上 下
58 / 94
所長代理編 第一話「黒猫タクシーと亡霊少年」

しおりを挟む
 隣の病室には、すでに黒猫タクシーが窓から突っ込んでいた。
 亡くなったのは若い女性だった。患者の家族や友人、医者、看護師が、患者のベッドを取り囲んでいる。
 病室は騒然とし、母親らしき女性は泣き崩れ、父親らしき男性は医者に食ってかかっていた。

「おぉ、ジェニファー! どうして貴方が死ななければならないの?! 昨日まで、あんなに元気だったじゃない!」

「このヤブ医者め! 検査入院だって言ったくせに、こんな急に死ぬなんておかしいじゃないか! ちゃんと診察したのか?!」

「それが、我々にも原因がさっぱりで……」

 悲しみ、怒り、困惑……ここまで現場が荒れることは、そうない。
 黒猫タクシーの運転手はそんな病室の空気に怯むこともなく、亡くなった女性に堂々と近づいていった。
 女性のわきに手を回し、抱え上げるように体から魂をズルズルと引きずり出す。
 すると、本物とそっくりの、半透明の彼女が体から出てきた。生気を失った体とは違い、血色が良く、眠っているようにしか見えない。
 実際、死んだ人の魂は斡旋所に到着するまで眠っている。女神いわく「その方が都合がいいから」だそうだ。

 病室にいる誰も、女性の魂が運ばれていくのに気づかない。
 別々の映像を合成したような、なんともシュールな光景だった。

「おんにゃあ? おみゃえ、どこの使い魔にゃん?」

 ふと、運転手がとりっぷくんに気づき、首を傾げた。
 平凡仙人はとりっぷくんのボイス機能を使い、運転手とコンタクトを取る。

「こちら、異世界転生斡旋所とりっぷ。所長代理の平凡仙人だ。クロイの代わりに、様子を見にきた」

「へいぼんせんにん?」

 次の瞬間、運転手は「あぁー!」と声を上げ、とりっぷくんを指差した。

「あん時の、手違い無臭仙人! 女神様のお手伝いしているとはきいてたけど、ずいぶん出世したにゃんね!」

「……もしかして、俺を迎えに来た運転手か?」

「そう! どうも、猫目ねこめクローネと申しにゃーす」

 平凡仙人も思い出した。
 彼女はかつて、平凡仙人を死者として斡旋所へ連れて行く予定だった。しかし度重なる転生により、平凡仙人の魂は人間を超越してしまい、魂を回収できなかったのだ。
 斡旋所に居着くようになってずいぶん経つが、彼女と再会したのはこれが初めてだった。

「悪いな、クロイのヘルプに来てもらって」

「構いにゃせんよ。他の仕事のついでにゃんで。最近、多いんですよねー。計画予定外の急死」

「予定外? 本当はいつ死ぬ予定だったんだ?」

「えーっと……たしか、四十年後にゃ」

「四十年後?! だいぶ先じゃないか!」

 隣で、ヘカテーが「そうなんですか?」と不思議そうな顔をする。人として生きた経験がないため、ピンときていないらしい。
 クローネのほうが理解はあるようで、「やっぱり変ですよね?」と怪しんでいた。

「我々は死にかかわる情報しか知にゃされてませんけど、この方は寿命がくるまで命にかかわるような事故にも病気にも縁がなかったはずにゃんですよ。こりゃ、にゃんらかの力が働いてますわ」

「にゃんら……なんらかの力って?」

「にゃんらかの力は、にゃんらかの力にゃ。それ以上は、猫には知にゃされてにゃせん」

 かわりに、ヘカテーが答えた。

「主な原因は三つあります。一つは、冥界の住人による干渉。過去には『仕事を早く終わらせたかったから』と、迎えの時間を勝手に早めた運転手もおりました。今回は定刻どおりですし、このケースには当てはまらないでしょう。二つ目に、お客様ご自身の問題。具体的には、寿命を対価とする魔法や呪術の使用などです。今回のお客様は魔法とは縁のない一般人のようですから、こちらも該当しないかと」

「じゃあ、三つ目は?」

 ヘカテーは少し緊張した様子で答えた。

「……や悪魔といった、による干渉」

「悪霊……」

 平凡仙人の頭の中に、血だらけのゴーシェの姿が浮かんだ。


     ☆


「ねぇ、本当はきこえてるんでしょ? どうして無視するのさ?」

 その頃、ゴーシェはしつこく少女に話しかけていた。
 病室にはゴーシェと少女、そしてクロイしかいない。少女についていた看護師達は、他の患者のもとへ見回りに行ってしまった。

「ねぇ、君も一人なんだろ? 僕と友達になろうよ」

 少女の耳に、ゴーシェの声は届かない。
 それどころか彼の霊気の影響で、しきりに「寒い」と訴えている。服を重ねて着ても、ベッドへもぐりこんでも、少女の震えは増すばかりだった。
 この異世界の病院にはナースコールのような設備がないため、助けも呼べない。

「寒いの? 僕と友達になったら、寒いのも痛いのも平気になるよ!」

 ゴーシェは死んだ時と同じ、血だらけの姿で、少女を見下ろす。
 子どもとは思えない、猟奇的な笑顔だった。

「ひぃッ!」

 少女はゴーシェと目が合い、小さく悲鳴を上げる。
 死期が極めて近くなったことで、彼女の目にもゴーシェの姿が見えるようになってしまったらしい。少女の恐怖は、より増した。

「だ……誰か……! 誰か、助けて……!」

 少女のか細い声は、平凡仙人が様子を見に行った隣の病室の喧騒によってかき消される。
 クロイだけがゴーシェを止めることができたが、

「……あと、一回」

 クロイは二人をジッと見守るだけで、何もしようとはしなかった。


しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

転生令嬢の食いしん坊万罪!

ねこたま本店
ファンタジー
   訳も分からないまま命を落とし、訳の分からない神様の手によって、別の世界の公爵令嬢・プリムローズとして転生した、美味しい物好きな元ヤンアラサー女は、自分に無関心なバカ父が後妻に迎えた、典型的なシンデレラ系継母と、我が儘で性格の悪い妹にイビられたり、事故物件王太子の中継ぎ婚約者にされたりつつも、しぶとく図太く生きていた。  そんなある日、プリムローズは王侯貴族の子女が6~10歳の間に受ける『スキル鑑定の儀』の際、邪悪とされる大罪系スキルの所有者であると判定されてしまう。  プリムローズはその日のうちに、同じ判定を受けた唯一の友人、美少女と見まごうばかりの気弱な第二王子・リトス共々捕えられた挙句、国境近くの山中に捨てられてしまうのだった。  しかし、中身が元ヤンアラサー女の図太い少女は諦めない。  プリムローズは時に気弱な友の手を引き、時に引いたその手を勢い余ってブン回しながらも、邪悪と断じられたスキルを駆使して生き残りを図っていく。  これは、図太くて口の悪い、ちょっと(?)食いしん坊な転生令嬢が、自分なりの幸せを自分の力で掴み取るまでの物語。  こちらの作品は、2023年12月28日から、カクヨム様でも掲載を開始しました。  今後、カクヨム様掲載用にほんのちょっとだけ内容を手直しし、1話ごとの文章量を増やす事でトータルの話数を減らした改訂版を、1日に2回のペースで投稿していく予定です。多量の加筆修正はしておりませんが、もしよろしければ、カクヨム版の方もご笑覧下さい。 ※作者が適当にでっち上げた、完全ご都合主義的世界です。細かいツッコミはご遠慮頂ければ幸いです。もし、目に余るような誤字脱字を発見された際には、コメント欄などで優しく教えてやって下さい。 ※検討の結果、「ざまぁ要素あり」タグを追加しました。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

転生してチートを手に入れました!!生まれた時から精霊王に囲まれてます…やだ

如月花恋
ファンタジー
…目の前がめっちゃ明るくなったと思ったら今度は…真っ白? 「え~…大丈夫?」 …大丈夫じゃないです というかあなた誰? 「神。ごめんね~?合コンしてたら死んじゃってた~」 …合…コン 私の死因…神様の合コン… …かない 「てことで…好きな所に転生していいよ!!」 好きな所…転生 じゃ異世界で 「異世界ってそんな子供みたいな…」 子供だし 小2 「まっいっか。分かった。知り合いのところ送るね」 よろです 魔法使えるところがいいな 「更に注文!?」 …神様のせいで死んだのに… 「あぁ!!分かりました!!」 やたね 「君…結構策士だな」 そう? 作戦とかは楽しいけど… 「う~ん…だったらあそこでも大丈夫かな。ちょうど人が足りないって言ってたし」 …あそこ? 「…うん。君ならやれるよ。頑張って」 …んな他人事みたいな… 「あ。爵位は結構高めだからね」 しゃくい…? 「じゃ!!」 え? ちょ…しゃくいの説明ぃぃぃぃ!!

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

異世界転生~チート魔法でスローライフ

リョンコ
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

出来損ないと呼ばれた伯爵令嬢は出来損ないを望む

家具屋ふふみに
ファンタジー
 この世界には魔法が存在する。  そして生まれ持つ適性がある属性しか使えない。  その属性は主に6つ。  火・水・風・土・雷・そして……無。    クーリアは伯爵令嬢として生まれた。  貴族は生まれながらに魔力、そして属性の適性が多いとされている。  そんな中で、クーリアは無属性の適性しかなかった。    無属性しか扱えない者は『白』と呼ばれる。  その呼び名は貴族にとって屈辱でしかない。      だからクーリアは出来損ないと呼ばれた。    そして彼女はその通りの出来損ない……ではなかった。    これは彼女の本気を引き出したい彼女の周りの人達と、絶対に本気を出したくない彼女との攻防を描いた、そんな物語。  そしてクーリアは、自身に隠された秘密を知る……そんなお話。 設定揺らぎまくりで安定しないかもしれませんが、そういうものだと納得してくださいm(_ _)m ※←このマークがある話は大体一人称。

処理中です...