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萩村家の長女
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突然帰ってくると連絡してきた玲姉さんは、私達三姉妹の長女で今年21歳になる。
玲姉さんさん……萩村玲奈は、一言で言えば天才だ。やることなすこと大体できる。歌も上手いし踊りも踊れるし、なんなら語りもできる。それだけでなく、容姿端麗で頭脳明晰、学生の頃は主席が当たり前であった。加えて顔も広くて人望も厚いというとんでも超人。
そんな玲姉さんであるが、職業はなんと驚くなかれアイドルである。高校生の頃にアイドルとなり、それから僅か一年でメジャーデビュー。私はよく知らないけれど、界隈曰くとんでもなく凄いことらしい。
現在はトップアイドルユニット、『メリークラリス』のメンバーとして活動中であり、未だにファンも増え続けている。まさに今が旬のアイドルだ。
さて、そんな私の憧れであった玲姉さんが帰ってくるというのに、花恋が大変だと騒ぎ、私がどことない不安を感じているのには理由がある。……と言っても、なにも複雑怪奇な理由も無い。では何が理由かと言えば。
……やっぱり、怒られるかもなぁ
この思いだけである。
何をと言えば、まず花恋の方は成績だ。今年に入ってから数学の内容が苦手な範囲入ったらしく、加えて最近はゲームに感けていることもあってか成績が落ち込んでいるらしい。
花恋によれば、「それでも1桁だから……」とのことだけど、今まで1位争いをしていたところから一桁ギリギリになったとなればそれなりに下がっていそうだ。
一方で私は特に怒られるようなことは断じてしていない……が、不安の種はあるのだ。昨日家に届いたFUTUROSである。
怒られるかどうかは別として、私の口座から支払われた額は玲姉さんも把握しているだろう。今まで碌に趣味も持たずに生きてきた私がいきなり10万近く使ったのだ。何を買ったのか聞かれるくらいはするだろう。悪いことをした訳では無いにしても、やはり少しだけ不安を覚える。
――ピンポーン
と、考えていたところ2回目の呼び鈴が鳴り、私を思考の海から引き上げる。
「……まあ玲姉さんをこの熱い中で待たせるわけにもいかないし、玄関行こうか」
「そだね。……成績はバレないかもしれないし」
階段を下りて玄関の鍵へと手をやり隣の花恋に言う。
「……開けるよ?」
「うん、ばっちこい」
花恋の返事を聞いてから、ガチャリと鍵を回して扉を開く。
「おかえりなさ――」
「たっだいまーーー!! 会いたかったよ私の可愛い妹達っ!!」
途端、扉の向こうに待ち構えていた私より背丈もバストも大きい美少女が腕を広げて迫りくる。
……彼女こそ、件のトップアイドル玲姉さんだ。ちなみに自称シスコンである。
「ふぐっ」
「ぎゅーー!! 花恋大きくなったねー」
「んーーっ!! んーーっ!!」
私と花恋は左右にそれぞれ避けようと試みたが、花恋は避けきれず抱きつき魔の餌食となった。
玲姉さんの腕の中でもがく花恋は大きな胸に押し潰されておりだいぶ苦しそうだ。
相変わらず玲姉さんのハグは容赦がないね。花恋、君の犠牲は忘れないよ……。
それにしても、なぜこの人は毎回帰ってくるたびハグしてくるのだろうか。せめてこの暑い時期は勘弁してほしい。
と、それはさておき、なんだか花恋が死にそうなので止めに入る。
「おかえりなさい、玲姉さん。花恋が苦しそうだからそろそろ解放してあげ——っ!?」
「優もぎゅーーっ!!」
「んっ!? んーーっ!!」
しまった。初撃を避けたせいで油断していた。やばい。暑い。苦しい。巨乳に溺れる。花恋助け——
「……それで玲姉さん、どうしてこんなに突然帰ってきたの?」
花恋の助けにより20秒少々で抱きつき魔から解放された私は、キッチンで3人分のコーヒー……ミルクと砂糖マシマシ……を入れながら、リビングのソファに座った玲姉さんに尋ねた。
「うん。仕事が家からできるようになったから帰ってきたんだー。これからはまた一緒に暮らせるね!」
「……えっ、玲姉さんの仕事ってアイドルだよね? 家からできるの?」
片田舎の自宅でできるアイドルのお仕事ってなんだろう。……花恋が小さく「本当にアイドルだったの!?」と驚いていたのは気にしないことにする。
「ふっふっふ。それが家からできる仕事があるのだよ……あっ、カフェオレありがと」
「どういたしまして。それで?」
「うん。まあ簡単に言うと、暫くVドルとして活動することになったの」
Vドル……? ああ、Virtualアイドルのことか。
「そういえば最近よく聞くよねーVドル。でもどうして? メリクラって普通にリアルで人気沸騰中じゃん」
「うん。なんかね、ウチの事務所のスポンサーにVR関係の大手企業さんがいて、その関係で仕事が回ってきたみたい」
「えっ、でも他の仕事は? ほら、レギュラー番組とかあるでしょ」
たしかネットのARUFAテレビとかいう動画サイトで毎週のレギュラー番組があったはずである。
「そっちも大丈夫。Vドルとして活動する間は他の仕事もアバターで受けることになるからね」
「他の仕事も?」
「そうそう。なんかよく分からないんだけど、バーチャル世界と現実世界は別に存在するって考え方からしたら、『暫くバーチャル世界に行っているので』ってことでいい、みたいな?」
本当になんだかよく分からないけれど、まあきっとそういうことなんだと思う。
私はそんな風に考えつつコーヒー……玲姉さんにはカフェオレ判定されたけど……を片手に玲姉さんの隣に腰掛けた。
ズズっと啜ると口一杯に牛乳のクリーミーな味とお砂糖の甘味が広がる。ついでにコーヒーの香りが鼻から抜ける。うん、いつも通りのお味だ。
く
いつもの美味しさを再確認していると、花恋があれ? と声を上げた。
「でも玲ねえ、Vドルやる機材とかってあるの? 簡単なのでもVRはできるけど、流石に仕事ってなるともう少しちゃんとしたやついるんじゃない?」
たしかに。簡単なの……要するに頭に取り付けるだけのVRギアさえあれば良いのかもしれないけど、そもそも玲姉さんの荷物は斜め掛けの鞄が1つだけ。
いくらVRギアが他に比べて小さいと言っても頭に付けるものだ。その鞄に入るとはとても思えない。
「うん。その辺は今日のうちに家に届けてもらえる事になってるから大丈夫!」
「今日のうちに……って帰る日が分かってたならもう少し早く教えといてよ!」
そうだそうだー!と私も花恋の言葉に賛同する。玲姉さんはいつも帰ってくるのが突然すぎるのだ。
その時、ピンポーンと来客を知らせる音が鳴った。
「おっ、噂をすれば来たかな」
受話器に付いた画面を見れば、玄関先に小さな荷物を持った配達員の人が見えた。
「じゃあ受け取ってくるね。優は私の部屋の窓開けといて」
「あー、大きいの?」
「たぶん?」
「おっけー」
つい昨日に受け取ったフツロスのVIP機種みたいな大きい物なら、受取り票にサインをしてから配達用飛行ロボットにベランダや大きい窓から入れてもらうのが一般的。
玲姉さんの部屋は2階の突き当たり。ベランダが付いてるから窓を外したりしなくても余裕で入りそうだね。
私がベランダの窓を開ければ、すぐに大きな段ボールが括り付けられた飛行ロボットが上がってきた。
「オーライオーライ……ストップ」
部屋に荷物を入れてもらってから、ボタンを押して機体から荷を取り外す。
仕事を終えたロボットは入った窓から帰っていった。
「優。荷物の受け取りありがとねー。お礼にこれ上げちゃう」
私がリビングに戻ると、既に玲姉さんはソファに座っていた。
「お礼? これなに」
「お煎餅。よくライブの後とかに食べてたやつ。美味しいよ。花恋もどーぞ」
お礼ではなくただのお土産では……と思いつつも受け取り口にする。
……うん。普通に美味しい。ふんわりとお醤油の香りがして歯に力を入れるとバリっと割れる、オーソドックスなお煎餅だ。
「ところで玲姉さん。あのVR機だいぶ大きかったけど、もしかして凄いお高いやつ?」
「うーん。それなりって感じ? フツロスっていう20万くらいのやつ」
フツロス……あれ、私が買ったのと同じ?
「フツロスってゲーム機だよね?」
「うん。そもそも今回やることになったVドルとしてのライブがゲーム内なんだー。もちろん他番組用のVRスタジオにも繋げられるからアレ一台で問題無し。ついでに全部経費で落ちる上にアイドルとしてのアカウント以外にもう一つアバター作って個人的に遊んでもいいという好待遇!」
えっ、つまり私がお小遣いはたいて買ったゲーム機を玲姉さんはタダで貰ったと? しかもプライベートで使ってもOKって? いいな、トップアイドル。私もなろうかな。いや、絶対ならないけど。
「っていうかライブがゲーム内ってどういうこと?」
「なんかゲーム内のドームでライブするんだって。チケットはゲーム内マネーでの販売で、アイドルへの給金はそのゲーム会社さんが利益に関係なく決まった額を払うらしいから、仮にチケットが売れなくても問題なし!」
今を生きるトップアイドルのライブでチケット売れないなんてありえないだろう。むしろ観客席無制限ライブのために数万のゲーム機買う人も多そうだし、ゲーム会社も上手いことを考えたものだね。でもサーバー落ちない? それともよほどの自信があるのだろうか。
「で、そのゲームってなに?」
「んー、なんて言ったっけ? あーそう、たしか————」
◇
「可愛いいいいいいいっ!! どうしよう私の妹が可愛すぎる。猫耳ふわふわ、ねえモフモフしていい? いいよね? するよ?」
「手ワキワキしないで。通報するよ?」
さて、やはりと言うべきかなんというか。幽玄の魔記章の世界、シーザの街の海辺で私と玲姉さんは落ち合っていた。
「まあ冗談はさておき、このゲーム世界のリアリティ凄いねぇ! 波の音、潮風の香り、砂の感触!」
「凄いよね。私も昨日同じこと思ってた」
なぜ玲姉さんが幽玄の魔紀章をプレイしているかと言えば、もちろんこのゲームこそが件のライブ会場となるゲームだからである。
ちなみに花恋はというと、成績がバレたためお勉強中である。南無三。せっかくだから一緒にしたい気持ちもあったが、花恋の「むー、私の方が玲ねえより先に誘ったのに!」と膨れていた顔がとても可愛かったので私的にはOKだ。花恋は友達にいじられるタイプだと思う。
「で、それが姉さんのプライベート用のアバター?」
「そうそう。可愛いでしょ?」
そう当然の確認のように聞いてくる玲姉さんは、私のアバターより二回りは大きな身長で、水色の外ハネショートヘア。色白で中世的な顔立ちだ。ちなみに胸が皆無なのは私とお揃いである。
「可愛い、というよりカッコいい、かな」
「そう? 可愛くない?」
んー……顔が整っているから、可愛いと言えば可愛いんだけど。
「可愛い、って印象よりもイケメンって印象の方が圧倒的に強いかなぁ」
「イケメンかぁ……うん。まあそれも悪くないね! ……イケボ、練習した方がいいかな」
後半急に声を低くした玲姉さんだが、正直なところ本気でイケボである。さすが声優より良い声のアイドルと言われているだけあると思う。
でも、いくらイケボであれそれが姉の声なら話は変わる。それに加えて声が耳に近かったせいか、ゾワりと猫耳の毛が逆立つのを感じ、私は思わず耳を抑えた。
「…………鳥肌立つから、私の前ではやめて」
「えー、酷いなぁ。……ところで優——じゃなくて、こっちだとグレイス?」
「あーうん。そうだよ。玲姉さんは……こっちでもレイ姉さんか」
玲姉さんのプレイヤーネームはレイネ。正しく呼べばレイネさんだが、まあレイ姉さんでいいと思う。
「んー、グレイスかぁ……」
「なに、人の名前に文句ある?」
「……ぐー……れーちゃん?」
「無理矢理キャッチーな呼び方考えてる!?」
「スー……イー……。うん、じゃあ、スイって呼ぶね」
「原型とどめてないじゃん」
グレイスだから、最後の二文字を反転してスイ。……うん。意味がわからないね。まあ好きに呼べばいい。
「で、スイは昨日から始めたんでしょ? 何かしてるの?」
「んー、焼き鳥食べて、横笛を買って、横笛を吹いて、着物とか買って……それくらい?」
あれ、思った以上に何もしてない。というか全部ゲームじゃなくてもできるのでは。
「笛って?」
「うん。ほらこれ」
着物の懐へと入れていた白い篠笛を取り出して見せる。
「おー、可愛い! ただでさえ可愛い猫耳ロリっ子が可愛い横笛を構える、まさに鬼に金棒だね!」
「でしょ?」
「うん! ……あれ、スイが可愛いを認めた。珍しい」
ああ、言われてみれば現実で可愛いと言われても絶対に認めないだろう。大きくて可愛くないし。
「そりゃあ、このアバターは可愛いと思って作ってるからね。だから服を最優先で買ったわけだし」
「ああ! それじゃあその着物って防具として強いからじゃなくて?」
「もちろん、見た目重視」
なんなら防具としての性能は見ずに購入したため知らない。今度気になったら見てみるつもりだ。気になる時が来るか分からないけど。
「そういえば私の今着てる服とかダサダサだもんね」
「そう、デフォルトの服がダサいの。せっかく素材が良いのに勿体ない! ……って思うでしょ?」
「その言葉をリアルのスイに何回言ったことか……」
「リアルの私可愛くないじゃん」
「私より可愛いよ?」
「180センチ近くある玲姉さんと比べないでよ……」
モデル体型な玲姉さんは、たしかに一般的な"可愛い"とはかけ離れている。しかし私もまた玲姉さんほどではなくとも身長が高い。なんなら玲姉さんと比べるとカッコいいとも言い難い。要するに中途半端なのだ。
「でもゲーム内とはいえスイが服に頓着してくれて嬉しいよ! 私も良い服買いたいなー」
「レイ姉さんはどんな格好したいとかあるの?」
「んー、騎士風の格好をしたいかな。ミュージカルみたいに歌いながら剣で戦いたい!」
なるほど。レイ姉さんらしい。
「それじゃあ……とりあえず先に武器見に行く?」
玲姉さんさん……萩村玲奈は、一言で言えば天才だ。やることなすこと大体できる。歌も上手いし踊りも踊れるし、なんなら語りもできる。それだけでなく、容姿端麗で頭脳明晰、学生の頃は主席が当たり前であった。加えて顔も広くて人望も厚いというとんでも超人。
そんな玲姉さんであるが、職業はなんと驚くなかれアイドルである。高校生の頃にアイドルとなり、それから僅か一年でメジャーデビュー。私はよく知らないけれど、界隈曰くとんでもなく凄いことらしい。
現在はトップアイドルユニット、『メリークラリス』のメンバーとして活動中であり、未だにファンも増え続けている。まさに今が旬のアイドルだ。
さて、そんな私の憧れであった玲姉さんが帰ってくるというのに、花恋が大変だと騒ぎ、私がどことない不安を感じているのには理由がある。……と言っても、なにも複雑怪奇な理由も無い。では何が理由かと言えば。
……やっぱり、怒られるかもなぁ
この思いだけである。
何をと言えば、まず花恋の方は成績だ。今年に入ってから数学の内容が苦手な範囲入ったらしく、加えて最近はゲームに感けていることもあってか成績が落ち込んでいるらしい。
花恋によれば、「それでも1桁だから……」とのことだけど、今まで1位争いをしていたところから一桁ギリギリになったとなればそれなりに下がっていそうだ。
一方で私は特に怒られるようなことは断じてしていない……が、不安の種はあるのだ。昨日家に届いたFUTUROSである。
怒られるかどうかは別として、私の口座から支払われた額は玲姉さんも把握しているだろう。今まで碌に趣味も持たずに生きてきた私がいきなり10万近く使ったのだ。何を買ったのか聞かれるくらいはするだろう。悪いことをした訳では無いにしても、やはり少しだけ不安を覚える。
――ピンポーン
と、考えていたところ2回目の呼び鈴が鳴り、私を思考の海から引き上げる。
「……まあ玲姉さんをこの熱い中で待たせるわけにもいかないし、玄関行こうか」
「そだね。……成績はバレないかもしれないし」
階段を下りて玄関の鍵へと手をやり隣の花恋に言う。
「……開けるよ?」
「うん、ばっちこい」
花恋の返事を聞いてから、ガチャリと鍵を回して扉を開く。
「おかえりなさ――」
「たっだいまーーー!! 会いたかったよ私の可愛い妹達っ!!」
途端、扉の向こうに待ち構えていた私より背丈もバストも大きい美少女が腕を広げて迫りくる。
……彼女こそ、件のトップアイドル玲姉さんだ。ちなみに自称シスコンである。
「ふぐっ」
「ぎゅーー!! 花恋大きくなったねー」
「んーーっ!! んーーっ!!」
私と花恋は左右にそれぞれ避けようと試みたが、花恋は避けきれず抱きつき魔の餌食となった。
玲姉さんの腕の中でもがく花恋は大きな胸に押し潰されておりだいぶ苦しそうだ。
相変わらず玲姉さんのハグは容赦がないね。花恋、君の犠牲は忘れないよ……。
それにしても、なぜこの人は毎回帰ってくるたびハグしてくるのだろうか。せめてこの暑い時期は勘弁してほしい。
と、それはさておき、なんだか花恋が死にそうなので止めに入る。
「おかえりなさい、玲姉さん。花恋が苦しそうだからそろそろ解放してあげ——っ!?」
「優もぎゅーーっ!!」
「んっ!? んーーっ!!」
しまった。初撃を避けたせいで油断していた。やばい。暑い。苦しい。巨乳に溺れる。花恋助け——
「……それで玲姉さん、どうしてこんなに突然帰ってきたの?」
花恋の助けにより20秒少々で抱きつき魔から解放された私は、キッチンで3人分のコーヒー……ミルクと砂糖マシマシ……を入れながら、リビングのソファに座った玲姉さんに尋ねた。
「うん。仕事が家からできるようになったから帰ってきたんだー。これからはまた一緒に暮らせるね!」
「……えっ、玲姉さんの仕事ってアイドルだよね? 家からできるの?」
片田舎の自宅でできるアイドルのお仕事ってなんだろう。……花恋が小さく「本当にアイドルだったの!?」と驚いていたのは気にしないことにする。
「ふっふっふ。それが家からできる仕事があるのだよ……あっ、カフェオレありがと」
「どういたしまして。それで?」
「うん。まあ簡単に言うと、暫くVドルとして活動することになったの」
Vドル……? ああ、Virtualアイドルのことか。
「そういえば最近よく聞くよねーVドル。でもどうして? メリクラって普通にリアルで人気沸騰中じゃん」
「うん。なんかね、ウチの事務所のスポンサーにVR関係の大手企業さんがいて、その関係で仕事が回ってきたみたい」
「えっ、でも他の仕事は? ほら、レギュラー番組とかあるでしょ」
たしかネットのARUFAテレビとかいう動画サイトで毎週のレギュラー番組があったはずである。
「そっちも大丈夫。Vドルとして活動する間は他の仕事もアバターで受けることになるからね」
「他の仕事も?」
「そうそう。なんかよく分からないんだけど、バーチャル世界と現実世界は別に存在するって考え方からしたら、『暫くバーチャル世界に行っているので』ってことでいい、みたいな?」
本当になんだかよく分からないけれど、まあきっとそういうことなんだと思う。
私はそんな風に考えつつコーヒー……玲姉さんにはカフェオレ判定されたけど……を片手に玲姉さんの隣に腰掛けた。
ズズっと啜ると口一杯に牛乳のクリーミーな味とお砂糖の甘味が広がる。ついでにコーヒーの香りが鼻から抜ける。うん、いつも通りのお味だ。
く
いつもの美味しさを再確認していると、花恋があれ? と声を上げた。
「でも玲ねえ、Vドルやる機材とかってあるの? 簡単なのでもVRはできるけど、流石に仕事ってなるともう少しちゃんとしたやついるんじゃない?」
たしかに。簡単なの……要するに頭に取り付けるだけのVRギアさえあれば良いのかもしれないけど、そもそも玲姉さんの荷物は斜め掛けの鞄が1つだけ。
いくらVRギアが他に比べて小さいと言っても頭に付けるものだ。その鞄に入るとはとても思えない。
「うん。その辺は今日のうちに家に届けてもらえる事になってるから大丈夫!」
「今日のうちに……って帰る日が分かってたならもう少し早く教えといてよ!」
そうだそうだー!と私も花恋の言葉に賛同する。玲姉さんはいつも帰ってくるのが突然すぎるのだ。
その時、ピンポーンと来客を知らせる音が鳴った。
「おっ、噂をすれば来たかな」
受話器に付いた画面を見れば、玄関先に小さな荷物を持った配達員の人が見えた。
「じゃあ受け取ってくるね。優は私の部屋の窓開けといて」
「あー、大きいの?」
「たぶん?」
「おっけー」
つい昨日に受け取ったフツロスのVIP機種みたいな大きい物なら、受取り票にサインをしてから配達用飛行ロボットにベランダや大きい窓から入れてもらうのが一般的。
玲姉さんの部屋は2階の突き当たり。ベランダが付いてるから窓を外したりしなくても余裕で入りそうだね。
私がベランダの窓を開ければ、すぐに大きな段ボールが括り付けられた飛行ロボットが上がってきた。
「オーライオーライ……ストップ」
部屋に荷物を入れてもらってから、ボタンを押して機体から荷を取り外す。
仕事を終えたロボットは入った窓から帰っていった。
「優。荷物の受け取りありがとねー。お礼にこれ上げちゃう」
私がリビングに戻ると、既に玲姉さんはソファに座っていた。
「お礼? これなに」
「お煎餅。よくライブの後とかに食べてたやつ。美味しいよ。花恋もどーぞ」
お礼ではなくただのお土産では……と思いつつも受け取り口にする。
……うん。普通に美味しい。ふんわりとお醤油の香りがして歯に力を入れるとバリっと割れる、オーソドックスなお煎餅だ。
「ところで玲姉さん。あのVR機だいぶ大きかったけど、もしかして凄いお高いやつ?」
「うーん。それなりって感じ? フツロスっていう20万くらいのやつ」
フツロス……あれ、私が買ったのと同じ?
「フツロスってゲーム機だよね?」
「うん。そもそも今回やることになったVドルとしてのライブがゲーム内なんだー。もちろん他番組用のVRスタジオにも繋げられるからアレ一台で問題無し。ついでに全部経費で落ちる上にアイドルとしてのアカウント以外にもう一つアバター作って個人的に遊んでもいいという好待遇!」
えっ、つまり私がお小遣いはたいて買ったゲーム機を玲姉さんはタダで貰ったと? しかもプライベートで使ってもOKって? いいな、トップアイドル。私もなろうかな。いや、絶対ならないけど。
「っていうかライブがゲーム内ってどういうこと?」
「なんかゲーム内のドームでライブするんだって。チケットはゲーム内マネーでの販売で、アイドルへの給金はそのゲーム会社さんが利益に関係なく決まった額を払うらしいから、仮にチケットが売れなくても問題なし!」
今を生きるトップアイドルのライブでチケット売れないなんてありえないだろう。むしろ観客席無制限ライブのために数万のゲーム機買う人も多そうだし、ゲーム会社も上手いことを考えたものだね。でもサーバー落ちない? それともよほどの自信があるのだろうか。
「で、そのゲームってなに?」
「んー、なんて言ったっけ? あーそう、たしか————」
◇
「可愛いいいいいいいっ!! どうしよう私の妹が可愛すぎる。猫耳ふわふわ、ねえモフモフしていい? いいよね? するよ?」
「手ワキワキしないで。通報するよ?」
さて、やはりと言うべきかなんというか。幽玄の魔記章の世界、シーザの街の海辺で私と玲姉さんは落ち合っていた。
「まあ冗談はさておき、このゲーム世界のリアリティ凄いねぇ! 波の音、潮風の香り、砂の感触!」
「凄いよね。私も昨日同じこと思ってた」
なぜ玲姉さんが幽玄の魔紀章をプレイしているかと言えば、もちろんこのゲームこそが件のライブ会場となるゲームだからである。
ちなみに花恋はというと、成績がバレたためお勉強中である。南無三。せっかくだから一緒にしたい気持ちもあったが、花恋の「むー、私の方が玲ねえより先に誘ったのに!」と膨れていた顔がとても可愛かったので私的にはOKだ。花恋は友達にいじられるタイプだと思う。
「で、それが姉さんのプライベート用のアバター?」
「そうそう。可愛いでしょ?」
そう当然の確認のように聞いてくる玲姉さんは、私のアバターより二回りは大きな身長で、水色の外ハネショートヘア。色白で中世的な顔立ちだ。ちなみに胸が皆無なのは私とお揃いである。
「可愛い、というよりカッコいい、かな」
「そう? 可愛くない?」
んー……顔が整っているから、可愛いと言えば可愛いんだけど。
「可愛い、って印象よりもイケメンって印象の方が圧倒的に強いかなぁ」
「イケメンかぁ……うん。まあそれも悪くないね! ……イケボ、練習した方がいいかな」
後半急に声を低くした玲姉さんだが、正直なところ本気でイケボである。さすが声優より良い声のアイドルと言われているだけあると思う。
でも、いくらイケボであれそれが姉の声なら話は変わる。それに加えて声が耳に近かったせいか、ゾワりと猫耳の毛が逆立つのを感じ、私は思わず耳を抑えた。
「…………鳥肌立つから、私の前ではやめて」
「えー、酷いなぁ。……ところで優——じゃなくて、こっちだとグレイス?」
「あーうん。そうだよ。玲姉さんは……こっちでもレイ姉さんか」
玲姉さんのプレイヤーネームはレイネ。正しく呼べばレイネさんだが、まあレイ姉さんでいいと思う。
「んー、グレイスかぁ……」
「なに、人の名前に文句ある?」
「……ぐー……れーちゃん?」
「無理矢理キャッチーな呼び方考えてる!?」
「スー……イー……。うん、じゃあ、スイって呼ぶね」
「原型とどめてないじゃん」
グレイスだから、最後の二文字を反転してスイ。……うん。意味がわからないね。まあ好きに呼べばいい。
「で、スイは昨日から始めたんでしょ? 何かしてるの?」
「んー、焼き鳥食べて、横笛を買って、横笛を吹いて、着物とか買って……それくらい?」
あれ、思った以上に何もしてない。というか全部ゲームじゃなくてもできるのでは。
「笛って?」
「うん。ほらこれ」
着物の懐へと入れていた白い篠笛を取り出して見せる。
「おー、可愛い! ただでさえ可愛い猫耳ロリっ子が可愛い横笛を構える、まさに鬼に金棒だね!」
「でしょ?」
「うん! ……あれ、スイが可愛いを認めた。珍しい」
ああ、言われてみれば現実で可愛いと言われても絶対に認めないだろう。大きくて可愛くないし。
「そりゃあ、このアバターは可愛いと思って作ってるからね。だから服を最優先で買ったわけだし」
「ああ! それじゃあその着物って防具として強いからじゃなくて?」
「もちろん、見た目重視」
なんなら防具としての性能は見ずに購入したため知らない。今度気になったら見てみるつもりだ。気になる時が来るか分からないけど。
「そういえば私の今着てる服とかダサダサだもんね」
「そう、デフォルトの服がダサいの。せっかく素材が良いのに勿体ない! ……って思うでしょ?」
「その言葉をリアルのスイに何回言ったことか……」
「リアルの私可愛くないじゃん」
「私より可愛いよ?」
「180センチ近くある玲姉さんと比べないでよ……」
モデル体型な玲姉さんは、たしかに一般的な"可愛い"とはかけ離れている。しかし私もまた玲姉さんほどではなくとも身長が高い。なんなら玲姉さんと比べるとカッコいいとも言い難い。要するに中途半端なのだ。
「でもゲーム内とはいえスイが服に頓着してくれて嬉しいよ! 私も良い服買いたいなー」
「レイ姉さんはどんな格好したいとかあるの?」
「んー、騎士風の格好をしたいかな。ミュージカルみたいに歌いながら剣で戦いたい!」
なるほど。レイ姉さんらしい。
「それじゃあ……とりあえず先に武器見に行く?」
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