悪夢症候群

緋色刹那

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第2部 ナイトメアアパート『序』

プロローグ

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「ほら、夢花ゆめか。ここが今日から住む家だよ」
「わぁ! おっきいね!」
 継父に連れられ、夢花はこの春から住む新居のアパートへとやって来た。
 継父は無邪気にはしゃぐ夢花を微笑ましそうに見下ろし、「全部じゃないよ」と優しく教えた。
「四階にある一部屋が僕らの家なんだ。このアパートには、他にも沢山の人が住んでるんだよ。後で挨拶に行かないとね」
「ふーん、そうなんだぁ」
 継父は夢花が勘違いしていると思い、丁寧に説明する。
 夢花は既に承知していたが、継父に嫌われないよう、精一杯「可愛らしい子供」を演じた。中学生になっても、それは変わらないつもりだった。

 アパート「夢見荘ゆめみそう
 住宅地のど真ん中にある、五階建てマンションだ。近くにはこの春から夢花がかよう私立中学校があり、徒歩圏内だった。
 部屋は2LDK。洋間と和室が一つづつ。トイレ、浴室つき。ベランダは南向き。
 1フロアにつき五部屋あり、夢花と継父が入居したのは四階のちょうど真ん中にある403号室だった。

 エレベーターで四階まで上がると、隣の404号室でも引っ越し作業が行われていた。
「おや、お隣さんも今日引っ越してきたらしい。挨拶して来ようか」
「うん!」
 継父は夢花と手を繋ぎ、404号室へと出向く。
「どんな人がお隣さんになったんだろうね?」
「きっと良い人だと思うよ」
 継父の問いに、夢花は断言した。継父には悪いが、夢花は誰が隣に越してきたのか、事前に知っていた。

 二人が404号室に着いたところで、部屋の中から住人らしき青年が出て来た。
 二十代前半くらいの優男で、ガタイのいい継父よりも一回り小さい。ベージュのセーターに空色のシャツ、コゲ茶色のチノパンという出で立ちから、大学に通う文学青年のような印象を受けた。
 青年は継父に連れられた夢花に気づくと、彼女に微笑みかけた。夢花も継父に怪しまれないよう、満面の笑みを見せた。
 青年は夢花と無言の挨拶を交わすと、継父に視線を向け、声をかけた。
「こんにちは。お隣に引っ越して来た方ですか?」
「えぇ、夜宵やよいと申します。私は優一ゆういち、この子は夢花。どうか、今後ともよろしくお願い致します」
 継父は青年と夢花の仲を訝しむことなく、手土産に持ってきた菓子を手渡した。
 青年も薄く微笑み、両手で菓子を受け取った。
「ご丁寧にありがとうございます。僕は日野ひの歩夢あゆむと申します。こちらこそ、何卒よろしくお願いします」

 白昼に悪夢を見せる能力者、日野歩夢。
 深夜に悪夢を見せる能力者、夜宵夢花。
 かつて、ある能力者を苦しめた二人の悪夢使いは、こうして同じアパートに住むことになったのだった……。

 そして、新たな悪夢が始まる。
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