悪夢症候群

緋色刹那

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悪夢薔薇色 第五話『美崎の岬』

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「先輩! 大丈夫ですか?!」
 その時、野々原の声がした。途端に水の感覚が無くなる。
 美崎は無意識に自らの目を押さえ、髪の毛だらけの床に寝そべってうめいていた。長い夢を見ていたような感覚だったが、夢から覚めても目は酷く痛み、視界は真っ白だった。
「野々原?! そこにいるの?!」
 美崎は野々原の声を聞き、ハッと顔を上げる。足音から、野々原がこちらへ駆け寄ってくるのが分かった。
 美崎が目から手を離すと、野々原は息を呑んだ。何かとんでもないものを目にしてしまったような、そんな息づかいだった。
「せ、先輩! どうしたんですか、その目!」
「アンタのせいよ!」
 美崎は野々原の声を頼りに、彼女へ詰め寄った。
「アンタが私にあの女を仕向けたんでしょ?! 今までの復讐のために!」
「あの女……?」
 野々原はとぼけたが、美崎には全てお見通しだった。
 最後に店を閉めたのは、野々原だ。外部の人間である赤いドレスの女を店に招くことが出来たのは、彼女しかいない。
 大方、今までの鬱憤が溜まって、美崎への復讐を依頼したのだろう。催眠術師か、あるいは殺し屋かもしれない。
「あの女って誰ですか? 先輩はその人に何をされたんですか?」
 野々原はなおも、知らないフリを続ける。
 美崎は「とぼけんじゃないわよ!」と床に落ちている髪の毛をつかみ、野々原に叩きつけようとした。
 その時、真っ白な世界に赤い影が現れた。
 影は徐々に近づいてくる。例の赤いドレスの女だった。
 美崎は思わず「ヒッ」と悲鳴を上げた。つかんでいた髪の毛が手からこぼれる。女は不気味に口角を吊り上げ、美崎を冷たく見下ろしていた。
「ち、違うの! 私、貴方のことを言ったんじゃない!」
 美崎は赤いドレスの女がいる方とは逆方向に向かって走った。
 ドアを開け、飛び出す。直後、横から衝撃を感じた。車のブレーキ音が耳をつんざく。
 美崎はそのままアスファルトの地面へ叩きつけられた。頭から生温かい液体が出ているのを感じた。
 どうやら車にはねられたらしい。ブレーキ音がした方から、
「この馬鹿女! 急に飛び出してきやがって!」
 と、運転手の罵声が聞こえた。
 美崎は薄れゆく意識の中、自分がいなくなった後のことを考え、絶望した。
(嫌だ……私がいなくなったら、野々原が「Wild Rose」のトップになっちゃう。そうしたら店長、絶対あの子を気に入るわ。私のことなんて忘れて、あの子だけを……)

悪夢薔薇色 第五話『美崎の岬』終わり
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