悪夢症候群

緋色刹那

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第4部 第2章「天使くんと悪魔くん」

第4話『閉鎖悪夢〈人形邸〉』⑴

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「聖夜、雑誌の取材依頼が来てるよ」
 夏休みの終わり頃、依頼の整理に明け暮れていた日野兄弟のもとへ、さる雑誌社から「天使様と悪魔様」宛にメールが届いた。
 兄弟演じる「天使様と悪魔様」はみひろたんを失脚させたことで、不動の人気を博した。各所メディアでも取り上げられ、良くも悪くも話題になっている。
 聖夜は作業の手を止めることなく、遊魔に指示した。
「奇奇怪怪とクサカゲだったら断っといてくれ。あそこは勝手な記事しか書かねーから、信用できねぇ」
「安心して、どっちでもないよ。IT系情報誌『ダイバー』の記者さんだって」
「ダイバー?!」
 驚きのあまり、聖夜は素っ頓狂な声を上げた。
 「ダイバー」は最新のIT機器やインターネットに関した情報を発信する、ウェブ雑誌だ。聖夜と遊魔も購読している。ただ、驚いたのはそれが理由ではなかった。
「ダイバーって、俺達がデータ盗んだ出版社じゃん! もしかして、俺達の仕業だってバレたんじゃ……」
 遊魔は「考え過ぎだよ」と笑った。
「痕跡だって残してないんだし、相手がウィザード級ハッカーでもない限り、盗まれたことすら気づかないはずだよ。いくらIT系情報誌とはいえ、そんなすご腕ハッカーが日本の雑誌社にいると思う?」
「……だよなぁ」
 聖夜は安堵した。
 ハッキングがバレたわけではないのなら、他のメディア同様「天使様と悪魔様」ブームに乗っかりたいだけだろう。
 上手くいけば、盗んだデータに保存されていない情報を聞き出せるかもしれない。館の行方は未だつかめず、館らしき依頼主も現れなかった。



「『ダイバー』の間宮まみや可夢偉かむいです。本日はよろしくお願い致します」
「よろしくぅ」
「こちらこそですわ」
 日野兄弟は「天使様と悪魔様」の聖と魅魔のアバターを使い、「ダイバー」のオンライン取材に応じた。
 取材を担当したのは「間宮」と名乗る、天パの髪とヒゲが目立つ三十代くらいのハンサムな男だった。IT系情報誌の記者のくせに機械に疎く、取材に使うチャットアプリケーションを立ち上げるのに、かなり苦労していた。
 間宮がウィザード級ハッカーなのではないか? と警戒していた日野兄弟も、取材が始まる頃には
「コイツだけは絶対違う」
「うん。ハッカーというよりクラッカーだね。自分では制御できないタイプの」
 と警戒を解き、呆れていた。
「さて、今回の記事のテーマが『新たなバーチャルアイドルの可能性』ということで、お二人に白羽の矢が立ったわけですが……そもそもお二人はどのようなキッカケでバーチャルアイドルを始められたのでしょうか?」
「人間に悪夢を見せるよう、お上から試練を科せられたからだよー。私達の第一回配信を観てたら、知ってると思うけど?」
「もちろん、存じております。ただ、お聞きしたいのはお二人のキッカケでして」
「強いて言えば、人探しでしょうか。バーチャルアイドルとして有名になれば、その方の居場所が分かるのではないかと思いまして」
「差し支えなければ教えて頂けませんか?」
「館操江」
 瞬間、間宮は口をつぐんだ。館について何か知っているのは明白だった。
 間宮は声を絞り出すように、兄弟に尋ねた。
「探し出して……どうするつもりですか?」
「もちろん、復讐するのよ。あの女はアクムツカイ殺人事件の真犯人だもの」
「お兄さんだって、真犯人が館だって分かっているはずでしょう? どうして記事にしてくれなかったの?」
「なぜ、そのことを?」
「私達はバーチャル世界に存在する天使と悪魔だもの。どんな情報だって手に入れられるわ」
「だが、館の居場所は分からない……と?」
 間宮はクククと笑う。今までは猫を被っていたらしい。
 兄弟はつい、いら立ちを露わにした。
「それが何か?」
「私達だって万能じゃないし! 分からないもんは分からないだってば!」
「……そうだな。俺も知らない。探しているが、見つからない。館はからな」
「えっ?」
 意外だった。彼も館が異質だと気づいていたとは。
 間宮は兄弟も知らない、館の足取りを語った。
「館が真犯人だと知っているなら、当時ヤツが警察から事情聴取を受けていたことも知っているな?」
「えぇ。それきり、消息を絶ったことも」
「本来ならその時、身柄を押さえる予定だったらしい。証拠がないとはいえ、怪しいのに変わりはなかったからな。ところが、急に予定が変わった。簡単な事情聴取だけ済ませ、釈放されたんだ」
「は?」
「そんな!」
 日野兄弟はキャラを忘れ、愕然とする。身柄を押さえていれば、今頃館に罪を償わせられていたかもしれないのに。
 さらに、館の不審な動きは続く。
「それだけじゃねぇ。館は前にも詐欺罪だのなんだので刑務所に入ってたんだが、たった三年で釈放された」
「理由は?」
「さぁ……ハッキリした理由は分からねぇ。何人かの記者が館に直接コンタクトを取ったが、どいつもインタビューから帰って来ると、館の味方になっていた。他の人間が何を訊いても『館は犯人じゃない』の一点張り……中には記者をやめちまうヤツもいたな」
 おそらく記者達は館に悪夢を見せられ、操り人形にされたのだろう。事情聴取後の館の行方が分からなくなったのは、それが原因だったのだ。
「館はいつしか"取材してはいけない危険人物のひとり"として、業界のレッドリストに入れられた。だが、俺はそういう社会の闇とかドロドロしたゴシップが大好きでね……本業のかたわら、で調べ始めたんだよ」
(趣味……)
(趣味……?)
 日野兄弟は眉をひそめる。連動して、アバターの聖と魅魔も険しい顔をした。
 同業者が悪夢を見せられておかしくなったというのに、命知らずな男だ。IT系情報誌の「ダイバー」より、芸能ゴシップ誌……それこそ、聖夜が嫌いな「クサカゲ」の方が向いていそうな気がする。
 しかも、間宮はただのゴシップファンではなく、実力のあるゴシップ狂だった。
「調べた結果、館は海外へ渡っていた。目的は整形。アジアを中心に回り、手術を繰り返していたらしい。最後に手術をしたのはアメリカで、どんな年齢でも二十代まで若返るという研究中の美容医療を受けたそうだ。残念ながら、関係者は館のことを覚えておらず、カルテも動画も消されていた。もし、館が戸籍まで手に入れていたとしたら、探し出す手立ては皆無だろうな」
「……」
「……」
 日野兄弟は言葉を失う。
 本業の記者が匙を投げた。宿敵は姿も年齢も戸籍も違う、世界のどこにいるかも分からない。
 間宮はダメ押しに、告げた。
「事情聴取以降の館の行方をデータに残さなかったのは、俺のフォルダをハッキングしたヤツに忠告するためだ。館は並の女じゃない、顔も年齢も分からない、それでも探すか? 命惜しくば、やめておけ……ってな」
「……知ってたのか。俺達がアンタのパソコンをハッキングしたって」
「あぁ。知り合いにITオタクのホワイトハッカーがいてな、お前達が本当はどこの誰なのかも検討がついてる」
「マジかよ」
「ってことは、機械オンチも演技だったの? 僕らを油断させるために?」
「いや、あれは本当」



 取材が終わっても、聖夜と遊魔は呆然とパソコンの画面を見続けていた。
 このまま「天使様と悪魔様」を続ける意味が、果たしてあるのだろうか?
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