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最終編『蛍火明滅、〈探し人〉のゆく先』
第三話「ナナシのナナコ」⑶
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イムラは隣の建物の屋上を指差した。
「大通りまでは、商店街の屋上を伝って行くといいですよ。下を歩いていては、いつ着くか分かりませんからね」
隣の建物とライムライトがある建物は壁がぴったりとくっついていた。その先の建物も同様で、確かに歩いて大通りまでたどり着けそうだった。
「勝手に屋上に入って怒られませんか?」
「怒りませんよ。商店街の建物は、商店街のものです。屋上は商店街の人間にとって、第四の道ですからね。まぁ、さすがに泥棒に入ってもらわれると困りますけど」
「第四って、あと三つは何ですか?」
「アーケード通り、裏路地、建物の中、ですね」
「建物の中を通るのはアウトでしょう」
「いやぁ、裏路地が通っていない場所だと、つい通ってしまうんですよね」
一方、シトロンと客達はナナコがライムライトを出て行くと知り、名残惜しそうだった。
「もう行っちまうのかい?」
「寂しくなるねぇ」
「また忘れたら、いつでも戻ってきていいんだからね」
「なぁ、君も〈心の落とし物〉が見つからなかったら、ここの常連になりなよ」
由良もついでに引き止められたが、
「せっかくのお誘いですが、常連にはなれません。私は諦めが悪いので」
と、きっぱり断った。
由良はナナコの手を引き、ライムライトから隣の屋上へ移る。フェンスなどの囲いはなく、本当に誰でも通れるようになっていた。
建物と建物の間が広い屋上も、向こうへ渡るためだけに橋が架かっていた。大変便利だが、ところどころ錆びついており、一歩足を踏み出すごとに、ミシッと嫌な音が鳴った。
「添野さん! この橋、さっきから変な音鳴ってますけど、落ちないですよね?!」
「大丈夫ですよ。もし落ちたとしても、ナナコさんだけは助かるはずですから」
「なんてこと言うんですか! 私、一人で助かりたくないですー!」
〈探し人〉は生き霊に近い。その気になれば、物をすり抜け、物理的なダメージを受けずに済むはずだ。もっとも、人間である由良は一溜まりもないが。
幸い、橋は落ちず、二人は無事渡り切った。ナナコは橋を渡るのに集中していたのか、由良の失言に気づいていなかった。
しばらく進むと、北半分がペントハウスに占められた屋上に行き着いた。もう半分はベランダで、一メートル弱ほどの塀に囲われている。
ベランダは植栽や物が多く、足の踏み場もない。通ろうとしたら、服に植物の枝やトゲが引っかかってしまいそうだ。由良は構わないが、ナナコは大事な服を傷つけたくはないだろう。
「どうやら、塀を進むしかなさそうですね」
「うぅ……添野さん、思い出しました。私、高所恐怖症かもしれません」
「仕方ないですよ。塀くらいしか、進めそうな道がないんですから」
下からは、商店街を行き交う人達の楽しげな声が聞こえてくる。由良も高所恐怖症というほどではないが、高いところは苦手だった。アーケードの屋根がクッションになってくれたらいいが、突き破ったら大ごとになる。
いつ行くかためらっていると、小さな黒い影が軽やかに塀へ飛び移った。路面電車からずっと由良について来ている、緑眼の黒猫だった。
「ニャア」
「あ、常連猫」
黒猫は猫特有の身のこなしで、塀の上をやすやすと進む。
塀を渡り切ると「お手本は見せたぞ」とばかりに振り向き、フンスと鼻を鳴らした。どこか渡来屋を思わせる、憎らしい態度だった。
「悪かったわね、簡単に渡れなくて」
「ニャア」
由良は黒猫に倣い、四つん這いで塀を進む。塀の幅は見た目より太く、ゆっくり進めば落ちる心配は無さそうだった。
「添野さん、私行けないかも」
ナナコは足がすくんで、動けない。
由良は歩みを止めず、彼女を励ました。
「大丈夫、意外と行けますよ。私が向こうへ着くまで、そこで待っていてください」
その時、
「うわっ!」
と、ベランダから悲鳴が聞こえた。
由良も「うわっ!」と声を上げる。体がアーケードの方へ傾き、危うく落ちかけた。なんとかその場で持ちこたえ、悲鳴がした方向を振り返る。
そこには塀を歩く由良に向けて、天体望遠鏡が設置されていた。その後ろには神経質そうな男がのけ反っており、由良を見てひどく驚いている様子だった。
「だ、誰なんだ、君は! 何だってうちの塀を、猫と一緒に歩いているんだね?!」
「すみません。屋上を通らせて欲しかっただけなんです」
「ニャア」
「大通りまでは、商店街の屋上を伝って行くといいですよ。下を歩いていては、いつ着くか分かりませんからね」
隣の建物とライムライトがある建物は壁がぴったりとくっついていた。その先の建物も同様で、確かに歩いて大通りまでたどり着けそうだった。
「勝手に屋上に入って怒られませんか?」
「怒りませんよ。商店街の建物は、商店街のものです。屋上は商店街の人間にとって、第四の道ですからね。まぁ、さすがに泥棒に入ってもらわれると困りますけど」
「第四って、あと三つは何ですか?」
「アーケード通り、裏路地、建物の中、ですね」
「建物の中を通るのはアウトでしょう」
「いやぁ、裏路地が通っていない場所だと、つい通ってしまうんですよね」
一方、シトロンと客達はナナコがライムライトを出て行くと知り、名残惜しそうだった。
「もう行っちまうのかい?」
「寂しくなるねぇ」
「また忘れたら、いつでも戻ってきていいんだからね」
「なぁ、君も〈心の落とし物〉が見つからなかったら、ここの常連になりなよ」
由良もついでに引き止められたが、
「せっかくのお誘いですが、常連にはなれません。私は諦めが悪いので」
と、きっぱり断った。
由良はナナコの手を引き、ライムライトから隣の屋上へ移る。フェンスなどの囲いはなく、本当に誰でも通れるようになっていた。
建物と建物の間が広い屋上も、向こうへ渡るためだけに橋が架かっていた。大変便利だが、ところどころ錆びついており、一歩足を踏み出すごとに、ミシッと嫌な音が鳴った。
「添野さん! この橋、さっきから変な音鳴ってますけど、落ちないですよね?!」
「大丈夫ですよ。もし落ちたとしても、ナナコさんだけは助かるはずですから」
「なんてこと言うんですか! 私、一人で助かりたくないですー!」
〈探し人〉は生き霊に近い。その気になれば、物をすり抜け、物理的なダメージを受けずに済むはずだ。もっとも、人間である由良は一溜まりもないが。
幸い、橋は落ちず、二人は無事渡り切った。ナナコは橋を渡るのに集中していたのか、由良の失言に気づいていなかった。
しばらく進むと、北半分がペントハウスに占められた屋上に行き着いた。もう半分はベランダで、一メートル弱ほどの塀に囲われている。
ベランダは植栽や物が多く、足の踏み場もない。通ろうとしたら、服に植物の枝やトゲが引っかかってしまいそうだ。由良は構わないが、ナナコは大事な服を傷つけたくはないだろう。
「どうやら、塀を進むしかなさそうですね」
「うぅ……添野さん、思い出しました。私、高所恐怖症かもしれません」
「仕方ないですよ。塀くらいしか、進めそうな道がないんですから」
下からは、商店街を行き交う人達の楽しげな声が聞こえてくる。由良も高所恐怖症というほどではないが、高いところは苦手だった。アーケードの屋根がクッションになってくれたらいいが、突き破ったら大ごとになる。
いつ行くかためらっていると、小さな黒い影が軽やかに塀へ飛び移った。路面電車からずっと由良について来ている、緑眼の黒猫だった。
「ニャア」
「あ、常連猫」
黒猫は猫特有の身のこなしで、塀の上をやすやすと進む。
塀を渡り切ると「お手本は見せたぞ」とばかりに振り向き、フンスと鼻を鳴らした。どこか渡来屋を思わせる、憎らしい態度だった。
「悪かったわね、簡単に渡れなくて」
「ニャア」
由良は黒猫に倣い、四つん這いで塀を進む。塀の幅は見た目より太く、ゆっくり進めば落ちる心配は無さそうだった。
「添野さん、私行けないかも」
ナナコは足がすくんで、動けない。
由良は歩みを止めず、彼女を励ました。
「大丈夫、意外と行けますよ。私が向こうへ着くまで、そこで待っていてください」
その時、
「うわっ!」
と、ベランダから悲鳴が聞こえた。
由良も「うわっ!」と声を上げる。体がアーケードの方へ傾き、危うく落ちかけた。なんとかその場で持ちこたえ、悲鳴がした方向を振り返る。
そこには塀を歩く由良に向けて、天体望遠鏡が設置されていた。その後ろには神経質そうな男がのけ反っており、由良を見てひどく驚いている様子だった。
「だ、誰なんだ、君は! 何だってうちの塀を、猫と一緒に歩いているんだね?!」
「すみません。屋上を通らせて欲しかっただけなんです」
「ニャア」
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