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所長代理編 第三話「暗殺騎士〈Lv999の騎士(ナイト)が、非合法職の暗殺者(アサシン)Lv1に強制ジョブチェンジ?!〉」

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 その時、

『ちょっといいか?』

 と、小鳥がしゃべった。可愛らしい見た目とはかけ離れた、男の声だった。

「しゃべった!」

「怖っ!」

「き、きっと隠しキャラなんじゃない?」

 驚く三人に対し、小鳥はきわめて冷静に話しかけてきた。

『こちらは、異世界転生斡旋所とりっぷ。お客様方の現状について、説明に参りました』

「だったら、女神を出せ! あの女が全ての元凶だろ?!」

『やったのは女神じゃない。人生トレーダーという悪魔のしわざだ。女神は事情があって、今はいないんだよ』


     ☆


 平凡仙人はとりっぷくんを通じ、三人に現状を説明した。

 自分は斡旋所の代理所長であること。
 三人を助けるため、使い魔である小鳥(とりっぷくん)を向かわせたこと。

 三人は人生トレーダーによって、強制的に他の転生者の人生と入れ替えられたこと。相手の転生者は地獄の住人で、「人生を入れ替えて欲しい」と悪魔に望んだ、契約者であること。
 元の職業に戻るには、悪魔と契約者が交わした「契約書」を破棄しなくてはならないこと。そちらは現在、悪魔退治の「専門家」が捜索中であること。

 ただ、契約書の破棄がいつになるかは分からないこと。
 数分後かもしれないし、何十年後かもしれない。最悪、一生入れ替わったまま、人生を終える可能性もある。

『もし、待つのが耐えられないなら、今すぐ再転生も可能だ。特例で、無条件での安楽死を選べる』

「非合法職になっていた間の、転生ポイントはどうなるの? 私たち、好きで違法行為してたんじゃないんだけど」

「オレは結構楽しかったけどな」

「だまらっしゃい!」

「いでッ!」

『……非合法職への転職後のポイント変動は無効にできる。その場合、転生前のポイントと、転職前までのポイントが合算されるから、今回の転生より上のプランを提案できるはずだ』

 三人とって、悪くない話だった。
 このまま生きたところで、日陰者として追われ続けるだけだろう。

『どうする? 今すぐ転生するか?』

 平凡仙人の問いに、三人は即答した。

「しない。俺には養わなくちゃならない、妹がいるんだ。今、俺がいなくなったら、あいつは学校をやめることになる」

「私も、しない。差し押さえられたお店を取り戻したいの。私がいない間に、他の人の手に渡ったら嫌だし」

「オレもしないかなー。FFKで幻の財宝を手に入れるって野望、まだ叶えてないからさ。盗賊のほうが身体能力高いし、鑑定士だったら行けなかった場所も、今なら調査できるかもな」

『……分かった。こいつ、とりっぷくんは置いていく。気が変わったら、呼んでくれ』

 平凡仙人は一旦、通信を切る。
 とりっぷくんは「ピリリ」と鳴くばかりで、それきり話さなくなった。

「そういうわけだから、仕事が見つかるまでこのまま厄介になってもいいだろうか?」

 おずおずとたずねるキシダに、トゥーラとロビンは「もちろん」と頷いた。

「最初からそのつもりよ。ついでに、裏社会のルールとか暗殺者ギルドのこととか、いろいろ教えてあげる。何も知らずに裏社会に踏み込むなんて、死にに行くようなものだもの」

「まずはスリのやり方からな! 貴族や金持ちが出没しやすい場所は……」

「それは教えなくていい」


     ☆


「キシダ様たち、大丈夫でしょうか?」

 心配するヘカテーに、平凡仙人は「なんとかなるさ」と励ました。

「あいつらは前世でも、逆境をやり過ごしてきたんだ。しかも、今回は同じ境遇の仲間までいる。案外、いいチームかもな」

 その後、キシダはトゥーラとロビンと共に各地を逃げまわった。

 妹に仕送りするため、暗殺者の仕事も(不本意ながら)請け負った。
 元々センスがあったらしく、一年はかかる基礎修行を、日帰りで終えてしまった。稽古をつけてくれた先輩暗殺者は「騎士に戻るなんてもったいない」と惜しんでいた。

 請け負うといっても、心まで捨てる気はなく、暗殺対象は「悪人」に限定した。
 本当に悪人かどうか、調査は入念におこなった。救いようのある悪人ならば見逃し、逆に依頼人に非があった場合は、躊躇なく切り捨てた。
 時には、トゥーラとロビンの助けを借りることもあった。また、彼らに求められれば、キシダも力を貸した。

 いつしか三人は裏から世界を救うダークヒーローとして、市民から人気を得ていった。


     ☆


「団長。やっぱり、ナイトってフィリップ隊長なんじゃないですか?」

 本部で待機中だったキシダの元部下は、団長にたずねた。団長は玄関ホールのソファで、のんきに新聞を広げていた。
 部下の言うとおり、「夜」はキシダのコードネームである。ちなみにトゥーラは「栗鼠スクワロル」、ロビンは「ニンジャ」と名乗っている。

 団長は素知らぬ顔で「さぁ?」と聞き流した。

「さぁ? って、気にならないんですか? 『夜』のおかげで、今まで悪人どもがひた隠しにしてきた犯罪が、次々に表へ出てきたんですよ? 暗殺者じゃなかったら、表彰したいくらい」

「えぇ。私もそう思います」

「え?」

 団員は冗談のつもりだったが、団長の顔は真剣そのものだった。

「彼は騎士団では裁ききれない悪と戦うために、暗殺者に転職したのかもしれません。もし、本当にそうだったとしたら、そのような選択を取らせてしまった、私にこそ責任があるのではないでしょうか?」

「団長……」

 そこへ「ただいま戻りましたー!」と、耳障りな声が飛んできた。
 扉が開き、十代後半くらいの年若い騎士がホールへ足を踏み入れる。彼はかたわらに、両手を後ろで縛られた女学生を連れていた。

 その場にいた騎士たちは女学生を見て、どよめいた。

「シン! その子はフィリップ隊長の妹さんじゃないか!」

「いったい何が……?!」

「と、とにかく、早く拘束を解かないと!」

 騎士たちはキシダの妹を保護しようと、駆け寄る。
 ところが、

「何言ってんすか、先輩方?」

 と、シンは彼らに剣を向けた。

「こいつは犯罪者の身内っすよ? おびき寄せるのに、最適じゃないっすか」

「おびき寄せるって、誰を?」

「もちろん、『夜』ですよ。たしか暗殺者になってからも、仕送りを続けているんすよね? 期日までに出頭しねーと処刑するって脅したら、あっさりお縄につくんじゃないっすか?」

 シンはケラケラと笑う。
 静まり返った玄関ホールに、彼の笑い声だけが不気味に反響した。

 彼は、シン・ド・モレー。
 キシダと入れ替わるように騎士団に加入した、新人騎士である。
 キシダの後任として着任したものの、各地で過剰な断罪や刑罰を繰り返し、問題になっていた。

 ……というのは、騎士としての彼の経歴。
 本当の彼は、裏社会で生まれ育った、「暗殺者」だった。
 物心ついたときから薄給で雇われ、暗殺をさせられていた。騎士になってから粛正していた悪人は、当時の雇用主や依頼人である。

 そう……彼こそが、キシダの人生を奪った、人生トレーダーの契約者だった。

 シンは「合法的に他人を痛めつけられる」という理由で、キシダから「騎士」のジョブを奪った。
 そして、何食わぬ顔で「怪我で休職中だった騎士」と身分を偽り、テンプク騎士団へ潜り込んだのだ。

「勝手なこと言わないで! お兄ちゃんは『夜』なんかじゃないわ!」

 キシダの妹は震えながら、シンを睨みつける。
 彼女は、兄が暗殺者に転職したことを知らない。団長と部下も「隊長は辺境へ移動になった」と説明した。

 何も知らないキシダの妹を、シンは冷たく見下ろし、ケラケラとあざ笑った。

「健気だねぇ。いつまで、そんな口をきいていられるかな?」

 キシダの妹は恐怖で青ざめる。

 ……シン以外の騎士たちは思った。

(あいつ、フィリップ隊長と入れ替わってくれないかな)

 と。
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