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第1部 第1章「白昼悪夢」
第5話『兄』⑵
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「は?」
イツキは兄が何を言いたいのか、全く分からなかった。
なんとなく兄の態度から「俺は馬鹿にされたんだ」と察すると、わざとらしく足音を鳴らし、兄に詰め寄った。
「おい! 俺を怒らせると、痛い目に遭うぞ!」
同時に、兄で隠れていたテレビの画面が目に入った。
どういうわけか、イツキが今の高校の合格が決まった瞬間が映し出されている。ボロボロの校舎の壁には、合格者の番号が羅列した大きな紙が貼り出されていた。
「これ、高校の合格発表の時の……」
その紙には、確かにイツキの受験番号が書いてあった。自分の番号を見つけた瞬間、テレビの中のイツキは大喜びでガッツポーズをする。
しかし、一緒にいたイツキの母親は浮かない顔をしていた。母親の視線の先には、見るからに知能が低そうな学生達が、猿のようにギャーギャーと騒いでいた。どうやら彼らも同じ高校に受かったらしい。
「……こいつら、何? こんなのが俺とおんなじ高校にいんの? 知らないんだけど」
イツキは顔をしかめる。彼らのような生徒は、本当に見たことがない。俺は彼らとは違うのだと、イツキは自分に言い聞かせた。
兄はリモコンでチャンネルを変える。
次に映ったのは、高校の教室だった。イツキ以外のクラスメイト達はガラの悪そうな生徒ばかり。制服を着崩していないのは、イツキだけだった。
授業をまともに受けているのもイツキだけで、周りは好き勝手に過ごしていた。教師の話も、黒板の字も、何も気にしていない。
テストを真面目に解答していたのも、イツキだけだった。中学で習った内容と変わらない、簡単なテストだった。
テストでクラス一番になり、イツキが意気揚々と廊下を歩いていると、合格発表の時に絡まれた。イツキはそのまま不良達に校舎裏へ連れて行かれ、問答無用で殴られた。時折、他の生徒が通りかかったが、見て見ぬフリをして去った。イツキがボロボロになって教室に戻ってきても、教師は何も言わなかった。
「何だよ、これ……」
イツキはテレビの映像に戸惑いながらも、無意識に腕をさすった。なぜか身体中が痛い。
さらに兄がチャンネルを変えると、イツキが薄暗い体育館で一人、バレーボールの壁打ちをしていた。他に部員はおらず、コーチらしき大人もいない。
静まり返った体育館に、ボールが床を跳ねる音と、イツキの靴が床をこする音だけが響く。イツキはひと通り練習を終えると、ボールを仕舞って出て行った。
「ち……違う。この時はたまたま、俺一人だったんだ!」
うろたえるイツキをよそに、兄は淡々と別のチャンネルに変える。
今度はイツキが担任教師と面談している映像が映った。二人はイツキの進路について、真剣に話し合っていた。
「イツキ君、いくらなんでもトー大は無理だよ。うちの高校で学年トップ取ったって意味ないんだから。君も知ってるでしょ? うちの高校が県内でワースト一位の偏差値だってこと」
担任はイツキの進路希望調査書をチラッと見るなり、重く息を吐く。
担任の心配をよそに、イツキは自信満々で断言した。
「大丈夫っすよ! 俺、天才なんで! 受験勉強なんてしなくたって、余裕で受かりますから! まっ、プロのバレーボール選手を目指すのと迷ってるんで、まだ決定じゃないっすけどねー!
「日野君……ちゃんと現実見えてる? 勉強する気もないのに進学したって続かないよ? スポーツ推薦も無理だ。一度も大会に出ていないから実践はないし、君の運動神経が特別高いわけでもない。就職を考えた方がいいんじゃないか?」
イツキは「無理無理!」と、ハエを払うように手を振った。
「前にバイトで散々こき使われたんで、暫くは自由になりたいんすよねー。つか、高卒で就職とか負け犬っしょ? 就職するなら、大卒必須っていうかー。俺が面接官だったら、絶対落としますね! あははっ」
「……」
呑気に笑うイツキに、担任は哀れみの眼差しを向ける。口には出さないが「一生言ってろ」とでも言いたげだった。
担任はイツキを説得するのを諦め、「今日はここまで」と強制的に面談を終わらせた。
イツキは兄が何を言いたいのか、全く分からなかった。
なんとなく兄の態度から「俺は馬鹿にされたんだ」と察すると、わざとらしく足音を鳴らし、兄に詰め寄った。
「おい! 俺を怒らせると、痛い目に遭うぞ!」
同時に、兄で隠れていたテレビの画面が目に入った。
どういうわけか、イツキが今の高校の合格が決まった瞬間が映し出されている。ボロボロの校舎の壁には、合格者の番号が羅列した大きな紙が貼り出されていた。
「これ、高校の合格発表の時の……」
その紙には、確かにイツキの受験番号が書いてあった。自分の番号を見つけた瞬間、テレビの中のイツキは大喜びでガッツポーズをする。
しかし、一緒にいたイツキの母親は浮かない顔をしていた。母親の視線の先には、見るからに知能が低そうな学生達が、猿のようにギャーギャーと騒いでいた。どうやら彼らも同じ高校に受かったらしい。
「……こいつら、何? こんなのが俺とおんなじ高校にいんの? 知らないんだけど」
イツキは顔をしかめる。彼らのような生徒は、本当に見たことがない。俺は彼らとは違うのだと、イツキは自分に言い聞かせた。
兄はリモコンでチャンネルを変える。
次に映ったのは、高校の教室だった。イツキ以外のクラスメイト達はガラの悪そうな生徒ばかり。制服を着崩していないのは、イツキだけだった。
授業をまともに受けているのもイツキだけで、周りは好き勝手に過ごしていた。教師の話も、黒板の字も、何も気にしていない。
テストを真面目に解答していたのも、イツキだけだった。中学で習った内容と変わらない、簡単なテストだった。
テストでクラス一番になり、イツキが意気揚々と廊下を歩いていると、合格発表の時に絡まれた。イツキはそのまま不良達に校舎裏へ連れて行かれ、問答無用で殴られた。時折、他の生徒が通りかかったが、見て見ぬフリをして去った。イツキがボロボロになって教室に戻ってきても、教師は何も言わなかった。
「何だよ、これ……」
イツキはテレビの映像に戸惑いながらも、無意識に腕をさすった。なぜか身体中が痛い。
さらに兄がチャンネルを変えると、イツキが薄暗い体育館で一人、バレーボールの壁打ちをしていた。他に部員はおらず、コーチらしき大人もいない。
静まり返った体育館に、ボールが床を跳ねる音と、イツキの靴が床をこする音だけが響く。イツキはひと通り練習を終えると、ボールを仕舞って出て行った。
「ち……違う。この時はたまたま、俺一人だったんだ!」
うろたえるイツキをよそに、兄は淡々と別のチャンネルに変える。
今度はイツキが担任教師と面談している映像が映った。二人はイツキの進路について、真剣に話し合っていた。
「イツキ君、いくらなんでもトー大は無理だよ。うちの高校で学年トップ取ったって意味ないんだから。君も知ってるでしょ? うちの高校が県内でワースト一位の偏差値だってこと」
担任はイツキの進路希望調査書をチラッと見るなり、重く息を吐く。
担任の心配をよそに、イツキは自信満々で断言した。
「大丈夫っすよ! 俺、天才なんで! 受験勉強なんてしなくたって、余裕で受かりますから! まっ、プロのバレーボール選手を目指すのと迷ってるんで、まだ決定じゃないっすけどねー!
「日野君……ちゃんと現実見えてる? 勉強する気もないのに進学したって続かないよ? スポーツ推薦も無理だ。一度も大会に出ていないから実践はないし、君の運動神経が特別高いわけでもない。就職を考えた方がいいんじゃないか?」
イツキは「無理無理!」と、ハエを払うように手を振った。
「前にバイトで散々こき使われたんで、暫くは自由になりたいんすよねー。つか、高卒で就職とか負け犬っしょ? 就職するなら、大卒必須っていうかー。俺が面接官だったら、絶対落としますね! あははっ」
「……」
呑気に笑うイツキに、担任は哀れみの眼差しを向ける。口には出さないが「一生言ってろ」とでも言いたげだった。
担任はイツキを説得するのを諦め、「今日はここまで」と強制的に面談を終わらせた。
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