悪夢症候群

緋色刹那

文字の大きさ
上 下
167 / 227
悪夢極彩色 第四話『強欲な野薔薇』

しおりを挟む
 ボールペンを奪った相手が野々原だと分かり、夢花は驚いた。
「野々原さん、いつからいたの?」
「最初から! 舞川さんと踏江さんに頼まれて、すぐに走ってきたの!」
「相変わらずパシられてるんだ……」
 驚いているのは野薔薇と教員も一緒だった。
 やがて正気を取り戻すと、「君! 勝手に入って来ちゃダメじゃないか!」と野々原を校長室から追い出そうとした。
「何を聞いたか知らないけど、全部君の思い過ごしだからね」
「他の生徒に言いふらさないでくれよ。学校の評判が悪くなる」
「もし誰かに告げ口したら、貴方も退学になるから。くれぐれも注意して頂戴」
「何言ってるんですか! 悪いのは野薔薇さんと先生達でしょ!」
 野々原はキッと彼らを睨みつけた。
「夜宵さんが盗作なんてするはずありません! 私、毎日夜宵さんが美術室にこもって描いてたの見てましたから! 全員、夜宵さんに謝って下さい!」
「野々原君、落ち着いて! 君は今、混乱しているんだ。一緒に保健室へ行こう!」
 教員の一人が野々原の肩へ手を伸ばす。
 すると教員の目の前を、今まで見たこともない蝶が飛んでいった。
「え……」
 思わず蝶をつかむ。
 蝶の羽根は一万円札だった。四万円分、胴につながっている。引っ張ると、いとも簡単に取れた。
 蝶は一匹だけでなく、気がつけば無数に校長室の中を飛んでいた。

「か、金だ! 金が飛んでるぞ!」
 教員達は我を忘れ、蝶に飛びつく。金に困っている教員ばかり集まっていたので、そろって狂喜していた。
「ちょっと! それ、私が目をつけてたのに!」
 野薔薇も強欲に、蝶を追う。
 蝶の行先には、純金でできた人型の薔薇が立っていた。頭は薔薇の花で、体は人間になっている。
 見回すと、壁や床、窓、ソファ、テーブル、照明など、部屋のありとあらゆるものが純金に変わっていた。
「これ! この純金の塊は私のよォ!」
「キャーッ!」
 純金でできた人型の薔薇は悲鳴を上げ、逃げ惑う。野々原の声とよく似ていた。
 野薔薇はしびれを切らし、部屋の一角に飾られていた優勝旗を手に取る。優勝旗を振りかぶり、先端の尖っている部分で薔薇の背中を切りつけた。
「痛っ!」
「野々原さん!」
 切りつけられた薔薇は倒れ、もう一体の薔薇が駆け寄る。もう一体の方は、夢花と声が似ていた。
「二体もいるなんてラッキー! もうチマチマ稼ぐ必要もないのね!」
 野薔薇は不気味に笑み、もう一体に向かって優勝旗を振り下ろした。

 校長室にいた野薔薇と教員達は逮捕された。
 不審に思った他の教員が警察に通報し、野薔薇が夢花に向かって優勝旗を振りかぶったところで警官が駆け込んだのである。純金でできた二体の人型の薔薇は、夢花と野々原だった。
 突然狂気し、襲いかかってきた野薔薇と教員達に、野々原は動揺を隠せなかった。
「野薔薇さん……先生達……どうしちゃったの……? 怖い……」
 恐怖で青ざめ、震える。
 警察にあらかたの事情を伝えると、夢花は野々原と共に保健室へ避難した。
 幸い、保健医は帰った後だった。誰も入って来られないよう、中から鍵を閉める。
 未だ恐怖が癒えない野々原に対し、夢花は心から嬉しそうに、満面の笑みを浮かべていた。
「野々原さん、ありがとう! 貴方のおかげで、無駄な手間が省けて助かったわ!」
「私の……?」
 野々原は状況を理解出来ず、困惑する。
 夢花は「そう!」と瞳を輝かせ、彼女の手を握った。
「貴方が"殺したい"と望んだから、あの人達は狂ったのよ! ほんと、いい気味! 私とお兄さんの悪夢まで混ざったら、どうなっちゃうのかなぁ! キャハハッ!」
「違う! 私、そんな恐ろしいこと望んでない!」
 野々原は夢花の手を振り払う。
 それが嘘だということは、自分が一番よく分かっていた。野薔薇と教員達に対する殺意が、頭の中でどす黒く渦巻いている。そんな恐ろしい感情を抱えている自分が、何よりも恐ろしかった。
「こんな恐ろしいこと、考えちゃダメ。考えちゃ、ダメ……」
 頭を抱え、自らを責める。
 すると野々原の背中の傷から、腕が生えてきた。
「うぇッ?!」
 夢花は驚き、野々原から離れる。
 腕には先があり、肩が、頭が、体が、足が出てきた。まるで蝶がさなぎから出てくるようだった。
 そうして、一人の人間が野々原の傷から排出された。赤いドレスをまとった美女で、野薔薇と瓜二つだった。
「貴方は……野薔薇?」
「……」
 女は夢花の質問には答えず、野々原を冷たく見下ろす。明らかに野々原を軽蔑している眼差しだった。
 そして何も言わずに、颯爽と窓から屋外へ出て行った。

 翌日、野薔薇は夢花を恐喝したことが世間にバレ、引退した。彼女から賄賂を受け取った教員も処分された。
 裁判の末、執行猶予付きで釈放されたが、皆、大量の黄色い薔薇の花びらを飲み込んで窒息するという不審な死を遂げた。
 夢花と野々原は彼らから多額の慰謝料を受け取り、無事に高校を卒業した。夢花は美大、野々原は美容の専門学校へ進学する。
 野々原は赤いドレスの女を排出した後、校長室で起きたことを全て忘れていた。ショックで忘れたのか、赤いドレスの女と一緒に捨てたのかは分からないが、
「せっかくまともに力を使えるようになったのに忘れるなんて、もったいない」
と、夢花は彼女を憐れんだ。

悪夢極彩色 第四話『強欲な野薔薇』終わり
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

実話の体験談につきオチなど無いのでご了承下さい

七地潮
ホラー
心霊体験…と言うか、よくある話ですけど、実際に体験した怖かった話しと、不思議な体験を幾つかアップします。 霊感なんて無いんだから、気のせいや見間違いだと思うんですけどね。 突き当たりの教室なのに、授業中行き止まりに向かって人影が何度も通るとか、誰もいないのに耳元で名前を呼ばれたとか、視界の端に人影が映り、あれ?誰か居るのかな?としっかり見ると、誰も居なかったとか。 よく聞く話だし、よくある事ですよね? まあ、そんなよく聞く話でしょうけど、暇つぶしにでもなればと。 最後の一話は、ホラーでは無いけど、私にとっては恐怖体験なので、番外編みたいな感じで、ついでに載せてみました。 全8話、毎日2時半にアップしていきます。 よろしければご覧ください。 2話目でホラーHOTランキング9位になってました。 読んでいただきありがとうございます。

ゾンビ発生が台風並みの扱いで報道される中、ニートの俺は普通にゾンビ倒して普通に生活する

黄札
ホラー
朝、何気なくテレビを付けると流れる天気予報。お馴染みの花粉や紫外線情報も流してくれるのはありがたいことだが……ゾンビ発生注意報?……いやいや、それも普通よ。いつものこと。 だが、お気に入りのアニメを見ようとしたところ、母親から買い物に行ってくれという電話がかかってきた。 どうする俺? 今、ゾンビ発生してるんですけど? 注意報、発令されてるんですけど?? ニートである立場上、断れずしぶしぶ重い腰を上げ外へ出る事に── 家でアニメを見ていても、同人誌を売りに行っても、バイトへ出ても、ゾンビに襲われる主人公。 何で俺ばかりこんな目に……嘆きつつもだんだん耐性ができてくる。 しまいには、サバゲーフィールドにゾンビを放って遊んだり、ゾンビ災害ボランティアにまで参加する始末。 友人はゾンビをペットにし、効率よくゾンビを倒すためエアガンを改造する。 ゾンビのいることが日常となった世界で、当たり前のようにゾンビと戦う日常的ゾンビアクション。ノベルアッププラス、ツギクル、小説家になろうでも公開中。 表紙絵は姫嶋ヤシコさんからいただきました、 ©2020黄札

感染

saijya
ホラー
福岡県北九州市の観光スポットである皿倉山に航空機が墜落した事件から全てが始まった。 生者を狙い動き回る死者、隔離され狭まった脱出ルート、絡みあう人間関係 そして、事件の裏にある悲しき真実とは…… ゾンビものです。

禁忌

habatake
ホラー
神社で掃除をしていた神主が、学校帰りの少年に不思議な出来事を語る

岬ノ村の因習

めにははを
ホラー
某県某所。 山々に囲われた陸の孤島『岬ノ村』では、五年に一度の豊穣の儀が行われようとしていた。 村人達は全国各地から生贄を集めて『みさかえ様』に捧げる。 それは終わらない惨劇の始まりとなった。

10秒でゾクッとするホラーショート・ショート

奏音 美都
ホラー
10秒でサクッと読めるホラーのショート・ショートです。

サクッと読める♪短めの意味がわかると怖い話

レオン
ホラー
サクッとお手軽に読めちゃう意味がわかると怖い話集です! 前作オリジナル!(な、はず!) 思い付いたらどんどん更新します!

処理中です...