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第4部 第1章「天使ちゃんと悪夢ちゃん」
第3話『爆音上司』後編
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「仮名:D山D子(女・会社員)の体験談(2/2)」
上司がその後どうなったのか、正確には知りません。
ただ、私が辞めた後も働いていた元同僚いわく、「異常に静かになった」そうです。
異変が起きたのは、ちょうど私が退職金を自室の窓辺に置いた翌日のことでした。
上司はいつものように新入社員を立たせ、恫喝していました。かつて私にしていたように、大きく口を開け、黄ばんだ歯を剥き出し、口臭と粘性の高い唾を吐きつけていたそうです。
元同僚から見ても不快極まる行動でしたが、不思議と静かでした。上司は声が出ていなかったのです。わざとではなく、声を出そうと躍起になっていたそうです。
これには新入社員や他の同僚も困惑を隠せませんでした。上司は耳も聞こえなくなったらしく、元同僚達が何を言っても反応がありませんでした。
普通の会社なら、筆記で異変を伝えようとしたり、上司を病院に連れて行くなりするのかもしれません。ですが、彼らはそうはしませんでした。
彼らは……何もしなかったのです。元同僚も「どうしてあんなやつのために、そこまでしなくちゃいけないの?」と首を傾げていました。
その上、今まで受けていた鬱憤を晴らすように、上司の目の前で愚痴を言ったり、暴言を吐くようになりました。表情でバレないよう、「笑顔で明るく」を心がけていたそうです。何も知らない上司は「人気者になった」とでも勘違いしたのか、毎日上機嫌で、めったにキレなくなりました。
おそらく上司は、私の依頼を受けた「天使様と悪魔様」に悪夢を見せられたのでしょう。どのような悪夢かは分かりませんが、鼓膜と声帯を潰す悪夢が「幸せな悪夢」だったとは到底思えません。
教えてくれた元同僚は今、私が再就職した会社の別の部署で働いています。「上司が静かになって、働きやすくなったんじゃないの?」と尋ねたところ、
「常に誰かの悪口が聞こえてくるから、気分が悪かったんだよね。妙な結束力があって、自分も悪口を言わないと"どうして言わないの?"と責められるし。話題が他人の悪口ばかりだったから、取引先からも良い印象を持たれなくて、全体的に成績が落ちていたよ。それでも誰も改善しようとはしなかった。だから、この会社はもうダメだと諦めたんだよ」
と、苦い顔で答えてくれました。
例の上司はまだ会社にいるそうです。会社も同僚達も相変わらずです。いつか、彼らが「ブラック企業」という悪夢から覚める日は来るのでしょうか?
間宮が書いた「天使様と悪魔様・チラシ特集」は大きな反響を呼んだ。
特に、元大手企業に勤めていた社員による内部告発は都市伝説の域を越え、第三者機関による監査が入るほどに影響を与えた。
「天使様と悪魔様」のチラシは高値で取引され、番号未使用品ともなるとウン十万の値がつけられた。偽のチラシや「天使様と悪魔様」を騙る詐欺師が現れて問題になったが、本物の「天使様と悪魔様」によって消された。
だが、これだけの騒ぎになっても、「天使様と悪魔様」の正体は謎のままだった。「天使様と悪魔様」ブームの火付け役で、チラシ特集の取材として天使様と悪魔様と電話で話した間宮も同様で、世間の盛り上がりとは裏腹に、今回限りで見切りをつけようとしていた。
(ガキだからすぐにボロが出ると思ってたが、えらくしっかりしてたな。年齢、サバ読んでるだろ)
記事の〆切日、間宮は女性に譲ってもらった未使用の番号を使い、「天使様と悪魔様」に取材を試みた。呼び出し音が四回鳴った後、電話は繋がった。
だが結果として、間宮は「天使様と悪魔様」から、ほとんど情報を得られなかった。
『お電話ありがとうございます。こちらは悪夢代行サービス"天使様と悪魔様"でございます。本日はどのようなご用件でしょうか?』
これまで集めた体験談通り、小学生くらいの子供が出た。女の子らしい、可愛らしい声だ。
間宮はいつもの態度を改め、極めて丁寧に取材を持ちかけた。
「お世話になります。都市伝説雑誌〈奇奇怪怪〉担当、記者の間宮と申しますが」
『知ってるわ。私達の記事を書いてる記者さんでしょ?』
続けて、最初の声とそっくりな声が聞こえてきた。
『そのコーヒーも私達の記事を書いたから飲めるのよね?』
「ッ!」
慌てて店内を見回す。
表の通りも確かめたが、電話をしている客は見当たらなかった。
『取材ならお断りよ。話すことなんて何もないもの』
『それとも依頼かしら? 記者さんは大人だから、通常料金ね。普通の大人なら、こんな怪しい子供に払う額じゃないと思うけど……』
子供は間宮の全財産に相当する額を口にした。
会社の経費でも落とせない大金だ。そんな金があるなら、パソコンとスマホを最新機種に買い替えて、もっと便利のいいマンションに引っ越す。
間宮は「だったら、一つだけ訊きたいことがある」とチラシをくれた女性の上司について尋ねた。
「あの男にどんな悪夢を見せたんだ? 依頼人が知りたがっていたぞ」
子供は『あの人が知りたがっていたなら、仕方ないわね』と間宮に教えた。
『私達、あのオジジをコンサートへ招待したのよ』
「コンサート?」
『とっても素敵なコンサートだったわ。自分の声が聞こえないくらい、大音量なの』
『だから耳栓が必須なんだけど、オジジは持っていなかったわ。愉快だったわ……鼓膜が破けたのに気づかないで、無駄に大声を張り上げて声帯まで潰したのよ』
『さすが、永遠の幼稚園児よねぇ』
二人の子供はクスクスと笑う。
間宮は、女性が言っていた言葉の意味が分かった。声は天使のように愛らしいのに、心は悪魔のように残虐……まさに、「天使様」と「悪魔様」だった。
(第4話へ続く)
上司がその後どうなったのか、正確には知りません。
ただ、私が辞めた後も働いていた元同僚いわく、「異常に静かになった」そうです。
異変が起きたのは、ちょうど私が退職金を自室の窓辺に置いた翌日のことでした。
上司はいつものように新入社員を立たせ、恫喝していました。かつて私にしていたように、大きく口を開け、黄ばんだ歯を剥き出し、口臭と粘性の高い唾を吐きつけていたそうです。
元同僚から見ても不快極まる行動でしたが、不思議と静かでした。上司は声が出ていなかったのです。わざとではなく、声を出そうと躍起になっていたそうです。
これには新入社員や他の同僚も困惑を隠せませんでした。上司は耳も聞こえなくなったらしく、元同僚達が何を言っても反応がありませんでした。
普通の会社なら、筆記で異変を伝えようとしたり、上司を病院に連れて行くなりするのかもしれません。ですが、彼らはそうはしませんでした。
彼らは……何もしなかったのです。元同僚も「どうしてあんなやつのために、そこまでしなくちゃいけないの?」と首を傾げていました。
その上、今まで受けていた鬱憤を晴らすように、上司の目の前で愚痴を言ったり、暴言を吐くようになりました。表情でバレないよう、「笑顔で明るく」を心がけていたそうです。何も知らない上司は「人気者になった」とでも勘違いしたのか、毎日上機嫌で、めったにキレなくなりました。
おそらく上司は、私の依頼を受けた「天使様と悪魔様」に悪夢を見せられたのでしょう。どのような悪夢かは分かりませんが、鼓膜と声帯を潰す悪夢が「幸せな悪夢」だったとは到底思えません。
教えてくれた元同僚は今、私が再就職した会社の別の部署で働いています。「上司が静かになって、働きやすくなったんじゃないの?」と尋ねたところ、
「常に誰かの悪口が聞こえてくるから、気分が悪かったんだよね。妙な結束力があって、自分も悪口を言わないと"どうして言わないの?"と責められるし。話題が他人の悪口ばかりだったから、取引先からも良い印象を持たれなくて、全体的に成績が落ちていたよ。それでも誰も改善しようとはしなかった。だから、この会社はもうダメだと諦めたんだよ」
と、苦い顔で答えてくれました。
例の上司はまだ会社にいるそうです。会社も同僚達も相変わらずです。いつか、彼らが「ブラック企業」という悪夢から覚める日は来るのでしょうか?
間宮が書いた「天使様と悪魔様・チラシ特集」は大きな反響を呼んだ。
特に、元大手企業に勤めていた社員による内部告発は都市伝説の域を越え、第三者機関による監査が入るほどに影響を与えた。
「天使様と悪魔様」のチラシは高値で取引され、番号未使用品ともなるとウン十万の値がつけられた。偽のチラシや「天使様と悪魔様」を騙る詐欺師が現れて問題になったが、本物の「天使様と悪魔様」によって消された。
だが、これだけの騒ぎになっても、「天使様と悪魔様」の正体は謎のままだった。「天使様と悪魔様」ブームの火付け役で、チラシ特集の取材として天使様と悪魔様と電話で話した間宮も同様で、世間の盛り上がりとは裏腹に、今回限りで見切りをつけようとしていた。
(ガキだからすぐにボロが出ると思ってたが、えらくしっかりしてたな。年齢、サバ読んでるだろ)
記事の〆切日、間宮は女性に譲ってもらった未使用の番号を使い、「天使様と悪魔様」に取材を試みた。呼び出し音が四回鳴った後、電話は繋がった。
だが結果として、間宮は「天使様と悪魔様」から、ほとんど情報を得られなかった。
『お電話ありがとうございます。こちらは悪夢代行サービス"天使様と悪魔様"でございます。本日はどのようなご用件でしょうか?』
これまで集めた体験談通り、小学生くらいの子供が出た。女の子らしい、可愛らしい声だ。
間宮はいつもの態度を改め、極めて丁寧に取材を持ちかけた。
「お世話になります。都市伝説雑誌〈奇奇怪怪〉担当、記者の間宮と申しますが」
『知ってるわ。私達の記事を書いてる記者さんでしょ?』
続けて、最初の声とそっくりな声が聞こえてきた。
『そのコーヒーも私達の記事を書いたから飲めるのよね?』
「ッ!」
慌てて店内を見回す。
表の通りも確かめたが、電話をしている客は見当たらなかった。
『取材ならお断りよ。話すことなんて何もないもの』
『それとも依頼かしら? 記者さんは大人だから、通常料金ね。普通の大人なら、こんな怪しい子供に払う額じゃないと思うけど……』
子供は間宮の全財産に相当する額を口にした。
会社の経費でも落とせない大金だ。そんな金があるなら、パソコンとスマホを最新機種に買い替えて、もっと便利のいいマンションに引っ越す。
間宮は「だったら、一つだけ訊きたいことがある」とチラシをくれた女性の上司について尋ねた。
「あの男にどんな悪夢を見せたんだ? 依頼人が知りたがっていたぞ」
子供は『あの人が知りたがっていたなら、仕方ないわね』と間宮に教えた。
『私達、あのオジジをコンサートへ招待したのよ』
「コンサート?」
『とっても素敵なコンサートだったわ。自分の声が聞こえないくらい、大音量なの』
『だから耳栓が必須なんだけど、オジジは持っていなかったわ。愉快だったわ……鼓膜が破けたのに気づかないで、無駄に大声を張り上げて声帯まで潰したのよ』
『さすが、永遠の幼稚園児よねぇ』
二人の子供はクスクスと笑う。
間宮は、女性が言っていた言葉の意味が分かった。声は天使のように愛らしいのに、心は悪魔のように残虐……まさに、「天使様」と「悪魔様」だった。
(第4話へ続く)
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