悪夢症候群

緋色刹那

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第4部 第1章「天使ちゃんと悪夢ちゃん」

第4話『待合室、再び』⑴

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 間宮が会社のオフィスに戻ってくると、後輩の記者が声をかけてきた。
「お仕事、お疲れ様です! 読みましたよー、『天使様と悪魔様・チラシ特集』! 本物の『天使様と悪魔様』に電話取材したんですよね?! いいなぁー!」
 後輩は羨ましそうに、目を輝かせる。
 根っからの都市伝説マニアで、強い熱意から「奇奇怪怪」担当になった。間宮とは真逆のタイプの人間だが、「天使様と悪魔様」ムーブの火付け役となった間宮を尊敬していた。
「次のネタはもう決まってるんですか? 良かったら、僕にも手伝わせてください!」
 間宮は「あー……」とバツが悪そうに頭をかいた。
「俺、他に調べなきゃいけない都市伝説できたから。次回から『天使様と悪魔様』の担当、お前な?」
「えぇ?!」



「アクムツカイ殺人事件を調べて。そうすれば、私達の正体が分かるから」
「遠慮しなくていいのよ。もう全部、だもの」
 「天使様と悪魔様」の二人はそう間宮に告げ、電話を切った。
 アクムツカイ殺人事件のことなら、専門外の間宮でも知っている。
 四年前、とある夫婦が殺し合った。二人は仲の良い夫婦で、今まで一度もケンカをしたことがなかったという。
 アクムツカイ殺人事件と呼ばれている理由は、夫婦の心変わりが十数年前に出版されたホラー小説「悪夢使い」とよく似ていたからだ。
 小説「悪夢使い」には、相手に殺意を向けると悪夢を見せられる能力者「アクムツカイ」が登場する。アクムツカイが見せる悪夢は現実にも大きく影響し、人生が破滅する・命を落とす・あるいは救われるなど、大半は悲惨な末路をたどる。
 それらは全てフィクションの中の出来事であったが、殺された夫が「悪夢使い」の作者・夜宵やよい歩夢あゆむだったことで、妙なウワサが立ち始めた。
「アクムツカイは実在する」
「夫婦はアクムツカイに殺された」
「不可解な事故死や失踪は、全てアクムツカイの仕業なのだ」
 ……と。
(夫婦に悪夢を見せて殺し合わせたアクムツカイと、悪夢を代行する「天使様と悪魔様」……か)
 似ている、と間宮は思った。実際、アクムツカイと「天使様と悪魔様」を同一視している都市伝説マニアは多い。
 だが、間宮は「同一人物ではない」とも思った。
 「天使様と悪魔様」が本当に子供なら、事件が起こった四年前はさらに幼かったことになる。双子ならやりかねないが、考えたくはなかった。
 それに……怪しい人物なら、他にいる。
 名前は、常時つねとき正夢まさゆめ。ジェーオー株式会社に勤める会社員で、遺体の第一発見者だ。
 常時は事件があった日、会社の営業で夜宵家を訪ねた。その際、部屋の中で倒れている夫婦を発見したのだ。
 常時は当初、最も犯人に近い人物として名が挙がっていた。しかし捜査が進むにつれ、常時が家の中に入っていなかったこと、夫婦と接点が無かったことが分かり、メディアに報じられる前に容疑者から外された。
(もし、常時正夢がアクムツカイで、夜宵夫婦に悪夢を見せて殺し合わせたのだとしたら……誰がこいつを裁けるんだ? 哀れな夫婦だな。残された子供のことを考えられなかったのか?)
 夜宵夫婦には当時四才の子供がいた。
 双子の姉妹で、事件があった日は子供部屋で昼寝をしていたらしい。おかげで夫婦のいさかいには巻き込まれずに済んだが、父親と母親を同時に亡くしてしまった。
 現在は母方の祖父に引き取られ、どこかでひっそりと暮らしているらしい。生きていれば、今年八才になる。
(双子の姉妹、八才……)
 間宮の脳裏に、「天使様と悪魔様」の笑い声が響く。
 二人は「アクムツカイ殺人事件を調べれば、私達の正体が分かる」と言った。彼女達が、その子供なのかもしれない。
(確かに、正体は分かった。だが、"終わったこと"とはなんだ? 両親が殺されたことか?)
 それとも、と間宮は全身が総毛立った。
(真犯人……常時正夢への、復讐の方か?)
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