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第1部 第3章「蓄積悪夢」
第5話『待合室』⑹
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「……あぁ、そうか。これも夢か」
土田の死体を目にして、ツネトキはようやく気づいた。固く目をつむり、「これは夢だ」と繰り返し念じる。
目を開くと、ツネトキはオフィスの机に突っ伏して寝ていた。徹夜に耐え切れず、眠ってしまったらしい。続々と同僚達が出社し、騒がしかった。
ツネトキはオフィスの喧騒から遠ざかるように席を立ち、自動販売機で缶コーヒーを購入した。飲みながら、少女の言葉を思い出す。
『じゃあ、とっておきの悪夢を見せてあげようかな?』
『関係ないよ。おじさんはずっと悪夢の中にいるんだから。止められるかどうかはおじさん次第だよ』
「……他人のトラウマを簡単に抉りやがって。夢の中で土田を助けたって、現実のあいつは戻って来ないのに」
一晩寝たので、その日は一日頭がスッキリしていた。
しかし同時に、体が睡眠のリズムを取り戻してしまったようで、気がつくと土田が飛び降りていた。
「土田!」
昨晩と同じように窓へ駆け寄り、土田の遺体を目撃する。吐き気で倒れ、目を開くと床で寝ていた。
「……またあの夢か。今日はあのガキは出てこなかったな。土田が死ぬ瞬間を見せられるくらいなら、おかしな遊びに付き合わされるほうがマシなんだが」
しかし何度寝ても、少女は現れなくなった。ただひたすら、土田が死ぬ瞬間の悪夢を見せられる。
一週間同じ悪夢が続き、ツネトキは少女が残した悪夢の正体にやっと気づいた。
「"止められるかどうかはおじさん次第"って、"悪夢を止めたければ、土田を助けろ"って意味だったのか」
このままでは、死ぬまでトラウマの悪夢を見せられ続ける。
ツネトキは自らを救うため、夢の中で土田を助ける決心をした。
「土田が飛び降りる前に屋上へ行けばいいんだ、簡単なことじゃないか」
仕事が終わると、残業せず帰宅した。これならすぐに夢だと気づける。
眠り、目を覚ますと、ツネトキは早朝の会社のオフィスにいた。服もパジャマからスーツに変わっている。無事、例の悪夢の中へ入ったらしい。
ツネトキは急いでオフィスを飛び出し、屋上へ向かった。最上階までエレベーターで上がり、屋上へと続く非常階段を上る。
「ハァ、ハァ、ヒィ、ヒィ……」
慣れない運動に足が止まりそうになったが、どうにか屋上にたどり着いた。
扉を開けると、土田は屋上を囲うフェンスの上に立っていた。
「土田、やめろ!」
「……」
「俺が悪かった! 光ヶ丘はなんとかして償わせるから、死なないでくれ!」
「……」
大声で呼びかけるが、反応はない。
土田は何やら一人でぶつぶつとつぶやいていたが、突然両手を前に突き出し、叫んだ。
「光ヶ丘、死ねえぇっ!」
土田の体が前へ傾く。そのままバランスを崩し、落下した。
「土田!」
駆け寄ったツネトキの手が、空をつかむ。
地面を覗くと、灰色のアスファルトの地面に小さな赤い点が滲んでいるのが見えた。ツネトキはまたしても、土田を救えなかった。
「土田……」
ツネトキは悔やしそうに、両手でフェンスを握った。
土田はツネトキに全く気づいていなかった。光ヶ丘の名を叫んでいた点から察するに、彼の幻影を見ていたのだろう。目の前に光ヶ丘どころか、地面すらないことに気づかず、幻影を突き落とそうとして両手を前へ伸ばしたのだ。
(ダメだ、間に合わない! 俺の足じゃ、急いでもこれが限界だ! 最初から屋上にいれば、間に合うのに!)
ふと、ツネトキは思いついた。
ツネトキの命にもかかわるほど危険ではあるが、土田を助けられるかもしれない方法を。
土田の死体を目にして、ツネトキはようやく気づいた。固く目をつむり、「これは夢だ」と繰り返し念じる。
目を開くと、ツネトキはオフィスの机に突っ伏して寝ていた。徹夜に耐え切れず、眠ってしまったらしい。続々と同僚達が出社し、騒がしかった。
ツネトキはオフィスの喧騒から遠ざかるように席を立ち、自動販売機で缶コーヒーを購入した。飲みながら、少女の言葉を思い出す。
『じゃあ、とっておきの悪夢を見せてあげようかな?』
『関係ないよ。おじさんはずっと悪夢の中にいるんだから。止められるかどうかはおじさん次第だよ』
「……他人のトラウマを簡単に抉りやがって。夢の中で土田を助けたって、現実のあいつは戻って来ないのに」
一晩寝たので、その日は一日頭がスッキリしていた。
しかし同時に、体が睡眠のリズムを取り戻してしまったようで、気がつくと土田が飛び降りていた。
「土田!」
昨晩と同じように窓へ駆け寄り、土田の遺体を目撃する。吐き気で倒れ、目を開くと床で寝ていた。
「……またあの夢か。今日はあのガキは出てこなかったな。土田が死ぬ瞬間を見せられるくらいなら、おかしな遊びに付き合わされるほうがマシなんだが」
しかし何度寝ても、少女は現れなくなった。ただひたすら、土田が死ぬ瞬間の悪夢を見せられる。
一週間同じ悪夢が続き、ツネトキは少女が残した悪夢の正体にやっと気づいた。
「"止められるかどうかはおじさん次第"って、"悪夢を止めたければ、土田を助けろ"って意味だったのか」
このままでは、死ぬまでトラウマの悪夢を見せられ続ける。
ツネトキは自らを救うため、夢の中で土田を助ける決心をした。
「土田が飛び降りる前に屋上へ行けばいいんだ、簡単なことじゃないか」
仕事が終わると、残業せず帰宅した。これならすぐに夢だと気づける。
眠り、目を覚ますと、ツネトキは早朝の会社のオフィスにいた。服もパジャマからスーツに変わっている。無事、例の悪夢の中へ入ったらしい。
ツネトキは急いでオフィスを飛び出し、屋上へ向かった。最上階までエレベーターで上がり、屋上へと続く非常階段を上る。
「ハァ、ハァ、ヒィ、ヒィ……」
慣れない運動に足が止まりそうになったが、どうにか屋上にたどり着いた。
扉を開けると、土田は屋上を囲うフェンスの上に立っていた。
「土田、やめろ!」
「……」
「俺が悪かった! 光ヶ丘はなんとかして償わせるから、死なないでくれ!」
「……」
大声で呼びかけるが、反応はない。
土田は何やら一人でぶつぶつとつぶやいていたが、突然両手を前に突き出し、叫んだ。
「光ヶ丘、死ねえぇっ!」
土田の体が前へ傾く。そのままバランスを崩し、落下した。
「土田!」
駆け寄ったツネトキの手が、空をつかむ。
地面を覗くと、灰色のアスファルトの地面に小さな赤い点が滲んでいるのが見えた。ツネトキはまたしても、土田を救えなかった。
「土田……」
ツネトキは悔やしそうに、両手でフェンスを握った。
土田はツネトキに全く気づいていなかった。光ヶ丘の名を叫んでいた点から察するに、彼の幻影を見ていたのだろう。目の前に光ヶ丘どころか、地面すらないことに気づかず、幻影を突き落とそうとして両手を前へ伸ばしたのだ。
(ダメだ、間に合わない! 俺の足じゃ、急いでもこれが限界だ! 最初から屋上にいれば、間に合うのに!)
ふと、ツネトキは思いついた。
ツネトキの命にもかかわるほど危険ではあるが、土田を助けられるかもしれない方法を。
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