悪夢症候群

緋色刹那

文字の大きさ
上 下
52 / 227
第2部 第1章「ミッドナイトアパート」

第2話『ハエ族』後編

しおりを挟む
「なぁ! 俺の手、なんかおかしくね?!」
「は?」
 ふいに、前方を走っていたカケルが振り向いた。
 フルフェイスのヘルメットをかぶっているため、視界が見えづらいらしい。片手をハンドルから離し、ショウに見せてくる。
 ショウはせっかく乗っていた気分を邪魔され、イラッとした。
 が、カケルが差し出してきた手を見た瞬間、そんな不満など一気に消え、ギョッと目を剥いた。カケルの手は、棒のようで、黒く、毛むくじゃらになっていた。何処かで見覚えはあるが、それが何だったのかが思い出せない。
「お前、どうしたんだよ、その手!」
「えっ、そんなにヤバいの?」
 ショウの反応に、後続を走っていたハヤテも近づいてくる。
 その顔を見た瞬間、ショウは悲鳴を上げた。
「ウワァァ! く、来るなァ!」
「え?」
 ハヤテは訳が分からず、首を傾げる。
 黒くて丸い顔、その顔を埋め尽くさんばかりに飛び出した赤い複眼、針のように尖った口……およそ人のものとはかけ離れた彼の顔は、ハエの顔そっくりだった。



「なんだよ、ショウ。どうかしたのか?」
 ハヤテは自身の異変に気づかず、尚もショウに近づいて来ようとする。
 ショウは堪らず、ハヤテのバイクを蹴飛ばした。
「だから、来るなって!」
「うぉっ?!」
 反動で、ハヤテは体勢を崩す。猛スピードで走っていたバイクは、そのまま近くの街灯へ衝突した。
 前輪とハンドル部分がへしゃげ、ハヤテの上半身も街灯に叩きつけられる。ハヤテの顔は半分潰れ、血ではない茶色い何かの汁を傷口から滲ませていた。力なく街灯にもたれかかり、ピクリとも動かない。
「ハヤテ!」
 事故を目の当たりにし、ショウは青ざめる。慌てて減速し、バイクを止めた。
「おい、ショウ! 何やってんだよ?!」
 前方を走っていたカケルもその場にバイクを止め、ショウに詰め寄る。
 バイクに乗ったまま放心しているショウの胸ぐらをつかむと、フルフェイスヘルメット越しに怒りを剥き出しにした。
「お前、自分が何やったのか分かってんのか?! ハヤテを殺しちまったんだぞ?!」
「ち、違う! 俺は殺すつもりなんかなかったんだ! よく見ろよ、アイツの顔!」
「顔ぉ?」
 カケルはハヤテの顔を確認するため、フルフェイスヘルメットのシールドを上げた。
 巨大な赤い複眼が、シールドの隙間からショウを睨んでいた。
「う、ウワァァ!」
 ショウは堪らずカケルを振り払い、バイクで走って逃げた。カケルのあの目は、ハヤテと同じハエの目だった。
 同時に、変化したカケルの手がハエと同じものであったことも思い出した。
「どうりで、何処かで見たことがあると思った! ヘルメットで隠れてて見えなかったが、カケルもハエ人間になってたんだ!」
 ショウは無我夢中で大通りを走り抜けた。
 こんな最悪の気分で走るのは、初めてだった。



 ショウは三人で行くはずだったガソリンスタンドに逃げ込んだ。深夜ともあり、車は一台も停まっていない。
 ガソリンスタンドの照明は煌々と明るく、怯えていたショウの心を安心させた。
「おい、誰か! 誰かいねぇか?!」
 バイクを止め、事務所に駆け込む。
 するとカウンターの前で待機していた女性の店員が、ショウの顔を見て悲鳴を上げた。
「いやぁぁっ! 化け物!」
「え?」
 店員はカウンターの裏に置いていたタンクで、ショウを殴りつける。
 意表を突かれたショウはそのまま倒れ、殴られた頭を押さえた。すると、あるはずのものがなかった。
「……あれ?」
 何度確認しても、何処を確認しても、彼の頭には髪が一本も生えていなかった。
 その上、頭を押さえた手を見ると、黒くて細くて毛むくじゃらに変わっていた。カケルと同じ、ハエの手だった。
「死ね! 死ね!」
 店員はタンクの中身をショウにぶちまけ、ライターの火を落とす。
 火は一気に燃え上がり、ハエ人間と成り果てたショウの体を包み込んだ。



 翌日、暴走族の男達がそれぞれ別の場所で死体となって発見された。
 一人は街灯に衝突したことによる脳挫傷で、死亡。
 一人はコンビニの殺虫灯に顔を突っ込み、感電死。
 一人はガソリンスタンドで自らタンクの灯油を被り、ライターで火をつけて焼死した。
 いずれも事故および自殺と断定され、事件性はないとされた。生前の三人に自殺願望がなかったことから、捜査員の中には彼らの死を不審がる者もいたが、これといった証拠もなく、捜査は打ち切られた。



 朝、夢花は晴れやかな顔でゴミ捨てをしている歩夢と会った。
「おはよう、歩夢お兄さん! 最近、原稿は書けてる?」
「おはよう、夢花ちゃん。おかげで調子いいよ。これなら締め切りに間に合いそうだ。五月蝿いハエを処分してくれて、ありがとう」
「えへへ。どういたしまして」
 夢花は歩夢に褒められ、嬉しそうに笑った。



(第3話へ続く)
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

10秒でゾクッとするホラーショート・ショート

奏音 美都
ホラー
10秒でサクッと読めるホラーのショート・ショートです。

実話の体験談につきオチなど無いのでご了承下さい

七地潮
ホラー
心霊体験…と言うか、よくある話ですけど、実際に体験した怖かった話しと、不思議な体験を幾つかアップします。 霊感なんて無いんだから、気のせいや見間違いだと思うんですけどね。 突き当たりの教室なのに、授業中行き止まりに向かって人影が何度も通るとか、誰もいないのに耳元で名前を呼ばれたとか、視界の端に人影が映り、あれ?誰か居るのかな?としっかり見ると、誰も居なかったとか。 よく聞く話だし、よくある事ですよね? まあ、そんなよく聞く話でしょうけど、暇つぶしにでもなればと。 最後の一話は、ホラーでは無いけど、私にとっては恐怖体験なので、番外編みたいな感じで、ついでに載せてみました。 全8話、毎日2時半にアップしていきます。 よろしければご覧ください。 2話目でホラーHOTランキング9位になってました。 読んでいただきありがとうございます。

(ほぼ)1分で読める怖い話

涼宮さん
ホラー
ほぼ1分で読める怖い話! 【ホラー・ミステリーでTOP10入りありがとうございます!】 1分で読めないのもあるけどね 主人公はそれぞれ別という設定です フィクションの話やノンフィクションの話も…。 サクサク読めて楽しい!(矛盾してる) ⚠︎この物語で出てくる場所は実在する場所とは全く関係御座いません ⚠︎他の人の作品と酷似している場合はお知らせください

ゾンビ発生が台風並みの扱いで報道される中、ニートの俺は普通にゾンビ倒して普通に生活する

黄札
ホラー
朝、何気なくテレビを付けると流れる天気予報。お馴染みの花粉や紫外線情報も流してくれるのはありがたいことだが……ゾンビ発生注意報?……いやいや、それも普通よ。いつものこと。 だが、お気に入りのアニメを見ようとしたところ、母親から買い物に行ってくれという電話がかかってきた。 どうする俺? 今、ゾンビ発生してるんですけど? 注意報、発令されてるんですけど?? ニートである立場上、断れずしぶしぶ重い腰を上げ外へ出る事に── 家でアニメを見ていても、同人誌を売りに行っても、バイトへ出ても、ゾンビに襲われる主人公。 何で俺ばかりこんな目に……嘆きつつもだんだん耐性ができてくる。 しまいには、サバゲーフィールドにゾンビを放って遊んだり、ゾンビ災害ボランティアにまで参加する始末。 友人はゾンビをペットにし、効率よくゾンビを倒すためエアガンを改造する。 ゾンビのいることが日常となった世界で、当たり前のようにゾンビと戦う日常的ゾンビアクション。ノベルアッププラス、ツギクル、小説家になろうでも公開中。 表紙絵は姫嶋ヤシコさんからいただきました、 ©2020黄札

感染

saijya
ホラー
福岡県北九州市の観光スポットである皿倉山に航空機が墜落した事件から全てが始まった。 生者を狙い動き回る死者、隔離され狭まった脱出ルート、絡みあう人間関係 そして、事件の裏にある悲しき真実とは…… ゾンビものです。

禁忌

habatake
ホラー
神社で掃除をしていた神主が、学校帰りの少年に不思議な出来事を語る

岬ノ村の因習

めにははを
ホラー
某県某所。 山々に囲われた陸の孤島『岬ノ村』では、五年に一度の豊穣の儀が行われようとしていた。 村人達は全国各地から生贄を集めて『みさかえ様』に捧げる。 それは終わらない惨劇の始まりとなった。

処理中です...