悪夢症候群

緋色刹那

文字の大きさ
上 下
44 / 227
第1部 第3章「蓄積悪夢」

第5話『待合室』⑻

しおりを挟む
 少女は受付に向かって、指差した。
 ツネトキもつられて、視線を向ける。そこには、死んだはずの土田カオリが立っていた。
「え?」
 ツネトキは呆然と彼女を見つめる。
 土田は受付を済ませると、こちらを振り返った。ばちっと目が合う。土田は嬉しそうに顔をほころばせ、ツネトキへ歩み寄った。
「やっと私が見えるようになったんですね、ツネトキさん」
「つ、土田……!」
 ツネトキは土田へ駆け寄り、手を取る。触れてもツツジの花には変わらなかった。
 今度こそ本物だと分かり、ツネトキの目に涙が浮かんだ。
「良かった! 生きてたんだな……!」
「えぇ。ツネトキさんこそ、治って良かったです。会社の皆さん、心配していらっしゃったんですよ? 私が飛び降りたショックで、私を認識できなくなったって」
「認識してなかったって、いつから?」
「私が飛び降りてからずっとです。何度もお医者さんや会社の方が説明しても信じてくれなかったんですよ? テレビやネットのニュースを見せても、全然ダメだったんですから」
「そ、そうだったのか」
 青年と少女は「自分達の役割は済んだ」とばかりに、会話を再開している。
 土田が飛び降り、ツネトキが彼女の姿が見えなくなったのは、彼らと出会うより前だった。ということは、ツネトキがおかしくなった原因は、彼らではない。
(つまり、俺は力を使っていたんだな)
 土田が飛び降りた瞬間、ツネトキは自分を恨み、責めた。
 その願いは叶い、今まで自分で自分を苦しめていたのだ。ある意味、少女と青年のおかげで地獄から解放されたと言ってもいい。
「……土田。まだ、光ヶ丘のことは恨んでいるか?」
「もちろん」
 ツネトキの質問に、土田は即答した。だが、その目に殺意はなかった。
「ビルの屋上から光ヶ丘の幻覚を突き落とそうとして、自分が落ちちゃったくらいですからね。でも、助かって気づきました。私は光ヶ丘に復讐するより、もっとやりたいことが沢山あるって」
「そうか。良かったな」
「はい!」
 土田は満面の笑みで頷いた。光ヶ丘に対する復讐で燃えていた時の彼女より、ずっと生き生きとしていた。
(光ヶ丘のやつ、惜しいことをしたな)
 と、ツネトキは苦笑した。



 ツネトキが診察室に入った後、少女は青年に尋ねた。
「まだ許してあげないの?」
「もちろん」
 青年は冷たく微笑んだ。
「僕はね、ああいう大声で威嚇する人間が嫌いなんだ。あんな動物と同じ生き物だと思うだけで反吐が出る。それに……力を取り戻したら、僕達にも悪夢を見せてくるかもしれないだろう? あの調子じゃ、ろくな使い方してなかったみたいだし、僕達が封じておかないとね」
「すっごい偶然だよね! 私が、お兄さんがに、悪夢を見せる力を持ってるなんて! どうする? 世界征服とかしちゃう?」
「フフッ、今はまだいいかな」
 少女はあどけなく野望を語り、青年も否定せず微笑む。
 傍から見れば、微笑ましい光景。誰も、二人が現実の話をしているとは思っていなかった。



(第三章ならびに第一部終わり)
(第二部へ続く)
しおりを挟む

処理中です...