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第1部 第3章「蓄積悪夢」
第2話『天から地獄へ』後編
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後日、落合は本社から人事異動を言い渡された。
「今度はどこの部署に飛ばされるのやら」と思いきや、赴任先はアメリカにある海外支社だった。先日答えたアンケートで「海外赴任に興味がある」「日常会話レベルの英語が出来る」という項目に「はい」と答えたのが大きかったらしい。
海外支社は世界中から優秀な人材が集まっており、その一員に選ばれたのはとても名誉なことだった。
家族は「何かの間違いじゃない?」と最後まで疑っていたが、落合は気にせず引越しの準備を済ませ、アメリカへ渡っていった。
「ハァーイ、ミスター落合! 早速だが、このプログラムについて意見をくれ!」
「お? おっけーおっけー?」
「ヘイ、落合! 昨日頼んだ仕事、やってないじゃないか! どうなってる?!」
「おー、おっけーおっけー」
アメリカに着いて早々、落合のもとにはさまざまな仕事が舞い込んできた。しかし、落合には彼らが何を話しているのか全く分からなかった。
海外支社の社員は大半が外国人で皆、英語を話す。アンケートに「日常会話レベルの英語が出来る」と答えた落合だが、実際に分かる単語は「ハロー」「オッケー」「センキュー」「シーユー」のみだった。彼の基準では、その四つさえ分かっていれば、充分「簡単な日常会話レベル」に達していた。
仕事をしない、時間を守らない、会話が成り立たない。次第に、海外支社の社員達の落合を見る目が冷たくなっていった。
「どうしてそんなことも分からないの? 常識でしょう?」
「日本語じゃ通じないよ。英語で話してくれって、何度も言ってるじゃないか。君は頭を使ってるのか? ハハハ」
かつて自分が部下に放った罵倒を目の前で言われても、理解できずヘラヘラと笑った。
落合がアメリカへ渡航して一ヶ月が経った頃、再び「職務能力テスト」が実施された。日本で渡されたアンケート用紙とは違い、全て英語だった。
他の社員が楽々答えていく中、英語が読めない落合にはどういう紙なのかすら分かっていなかった。
結局一問も解けず、担当者に引ったくられるようにアンケート用紙を奪われた。
翌日、上司が屈強な二人組の男を連れ、落合の元へやって来た。サングラスをかけた、不気味な黒いスーツの男達だった。
「ど、どうしたんですか? ジョーシさん」
突然押しかけてきた屈強な男達に、落合は戸惑った。ちなみに、上司の本当の名前は「ジョージ」だったが、落合は間違って覚えていた。
上司は落合が英語を理解していないのを承知で、早口でまくし立てた。
「ミスター落合。お前はテストの結果、会社にとって不要な人間だと判断された。これより、廃棄処分を行う。いいな?」
「お、おぉ? オッケー、オッケー?」
「よし。やってくれ」
上司のゴーサインを合図に、二人の屈強な男達は落合を捕らえた。ロープで手足を拘束し、ガムテープで口を塞ぐ。さらに用意してあった大きな段ボール箱へ入れられ、外から封をされた。
上司も周りの社員もクスクス笑うだけで、助けてはくれなかった。
「んー! んー!」
屈強な男に箱ごと抱えられ、オフィスから運び出される。
助けを呼ぼうと大声でうめいたり、段ボール箱に体当たりをしたりしたが、すれ違う社員は屈強な男達と爽やかに挨拶するだけで、箱の中に入っている落合には全く気づかなかった。
(ここは狂ってる! 早く日本に帰りたい!)
屈強な男達は会社を出ると、落合が入った箱をゴミ置き場へ捨てた。一帯はゴミ臭く、カラスが飛び回っていた。
「じきにお前は回収される。それまで大人しく待っているんだな」
「じゃあな、ゴミ。せいぜい、地球のために死ねよ」
屈強な男達はHAHAHAと笑いながら、どこかへ去っていく。はそう吐き捨てると、落合を置いて車で去っていった。
中からは見えなかったが、落合の入っている段ボール箱には「粗大ゴミ」と書かれていた。
捨てられて一週間後、落合は日本に帰国した。ゴミの埋め立て場へ運ばれる寸前で、地元警察に保護されたのだ。
通報したのは、日本に残っていた家族だった。渡米した落合から一ヶ月間、何の連絡も来ないのを不審に思い、警察に相談していたのだ。
「出来の悪い社員を粗大ゴミとして捨てるなんてイカれている」
という警察の主張に、社員達は首を傾げた。
「使えないんですから、捨てて当然でしょう?」
それはアメリカの海外支社だけではなく、落合を海外へ送り込んだ日本の本社の社員も同じだった。
皆、催眠術にでもかかったように、
「使えない社員は粗大ゴミである。捨てなくてはならない」
と真顔で口にしていた。
落合は帰国後、会社をやめ、実家の農家を継いだ。他社に再就職する気は微塵もなく、スーツを着た人間を見るだけでゾッとした。
農家の仕事は落合の性に合っていたが、野菜の箱詰め作業は地獄だった。採れた野菜を箱に入れるたび、段ボール箱に閉じ込められた時の状況がフラッシュバックし、悲鳴を上げた。
(『蓄積悪夢』第3話へ続く)
「今度はどこの部署に飛ばされるのやら」と思いきや、赴任先はアメリカにある海外支社だった。先日答えたアンケートで「海外赴任に興味がある」「日常会話レベルの英語が出来る」という項目に「はい」と答えたのが大きかったらしい。
海外支社は世界中から優秀な人材が集まっており、その一員に選ばれたのはとても名誉なことだった。
家族は「何かの間違いじゃない?」と最後まで疑っていたが、落合は気にせず引越しの準備を済ませ、アメリカへ渡っていった。
「ハァーイ、ミスター落合! 早速だが、このプログラムについて意見をくれ!」
「お? おっけーおっけー?」
「ヘイ、落合! 昨日頼んだ仕事、やってないじゃないか! どうなってる?!」
「おー、おっけーおっけー」
アメリカに着いて早々、落合のもとにはさまざまな仕事が舞い込んできた。しかし、落合には彼らが何を話しているのか全く分からなかった。
海外支社の社員は大半が外国人で皆、英語を話す。アンケートに「日常会話レベルの英語が出来る」と答えた落合だが、実際に分かる単語は「ハロー」「オッケー」「センキュー」「シーユー」のみだった。彼の基準では、その四つさえ分かっていれば、充分「簡単な日常会話レベル」に達していた。
仕事をしない、時間を守らない、会話が成り立たない。次第に、海外支社の社員達の落合を見る目が冷たくなっていった。
「どうしてそんなことも分からないの? 常識でしょう?」
「日本語じゃ通じないよ。英語で話してくれって、何度も言ってるじゃないか。君は頭を使ってるのか? ハハハ」
かつて自分が部下に放った罵倒を目の前で言われても、理解できずヘラヘラと笑った。
落合がアメリカへ渡航して一ヶ月が経った頃、再び「職務能力テスト」が実施された。日本で渡されたアンケート用紙とは違い、全て英語だった。
他の社員が楽々答えていく中、英語が読めない落合にはどういう紙なのかすら分かっていなかった。
結局一問も解けず、担当者に引ったくられるようにアンケート用紙を奪われた。
翌日、上司が屈強な二人組の男を連れ、落合の元へやって来た。サングラスをかけた、不気味な黒いスーツの男達だった。
「ど、どうしたんですか? ジョーシさん」
突然押しかけてきた屈強な男達に、落合は戸惑った。ちなみに、上司の本当の名前は「ジョージ」だったが、落合は間違って覚えていた。
上司は落合が英語を理解していないのを承知で、早口でまくし立てた。
「ミスター落合。お前はテストの結果、会社にとって不要な人間だと判断された。これより、廃棄処分を行う。いいな?」
「お、おぉ? オッケー、オッケー?」
「よし。やってくれ」
上司のゴーサインを合図に、二人の屈強な男達は落合を捕らえた。ロープで手足を拘束し、ガムテープで口を塞ぐ。さらに用意してあった大きな段ボール箱へ入れられ、外から封をされた。
上司も周りの社員もクスクス笑うだけで、助けてはくれなかった。
「んー! んー!」
屈強な男に箱ごと抱えられ、オフィスから運び出される。
助けを呼ぼうと大声でうめいたり、段ボール箱に体当たりをしたりしたが、すれ違う社員は屈強な男達と爽やかに挨拶するだけで、箱の中に入っている落合には全く気づかなかった。
(ここは狂ってる! 早く日本に帰りたい!)
屈強な男達は会社を出ると、落合が入った箱をゴミ置き場へ捨てた。一帯はゴミ臭く、カラスが飛び回っていた。
「じきにお前は回収される。それまで大人しく待っているんだな」
「じゃあな、ゴミ。せいぜい、地球のために死ねよ」
屈強な男達はHAHAHAと笑いながら、どこかへ去っていく。はそう吐き捨てると、落合を置いて車で去っていった。
中からは見えなかったが、落合の入っている段ボール箱には「粗大ゴミ」と書かれていた。
捨てられて一週間後、落合は日本に帰国した。ゴミの埋め立て場へ運ばれる寸前で、地元警察に保護されたのだ。
通報したのは、日本に残っていた家族だった。渡米した落合から一ヶ月間、何の連絡も来ないのを不審に思い、警察に相談していたのだ。
「出来の悪い社員を粗大ゴミとして捨てるなんてイカれている」
という警察の主張に、社員達は首を傾げた。
「使えないんですから、捨てて当然でしょう?」
それはアメリカの海外支社だけではなく、落合を海外へ送り込んだ日本の本社の社員も同じだった。
皆、催眠術にでもかかったように、
「使えない社員は粗大ゴミである。捨てなくてはならない」
と真顔で口にしていた。
落合は帰国後、会社をやめ、実家の農家を継いだ。他社に再就職する気は微塵もなく、スーツを着た人間を見るだけでゾッとした。
農家の仕事は落合の性に合っていたが、野菜の箱詰め作業は地獄だった。採れた野菜を箱に入れるたび、段ボール箱に閉じ込められた時の状況がフラッシュバックし、悲鳴を上げた。
(『蓄積悪夢』第3話へ続く)
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