悪夢症候群

緋色刹那

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第4部 エピローグ『2051』

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 考える利緒の視界に、電車の吊り広告が入った。
 IT系情報サイト「ダイバー」によるバーチャルアイドル特集の広告だ。先日電撃引退した「天使様と悪魔様」のひじり魅魔みまが笑顔で写っている。
 二人の顔を見ているうちに、記憶を覆っていたモヤがわずかに晴れた。
「思い出した。夢花の子供は男子の双子で、中学生だったわ」
 名前は、日野聖夜せいや・日野遊魔ゆうま。今年アクムツカイとして目覚め、バーチャルアイドル「天使様と悪魔様」になりきり、リスナーの悪夢を代行していた。
 ついでに、思い出した。
 利緒が聖夜と遊魔の両親を殺させ、監視を任せていたのは、ノバラではない。たち操江みさえだ。「最新の美容整形手術を受けさせてやる」と言ったら、あっさり夢花と日野に復讐してくれた。
 館は手術後、やしきアヤコという若手教師として、双子の中学校へ潜入した。監視一年目はバレずにやり過ごし、二年目に入った。
 ところが、館は「子供がアクムツカイとして目覚めたら始末しろ」という利緒の指示を無視し、聖夜と遊魔を自らのしもべに変えてしまった。バチが当たったのか、館はその後正気に戻った聖夜と遊魔によって悪夢へ閉じ込められ、二度と現実に戻れなくなった。
 両親の仇である館を倒して満足したのか、聖夜と遊魔は「天使様と悪魔様」を引退。日常生活でもアクムツカイの力は使わなくなった。
(……あの時点で、私も復讐を終えるべきだった。欲をかいて、「天使様と悪魔様」の人気を落とそうとしたから、こうして追われる羽目になってしまったのよ)
 利緒は過去の自分を振り返り、ため息をついた。
 「天使様と悪魔様」は活動をやめた後も、根強い人気を保っていた。
「他人を悪夢で苦しめて喜ぶような人間が、人気者なんて許さない!」
 と憤った利緒は、彼らの人気を落とすためだけに、「悪夢で人類を救う系バーチャルアイドル」としてデビュー。「天使様と悪魔様」の妹分を名乗り、積極的に人気を下げるような言動を繰り返した。元々のファンは怒っていたが、「天使様と悪魔様」のアンチは利緒を応援していた
 そんなある日、IT系情報サイト「ダイバー」の記者をやっている間宮という男から連絡が来た。
「俺は貴方の全てを知っている。これ以上無礼な配信を続けるなら、俺が知っている全ての情報を『クサカゲ』に売ってやるから覚悟しとけ」
 無視して、その連絡すらも配信でネタにしていると、コンッと何かが窓に当たった。
 カーテンの隙間から外を覗くと、アパートの向かいにある電柱に男がよじ登り、利緒の部屋目掛けて小石を投げていた。天パの髪とヒゲが目立つ、三十代くらいのハンサムな男で、首に「ダイバー専属ライター・間宮可夢偉」と書かれた名札をかけていた。
 男は利緒と目が合うと、ニヤリと笑った。間宮が言っていた「全て」とは、利緒の住所も含まれていたのだ。
 利緒は配信を中断し、アパートから逃げ出した。間宮は自転車で追ってきたが、途中でスタミナが切れたのかいなくなっていた。



「なーんだ。ノバラは一緒じゃないのね。ただの人間ひとりなら、なんとか撒けそう」
 利緒は安堵し、席へ腰を下ろす。
 反射的に、別の吊り広告が目に入った。都市伝説雑誌「奇奇怪怪」が出している「天使様と悪魔様」特集号のお知らせだ。あの「天使様と悪魔様」への独占インタビューに成功したらしい。
 利緒は眉をひそめた。
「都市伝説雑誌なのに、バーチャルアイドルを特集? 変なの」
 その瞬間、晴れたと思っていた頭の中のモヤが、実はまだかかっていたと気づいた。
「……いや、違う! 天使様と悪魔様はバーチャルアイドルじゃない! 口裂け女や人面犬と同じ、都市伝説よ!」
 ついでに、男子中学生でもなかった。
 双子の女子小学生で、夜宵魅魔・夜宵聖という。偶然にも、利緒がバーチャルアイドルだと思っていた「天使様と悪魔様」と同じ名前だ。
 姉妹は子供達の間で「天使様と悪魔様」という、どんな相手にも悪夢を見せてくれる存在として知られていた。大人だと法外な額の対価を求められるが、子供だとお菓子でいいという点も好感を持たれたのだろう。
 姉妹は常時との接触を最後に、行方をくらました。一方で「天使様と悪魔様」のウワサはさらに広まり、各種メディアでも頻繁に取り上げられるようになった。
 常時は利緒の依頼を受け、夢花と日野を殺し合わせたが、誤って自身の妻にも悪夢を見せてしまい、精神を病んでしまった。もはや姉妹の監視も始末も任せられず、利緒自ら「天使様と悪魔様」に依頼した。
「夜宵魅魔と夜宵聖に、互いに互いを殺し合う悪夢を見せてください」
 もちろん、「天使様と悪魔様」の正体が姉妹だと承知の上で、だ。
 「天使様と悪魔様」はどんな依頼でも受ける。受けなければ、そのことをSNSでバラそうと目論んでいた。
 姉妹は、
「いいですよ」
 と、あっさり依頼を受けた。
 だが、その後も「天使様と悪魔様」は活動し続けた。利緒が再度電話をかけ、抗議すると、姉妹はクスクス笑いながら答えた。
「言い忘れてましたぁ。私達……じゃなくて、お客様が依頼されたお二人は人間じゃなくなったんですぅ」
「具体的には動く人形……みたいな? だから、殺し合う悪夢を見た程度じゃ死にませーん」
「「キャハハハハッ!!!!」」
 あの耳障りな笑い声が、未だに鼓膜へこびりついているような気がする。
 さらに姉妹から情報をリークしてもらったのか、間宮という「奇奇怪怪」の記者が利緒を追い始めた。
 間宮は数々の最新機器を駆使し、利緒がアクムツカイ殺人事件の黒幕だと証明しようとしている。利緒がこうして逃げているのは、間宮を撒き、海外へ高飛びするためだった。
「……発信機とか付けられてないかしら」
 念のため服をはたき、カバンの中を改める。
 すると、カバンの中から三種類の「天使様と悪魔様」のポスターが出てきた。
 ゴスロリを着た、双子の少女のポスター。
 制服姿の、双子の男子中学生のポスター。
 大人の神父とシスターのポスター。
 それぞれ、バーチャルアイドル「天使様と悪魔様」のポスター、宗教団体「天使様と悪魔様」のポスター、都市伝説「天使様と悪魔様」につながる電話番号が載っているポスターだ。
「なんで……なんで三つもあるのよ……」
 利緒は絶句した。
 同時に存在するはずのないポスターが、なぜか利緒の手元にそろっている。利緒の双子に関する記憶は、再びモヤで覆い隠されようとしていた。


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