと実夜に失礼ってもんだし、さっさと決めちゃうよー」
そう言ってユニシロの中へ入って行ったため後を追って入り、それから俺は着せ替え人形と化した。
「うーん、実夜のことだからいつもとギャップがあった方が萌えると思うんだよね……。そうなるとちょっと攻め気味だけどこっちの方が……。奈月、ちょっとこれ着てみ? その次これと……これね」
「あ、ああ」
そんな風にして、10時きっかりに始まった服選びは、無事11時を過ぎる頃には終わった。
「本当にありがとう。助かった」
「いいって。これも幼馴染と可愛い妹のためだから。ただし! 今日のデートで絶対に実夜を悲しませないでね? もし今日、実夜が笑顔で帰ってこなかったら許さないからねー?」
「あ、ああ。できる限り頑張るよ……」
「うん。なら良し! じゃあ私はこの後用事があるからお先に失礼~。またね~」
「おう。またな」
さてと、俺も帰るか。
家に着くと、同時に実夜が帰ってきたようで玄関前で鉢合わせた。
「あっ、先輩ただいまです。どこ行ってたんですか?」
「おかえり。まぁ買い物だな」
「それはユニシロの袋……ということは、まさか私とのデートのために服を?」
「ああ。そんなところだ。服装、頑張るって言ったしな」
「先輩って細かいところで律儀ですよね。……ありがとうございます。2時間後を楽しみにしてますね!」
「そんなに期待するなよ……?」
「ふふっ、そりゃあ期待しちゃいますよ。だって、先輩が私のために買った服でしょう?」
「たしかにそうだが……」
「まぁ、安心してください。先輩とデートってだけで十分嬉しいですから!」
「……お前じゃなかったら誤解しそうなセリフだな」
「………………誤解じゃないかもしれませんよ?」
「ん? 悪い、聞き取れなかったんだが」
急に声小さくなったな。……たぶんまた、俺をからかおうとして自分で恥ずかしくなった奴だと思う。
「な、なんでもないですよー! それより早くお昼にしましょう。今日のお昼はなんですか?」
「ああ、タラコパスタでいいか?」
「いいですね、さっさと食べましょー」
食事を終え食器をかたずけていると、実夜が突然「あっ」と声を上げた。
「どうした?」
「えっと、その……朝のことなんですけど……」
「あ、ああ。その件は本当にすまなかった」
「いえ。下着を見られたこと自体はいいんですけど」
「えっ」
「あっ、いいって、いいわけじゃないですからね!? い、一応あれは不可抗力でしょうし、私にも全く非がなかったわけではないので許したってだけです……」
「あ、ああ」
「ただ……あ、あんな下着いつも着てるわけじゃないですから! 今日はたまたま間違えちゃっただけで……ですから! そこだけは勘違いしないでくださいね!!」
「……そんなに変な下着だったのか?」
「えっと……下着、どこからどこまで見ました?」
「えっと……胸のあたりとか」
「……下は?」
「下?」
「…………ぱ、パンツは見ました?」
「い、いや。見てない」
「……本当ですか?」
「あ、ああ」
すると実夜はふぅと一息吐いて。
「……先輩。今さっき私が言ったことは忘れてください」
「えっ、どういう……」
「忘れてくださいね?」
「お、おう。了解」
そして、実夜は帰るためにまとめていた荷物を持ってきた。
「では、私はそろそろお暇します」
「荷物は俺が持って行ってもいいが」
「い、いえ。先輩が見てはいけないものが入ってますので、私が持って帰ります。大丈夫です」
「別に見るつもりはないんだが……っと、まだ乾いてない洗濯物(下着類を含む)はどうする?」
「あー……それはまた夜に来て、持って帰ります」
「了解。それと、待ち合わせは2時に駅前だよな?」
「ですね。2時に駅前の、ベンチのところで待ち合わせってことで。では……よいしょ」
そして実夜はその荷物の入ったカバンを持ち玄関へ。
「じゃあ、帰り道気をつけてな」
「はーい! それでは、お世話になりました!」
それから俺は支度をして、時間通りに……と思ったのだが、つい待ち合わせの15分程前についてしまった。
しかし既に。
「あっ、せんぱーい! ちょっと早くないですか?」
実夜がこちらに手を振っていた。けれど、印象が俺の家から出た時と全く違ってて。
いつも通りの茶色がかった短髪と明るい笑顔。でも服装はいつものようなTシャツと短パンじゃなくて可愛い水色のワンピースを着ていて。頭にはいつもはつけてないカチューシャをしていた。
簡潔に言おう。これは可愛い……って何を考えてるんだ俺は。
そしてそんな思考によって答えが遅れた。
「お、おう」
あっ、少し声上ずったかも。
「……なんか反応悪いですね。やっぱりこういう服は似合いませんよねー?」
「い、いや。ただいつもと雰囲気が変わって驚いただけだ。似合ってるよ」
「えっ……そ、それはありがとうございます……。べ、別に照れてるわけじゃないですからね!?」
「……ツンデレか?」
「違います! もー、そんなことより行きますよ」
「そういえば今日ってどこ行くんだ?」
「とりあえずゲームセンターです。無難に楽しいですし、先輩はそんなにアーケードゲームはしないでしょう?」
そんなわけで今はゲームセンターに来ている。そして。
「おい……本当に撮るのか?」
「……なにを今さら怖気づいているんですか。リア充ならきっとやってるでしょう?」
プリクラ機の前まで来ていた。ゲーム好きで、全くと言っていいほど外で誰かと遊ぶことのない俺たち二人はプリクラというものに一定のハードルを感じていたわけだが。
「初めに目に入ったものをやるって言ったのは先輩ですよ?」
「……ああ、そうだな」
「ってことで早く入りましょ!」
「お前楽しそうだな……」
「……そりゃあ楽しいですよ。先輩と一緒ですし」
「そ、そうか。それは良かった」
いつもならこの後からかう一言が必ず入るのだが、今日は調子が悪いのか、「も、もう。早く撮りますよ」と言って、その顔は耳まで赤くなっていた。
「ではこのプリクラは、しっかりとお財布かお守りにでも入れといてくださいね!」
「ああ……で、次はあれやらないか?」
「あれって、ガンシューティングですよね? 先輩やったことあるんですか?」
「少しだけな」
「ほほお、では先輩。あれ、協力プレイなんですけど、最後に個別スコア出るんですよね。……勝負しません?」
「勝負って……俺に勝ち目あるのか?」
「……たぶん?」
「まあ、いいか。……で、何を賭ける?」
「ここは定番に、勝った方が負けた方になんでも一つ命令ができるってやつで! あっ、……エッチな命令はなるべく避けてくださいね?」
「そもそも勝てる気がしないんだけどな……」
それから、いくつかのゲームを二人で遊び倒した。……ちなみに俺の実夜に対する勝率は3割程度で、賭けをした勝負に関しては一度も勝てなかった。
「んー! 楽しかったですね!」
実夜は伸びをしながらそう言った。少しお疲れ気味のようだ。
「ああ、楽しかったよ。今日はありがとな」
「あっ、それを言うのはまだ早いですよ? この後、夕飯を予約してあるんです。少し歩きますので、早く行きましょう!」
そう言って、自然と俺の手を取ってきた。
「あ、ああ」
「……手をつないだくらいで照れないでくださいよ?」
「……お前が言うなよ」
たぶん、実夜も耳まで朱が差していたと思う。……思うというのは恥ずかしくなって実夜の顔をまともに見られなかったためだ。手をつないだだけでこれって、どれだけ慣れてないんだよ……。
「着きましたよ。ここです」
「……少し値が張りそうなお店だな」
そこにあったのは、和のテイストの入った渋めな外見が特徴的な、和食料理店。
「あっ、お会計は事前に母を通して済ませてあるので安心してください」
「いいのか?」
「先輩なら大丈夫です!」
「……今度なんかお礼させてくれ」
「別に、気にしなくていいですよ?」
「そこは気にさせてくれ。さすがに貰う一方ってのはな」
「泊めてくれたお礼も兼ねてってことで、いいんじゃないですか? っと、そんなことより早く入りますよ。予約時間ぴったりです」
中に入ると、すぐに個室に案内され、すぐに料理が運ばれてきた。
「ここのお刺身、本当に美味しいんですよ。先輩、前に回転寿司一緒に行ったとき、お寿司よりお刺身が好きって言ってたでしょう?」
「それって、3年くらい前だろ? よく覚えてるな……」
「忘れませんよー。だって、あれ一応私たちの初デートでしょう?」
「デートって雰囲気じゃなかっただろ」
「……じゃあ、今日が初デートですかね?」
「……そう、だな」
汁物をすすりつつ、話す。
「先輩って恥ずかしくなるとすぐに髪触りますよね。わかりやすいです」
「いや、それを言ったらお前だって、照れた時によく左手で耳の後ろ掻くからわかりやすいぞ」
「えっ……初耳なんですけど。私、そんなことしてました? ってよく考えたらしてるかも……」
お刺身を食べながら、話す。
「先輩、今日の私って、どう見えますか?」
「ん? どうってのは……?」
「だから……その。ちゃんと、いつも通りですか?」
「ああ、そうだな。……むしろいつもより可愛く見える」
「ふぇっ!? だ、だから先輩! そういう不意打ちはずるいですって!」
今みたいな言葉、こいつだから言える言葉だなと、そンなところに感慨深さを感じつつも。
「ほら、また耳の後ろ掻いてるぞ?」
「あっ、だからもう……! 可愛いならいいですよ。……ありがとうございます! 先輩も今日、格好いいですよ!」
「まあ、俺は思ったことを言っただけだからな……」
「あっ! 先輩も今、髪触りましたよね? もー照れちゃってかわいい!」
「……」
そしてデザートの抹茶のアイスを食べ終わり、緑茶をのどに流し一息ついたところで。
「実は……先輩に言ってなかったことがあるんですよ」
「ん? なんだ?」
「……ちょっと待ってください。気持ちを落ち着けてから言いますから!」
えっ、そんなに重大なことなのか……?
「すー……はー……すー……はー……。では、言いますね」
「あ、ああ」
「実は私、転校するんです」
「転校? ……そりゃまたどうして?」
「あの、うちが母子家庭なのは先輩も知っての通りなんですけど。今度、母の再婚が決まったんです」
「へぇ。それはおめでとう……でいいのか?」
「はい。その人もいい人そうなので、まあ悪いようにはならないだろうと。私もりつねぇも賛成した話ですから。なんですけど……」
「それで、引っ越しと転校か」
「はい。りつねぇは2学期からは高校近くのアパートを借りて下宿する予定なんですけど、私は転校できる今のうちにという話で」
「それで、場所が遠いのか」
「そういうことです。その、母の再婚相手の方が九州の方に一軒家を持っているんですよね」
「九州か、まぁ遠いな。それで?」
「……先輩に会えなくなるの寂しいなーと」
「……えっと、こう言うとアレだが……それだけか?」
「べ、別にいいじゃないですか! そりゃあVRっていうものもありますけど。それでも、リアルじゃないと感じないことってあるんですよ……」
「お前、バカだろ」
「なっ! ば、バカってなんですかバカって!! 先輩は寂しいとかないんですか?」
「そりゃあ少しはな。でも別に会おうと思えば会えるし、VRでも面と向かって話せるし、そもそも会うのなんてNDO始まる前は月一くらいだっただろ?」
「……じゃあ、またそのうち泊まりにきていいですか?」
「ああ……ってそれは昨日の夜にも言わなかったか? でもちゃんと事前に連絡はくれよ」
「ほんとですか? 後から無理になったとか無しですよ?」
「そんなこと言わないから安心しろ」
「ふふっ、そうですか。なら、安心ですね。……まだ少し寂しくはありますが、問題ありません。本当にありがとうございます! 奈月先輩!」
店を出ると、既に夜のとばりが降りていて、丸い月がきれいに空に浮かんでいた。
「見てください先輩! めっちゃくちゃ月綺麗ですよ!」
「……ああ、そうだな」
それから二人で俺の家に寄り実夜の洗濯物や昼間の忘れ物だけ持つと、実夜を家まで送った。
「あっ、ちょっと待ってくださいね」
実夜はそれだけ言って、急いで家に入り、何かを持って出てきた。
「これ、あげます!」
「ん? これって……」
そう言って渡されたのは健康祈願のお守りだった。
「私が次に泊まりに行くまで、絶対に怪我とかしないでくださいね!」
「ああ、気を付けるよ。ありがとな。実夜も、体には気を付けてな」
「っ!! 名前を呼んでくれたの、久しぶりじゃないですか?」
「そうだったか? まあいいだろ。じゃあ、またな」
「はい。今日は楽しかったです! では、また今度!」
こうして実夜が家に泊まった一週間が終わりを告げた。少し大変なこともあったが、実夜と暮らす毎日はとても楽しく、充実していた。
「『今度』が、早く来るといいな」
帰り道、俺はそっと呟いた。
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