悪夢症候群

緋色刹那

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悪夢極彩色 第三話『愛、追い』

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 教室へ戻り、席につく。
 図書室へ本を返す気などない。例の男子生徒を巻くための口実だ。
 男子生徒は教室の中までは追って来なかった。よそのクラスは入れない決まりになっているのだ。
「夜宵さん、池田いけだ君が呼んでるよ」
 例の男子、池田は夢花のクラスメイトの女子を使い、夢花を教室の外へ来させようとした。
 クラス中の女子達が色めき立ち、男子生徒をチラチラと見ている。「そんなに気になるなら、貴方達が代わりに行ってよ」と夢花は思った。
「今忙しいの。今度にして」
 その言葉を、伝言役の女子は律儀に池田に伝える。
 二、三やり取りがあった後、小走りで戻ってきた。
「今度っていつ? 放課後? 明日?」
「百年後……いや、一億年後」
「意外。夜宵さんって、冗談言うんだ」
「これが冗談に聞こえる? いいから、もう帰って。私、あの人苦手なの」
 嫌い、と言うと角が立つので、わざと表現を和らげた。
 それでも周りにいたクラスメイトはざわついた。
「夜宵さん、池田君のこと苦手なんだ」
「あんなにイケメンで優しいのにね」
「インドア派が好みなんじゃない? 池田君、サッカー部だから」
「そうかも」
 勝手な憶測が飛び交う。インドア派が好きなのは本当なので、否定できなかった。
「そうなんだ。まぁ、人の好みはそれぞれだしね。分かった、伝えとくよ」
 伝言役の女子は訳知り顔で頷く。
(たかだか数回言葉を交わしただけで、私の何を理解したと言うの? 貴方達のそういうところも嫌いなのよ)
「ごめんね。何回も行ったり来たりさせちゃって」
「いいの、いいの。気にしないで」
 本音を押し殺し、伝言役の女子に笑顔を向ける。
 伝言役の女子は気分を害することなく、意気揚々と池田のもとへ向かった。池田は彼女から夢花の本音の一端を受け取ると、肩を落として自分の教室へ帰っていった。
 これで悩みの種を処理できた。夢花は安心して、読みかけの本を開いた。

「夜宵さん、一緒に帰らない?」
 安心したのも束の間、放課後に下駄箱へ向かうと、池田が待ち構えていた。
 周囲にクラスメイトの女子達はいない。夢花は堂々と池田を無視し、自分の下駄箱からローファーを取り出した。
「君は俺のことが苦手だそうだけど、きっと思い過ごしだと思うんだ。だって俺達、今日初めて会話したわけだし。食わず嫌いっていうの? 他の人から聞いたイメージじゃなくて、本当の俺を知ってもらってから判断してもらいたいなって」
 池田は夢花が靴を履く間、横から一方的に話してくる。
 夢花は耳に手を当てたい衝動に駆られながらも、素早く靴を履いた。池田を無視し、校門へと向かう。それでも池田は懲りずについて来ようとした。
「なぁ、夜宵さん……」
「もう充分よ」
 夢花は殺気立った瞳で、池田を睨んだ。
「今の貴方の話し口で貴方がどういう人間なのか、よぉーく分かったわ! 貴方は人の都合を考えないクズよ! 相手がどんなに嫌がっていても、努力すれば認めてくれると思っている……努力型成功者の悪い癖ね。いい加減、理解しなさいよ。いくら私に言い寄ったってムダ。むしろ、言い寄れば言い寄るほど、近づけば近づくほど、私の心は貴方から離れるわ。今からでも私に好かれたいのなら、空気に徹することね」
「く、空気?」
「そう、空気! 居てもいなくても何ら影響がない、私の気分が良くなることも悪くなることもない、そんな存在! 要するに、金輪際関わってくれるなってこと! 金輪際って分かる? 死ぬまで永久に、ってことよ! 分かったら、ついて来ないで! 校門から外は法律が適用されるわ。もしもついて来たら、タチの悪いストーカーとして警察に突き出してやるから!」
 夢花は今まで溜め込んでいた怒りを全てぶつけ、校門をくぐった。
 池田は「待って!」と夢花を追おうとして先程の言葉を思い出し、足を止めた。
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