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所長代理編 第一話「黒猫タクシーと亡霊少年」
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とりっぷくんは次元の壁を越え、異世界の上空へ出る。
中世ヨーロッパのような街並みで、どこも活気あふれていた。
「ここ……パーフェクトリー王国か? ハンドリューの国の」
見覚えのある景色に、平凡仙人は驚く。
平凡仙人とヘカテーは無事だった斡旋所のソファに座り、それぞれのスマホとタブレットでとりっぷくんから送られてくる映像を見ていた。視野はやや狭いが仕方ない。
ハンドリューは異世界にある「パーフェクトリー王国」という国の王子で、平凡仙人が所長代理を任される前に斡旋所を訪れた転生者だった。
かつて、このパーフェクトリー王国では彼と二人の女性がドロドロの愛憎劇を繰り広げていた。その戦いは来世、来来世、そのまた来来世と続き、数百年の時を経て、ようやく終幕を迎えた。
「それは昔の国名です。この時間軸では、ハンドシア連合王国に変わっています。先代女王のカーネシアが自国のパーフェクトリー王国と、出身国であるヤンデルヤン王国、それから隣国のファイトランデブー王国の三国を合併させ、現在の連合国家を築き上げました。現在は、再婚した夫との間に生まれたご子息が国王を務めています」
「ってことは、カーネシアはいないんだな?」
「はい。死後、数年が経過しています。目立った争いもなく、極めて穏やかな国ですよ」
とりっぷくんが向かったのは病院だった。
テラコッタ色の瓦屋根の上に、黒塗りのタクシーが停まっている。今にも滑り落ちそうだが、全く動く気配がない。タクシーの表示灯には「黒猫タクシー」とあった。
「あれか」
「はい。送られてきた座標も一致しております」
「普通の人間には見えないからって、駐車がわんぱくすぎやしないか?」
「彼女達は猫ですからね、一般常識を求めてはいけませんよ」
ヘカテーは遠い目をする。
そういえば、転生ポイントがマイナスになった転生者を地獄へ連れて行く「火車タクシー」の運転手も、猫顔のマイペースな女性だった。
「屋根に駐車しているということは、まだ病院にいるかもしれません」
「探させよう」
平凡仙人はとりっぷくんを操り、空いている窓がないか探す。
すると突如、とりっぷくんが何かに捕まれ、身動きが取れなくなった。画面いっぱいに、黒髪の猫顔が映し出される。ガジガジと、とりっぷくんに噛みついていた。
「んにゃー? この鳥、硬くてマズいにゃー。鉄と金属の味がするにゃー」
「そりゃ、機械の鳥だからな。分かったら、離せ」
平凡仙人はとりっぷくんを通し、猫顔に命じる。
猫顔は「マズいのはいらにゃーい」と口を離した。特徴的な黒い猫耳帽子と黒い運転手の制服を着た、黒髪猫顔の女性……間違いなく、黒猫タクシーの運転手だった。
「こちらは、異世界転生斡旋所とりっぷ。お前の上司から、定時連絡に応答がないとクレームが入ってる。何かトラブルか?」
「そうにゃ」
黒猫タクシーの運転手は自分がいる病室を、小鳥に見せた。
いくつかあるベッドに、少年がひとり腰掛けている。少年の他に患者はいなかった。
「どうしたの? クロイ。誰としゃべってるの?」
少年は黒猫タクシーの運転手に視線を向け、話しかける。
黒猫タクシーの運転手は「にゃんでもにゃいにゃー」とはぐらかした。
「そいつ、お前の姿が見えているのか?」
「そうにゃ」
「死が近い人間だからでしょう」
「うんにゃ。あの子は……」
病室のドアが開く。
複数の看護師が慌ただしくベッドを整え、患者の少女を迎え入れた。
「わぁ、新しい子だ! こんにちは!」
少年はフワリと浮き上がり、少女と看護師らに挨拶する。
しかし誰も、少年の存在には気づいていなかった。目の前を飛んでも、カーテンをすり抜けても、反応がない。
少年は幽霊だった。
☆
「あの子は集荷対象にゃんだけど、あの状態じゃ回収できにゃいから、回収できるようににゃるまで待ってるんだにゃ。定期連絡どころじゃにゃいにゃ」
「へぇ。幽霊の魂って、回収できないのか」
ヘカテーが平凡仙人のために解説する。
「この世への未練が強すぎると、魂がその場に留まってしまい、切り離せなくなるんです。やがて霊は地縛霊、悪霊と変化し、他人に災いをもたらす存在として、転生ポイントがどんどん引かれていきます。そして最後にはポイントがマイナスになり、強制的に地獄へ落とされてしまうのです」
「どうにかしてやれないのか?」
「亡くなっているとはいえ、霊がいるのは生者の世界。我々、冥界の住人が簡単に手を出していい領域ではございません。霊媒師など、対処できる人間がいれば別ですが、この異世界にはいらっしゃらないようです。なにせ、幽霊や魔法使いを空想上の生き物として認識されているみたいですから」
中世ヨーロッパのような街並みで、どこも活気あふれていた。
「ここ……パーフェクトリー王国か? ハンドリューの国の」
見覚えのある景色に、平凡仙人は驚く。
平凡仙人とヘカテーは無事だった斡旋所のソファに座り、それぞれのスマホとタブレットでとりっぷくんから送られてくる映像を見ていた。視野はやや狭いが仕方ない。
ハンドリューは異世界にある「パーフェクトリー王国」という国の王子で、平凡仙人が所長代理を任される前に斡旋所を訪れた転生者だった。
かつて、このパーフェクトリー王国では彼と二人の女性がドロドロの愛憎劇を繰り広げていた。その戦いは来世、来来世、そのまた来来世と続き、数百年の時を経て、ようやく終幕を迎えた。
「それは昔の国名です。この時間軸では、ハンドシア連合王国に変わっています。先代女王のカーネシアが自国のパーフェクトリー王国と、出身国であるヤンデルヤン王国、それから隣国のファイトランデブー王国の三国を合併させ、現在の連合国家を築き上げました。現在は、再婚した夫との間に生まれたご子息が国王を務めています」
「ってことは、カーネシアはいないんだな?」
「はい。死後、数年が経過しています。目立った争いもなく、極めて穏やかな国ですよ」
とりっぷくんが向かったのは病院だった。
テラコッタ色の瓦屋根の上に、黒塗りのタクシーが停まっている。今にも滑り落ちそうだが、全く動く気配がない。タクシーの表示灯には「黒猫タクシー」とあった。
「あれか」
「はい。送られてきた座標も一致しております」
「普通の人間には見えないからって、駐車がわんぱくすぎやしないか?」
「彼女達は猫ですからね、一般常識を求めてはいけませんよ」
ヘカテーは遠い目をする。
そういえば、転生ポイントがマイナスになった転生者を地獄へ連れて行く「火車タクシー」の運転手も、猫顔のマイペースな女性だった。
「屋根に駐車しているということは、まだ病院にいるかもしれません」
「探させよう」
平凡仙人はとりっぷくんを操り、空いている窓がないか探す。
すると突如、とりっぷくんが何かに捕まれ、身動きが取れなくなった。画面いっぱいに、黒髪の猫顔が映し出される。ガジガジと、とりっぷくんに噛みついていた。
「んにゃー? この鳥、硬くてマズいにゃー。鉄と金属の味がするにゃー」
「そりゃ、機械の鳥だからな。分かったら、離せ」
平凡仙人はとりっぷくんを通し、猫顔に命じる。
猫顔は「マズいのはいらにゃーい」と口を離した。特徴的な黒い猫耳帽子と黒い運転手の制服を着た、黒髪猫顔の女性……間違いなく、黒猫タクシーの運転手だった。
「こちらは、異世界転生斡旋所とりっぷ。お前の上司から、定時連絡に応答がないとクレームが入ってる。何かトラブルか?」
「そうにゃ」
黒猫タクシーの運転手は自分がいる病室を、小鳥に見せた。
いくつかあるベッドに、少年がひとり腰掛けている。少年の他に患者はいなかった。
「どうしたの? クロイ。誰としゃべってるの?」
少年は黒猫タクシーの運転手に視線を向け、話しかける。
黒猫タクシーの運転手は「にゃんでもにゃいにゃー」とはぐらかした。
「そいつ、お前の姿が見えているのか?」
「そうにゃ」
「死が近い人間だからでしょう」
「うんにゃ。あの子は……」
病室のドアが開く。
複数の看護師が慌ただしくベッドを整え、患者の少女を迎え入れた。
「わぁ、新しい子だ! こんにちは!」
少年はフワリと浮き上がり、少女と看護師らに挨拶する。
しかし誰も、少年の存在には気づいていなかった。目の前を飛んでも、カーテンをすり抜けても、反応がない。
少年は幽霊だった。
☆
「あの子は集荷対象にゃんだけど、あの状態じゃ回収できにゃいから、回収できるようににゃるまで待ってるんだにゃ。定期連絡どころじゃにゃいにゃ」
「へぇ。幽霊の魂って、回収できないのか」
ヘカテーが平凡仙人のために解説する。
「この世への未練が強すぎると、魂がその場に留まってしまい、切り離せなくなるんです。やがて霊は地縛霊、悪霊と変化し、他人に災いをもたらす存在として、転生ポイントがどんどん引かれていきます。そして最後にはポイントがマイナスになり、強制的に地獄へ落とされてしまうのです」
「どうにかしてやれないのか?」
「亡くなっているとはいえ、霊がいるのは生者の世界。我々、冥界の住人が簡単に手を出していい領域ではございません。霊媒師など、対処できる人間がいれば別ですが、この異世界にはいらっしゃらないようです。なにせ、幽霊や魔法使いを空想上の生き物として認識されているみたいですから」
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