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第五話「いい加減、私を好きになりなさいよ!」

〈悪役令嬢ローゼリア編〉学園生活④

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 ローゼリアの見送りに来たのは平凡仙人だけだった。ローゼリアを慕っていた生徒達も、教師も、執事もいない。
 葛杉はローゼリアの実家が没落したと知るなり、「金のないお前なんかいらない」と一方的に彼女との婚約を破棄した。今は姫花と結婚を前提に付き合っているそうだ。
 姫花はアイドルとして順風満帆で、先日マンションを購入したらしい。今後は葛杉の新たな金ヅルとして役に立ってくれるだろう。
「この世界は民主主義だって聞いてたから、追放はされないと思ってたけど……こういうタイプの追放もあるのね」
「らしいな」
 これまでの世界と同じなら、ローゼリアは追放先へたどり着く前に、何者かの手によって殺される。
 日の出前の駅のホームはひと気が無く、見通しが良かった。これなら誰かが近づいてきても、すぐに気づける。
「一応聞くけど、私を助けることって可能?」
「いいや。生者の死への介入は、規則で禁じられている」
「……だよね」
 最初から、断られると分かっていたらしい。
 「じゃあさ、」とローゼリアは別のお願いを平凡仙人にした。
「せめて、誰が私を殺したのかだけ教えて。次の転生で、そいつに復讐するから。まぁ……どうせ、ハンドリューなんだろうけど」
 平凡仙人は「分かった」と頷いた。
「来世に必要な情報なら仕方ない。お前が斡旋所に来たら教えてやる」
「ありがと」
 ローゼリアは力なく微笑む。
 結局、平凡仙人は斡旋所のルールのせいで、大したことは何もしてやれなかった。女神が平凡仙人をここへ行かせたのは、ルールがあるから大丈夫だと分かっていたからかもしれない。
(叶えてやろうと思えば、なんでも叶えてやれるだけの力はあるというのに……情けない)
 平凡仙人はローゼリアから託された最後の願いだけは叶えてやろう、と心に誓った。

 ローゼリアの前に電車が近づいてきた。スピードが落ちない。通過電車だ。
 ローゼリアは念のため、線路から離れようとした。その時、
「ローゼリア!」
「えっ?」
 黒いフードを被った何者かがローゼリアの背後へ駆け寄り、背中を押した。フードを目深に被っていたので、顔は見えなかった。
 ローゼリアは呆気に取られた様子で、線路へ落下する。直後、電車が通過した。悲鳴は聞こえなかった。
「人が落ちたぞ!」
「救急車!」
 巡回していた駅員と清掃員が現場を目撃し、青ざめる。運転手も慌てて電車から降りてきた。
 黒いフードを被った犯人はクスクスと笑いながら走り去る。すばしっこく、駅員が気づいた時にはホームからいなくなっていた。
「くそッ」
 その頃、平凡仙人は宙を飛び、犯人の後を追っていた。ローゼリアとの約束をこんな早く果たすことになるとは思ってもいなかった。
 犯人は改札を飛び越え、階段を駆け下り、駅から脱出すると、信号待ちをしている人混みへ何食わぬ顔で紛れ込んだ。細身のわりに足が速く、平凡仙人ですら見失わないよう追うのがやっとだった。
 やがて信号が青になると、犯人は横断歩道を渡り、公園へ向かった。追っ手を警戒しつつ、公衆トイレの個室へ入る。
 犯人は中で着替え、一分も経たないうちにトイレから出てきた。周りに人が見えないのをいいことに、顔は隠していなかった。
「なっ……!」
 平凡仙人は犯人の顔を見て、言葉を失った。
 犯人は平凡仙人に見られているとも知らず、駅とは反対方向へ去っていく。捕まえて警察に突き出したかったが、それも斡旋所のルールで禁じられていた。
「早く……早くこのことをローゼリアに伝えねぇと!」
 平凡仙人は急ぎ、斡旋所へ転移した。

 斡旋所には既に、ローゼリアが待っていた。
「どう? やっぱりハンドリューが犯人だった?」
 制服姿で、座敷に大の字で寝転がっている。
 今までの憂さ晴らしをするように、バリバリとせんべいを食べていた。
「お行儀悪いですよ?」
「うっさい! ハンドリューに贔屓ひいきしてるくせに!」
「してませんよぉ~」
 カウンターで抹茶牛乳を飲んでいる女神と言い争う。こういう不毛なやり取りを続けることで、平凡仙人が斡旋所に戻って来るまでの時間を稼いでいたのかもしれない。
 平凡仙人は間に合ったことに安堵しつつ、ローゼリアに真実を告げた。
「……違ったんだ」
「違ったって、何が?」
「私がハンドリュー様に贔屓してないってことでしょう?」
「それは知らん。だが、ローゼリアを殺した犯人はハンドリュー……もとい、葛杉じゃなかった」
「じゃあ、誰よ?」
 平凡仙人は念のため、チラッと女神に視線をやる。
 女神は両手で大きくバツを作り、首を激しく横へ振っていたが、
(お前が言わないのが悪い)
(ガビーン!)
 と無視して、ローゼリアに真犯人を教えた。
「お前を線路へ突き落としたのは、花園姫花だ」

「……カーネシアが、私を?」
 ローゼリアは真犯人の名を聞き、絶句した。
 あんな、虫も殺せないような少女に殺されたなどとは、とても信じられなかった。
「本当に?」
「あぁ、確かにこの目で見た」
 姫花は教室やテレビで見せていたのと同じ笑顔で、ローゼリアを突き飛ばした。駅から逃走している間も、トイレから出てきた時も、笑顔だった。
 制服に着替えていたところを見るに、あのまま学校へ行くつもりなのだろう。そして何も知らないフリをして、今まで通りの一日を始めるのだ。
「曲がりなりにも人気絶頂のアイドルが、自らの手を汚してまで殺人を実行するなんてな。バレたら、スキャンダルどころじゃ済まないぞ。次の転生にだって、影響が出るだろうに」
「カーネシア……」
 ローゼリアはしばし放心していたが、やがて怒りで顔を真っ赤にさせた。
「あのぶりっ子女……! 私からハンドリューを奪い、国外追放に加担した上に、私の命まで奪っていたなんて! 絶対に許さない!」
 ローゼリアは座敷から立ち上がり、女神に詰め寄った。
「書類を頂戴! 転生して、カーネシアに復讐しに行くわ! 今までの恨みを全部叩きつけてやる!」
「あら? ハンドリュー様のことはよろしいので?」
「どうでもいいわよ、あんなクズ。私が何もしなくたって、勝手にポイントがマイナスになって地獄に落ちるわ」
「しかしいくら復讐とはいえ、犯罪行為でカーネシア様をこらしめては、ローゼリア様も無事ではすみませんよ? 最悪、地獄行きかも」
「関係ないわよ。どうせ、あと一回しか記憶を保持したまま転生できないんだから。つべこべ言わずに、私を今すぐカーネシアのもとへ転生させなさい」
 精神崩壊を防ぐため、前世の記憶を保持したままの転生には回数制限がある。中には、平凡仙人のように制限を越えずに「悟って」しまう者もいたが、そちらは稀なケースだった。
「かしこまりました! では、書類をどうぞ」
 女神は「やっとか」と言わんばかりに安堵し、ローゼリアに書類を渡す。
 ローゼリアは書類を受け取ると、「いかにカーネシアを苦しめるか」、計画を練り始めた。
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