悪夢症候群

緋色刹那

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悪夢極彩色 第五話『魔都』

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 周囲を観察していると、スクランブル交差点の信号機の上に赤い影が見えた。
(あれ、何だろう?)
 スマホのカメラを向け、ズームしてみる。
 そこには赤いドレスをまとった美女が腰掛けていた。顔ははっきりと見えないが、数年前に人気があったモデルに似ている。
(誰だったっけ? 確か、夢花ちゃんが高校生の頃に「あの女、最低!」ってキレてたような……あの時の夢花ちゃん、可愛かったなぁ。フフッ)
 歩夢はモデルの名前よりも先に、怒った夢花の顔を思い出し、笑みをこぼす。
 そこへ
「何見てるの?」
 と待ち合わせ場所に到着した夢花が、歩夢の視界を手でさえぎった。
「信号機の上に人がいるんだよ」
「人?」
「ほら、あそこ」
 夢花は歩夢が指差した先を見上げ、固まった。あの見覚えのあるドレスは間違いなく、野々原の体から分たれた赤いドレスの女だった。
 赤いドレスの女も夢花に気づき、視線を向けてくる。しばらく睨み合いが続いたが、女は信号機が青になると途端に興味を無くし、別の信号機から信号機へと飛び去っていった。
「昔、人気があったモデルに似てないかな?」
「そう? モデルなんて、みんなあんな感じの顔でしょ」
 夢花は不満そうにむくれる。歩夢が他の女性を気にしたことに怒っているらしい。その目には殺意が宿りかけていた。
 歩夢はいち早くそれを察し、「夢花ちゃんの方が可愛いよ」と囁いた。たちまち、夢花の瞳から殺意の気配が失せた。
「なら、いいの」
 夢花は嬉しそうに笑み、歩夢の腕に抱きついた。
 代わりに、駅前一帯に殺意を向ける。周りの人々は夢花に悪夢を見せられ、時が止まったかのように静まった。
「早く行こ! 映画、始まっちゃう!」
「はいはい」
 二人は静まり返った人混みの中を、悠々と歩いて行く。
 やがて二人が人混みを抜けると、人々は元の喧騒を取り戻した。
「『悪夢使い』が面白くてさぁ」
「分かるー!」
「ねぇ、『悪夢使い』の写真撮ろ!」
「俺、実は『悪夢使い』のPRやってるんだよねー。知らない? 結構有名なんだけど」
「君、可愛いねぇ。うちの店で『悪夢使い』買わない?」
「今月、『悪夢使い』買い過ぎてピンチでさぁ。新しい『悪夢使い』買いたいから、金貸してよ」
「やばっ、『悪夢使い』買いそびれる! どいてどいて!」
 誰もが歩夢の著作である「悪夢使い」と口にする。
 その歪さに気づく者は、この場にはいなかった。

悪夢極彩色 第五話『魔都』および「悪夢症候群」第3部『悪夢薔薇色』終わり
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