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第1部 第3章「蓄積悪夢」
第3話『撥ねたのは誰?』前編
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深夜、久留間は夜に溶けるような黒いスポーツカーで、住宅街を爆走した。静まり返った街に、大音量のBGMとエンジン音が響く。
至福のひと時だった。車を乗り回している間だけは、面倒な仕事や嫌な上司といった現実を忘れられた。それどころか、この世界の支配者であるかのように錯覚した。
さながらカーレースのごとく、通りを突き進んでいく。途中、通りに面した横道や横断歩道が伸びていたが、
「こんな時間に走ってるのは俺くらいだ。他の車や歩行者がいるわけがねぇ」
と気にも留めず、スピードを落とすどころか加速した。
住宅街なだけあって、走っても走っても家ばかりが続く。かと言って、街中はパトカーが巡回しているので行けない。久留間は次第に飽きてきた。
「……つまんねぇなぁ。野良猫でも飛び出してこねぇかな?」
そうつぶやいた瞬間、目の前に人が飛び出してきた。
「危ねぇ!」
咄嗟に、ブレーキを踏む。
さすがに人を撥ねるのはマズい。免停になってしまう。
久留間の目から見ても、ブレーキが間に合わなかったのは明らかだった。が、ぶつかった衝撃はなかった。その後、車は数メートルほど進み、止まった。
窓から身を乗り出し、振り返る。
幸い、相手は無傷だった。それどころか、顔を真っ赤にして怒りながらこちらへ走ってくる。眼鏡をかけた、神経質そうなサラリーマンだった。
「おい! 危ないだろうが! 僕が避けなきゃ、ぶつかるところだったんだぞ!」
「やっべ」
久留間は慌てて窓を閉める。
男は運転席まで走ってくると、窓越しに怒鳴り散らした。
「この人殺し! 他人の命はどうでもいいってか?! 命の重みを知れ!」
「……うるせぇなぁ」
久留間はけたたましくクラクションを鳴らす。
男はまだ何かわめいていたようだったが、やがて耳を塞ぎながら久留間を追い越し、暗がりの路地へ走り去っていった。久留間は男の貧相な背中を睨み、舌打ちした。
「あの野郎、俺のドライブの邪魔しやがって……」
ハンドルを切り、男が消えた路地へ車を進める。
車幅ギリギリで、道の両サイドには高い塀がそびえ立っている。男が逃れる隙間はない。
このまま男をタダで帰すわけにはいかない。追い詰めて、追い詰めて、惨めに謝る姿を拝んでやろうと思った。
路地に街灯はない。久留間は車のライトを頼りに、闇へ紛れた男を探した。
やがてライトは逃げた男の姿を捉えた。男は久留間が追ってきたと気づいたのか、針金のように細い手足をバタバタと振り回し、走り出す。しかしすぐにバテてしまい、足取りがおぼつかなくなってきた。
「ひゃっひゃっひゃ! そんなヒョロい体で振り切れると思ってんのか?」
久留間はアクセルを踏み、スピードを上げる。車はあっという間に男に追いつき、男の背中を照らした。
ぶつかる直前、男は振り返った。想像していたより車が近づいてい驚いたのか、「ひぃっ!」と小さく悲鳴を上げた。その怯えた表情が、久留間の中の加虐心を昂らせた。
「ギャハハッ! 死ねェ!」
ゴンッ、と鈍い音がした。
確かに久留間は男を撥ねたはずだった。
しかし男が消え、代わりに堅牢なコンクリート塀が目の前に現れた。人が登れる高さではない。
「あいつ、どこ行きやがった?」
あたりを見回すと、男が右手の道を走り去っていくのが見えた。またもぶつかる寸前に避けていたらしい。
「クソッ! 運のいいヤツ! 今度は逃がさねぇぞ!」
久留間はハンドルを切り、男を追いかける。
だが、その後も久留間は男を取り逃がしつつげた。追いついた、と車を突進させては、壁や電柱にぶつかる。
男は相変わらずフラフラとおぼつかない足取りではあったものの、一向に足を止める気配はなかった。常に一定のスピードで走り、車が近づくと怯え、寸前で消える。
次第に、久留間は男に遊ばれているような気がしてきた。あの男は逃げ切ろうと思えば逃げられるのに、わざと自分に追わせているのかもしれない。
至福のひと時だった。車を乗り回している間だけは、面倒な仕事や嫌な上司といった現実を忘れられた。それどころか、この世界の支配者であるかのように錯覚した。
さながらカーレースのごとく、通りを突き進んでいく。途中、通りに面した横道や横断歩道が伸びていたが、
「こんな時間に走ってるのは俺くらいだ。他の車や歩行者がいるわけがねぇ」
と気にも留めず、スピードを落とすどころか加速した。
住宅街なだけあって、走っても走っても家ばかりが続く。かと言って、街中はパトカーが巡回しているので行けない。久留間は次第に飽きてきた。
「……つまんねぇなぁ。野良猫でも飛び出してこねぇかな?」
そうつぶやいた瞬間、目の前に人が飛び出してきた。
「危ねぇ!」
咄嗟に、ブレーキを踏む。
さすがに人を撥ねるのはマズい。免停になってしまう。
久留間の目から見ても、ブレーキが間に合わなかったのは明らかだった。が、ぶつかった衝撃はなかった。その後、車は数メートルほど進み、止まった。
窓から身を乗り出し、振り返る。
幸い、相手は無傷だった。それどころか、顔を真っ赤にして怒りながらこちらへ走ってくる。眼鏡をかけた、神経質そうなサラリーマンだった。
「おい! 危ないだろうが! 僕が避けなきゃ、ぶつかるところだったんだぞ!」
「やっべ」
久留間は慌てて窓を閉める。
男は運転席まで走ってくると、窓越しに怒鳴り散らした。
「この人殺し! 他人の命はどうでもいいってか?! 命の重みを知れ!」
「……うるせぇなぁ」
久留間はけたたましくクラクションを鳴らす。
男はまだ何かわめいていたようだったが、やがて耳を塞ぎながら久留間を追い越し、暗がりの路地へ走り去っていった。久留間は男の貧相な背中を睨み、舌打ちした。
「あの野郎、俺のドライブの邪魔しやがって……」
ハンドルを切り、男が消えた路地へ車を進める。
車幅ギリギリで、道の両サイドには高い塀がそびえ立っている。男が逃れる隙間はない。
このまま男をタダで帰すわけにはいかない。追い詰めて、追い詰めて、惨めに謝る姿を拝んでやろうと思った。
路地に街灯はない。久留間は車のライトを頼りに、闇へ紛れた男を探した。
やがてライトは逃げた男の姿を捉えた。男は久留間が追ってきたと気づいたのか、針金のように細い手足をバタバタと振り回し、走り出す。しかしすぐにバテてしまい、足取りがおぼつかなくなってきた。
「ひゃっひゃっひゃ! そんなヒョロい体で振り切れると思ってんのか?」
久留間はアクセルを踏み、スピードを上げる。車はあっという間に男に追いつき、男の背中を照らした。
ぶつかる直前、男は振り返った。想像していたより車が近づいてい驚いたのか、「ひぃっ!」と小さく悲鳴を上げた。その怯えた表情が、久留間の中の加虐心を昂らせた。
「ギャハハッ! 死ねェ!」
ゴンッ、と鈍い音がした。
確かに久留間は男を撥ねたはずだった。
しかし男が消え、代わりに堅牢なコンクリート塀が目の前に現れた。人が登れる高さではない。
「あいつ、どこ行きやがった?」
あたりを見回すと、男が右手の道を走り去っていくのが見えた。またもぶつかる寸前に避けていたらしい。
「クソッ! 運のいいヤツ! 今度は逃がさねぇぞ!」
久留間はハンドルを切り、男を追いかける。
だが、その後も久留間は男を取り逃がしつつげた。追いついた、と車を突進させては、壁や電柱にぶつかる。
男は相変わらずフラフラとおぼつかない足取りではあったものの、一向に足を止める気配はなかった。常に一定のスピードで走り、車が近づくと怯え、寸前で消える。
次第に、久留間は男に遊ばれているような気がしてきた。あの男は逃げ切ろうと思えば逃げられるのに、わざと自分に追わせているのかもしれない。
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