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第4部 エピローグ『2051』
⑶
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利緒は居ても立っても居られず、電車を乗り換え、夢花の子供の家へ向かった。
住宅地の一角にある、ごく普通の一軒家だ。表札には「夜宵日野日野夜宵」とあった。
「どっちが本当の名字か分からないじゃないの」
インターホンを押すが出ない。鍵は開いていたので、こっそりドアを開けた。
「お邪魔しま……す?!」
玄関は大量の靴で埋め尽くされていた。
男もの、女もの、子供用、大人用、カジュアル、フォーマルなど、種類が幅広い。ドアが半開きになっている靴箱にも、大量の靴が力づくでねじ込んであった。
利緒はすぐに逃げられるよう、靴を持って上がる。
玄関に限らず、とにかく物が多い家だった。
台所には大量の食器と食材で占拠され、入ることすらできない。冷蔵庫は食材を詰めすぎて膨らみ、「ミチミチ」と今にも破裂しそうな音を立てていた。
リビングには色んな年代のテレビやテーブル、ソファが積み上げられていた。いくつかテレビを点けてみたが、どのテレビも「天使様と悪魔様」の番組しかやっていない。本当にあった都市伝説特集、バーチャルアイドル特集、宗教団体「天使様と悪魔様」の末路……利緒が持っていたポスターと同じく、テレビにも三種類の「天使様と悪魔様」が共存していた。
「いったい全体、この世界はどうしちゃったのよ?」
利緒はテレビを消し、二階へ上がった。
二階には子供部屋があった。広々とした二人用の部屋で、やはり大量の荷物で埋め尽くされていた。
一番多いのは服だ。ゴスロリ、制服、シスターと神父の衣装などが、こんもりと山になっている。クローゼットも大量にあったが、入り切らずにあふれていた。
テーブルの上には、ピンクのダイヤル式固定電話や最新型のパソコン、薔薇のロザリオ、日野が書いた「悪夢使い」などが、無造作に置かれている。ハンモックのつもりか、天井に子供用と大人用のベッドがいくつか吊ってあった。
規則性がなく、狂気的。悪夢そのものだ。
利緒は家を見れば双子の正体が分かると期待していたのに、余計分からなくなってきた。
その時、
「ただいまー」
と、誰かが帰ってきた。七十代くらいの男性と女性の声がする。
利緒は階段の上から玄関を覗いた。
「ッ!」
悲鳴をあげそうになり、とっさに両手で口をふさぐ。
帰ってきたのは、夢花の父親と日野の母親だった。夢花の子供にとっては祖父母で、養父母でもある。
二人は一体化し、右半分が祖父、左半分が祖母になっていた。服も左右で違う。
二人は交代で靴を脱ぎ、それぞれ手に下げていた買い物袋をおろした。
「変だな? さっきテレビの音がしたから、誰か帰ってきていると思ったのに」
祖父は首を右へ傾げる。
「まさかドロボウ? あの子達が帰ってくるかもしれないと思って、鍵を開けておいたんだけど……不用心だったかしら?」
祖母も首を左へ傾ける。
台所を覗き、リビングを覗き、一階を探し終えると、利緒がいる二階へ上がってこようとした。
(マズい!)
利緒は子供部屋のクローゼットの中へ隠れる。
しかし祖父母が階段を上がりきる前に、家のインターホンが鳴った。
「はぁーい」
「どなたですかー?」
祖父母は引き返し、玄関のドアを開ける。
利緒もクローゼットから出て、階段の上から様子をうかがった。
来客は間宮だった。隣にノバラもいる。間宮はビクビクしながら尋ねた。
「週刊草葉の陰の者です。お宅に、高岡利緒という女が訪ねてきませんでしたか?」
「さぁ?」
「私達も、ついさっき帰ってきたばかりなので」
すると、ノバラが自転車に変わった。間宮が乗っていた自転車だ。
間宮はペンとメモ帳を手に、二人に質問した。
「高岡利緒の名前に聞き覚えは?」
祖父が答える。
「そういえば、夢花ちゃん……娘の同級生で、そんな名前の子がいたような気がします」
「ほう。親しかったんですか?」
「いえ、同じ小学校と中学校にかよっていただけで、特に仲が良かったとは聞いていません」
「失礼ですが、家の中を見せてもらってもいいですか? 高岡は今も、この家にいるはずなんです」
祖母は訝しげに眉をひそめた。
「どうして、そう言い切れるんです?」
自転車がアンテナに変わる。間宮が持っていたペンとメモ帳も、最新型のスマホと電子ペンに変わった。
「高岡には発信機がついていましてね、お宅から電波が飛んでいるんですよ。このままだとお二人とも、高岡に殺されますよ。ほら」
間宮はスマホの画面を見せる。
祖父母もスマホを見て、納得した。
「そういうことなら、どうぞ」
「ちょっと散らかっていますけど」
「ありがとうございます」
間宮は玄関で靴を脱ぎ、家に入る。アンテナを動かし、利緒の位置を探した。
いなくなったはずのノバラも、間宮の後をついてくる。自転車は家の前に停まっていた。
利緒は慌てて、子供部屋の窓から外へ出た。
〈キャスト〉
第1章「天使ちゃんと悪魔ちゃん」
夜宵魅魔:夜宵夢路
夜宵聖:夜宵夢遊
常時正夢:夜宵夢路
常時カオリ:夜宵夢遊
(発信機?! 電車で確かめた時はなかったのに!)
あるいは、あの家を調べるためのハッタリかもしれない。もしそうなら、しばらくは出てこないだろう。
家の表へ回り込み、間宮の自転車を拝借する。なるべく音を立てないよう、そっと漕ぎ出した。
第2章「天使くんと悪魔くん」
日野聖夜:夜宵夢路
日野遊魔:夜宵夢遊
魅魔=デビル:夜宵夢路
聖=エンジェル:夜宵夢遊
館操江(邸アヤコ):夜宵夢遊
駅に向かって、坂を下る。
空には太陽と月が浮かんでいる。東は明るく、西は暗い。昼か夜かも分からない。
夢花の子供の家だけでなく、外もおかしくなりつつあった。
第3章「天使神様と悪魔神様」
日野麻闇:夜宵夢遊
夜宵光司:夜宵夢路
野々原夢雲:夜宵夢遊
ノバラ:ノバラ
「……というか、さっきから出てる文字なんなの? 同じ名前ばっかだけど」
利緒は時折、空中に現れる字を怪しむ。
どの役名も知った名前ばかりだ。演者は夢花と同じ名字だが、知らない人だった。
「まぁ、あの家もこの世界もおかしいし、今さら空中に名前が出る程度じゃ驚かないけど」
しかし、次に流れてきた名前を見て、自転車を止めた。
日野歩夢:夜宵歩夢(友情出演)
夜宵夢花:夜宵夢花(友情出演)
間宮可夢偉:夜宵夢路・夜宵夢遊
「は……? どういうこと? 何で、夜宵夢花とその旦那の名前が出てくるのよ?」
文字はどこかへ去っていく。
キャストの紹介が終わると、だんだんあたりが暗くなってきた。太陽と月が消え、住宅地が消え、自転車が消える。
利緒は一人、暗闇の世界に取り残された。
〈スタッフ〉
監督・演出・脚本他:夜宵夢路・夜宵夢遊
スペシャルサンクス:常時正夢・館操江・野々原夢雲・ノバラ
制作:夢十屋
暗闇に白い文字が浮かび上がる。
最後の「夢十屋」の名前を目にした瞬間、利緒は今度こそ本当の記憶を思い出した。
「そうよ! 夢花の子供は双子の兄妹だった! 十六歳の高校生で、映画研究部の部員! 私を自主制作映画の試写会へ呼び、悪夢へ閉じ込めた! 間宮もスペシャルサンクスの連中も、全員グル! 夢花とその旦那は死んでいない!」
スタッフロールが終わり、視界はさらに暗くなる。自分の姿も見えない。
利緒はどこかから見ているであろう、夢花の子供達に呼びかけた。
「さっさとここから出しなさい! もう十分でしょう?! ねぇ!」
応答はない。どこかから「クスクス」と笑い声が聞こえるだけだ。
それでも利緒は必死に呼びかける。次第に意識が遠のき、暗闇の中で倒れた。
完全に意識を失う寸前、まばらな拍手の音が聞こえた気がした。
住宅地の一角にある、ごく普通の一軒家だ。表札には「夜宵日野日野夜宵」とあった。
「どっちが本当の名字か分からないじゃないの」
インターホンを押すが出ない。鍵は開いていたので、こっそりドアを開けた。
「お邪魔しま……す?!」
玄関は大量の靴で埋め尽くされていた。
男もの、女もの、子供用、大人用、カジュアル、フォーマルなど、種類が幅広い。ドアが半開きになっている靴箱にも、大量の靴が力づくでねじ込んであった。
利緒はすぐに逃げられるよう、靴を持って上がる。
玄関に限らず、とにかく物が多い家だった。
台所には大量の食器と食材で占拠され、入ることすらできない。冷蔵庫は食材を詰めすぎて膨らみ、「ミチミチ」と今にも破裂しそうな音を立てていた。
リビングには色んな年代のテレビやテーブル、ソファが積み上げられていた。いくつかテレビを点けてみたが、どのテレビも「天使様と悪魔様」の番組しかやっていない。本当にあった都市伝説特集、バーチャルアイドル特集、宗教団体「天使様と悪魔様」の末路……利緒が持っていたポスターと同じく、テレビにも三種類の「天使様と悪魔様」が共存していた。
「いったい全体、この世界はどうしちゃったのよ?」
利緒はテレビを消し、二階へ上がった。
二階には子供部屋があった。広々とした二人用の部屋で、やはり大量の荷物で埋め尽くされていた。
一番多いのは服だ。ゴスロリ、制服、シスターと神父の衣装などが、こんもりと山になっている。クローゼットも大量にあったが、入り切らずにあふれていた。
テーブルの上には、ピンクのダイヤル式固定電話や最新型のパソコン、薔薇のロザリオ、日野が書いた「悪夢使い」などが、無造作に置かれている。ハンモックのつもりか、天井に子供用と大人用のベッドがいくつか吊ってあった。
規則性がなく、狂気的。悪夢そのものだ。
利緒は家を見れば双子の正体が分かると期待していたのに、余計分からなくなってきた。
その時、
「ただいまー」
と、誰かが帰ってきた。七十代くらいの男性と女性の声がする。
利緒は階段の上から玄関を覗いた。
「ッ!」
悲鳴をあげそうになり、とっさに両手で口をふさぐ。
帰ってきたのは、夢花の父親と日野の母親だった。夢花の子供にとっては祖父母で、養父母でもある。
二人は一体化し、右半分が祖父、左半分が祖母になっていた。服も左右で違う。
二人は交代で靴を脱ぎ、それぞれ手に下げていた買い物袋をおろした。
「変だな? さっきテレビの音がしたから、誰か帰ってきていると思ったのに」
祖父は首を右へ傾げる。
「まさかドロボウ? あの子達が帰ってくるかもしれないと思って、鍵を開けておいたんだけど……不用心だったかしら?」
祖母も首を左へ傾ける。
台所を覗き、リビングを覗き、一階を探し終えると、利緒がいる二階へ上がってこようとした。
(マズい!)
利緒は子供部屋のクローゼットの中へ隠れる。
しかし祖父母が階段を上がりきる前に、家のインターホンが鳴った。
「はぁーい」
「どなたですかー?」
祖父母は引き返し、玄関のドアを開ける。
利緒もクローゼットから出て、階段の上から様子をうかがった。
来客は間宮だった。隣にノバラもいる。間宮はビクビクしながら尋ねた。
「週刊草葉の陰の者です。お宅に、高岡利緒という女が訪ねてきませんでしたか?」
「さぁ?」
「私達も、ついさっき帰ってきたばかりなので」
すると、ノバラが自転車に変わった。間宮が乗っていた自転車だ。
間宮はペンとメモ帳を手に、二人に質問した。
「高岡利緒の名前に聞き覚えは?」
祖父が答える。
「そういえば、夢花ちゃん……娘の同級生で、そんな名前の子がいたような気がします」
「ほう。親しかったんですか?」
「いえ、同じ小学校と中学校にかよっていただけで、特に仲が良かったとは聞いていません」
「失礼ですが、家の中を見せてもらってもいいですか? 高岡は今も、この家にいるはずなんです」
祖母は訝しげに眉をひそめた。
「どうして、そう言い切れるんです?」
自転車がアンテナに変わる。間宮が持っていたペンとメモ帳も、最新型のスマホと電子ペンに変わった。
「高岡には発信機がついていましてね、お宅から電波が飛んでいるんですよ。このままだとお二人とも、高岡に殺されますよ。ほら」
間宮はスマホの画面を見せる。
祖父母もスマホを見て、納得した。
「そういうことなら、どうぞ」
「ちょっと散らかっていますけど」
「ありがとうございます」
間宮は玄関で靴を脱ぎ、家に入る。アンテナを動かし、利緒の位置を探した。
いなくなったはずのノバラも、間宮の後をついてくる。自転車は家の前に停まっていた。
利緒は慌てて、子供部屋の窓から外へ出た。
〈キャスト〉
第1章「天使ちゃんと悪魔ちゃん」
夜宵魅魔:夜宵夢路
夜宵聖:夜宵夢遊
常時正夢:夜宵夢路
常時カオリ:夜宵夢遊
(発信機?! 電車で確かめた時はなかったのに!)
あるいは、あの家を調べるためのハッタリかもしれない。もしそうなら、しばらくは出てこないだろう。
家の表へ回り込み、間宮の自転車を拝借する。なるべく音を立てないよう、そっと漕ぎ出した。
第2章「天使くんと悪魔くん」
日野聖夜:夜宵夢路
日野遊魔:夜宵夢遊
魅魔=デビル:夜宵夢路
聖=エンジェル:夜宵夢遊
館操江(邸アヤコ):夜宵夢遊
駅に向かって、坂を下る。
空には太陽と月が浮かんでいる。東は明るく、西は暗い。昼か夜かも分からない。
夢花の子供の家だけでなく、外もおかしくなりつつあった。
第3章「天使神様と悪魔神様」
日野麻闇:夜宵夢遊
夜宵光司:夜宵夢路
野々原夢雲:夜宵夢遊
ノバラ:ノバラ
「……というか、さっきから出てる文字なんなの? 同じ名前ばっかだけど」
利緒は時折、空中に現れる字を怪しむ。
どの役名も知った名前ばかりだ。演者は夢花と同じ名字だが、知らない人だった。
「まぁ、あの家もこの世界もおかしいし、今さら空中に名前が出る程度じゃ驚かないけど」
しかし、次に流れてきた名前を見て、自転車を止めた。
日野歩夢:夜宵歩夢(友情出演)
夜宵夢花:夜宵夢花(友情出演)
間宮可夢偉:夜宵夢路・夜宵夢遊
「は……? どういうこと? 何で、夜宵夢花とその旦那の名前が出てくるのよ?」
文字はどこかへ去っていく。
キャストの紹介が終わると、だんだんあたりが暗くなってきた。太陽と月が消え、住宅地が消え、自転車が消える。
利緒は一人、暗闇の世界に取り残された。
〈スタッフ〉
監督・演出・脚本他:夜宵夢路・夜宵夢遊
スペシャルサンクス:常時正夢・館操江・野々原夢雲・ノバラ
制作:夢十屋
暗闇に白い文字が浮かび上がる。
最後の「夢十屋」の名前を目にした瞬間、利緒は今度こそ本当の記憶を思い出した。
「そうよ! 夢花の子供は双子の兄妹だった! 十六歳の高校生で、映画研究部の部員! 私を自主制作映画の試写会へ呼び、悪夢へ閉じ込めた! 間宮もスペシャルサンクスの連中も、全員グル! 夢花とその旦那は死んでいない!」
スタッフロールが終わり、視界はさらに暗くなる。自分の姿も見えない。
利緒はどこかから見ているであろう、夢花の子供達に呼びかけた。
「さっさとここから出しなさい! もう十分でしょう?! ねぇ!」
応答はない。どこかから「クスクス」と笑い声が聞こえるだけだ。
それでも利緒は必死に呼びかける。次第に意識が遠のき、暗闇の中で倒れた。
完全に意識を失う寸前、まばらな拍手の音が聞こえた気がした。
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