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所長代理編 第五話「冥界征服計画」
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斡旋所の西の果て……一面真っ黒な世界に、ハデスが管理する地獄の斡旋所〈げへな〉はある。
夜のように見えるが、その空に月も星も存在しない。かわりに、建物の明かりが周囲を照らしていた。
外観は、派手なサーカスのテント。
大きく開け放たれた出入り口から、死者を乗せたタクシーがひっきりなしに出入りしている。
テントの周りには、居酒屋や出店が所狭しと並んでいる。
仕事終わりの火車タクシーや閻鳩タクシーの運転手たちの溜まり場となっていた。
☆
ステージのスポットライトが点灯する。
中央には、檻に入れられた死者が。
客席は閑散としており、客の代わりに無数のカメラが立ち、死者を撮影している。
カメラの映像はテントの外の居酒屋や出店へ送られ、待機中の運転手たちの娯楽となっていた。
「ようこそ、地獄の斡旋所〈げへな〉へ。これより、お前に裁定を下します」
憔悴しきったヘカテー、の姿をした人生トレーダーがうつろな目で、死者を見下ろす。声に覇気はなく、話し方も単調だ。
ハデスの趣味か、髪をツイテールにくくり、薄いピンクのロリータを着せられている。常に十機近い機器を操作し、いくつもの作業を同時にこなしていた。
片や、ハデスは客席の柱と柱にくくりつけたハンモックに寝そべっている。
サーカス団の団長のような衣装をまとっているが、芸をする気も働く気もない。遠隔から人生トレーダーを操作しつつ、転生した女神の様子をリアルタイムで鑑賞していた。
「な、何かの間違いだ! 俺たちが地獄行きなんて!」
「そうよ! 私たちはただ、二人で自由に生きていたかっただけなのに!」
檻の中に入れられた男女が泣き叫ぶ。
二人の周りを、三つの頭を持つ巨大な犬の怪物・ケルベロスがうろつく。ケルベロスは物欲しそうに、二人を見つめていた。
「個人識別番号:FFK-6317830977……前世名、ロミー・ダイナマイト。ならびに、個人識別番号:FFK-1099192977……前世名、ジュリー・ダイナマイト。罪状:窃盗、器物損壊、悪魔との契約、他多数。
特に、悪魔との契約は重罪です。よって、最下層『ブラックチェーン地獄』への転生および、宿業『生き別れの恋人』を科します」
ケルベロスは男女の間目掛けて、檻を真っ二つに裂く。
男女は別々の閻鳩タクシーに回収され、テントの外へ飛び去っていった。
「ジュリー! 行かないでくれ!」
「ロミー、待って! また離れ離れになるなんて、嫌ぁ!」
間を置かず、新たに死者が運ばれてくる。
今度は目つきの鋭い青年だった。不服そうに、人生トレーダーを睨みつけている。
「個人識別番号:FFK-4010100366……前世名、シン。罪状:殺人、経歴詐称、悪魔との契約、他多数」
「シンじゃねぇ! シン・ド・モレーだ! 俺は騎士として、国のために働いてやったんだぞ! それなのに、地獄ってどういう……」
「特に、悪魔との契約は重罪です。よって、最下層『闇鍋地獄』への転生および、宿業『特大ブーメラン』を科します」
「聞けよ、オイ!」
「「「ガウッ!」」」
「ひッ!」
文句を言う青年に、ケルベロスが一斉に吠える。
青年は腰を抜かして動けないまま、閻鳩タクシーに回収されていった。
続けて運ばれてきたのは、か弱そうな少年だった。
完全に正気を失い、檻に何度も頭をぶつけている。
「個人識別番号:Gh-5033111193……前世名、串焼きG。罪状:脱走、傷害、悪魔との契約。特に、悪魔との契約は重罪です。よって、串焼き地獄への再度転生を命じます」
「リセット……リセットさせてください……もう十分反省しましたから……」
人生トレーダーは首を横に振らされる。
「ダメです。悪魔と契約した以上、反省は認められません」
「た、頼むよぉ! 串焼き地獄だけはもう嫌なんだぁぁぁッ!」
少年は叫びながら、閻鳩タクシーに回収される。
終いには、「先生」と連呼していた。
☆
「……以前は何とも思いませんでしたが、趣味の悪い場所ですね」
檻に入れられた人生トレーダー、の姿をしたヘカテーが眉をひそめる。
ハデスが起き上がり、人生トレーダーの背後へ降り立った。
「素敵な場所、の間違いじゃないかい?」
飾り立てられた自身の姿に、ヘカテーの顔がさらに険しくなる。
「うげ……私の体に、なんつーカッコさせているんですか」
「だって、彼は人形なんだよ? 人形には、人形らしい格好をさせてあげなきゃ」
ハデスは宙に向かって、リモコンのスイッチを押す。
人生トレーダーから奪ったヘカテーの契約書と、無理矢理契約させられた時の映像が、空中に映し出した。客席のカメラが一斉に、映像を見上げる。
「君をここへ送り出した後で見つかった。君が強制的に人生トレーダーと契約させられた証拠だ。これにより、君は人生トレーダーの被害者で、本物のヘカテーだと認められた」
「だったら、早く元に戻してください。まぁ、今の彼を見ると、あまり戻りたいとは思えませんが」
人生トレーダーは正体が暴露されても、微動だにしない。多忙で、それどころではないらしい。
「それはできないかな。強制とはいえ、契約はしちゃっているからね。なので、僕のおつかいを頼まれてくれれば、この契約書は破棄しよう。人生トレーダー君には引き続き、僕の手足として働いてもらうけど」
人生トレーダーの顔が、さらに青ざめる。
ヘカテーは「好きにしてください」と素っ気なく返した。
「で、そのおつかいとは?」
ハデスはリモコンを操作し、映像を切り替える。
平凡そうな男子高生の顔と、彼と女神が親しげに下校する様子が映し出された。女神が人生トレーダーに人生を入れ替えられた際、彼女を守った青年だ。
「人生トレーダーとして、この少年の人生を奪ってきてほしい」
「はぁ?」
ヘカテーは呆れた。
たった今、「契約そのものが罪」と言われたばかりではないか。そもそも、彼は未来の転生者で、まだデータが存在しなかったはずだ。
それらの疑問に答えるように、ハデスは淡々と説明した。
「名前は、並木仙太郎。いたって平凡な男子高校生だが、生まれつき魔法が使える。前世も斡旋記録もないから、新たにデザインされた転生者だろうね。どうりで、データがないわけだ。
魔法が使えること以外はいたって普通だから、『どんな人生にもしてやれる』ってそそのかせば、簡単に釣れると思うよ。白紙の契約書なら、ここに山ほどあるし」
「なぜ、彼の人生を奪わなければならないのですか? 魔法を使える以外は、普通の人生なのですよね? わざわざ奪うほどの価値はないのでは?」
「正確にはもう一つ、特別なことがある。彼はね、ペルセポネの『運命の相手』なんだ」
途端に、ヘカテーの頭の中が真っ白になった。さすがにそれは聞き捨てならない。
「運、命……? この人が、お姉様の?」
ハデスは忌々しそうにうなずいた。
「そう! 僕だって、覚悟はしていたんだよ? 人生を体験している以上、ペルセポネが結婚する可能性もあるって! だけどさぁ、こんなフッツーの男にやるのは違うじゃん?! なんか、平凡仙人っぽいし! どうせ結ばれるなら、僕みたいなスパダリイケメンと結ばれてほしい!」
「スパ、ダリ……」
(……「スパゲッティを作るのもダリィくらい、仕事をしたくない神」の間違いでしょうか?)
ヘカテーは悩んだ。
姉である女神が選んだ相手なら、誰であれお祝いしたい。
だが、このおつかいを達成しなければ、ヘカテーは人生トレーダーの罪を背負わされ、処罰されるだろう。元の神に戻れるのは、いつになるかは分からない。斡旋所も、ハデスに奪われたままだ。
そして人生トレーダーとして、永久に生き続けることになる。「妹として、ペルセポネお姉様と対面する」という、ささやかな夢も永遠に叶わない。
悩んだ末、ヘカテーは並木を犠牲にすると決めた。
(ごめんなさい、並木なんとか様。私にとって、お姉様は最も大切な存在なのです。一刻も早く元の姿を取り戻し、お姉様が大切になさっている斡旋所と平凡仙人様を取り返さなくては)
夜のように見えるが、その空に月も星も存在しない。かわりに、建物の明かりが周囲を照らしていた。
外観は、派手なサーカスのテント。
大きく開け放たれた出入り口から、死者を乗せたタクシーがひっきりなしに出入りしている。
テントの周りには、居酒屋や出店が所狭しと並んでいる。
仕事終わりの火車タクシーや閻鳩タクシーの運転手たちの溜まり場となっていた。
☆
ステージのスポットライトが点灯する。
中央には、檻に入れられた死者が。
客席は閑散としており、客の代わりに無数のカメラが立ち、死者を撮影している。
カメラの映像はテントの外の居酒屋や出店へ送られ、待機中の運転手たちの娯楽となっていた。
「ようこそ、地獄の斡旋所〈げへな〉へ。これより、お前に裁定を下します」
憔悴しきったヘカテー、の姿をした人生トレーダーがうつろな目で、死者を見下ろす。声に覇気はなく、話し方も単調だ。
ハデスの趣味か、髪をツイテールにくくり、薄いピンクのロリータを着せられている。常に十機近い機器を操作し、いくつもの作業を同時にこなしていた。
片や、ハデスは客席の柱と柱にくくりつけたハンモックに寝そべっている。
サーカス団の団長のような衣装をまとっているが、芸をする気も働く気もない。遠隔から人生トレーダーを操作しつつ、転生した女神の様子をリアルタイムで鑑賞していた。
「な、何かの間違いだ! 俺たちが地獄行きなんて!」
「そうよ! 私たちはただ、二人で自由に生きていたかっただけなのに!」
檻の中に入れられた男女が泣き叫ぶ。
二人の周りを、三つの頭を持つ巨大な犬の怪物・ケルベロスがうろつく。ケルベロスは物欲しそうに、二人を見つめていた。
「個人識別番号:FFK-6317830977……前世名、ロミー・ダイナマイト。ならびに、個人識別番号:FFK-1099192977……前世名、ジュリー・ダイナマイト。罪状:窃盗、器物損壊、悪魔との契約、他多数。
特に、悪魔との契約は重罪です。よって、最下層『ブラックチェーン地獄』への転生および、宿業『生き別れの恋人』を科します」
ケルベロスは男女の間目掛けて、檻を真っ二つに裂く。
男女は別々の閻鳩タクシーに回収され、テントの外へ飛び去っていった。
「ジュリー! 行かないでくれ!」
「ロミー、待って! また離れ離れになるなんて、嫌ぁ!」
間を置かず、新たに死者が運ばれてくる。
今度は目つきの鋭い青年だった。不服そうに、人生トレーダーを睨みつけている。
「個人識別番号:FFK-4010100366……前世名、シン。罪状:殺人、経歴詐称、悪魔との契約、他多数」
「シンじゃねぇ! シン・ド・モレーだ! 俺は騎士として、国のために働いてやったんだぞ! それなのに、地獄ってどういう……」
「特に、悪魔との契約は重罪です。よって、最下層『闇鍋地獄』への転生および、宿業『特大ブーメラン』を科します」
「聞けよ、オイ!」
「「「ガウッ!」」」
「ひッ!」
文句を言う青年に、ケルベロスが一斉に吠える。
青年は腰を抜かして動けないまま、閻鳩タクシーに回収されていった。
続けて運ばれてきたのは、か弱そうな少年だった。
完全に正気を失い、檻に何度も頭をぶつけている。
「個人識別番号:Gh-5033111193……前世名、串焼きG。罪状:脱走、傷害、悪魔との契約。特に、悪魔との契約は重罪です。よって、串焼き地獄への再度転生を命じます」
「リセット……リセットさせてください……もう十分反省しましたから……」
人生トレーダーは首を横に振らされる。
「ダメです。悪魔と契約した以上、反省は認められません」
「た、頼むよぉ! 串焼き地獄だけはもう嫌なんだぁぁぁッ!」
少年は叫びながら、閻鳩タクシーに回収される。
終いには、「先生」と連呼していた。
☆
「……以前は何とも思いませんでしたが、趣味の悪い場所ですね」
檻に入れられた人生トレーダー、の姿をしたヘカテーが眉をひそめる。
ハデスが起き上がり、人生トレーダーの背後へ降り立った。
「素敵な場所、の間違いじゃないかい?」
飾り立てられた自身の姿に、ヘカテーの顔がさらに険しくなる。
「うげ……私の体に、なんつーカッコさせているんですか」
「だって、彼は人形なんだよ? 人形には、人形らしい格好をさせてあげなきゃ」
ハデスは宙に向かって、リモコンのスイッチを押す。
人生トレーダーから奪ったヘカテーの契約書と、無理矢理契約させられた時の映像が、空中に映し出した。客席のカメラが一斉に、映像を見上げる。
「君をここへ送り出した後で見つかった。君が強制的に人生トレーダーと契約させられた証拠だ。これにより、君は人生トレーダーの被害者で、本物のヘカテーだと認められた」
「だったら、早く元に戻してください。まぁ、今の彼を見ると、あまり戻りたいとは思えませんが」
人生トレーダーは正体が暴露されても、微動だにしない。多忙で、それどころではないらしい。
「それはできないかな。強制とはいえ、契約はしちゃっているからね。なので、僕のおつかいを頼まれてくれれば、この契約書は破棄しよう。人生トレーダー君には引き続き、僕の手足として働いてもらうけど」
人生トレーダーの顔が、さらに青ざめる。
ヘカテーは「好きにしてください」と素っ気なく返した。
「で、そのおつかいとは?」
ハデスはリモコンを操作し、映像を切り替える。
平凡そうな男子高生の顔と、彼と女神が親しげに下校する様子が映し出された。女神が人生トレーダーに人生を入れ替えられた際、彼女を守った青年だ。
「人生トレーダーとして、この少年の人生を奪ってきてほしい」
「はぁ?」
ヘカテーは呆れた。
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それらの疑問に答えるように、ハデスは淡々と説明した。
「名前は、並木仙太郎。いたって平凡な男子高校生だが、生まれつき魔法が使える。前世も斡旋記録もないから、新たにデザインされた転生者だろうね。どうりで、データがないわけだ。
魔法が使えること以外はいたって普通だから、『どんな人生にもしてやれる』ってそそのかせば、簡単に釣れると思うよ。白紙の契約書なら、ここに山ほどあるし」
「なぜ、彼の人生を奪わなければならないのですか? 魔法を使える以外は、普通の人生なのですよね? わざわざ奪うほどの価値はないのでは?」
「正確にはもう一つ、特別なことがある。彼はね、ペルセポネの『運命の相手』なんだ」
途端に、ヘカテーの頭の中が真っ白になった。さすがにそれは聞き捨てならない。
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ハデスは忌々しそうにうなずいた。
「そう! 僕だって、覚悟はしていたんだよ? 人生を体験している以上、ペルセポネが結婚する可能性もあるって! だけどさぁ、こんなフッツーの男にやるのは違うじゃん?! なんか、平凡仙人っぽいし! どうせ結ばれるなら、僕みたいなスパダリイケメンと結ばれてほしい!」
「スパ、ダリ……」
(……「スパゲッティを作るのもダリィくらい、仕事をしたくない神」の間違いでしょうか?)
ヘカテーは悩んだ。
姉である女神が選んだ相手なら、誰であれお祝いしたい。
だが、このおつかいを達成しなければ、ヘカテーは人生トレーダーの罪を背負わされ、処罰されるだろう。元の神に戻れるのは、いつになるかは分からない。斡旋所も、ハデスに奪われたままだ。
そして人生トレーダーとして、永久に生き続けることになる。「妹として、ペルセポネお姉様と対面する」という、ささやかな夢も永遠に叶わない。
悩んだ末、ヘカテーは並木を犠牲にすると決めた。
(ごめんなさい、並木なんとか様。私にとって、お姉様は最も大切な存在なのです。一刻も早く元の姿を取り戻し、お姉様が大切になさっている斡旋所と平凡仙人様を取り返さなくては)
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