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第2部 第1章「ミッドナイトアパート」
第2話『ハエ族』後編
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「なぁ! 俺の手、なんかおかしくね?!」
「は?」
ふいに、前方を走っていたカケルが振り向いた。
フルフェイスのヘルメットをかぶっているため、視界が見えづらいらしい。片手をハンドルから離し、ショウに見せてくる。
ショウはせっかく乗っていた気分を邪魔され、イラッとした。
が、カケルが差し出してきた手を見た瞬間、そんな不満など一気に消え、ギョッと目を剥いた。カケルの手は、棒のようで、黒く、毛むくじゃらになっていた。何処かで見覚えはあるが、それが何だったのかが思い出せない。
「お前、どうしたんだよ、その手!」
「えっ、そんなにヤバいの?」
ショウの反応に、後続を走っていたハヤテも近づいてくる。
その顔を見た瞬間、ショウは悲鳴を上げた。
「ウワァァ! く、来るなァ!」
「え?」
ハヤテは訳が分からず、首を傾げる。
黒くて丸い顔、その顔を埋め尽くさんばかりに飛び出した赤い複眼、針のように尖った口……およそ人のものとはかけ離れた彼の顔は、ハエの顔そっくりだった。
「なんだよ、ショウ。どうかしたのか?」
ハヤテは自身の異変に気づかず、尚もショウに近づいて来ようとする。
ショウは堪らず、ハヤテのバイクを蹴飛ばした。
「だから、来るなって!」
「うぉっ?!」
反動で、ハヤテは体勢を崩す。猛スピードで走っていたバイクは、そのまま近くの街灯へ衝突した。
前輪とハンドル部分がへしゃげ、ハヤテの上半身も街灯に叩きつけられる。ハヤテの顔は半分潰れ、血ではない茶色い何かの汁を傷口から滲ませていた。力なく街灯にもたれかかり、ピクリとも動かない。
「ハヤテ!」
事故を目の当たりにし、ショウは青ざめる。慌てて減速し、バイクを止めた。
「おい、ショウ! 何やってんだよ?!」
前方を走っていたカケルもその場にバイクを止め、ショウに詰め寄る。
バイクに乗ったまま放心しているショウの胸ぐらをつかむと、フルフェイスヘルメット越しに怒りを剥き出しにした。
「お前、自分が何やったのか分かってんのか?! ハヤテを殺しちまったんだぞ?!」
「ち、違う! 俺は殺すつもりなんかなかったんだ! よく見ろよ、アイツの顔!」
「顔ぉ?」
カケルはハヤテの顔を確認するため、フルフェイスヘルメットのシールドを上げた。
巨大な赤い複眼が、シールドの隙間からショウを睨んでいた。
「う、ウワァァ!」
ショウは堪らずカケルを振り払い、バイクで走って逃げた。カケルのあの目は、ハヤテと同じハエの目だった。
同時に、変化したカケルの手がハエと同じものであったことも思い出した。
「どうりで、何処かで見たことがあると思った! ヘルメットで隠れてて見えなかったが、カケルもハエ人間になってたんだ!」
ショウは無我夢中で大通りを走り抜けた。
こんな最悪の気分で走るのは、初めてだった。
ショウは三人で行くはずだったガソリンスタンドに逃げ込んだ。深夜ともあり、車は一台も停まっていない。
ガソリンスタンドの照明は煌々と明るく、怯えていたショウの心を安心させた。
「おい、誰か! 誰かいねぇか?!」
バイクを止め、事務所に駆け込む。
するとカウンターの前で待機していた女性の店員が、ショウの顔を見て悲鳴を上げた。
「いやぁぁっ! 化け物!」
「え?」
店員はカウンターの裏に置いていたタンクで、ショウを殴りつける。
意表を突かれたショウはそのまま倒れ、殴られた頭を押さえた。すると、あるはずのものがなかった。
「……あれ?」
何度確認しても、何処を確認しても、彼の頭には髪が一本も生えていなかった。
その上、頭を押さえた手を見ると、黒くて細くて毛むくじゃらに変わっていた。カケルと同じ、ハエの手だった。
「死ね! 死ね!」
店員はタンクの中身をショウにぶちまけ、ライターの火を落とす。
火は一気に燃え上がり、ハエ人間と成り果てたショウの体を包み込んだ。
翌日、暴走族の男達がそれぞれ別の場所で死体となって発見された。
一人は街灯に衝突したことによる脳挫傷で、死亡。
一人はコンビニの殺虫灯に顔を突っ込み、感電死。
一人はガソリンスタンドで自らタンクの灯油を被り、ライターで火をつけて焼死した。
いずれも事故および自殺と断定され、事件性はないとされた。生前の三人に自殺願望がなかったことから、捜査員の中には彼らの死を不審がる者もいたが、これといった証拠もなく、捜査は打ち切られた。
朝、夢花は晴れやかな顔でゴミ捨てをしている歩夢と会った。
「おはよう、歩夢お兄さん! 最近、原稿は書けてる?」
「おはよう、夢花ちゃん。おかげで調子いいよ。これなら締め切りに間に合いそうだ。五月蝿いハエを処分してくれて、ありがとう」
「えへへ。どういたしまして」
夢花は歩夢に褒められ、嬉しそうに笑った。
(第3話へ続く)
「は?」
ふいに、前方を走っていたカケルが振り向いた。
フルフェイスのヘルメットをかぶっているため、視界が見えづらいらしい。片手をハンドルから離し、ショウに見せてくる。
ショウはせっかく乗っていた気分を邪魔され、イラッとした。
が、カケルが差し出してきた手を見た瞬間、そんな不満など一気に消え、ギョッと目を剥いた。カケルの手は、棒のようで、黒く、毛むくじゃらになっていた。何処かで見覚えはあるが、それが何だったのかが思い出せない。
「お前、どうしたんだよ、その手!」
「えっ、そんなにヤバいの?」
ショウの反応に、後続を走っていたハヤテも近づいてくる。
その顔を見た瞬間、ショウは悲鳴を上げた。
「ウワァァ! く、来るなァ!」
「え?」
ハヤテは訳が分からず、首を傾げる。
黒くて丸い顔、その顔を埋め尽くさんばかりに飛び出した赤い複眼、針のように尖った口……およそ人のものとはかけ離れた彼の顔は、ハエの顔そっくりだった。
「なんだよ、ショウ。どうかしたのか?」
ハヤテは自身の異変に気づかず、尚もショウに近づいて来ようとする。
ショウは堪らず、ハヤテのバイクを蹴飛ばした。
「だから、来るなって!」
「うぉっ?!」
反動で、ハヤテは体勢を崩す。猛スピードで走っていたバイクは、そのまま近くの街灯へ衝突した。
前輪とハンドル部分がへしゃげ、ハヤテの上半身も街灯に叩きつけられる。ハヤテの顔は半分潰れ、血ではない茶色い何かの汁を傷口から滲ませていた。力なく街灯にもたれかかり、ピクリとも動かない。
「ハヤテ!」
事故を目の当たりにし、ショウは青ざめる。慌てて減速し、バイクを止めた。
「おい、ショウ! 何やってんだよ?!」
前方を走っていたカケルもその場にバイクを止め、ショウに詰め寄る。
バイクに乗ったまま放心しているショウの胸ぐらをつかむと、フルフェイスヘルメット越しに怒りを剥き出しにした。
「お前、自分が何やったのか分かってんのか?! ハヤテを殺しちまったんだぞ?!」
「ち、違う! 俺は殺すつもりなんかなかったんだ! よく見ろよ、アイツの顔!」
「顔ぉ?」
カケルはハヤテの顔を確認するため、フルフェイスヘルメットのシールドを上げた。
巨大な赤い複眼が、シールドの隙間からショウを睨んでいた。
「う、ウワァァ!」
ショウは堪らずカケルを振り払い、バイクで走って逃げた。カケルのあの目は、ハヤテと同じハエの目だった。
同時に、変化したカケルの手がハエと同じものであったことも思い出した。
「どうりで、何処かで見たことがあると思った! ヘルメットで隠れてて見えなかったが、カケルもハエ人間になってたんだ!」
ショウは無我夢中で大通りを走り抜けた。
こんな最悪の気分で走るのは、初めてだった。
ショウは三人で行くはずだったガソリンスタンドに逃げ込んだ。深夜ともあり、車は一台も停まっていない。
ガソリンスタンドの照明は煌々と明るく、怯えていたショウの心を安心させた。
「おい、誰か! 誰かいねぇか?!」
バイクを止め、事務所に駆け込む。
するとカウンターの前で待機していた女性の店員が、ショウの顔を見て悲鳴を上げた。
「いやぁぁっ! 化け物!」
「え?」
店員はカウンターの裏に置いていたタンクで、ショウを殴りつける。
意表を突かれたショウはそのまま倒れ、殴られた頭を押さえた。すると、あるはずのものがなかった。
「……あれ?」
何度確認しても、何処を確認しても、彼の頭には髪が一本も生えていなかった。
その上、頭を押さえた手を見ると、黒くて細くて毛むくじゃらに変わっていた。カケルと同じ、ハエの手だった。
「死ね! 死ね!」
店員はタンクの中身をショウにぶちまけ、ライターの火を落とす。
火は一気に燃え上がり、ハエ人間と成り果てたショウの体を包み込んだ。
翌日、暴走族の男達がそれぞれ別の場所で死体となって発見された。
一人は街灯に衝突したことによる脳挫傷で、死亡。
一人はコンビニの殺虫灯に顔を突っ込み、感電死。
一人はガソリンスタンドで自らタンクの灯油を被り、ライターで火をつけて焼死した。
いずれも事故および自殺と断定され、事件性はないとされた。生前の三人に自殺願望がなかったことから、捜査員の中には彼らの死を不審がる者もいたが、これといった証拠もなく、捜査は打ち切られた。
朝、夢花は晴れやかな顔でゴミ捨てをしている歩夢と会った。
「おはよう、歩夢お兄さん! 最近、原稿は書けてる?」
「おはよう、夢花ちゃん。おかげで調子いいよ。これなら締め切りに間に合いそうだ。五月蝿いハエを処分してくれて、ありがとう」
「えへへ。どういたしまして」
夢花は歩夢に褒められ、嬉しそうに笑った。
(第3話へ続く)
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