上 下
69 / 94
所長代理編 第二話「女神と人生トレーダー」

しおりを挟む
 鉄串を持った人々は、女神にジリジリとにじり寄る。
 女神は体調がすぐれないのか、顔はほてり、息も絶え絶えだった。

「で、俺たちは何をすればいい?」

「ん? よ?」

「は?」

 ハデスは「だって、しょうがないじゃん?」と肩をすくめた。

「冥界の住人は、生者の人生に干渉してはならない。たとえ、入れ替えられた人生でも、だ。あとはに任せて、見守るしかないよ」

「専門家?」

「悪魔退治の専門家さ。不当な契約書の抹消も担っている。契約者の居場所は教えたし、そのうち元に戻るっしょ」

「もし、間に合わなかったら?」

「ペルセポネの人生体験はおしまい。彼女がつらい目に遭うのは僕もつらいけど、戻る期間が早まるなら、むしろ歓迎だね」

「ふざけないでください! そんなむごい死に方、お姉様にふさわしくありません!」

 ヘカテーがハデスにくってかかる。
 ハデスもヘカテーの気持ちが分かるのか、おとなしくサンドバッグに徹していた。

 当然ながら、平凡仙人も動けない。
 今さらとりっぷくんを向かわせたところで、女神を守れるはずもないだろう。

(女神、どうにか持ちこたえてくれ)

 平凡仙人は画面越しに女神を見守りつつ、彼女の無事を祈った。


     ☆


 その時、女神と同い年くらいの男子高校生が人混みを乗り越え、乱入した。どこにでもいそうな、普通の青年だ。

 男子高校生は女神を背に、物差しを杖のように振るう。
 すると、物差しから銀色の粒子が放たれ、鉄串を持った人々へ降り注いだ。粒子を浴びた彼らは気を失い、その場で倒れた。

 続けて、男子高校生は女神の額に手をかざした。
 ボウっと手が水色に発光する。しだいに、女神の顔色が良くなっていった。

「平気か?」

「えぇ。助かりました」

「状況がよく分からんが、今のうちにここを離れよう」

 二人は手を取り、その場から離れる。
 ずいぶん仲がいいらしく、特に女神は男子高校生を信頼しきっている様子だった。

「魔法使いか。現代日本にもいるんだな」

「キィィーッ! 誰だい、この男! ヘカテー、コイツのデータをお出し!」

 ハデスはジェラシー剥き出しで、袖をかむ。
 ヘカテーは慌ててタブレットを操作するが、「ダメです」と首を横に振った。

「データが存在しません。おそらく今後、来所する予定の転生者かと」

「来たら、すぐに呼びたまえ! ペルセポネを守ったのはグッジョブだが、彼女と特別な仲になることだけは許さん!」

「過保護だなぁ」

 口ではハデスに呆れつつも、平凡仙人も男子高校生のことが気になっていた。

 彼が助けに現れた瞬間の、女神の顔。
 彼と手を取り、走り去る女神の顔。

 女神があれほど信頼を寄せる相手は、今までいなかった。

(誰だよ、そいつ……ってか? 良かったじゃねぇか、女神が無事で)

 胸の奥がチクリとした。


    ☆


 人生トレーダーが地獄へ戻ってくると、ゴーシェは屋台の裏にある森で、ゴブリン達に追われていた。
 すれ違いざま、ゴーシェと目が合う。

「先生の嘘つき! 普通の人生を送らせてくれるって約束したのに!」

 そのままゴーシェは走り去り、ゴブリン達も後を追いかける。ゴブリンには人生トレーダーの姿は見えていない。

 普通の人生とはかけ離れた状況に、人生トレーダーも「おや?」と首をひねった。

「あの様子では、女神の権能までは奪えなかったようだな。その上、せっかく人生を入れ替えてやったというのに、さほど状況は変わっていない。この異世界そのものが地獄だからか?」

 たしかに、ゴーシェの人生は女神の人生と入れ替わった。
 だが、彼には「普通の人生」では足りなかった。今、彼が送っているのは、地獄基準の普通の人生だった。チート級の人生でなければ、ゴーシェは救われない。

「ありがとう、ゴーシェ君。君のおかげでまたひとつ、勉強になったよ。私は他の神を探しに行くが、君はそのまま死んでくれ。君の死は無駄にはしない……後で、君の魂を美味しくいただかせてもらうよ」

 人生トレーダーは舌舐めずりし、馬車へ乗り込む。
 扉を閉めようとした直前、

「待ちにゃあ」

「ッ!」

 扉の隙間から、炎をまとった日本刀が襲いかかった。
 人生トレーダーは寸前で身を引き、よける。反対側の扉から脱出し、空へ浮かび上がった。

 日本刀の持ち主も後を追い、高く跳び上がる。
 猫耳つきの三毛猫柄フードを被った、ブレザーの女子だった。スカートには三毛猫の尻尾までついている。

 三毛猫コーデの女子は金色の瞳をらんらんと輝かせ、人生トレーダーに向かって日本刀を振りかぶった。黒猫タクシーや火車タクシーの運転手と同じ、猫顔だった。

「チッ。思ったより来るのが早いな」

 人生トレーダーはやむなく、ゴーシェと女神の名前が書かれた契約書を、女子の目の前で捨てる。
 三毛猫コーデの女子は反射的に、刀で契約書を切った。契約書は燃え上がり、炭の一欠片も残すことなく、消え去った。

 その一瞬の隙に、人生トレーダーは飛んできた馬車へ乗り込んだ。
 今度は少しの猶予も与えず、馬車は姿をくらました。

「あちゃあ、あかんかったにゃ。あと少しで仕留められるとこにゃったのに。また"はですさま"に、どえにゃあ叱られるだわ」

 森からゴーシェの悲鳴が響く。どうやら、ゴブリンに捕まったらしい。
 契約書が燃え尽きた今、彼を待っているのはさらなる地獄だけだ。悪魔と契約した分、ペナルティも加算されているだろう。来世も地獄かもしれない。

 三毛猫コーデの女子は悲鳴を無視し、地獄から別の異世界へワープした。



〈第三話へつづく〉
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ご期待に沿えず、誠に申し訳ございません

野村にれ
恋愛
人としての限界に達していたヨルレアンは、 婚約者であるエルドール第二王子殿下に理不尽とも思える注意を受け、 話の流れから婚約を解消という話にまでなった。 ヨルレアンは自分の立場のために頑張っていたが、 絶対に婚約を解消しようと拳を上げる。

小さな大魔法使いの自分探しの旅 親に見捨てられたけど、無自覚チートで街の人を笑顔にします

藤なごみ
ファンタジー
※2024年10月下旬に、第2巻刊行予定です  2024年6月中旬に第一巻が発売されます  2024年6月16日出荷、19日販売となります  発売に伴い、題名を「小さな大魔法使いの自分探しの旅~親に見捨てられたけど、元気いっぱいに無自覚チートで街の人を笑顔にします~」→「小さな大魔法使いの自分探しの旅~親に見捨てられたけど、無自覚チートで街の人を笑顔にします~」 中世ヨーロッパに似ているようで少し違う世界。 数少ないですが魔法使いがが存在し、様々な魔導具も生産され、人々の生活を支えています。 また、未開発の土地も多く、数多くの冒険者が活動しています この世界のとある地域では、シェルフィード王国とタターランド帝国という二つの国が争いを続けています 戦争を行る理由は様ながら長年戦争をしては停戦を繰り返していて、今は辛うじて平和な時が訪れています そんな世界の田舎で、男の子は産まれました 男の子の両親は浪費家で、親の資産を一気に食いつぶしてしまい、あろうことかお金を得るために両親は行商人に幼い男の子を売ってしまいました 男の子は行商人に連れていかれながら街道を進んでいくが、ここで行商人一行が盗賊に襲われます そして盗賊により行商人一行が殺害される中、男の子にも命の危険が迫ります 絶体絶命の中、男の子の中に眠っていた力が目覚めて…… この物語は、男の子が各地を旅しながら自分というものを探すものです 各地で出会う人との繋がりを通じて、男の子は少しずつ成長していきます そして、自分の中にある魔法の力と向かいながら、色々な事を覚えていきます カクヨム様と小説家になろう様にも投稿しております

聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨
ファンタジー
コミックシーモア電子コミック大賞2025ノミネート! 11/30まで投票宜しくお願いします……!m(_ _)m ――小説3巻&コミックス1巻大好評発売中!――【旧題:聖女の姉ですが、国外逃亡します!~妹のお守りをするくらいなら、腹黒宰相サマと駆け落ちします!~】 12.20/05.02 ファンタジー小説ランキング1位有難うございます! 双子の妹ばかりを優先させる家族から離れて大学へ進学、待望の一人暮らしを始めた女子大生・十河怜菜(そがわ れいな)は、ある日突然、異世界へと召喚された。 召喚させたのは、双子の妹である舞菜(まな)で、召喚された先は、乙女ゲーム「蘇芳戦記」の中の世界。 国同士を繋ぐ「転移扉」を守護する「聖女」として、舞菜は召喚されたものの、守護魔力はともかく、聖女として国内貴族や各国上層部と、社交が出来るようなスキルも知識もなく、また、それを会得するための努力をするつもりもなかったために、日本にいた頃の様に、自分の代理(スペア)として、怜菜を同じ世界へと召喚させたのだ。 妹のお守りは、もうごめん――。 全てにおいて妹優先だった生活から、ようやく抜け出せたのに、再び妹のお守りなどと、冗談じゃない。 「宰相閣下、私と駆け落ちしましょう」 内心で激怒していた怜菜は、日本同様に、ここでも、妹の軛(くびき)から逃れるための算段を立て始めた――。 ※ R15(キスよりちょっとだけ先)が入る章には☆を入れました。 【近況ボードに書籍化についてや、参考資料等掲載中です。宜しければそちらもご参照下さいませ】

悪意か、善意か、破滅か

野村にれ
恋愛
婚約者が別の令嬢に恋をして、婚約を破棄されたエルム・フォンターナ伯爵令嬢。 婚約者とその想い人が自殺を図ったことで、美談とされて、 悪意に晒されたエルムと、家族も一緒に爵位を返上してアジェル王国を去った。 その後、アジェル王国では、徐々に異変が起こり始める。

【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った

五色ひわ
恋愛
 辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。真実を確かめるため、アメリアは3年ぶりに王都へと旅立った。 ※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話

装備製作系チートで異世界を自由に生きていきます

tera
ファンタジー
※まだまだまだまだ更新継続中! ※書籍の詳細はteraのツイッターまで!@tera_father ※第1巻〜7巻まで好評発売中!コミックス1巻も発売中! ※書影など、公開中! ある日、秋野冬至は異世界召喚に巻き込まれてしまった。 勇者召喚に巻き込まれた結果、チートの恩恵は無しだった。 スキルも何もない秋野冬至は一般人として生きていくことになる。 途方に暮れていた秋野冬至だが、手に持っていたアイテムの詳細が見えたり、インベントリが使えたりすることに気づく。 なんと、召喚前にやっていたゲームシステムをそっくりそのまま持っていたのだった。 その世界で秋野冬至にだけドロップアイテムとして誰かが倒した魔物の素材が拾え、お金も拾え、さらに秋野冬至だけが自由に装備を強化したり、錬金したり、ゲームのいいとこ取りみたいな事をできてしまう。

異世界ゆるり紀行 ~子育てしながら冒険者します~

水無月 静琉
ファンタジー
神様のミスによって命を落とし、転生した茅野巧。様々なスキルを授かり異世界に送られると、そこは魔物が蠢く危険な森の中だった。タクミはその森で双子と思しき幼い男女の子供を発見し、アレン、エレナと名づけて保護する。格闘術で魔物を楽々倒す二人に驚きながらも、街に辿り着いたタクミは生計を立てるために冒険者ギルドに登録。アレンとエレナの成長を見守りながらの、のんびり冒険者生活がスタート! ***この度アルファポリス様から書籍化しました! 詳しくは近況ボードにて!

異世界転生したらよくわからない騎士の家に生まれたので、とりあえず死なないように気をつけていたら無双してしまった件。

星の国のマジシャン
ファンタジー
 引きこもりニート、40歳の俺が、皇帝に騎士として支える分家の貴族に転生。  そして魔法剣術学校の剣術科に通うことなるが、そこには波瀾万丈な物語が生まれる程の過酷な「必須科目」の数々が。  本家VS分家の「決闘」や、卒業と命を懸け必死で戦い抜く「魔物サバイバル」、さらには40年の弱男人生で味わったことのない甘酸っぱい青春群像劇やモテ期も…。  この世界を動かす、最大の敵にご注目ください!

処理中です...