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所長代理編 第一話「黒猫タクシーと亡霊少年」

オマケ:神様志望その①「常に変化を」選択肢②後編

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 千年という月日は、ペンソルがわずらわしく思っていた、全てを取り去った。

 跡継ぎのペンソルが死んだことで、ヴラドヴァルド家は没落した。
 屋敷は廃墟と化し、近づく者は誰もいない。

 ペンソルは昼間は薄暗い屋敷で過ごし、夜は動物の血を求め、森をさまよった。
 わずらわしかった人間関係からは解放されたものの、毎日同じことの繰り返しでつまらない。あんなに嫌だったパーティや家族知人すらも、恋しかった。


     ☆


 ある日、人間の少女が屋敷に迷い込んだ。
 少女は堂々とした態度で、ペンソルに見つかっても逃げようとはしなかった。

「ここ、おじさんのお家? 広いのね。一人で住んでるの? 部屋、余ってる?」

「まぁ、余ってるけど……」

「じゃあ、一人くらい増えたって問題ないわね。あたし、モニカ。今日からよろしく」

 少女は孤児だった。火事で家と両親を同時に失い、行き場がないらしい。
 ペンソルは仕方なく、少女を屋敷に住まわせた。

「ただし、貸すのは家だけだ。必要なものは自分で取ってきなさい」

「分かったー」

 少女は森でいろんなものを拾ってきた。
 食べられる木の実、果物、水……それから、瀕死のオオカミ男も。

「ワンちゃん拾ったー」

「いや、どう見てもオオカミ男……」

「ワンちゃんだよ」

「わ……ワンちゃんでもなんでもいいから助けてくれ」

「しゃ、しゃべったぁぁぁ!!!」

 オオカミ男は人間の狩人に一族を皆殺しされ、命からがら逃げてきたらしい。
 追っ手をまくため、しばらく屋敷に住まわせることになった。満月の夜以外は人間の姿だったが、少女はオオカミ男を犬のように可愛がった。

 オオカミ男をキッカケに、住処を失った魔物達が続々と屋敷を訪れるようになった。

 仕事を失ったガイコツの使用人達。
 森を焼かれた妖精とエルフの姫。
 漁船の網にかかり、見せ物小屋に売られる寸前だった人魚。
 ふとした拍子に蘇生し、博物館から脱走してきたミイラ男。
 研究所を壊滅させ、森を徘徊していたフランケンシュタインの怪物。
 魔物が集まる屋敷のウワサをききつけ、退治しにきた聖職者(魔物達が本当に人間を襲う意思がないかどうか見張るため、居候中)。
 その他、大勢。

 新たな住処を見つけ出て行った魔物もいるが、大半は「居心地がいい」と居座り続けた。
 今ではルームシェアをしなければ部屋が足らないほど、たくさんの魔物が住んでいる。

「あたし、ここに来て良かった。本当はずっと一人でさびしかったの。きっと、他のみんなも同じだと思う」

 ある時、モニカがしみじみと言った。
 ペンソルも同じ気持ちだった。彼らと過ごす日々は、毎日が発見の連続だ。見ていて飽きない。
 人でこそないが、理想的な人間関係だった。


     ☆


 晩餐会の後、「ごめんくださーい」と何者かが訪ねてきた。
 手が空いていたペンソルがドアを開くと、いきなりフラッシュを浴びせられた。思わず顔を背ける。
 そこには、いかにもオタッキーな人間の青年が立っていた。ニヤニヤと笑いながら、ペンソルにカメラを向けている。

「うははっ! ホントに住んでら!」

「何だい、君は! いきなり写真を取るなんて、失礼じゃないか!」

「すいませんねぇ。俺、こう見えて作家なんですよぉ。だからぜひ、お宅を取材させてもらえないかなーって」

「取材?」

「ここ、魔物がうじゃうじゃいるってウワサになってるんですよぉ。ちょっと前までは廃墟だったのに、きれいに改修されてるし。お兄さんも魔物なんでしょ? なんの魔物?」

「ちょ、ちょっと待ってくれ!」

 青年はペンソルを押しのけ、屋敷を無断で散策する。ペンソルは吸血衝動を抑えるのに精一杯で、青年を止めるどころではなかった。
 すぐに、廊下で散歩中のモニカとオオカミ男と出くわした。

「伯爵、その人誰?」

 モニカは首を傾げる。
 ちなみに「伯爵」というのは、ペンソルのことだ。人間に正体を知られないよう、吸血鬼になってからはこう呼ばれている。

「おっ! オオカミ男と可愛い女の子みっけ! 絵になるなぁ」

 青年は二人の写真を撮ろうと、カメラを向けた。
 シャッターを切る直前、オオカミ男がカメラを払いのけた。彼は昼間は街で働いているので、カメラがどういうものか知っていた。
 カメラは壁に叩きつけられ、フィルムと部品を盛大にまき散らした。アレではしばらく使いものにならない。

「ぎゃーッ! 俺のカメラがぁー!」

「勝手に撮るな! 俺達は見せものじゃない!」

「い、いいもんね! こんなこともあろうかと、スペアのカメラもスマホもいっぱい持ってるし!」

「だったら、全部壊してやるよ!」

 オオカミ男は「ワォーン!」と遠吠えをあげる。
 遠吠えは屋敷中に響き渡り、悪意ある侵入者の存在を伝えた。まもなく、屋敷中から魔物が集まり、青年を取り囲んだ。

「お前ら、やっちまえ!」

「うぉぉぉぉっ!!!!!」

「やめろぉぉぉ! せっかく、撮ったのにぃぃぃ! この魔物どもめぇぇぇ!」

 魔物達は青年からカメラとスマホを取り上げると、わっしょいわっしょいと森の外へ運んでいった。彼が、転生したメアリー・スーだとは、夢にも思うまい。
 聖職者もその場にいたが、遠巻きに眺めるだけで何もしなかった。

「良かったのか? アイツらを止めなくて」

「聖職者を魔物扱いするやつなんて、助けたいとも思わないな。それに、僕も写真にうつるのはごめんだし」

 聖職者は肩をすくめ、自室に戻る。彼もすっかり、この屋敷の一員だ。

「戻ろうか。厨房に寄って、飲み物をもらってこよう」

「うん!」

 ペンソルはモニカの手を取り、厨房へ向かう。
 ペンソルが人間関係に飽きることは、おそらく二度とない。



 END②「愉快な魔物屋敷」


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