悪夢症候群

緋色刹那

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第1部 第3章「蓄積悪夢」

第5話『待合室』⑵

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「おじさん、起きて起きて!」
「んあ……?」
 ツネトキは少女の声で目が覚めた。病院から帰ってきて、そのまま寝てしまっていたらしい。
 どこかで聞いたことのある声だ、と起き上がると、待合室にいた少女がすぐそばに立っていた。
「こんばんは。いい夜だね」
「うわっ! な、何で俺の部屋に……!」
 慌てるツネトキに、少女はクスクスと笑った。
「ねぇ、私と追いかけっこしよう?」
「はぁ? 何でお前なんかと……」
「おじさんが鬼ね? 私がゴールに着くまでに、私を捕まえるの。もし、捕まえられなかったら、罰ゲームを受けてもらうからね?」
「勝手に話を進めるな!」
 少女はツネトキを無視し、「よーい、ドン!」と走り出した。玄関のドアを開き、外へ去っていく。
 ツネトキは開け放たれたドアを呆然と見つめた。
「……何なんだよ、あのガキ。意味わかんねぇ」
 少女が戻ってこないよう、玄関のドアを閉め、鍵をかける。
 外は暗かった。寝ている間に夜になっていたらしい。窓にやつれたツネトキの顔が映っていた。鍵は閉まっていた。
(あいつ、どうやってうちに入ってきたんだ? というか、何で俺の家を知っているんだ?)
 その時、テレビが勝手に点いた。
 先程の少女がツネトキの家とは別の家の玄関の前で、嬉しそうにぴょんぴょん跳ねていた。
『ゴール! おじさん、足遅すぎ!』
「うるせぇ。お前が勝手に始めたんだろ」
『というわけで、おじさんには罰ゲームの刑だよ! バイバーイ!』
 少女が手を振り、ブツっとテレビの電源が落ちる。
 その直後、ツネトキの全身に猛烈な痛みが走った。あちこちの毛穴から何かが出てこようとしている。見ると、毛穴の中にキラリと光る小さな白い粒が無数に埋まっていた。
「ひ、ひぃぃっ?! な、何だこれは?!」
 爪で粒を毛穴から抜き取ろうと試みるが、やればやるほど爪先が削れていく。
 やがて、光る粒がツネトキの皮膚から一斉に排出された。それは大粒のダイヤモンドだった。
「こ、これ、本物か? 何で俺の体からダイヤモンドが……」
 ツネトキは本物かどうか確かめようと、ダイヤモンドをつまむ。
 同時に、穴だらけになった手の甲を見てしまった。出血こそないが、かなりショッキングな絵面だった。
「うわぁぁっ! 何だよ、これ!」
 ツネトキは絶叫し、穴だらけになった手から視線をそらす。
 その先には窓があり、手と同じように穴だらけになったツネトキの顔がはっきりと映っていた。
「うぇっ……!」
 耐えがたいショックに、ツネトキは目を剥き、気を失った。



 目を覚ますと、朝だった。
 布団から飛び起き、洗面所の鏡で顔を確認する。体のすみずみまで確かめたが、どこにも穴は空いていなかった。
「よ、良かった。あれは夢だったんだ」
 ツネトキは安堵した。
 とてもリアルな悪夢だった。痛みも空洞も、実際に体感したことのように覚えている。
 次いで、勝ち誇ったように笑う少女の顔が、頭に浮かんだ。
「まさかあのガキ、僕と同じ能力者じゃないだろうな?」
 ツネトキは彼女と会った日の夜に、悪夢で苦しめられた。偶然とは思えない。
「なめやがって……大人に媚びないと何もできない子供のくせに!」
 ツネトキは急いで着替えると、病院へ向かった。きっと今日も待合室で騒いでいるはずだ。
 普通の子供ならまだしも、同じ能力者なら手加減はいらない。なぜ力が使えなかったかは分からないが、また使えなかったらでこらしめるまでだった。


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